合同合宿編
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「……なぁ」
『なに?』
話の途中、日吉くんがふと考え込むような顔をした。
「さっきの佐伯さん…、どう思う?」
『え、佐伯さん?』
「あぁ。
なんか…変じゃなかったか」
変?
変って…。
『変かどうかは分からないけど、少し…怖かったかも』
あのときの佐伯さんは、本当に別人みたいだった。
私も混乱してたから、余計にそう思ったのかもしれないけど…。
「お前は知らなかったかもしれないが、佐伯さんは元々ああいう人だ」
『えっ!
本当はいつもあんなふうに怖い人ってこと?嘘、違うよね?ね!?』
びっくりして、思わず前のめりになる。
「あ、いや、そうじゃない。そういう意味じゃなくて…。
あの人は、仲間とかテニスとか…自分が大切にしているものに関わることとなると、いつもの雰囲気がガラッと変わることがあるんだよ」
『へぇ、そうなんだ…』
「二重人格とか、そういうことじゃないぜ。単純に、本気になるって感じだな。
まぁ、滅多に無いことだが」
『なるほど…』
そっか、そうなんだね。
だからあのときも…。
……………………ん?
『あれ?
じゃあ、さっきは何にあんなに怒ってたの?』
私がモタモタしてて、それで場の空気が悪くなって…。
……………………。
あ、あれ?おかしいな。
佐伯さんが本気で怒るのは滅多に無いこと…。
いくら私に不手際があったとしても、そんな佐伯さんならあんなに怒らないんじゃ…。
「あれは…理由は分かってる。
佐伯さんの性格なら、本気で怒っても不思議じゃないことだ」
『え、そうなの?
一体どこに理由になるようなことが…』
「それはまた後で話す。
それより、俺が引っかかるのはそこじゃない。
もっと前…、お前に飲み物を頼んでたときだ。何度もしつこく注文つけてただろ」
『それは…』
「もうひとつある。
俺に対する物言いも、あの人らしくなかった。
今になって考えてみれば妙に挑発的で…、あれじゃまるでわざと俺を怒らせようとしてたみたいだ」
『わざと…?』
全然考えてなかった展開に、頭がついていかない。
佐伯さんがわざと日吉くんを怒らせようとしていた?
そんな、どうして…。
「さっきの…理由、だが」
『あ、うん』
少し気まずそうに腕を組む日吉くん。
「…あの人は知ってたんだ。
俺とお前の間にあったことを」
『え?』
「俺がお前に何度もひどい態度をとってきたこと…。そしてそれに対して謝罪もしようとしないこと…。
それが佐伯さんが怒っていた理由だ」
『え!?
どうして佐伯さんがそんなこと…。間違いないの?』
「あぁ。
間違いなく、あのとき佐伯さんはそのことを言っていた」
…日吉くんがここまで言うなら、きっとそうなんだ。
でも、どうして佐伯さんがそんなこと知ってる……。
『あ!!』
一瞬、頭に木更津さんの顔が浮かんだ。
木更津さんにはその話をしたから、もしかしたら佐伯さんに話したのかも…って。
だけど…。
木更津さんは簡単に誰かに話すような人じゃないよね。
「何だよ、どうしたんだ」
『あ、うん。
あの…私ね、日吉くんとのこと木更津さんに話したんだ』
「えっ」
日吉くんからすれば、第三者に勝手に話されて嫌かもしれない。
でもこういう話になったからには、隠しておくわけにはいかない。
『ごめんね、勝手に話して…』
少し不安だったけど、日吉くんは神妙な面持ちで首を横にふった。
「いや、謝らなくていい。
木更津さんは話を聞いて、お前を助けてくれたんじゃないのか」
『日吉くん…』
「そうさせたのは俺なんだから、謝る必要なんかない。
それに…、木更津さんはお前の話を聞く前にだいたいのことは分かってただろうしな」
『それは…うん、そんな感じだった』
「お前を探しに来たときに察したんだろうな。俺もそんな気はしていた。
それに…、あの人は誰にも話していないだろう」
……よかった。
もう、いつもの日吉くんだ。
佐伯さんのことを悪く言ってたときは悲しかったけど…、今はもう冷静な日吉くんに戻ってる。
それはそうだよね。日吉くんは私よりずっと、佐伯さんのことも木更津さんのことも知ってるんだもん。
あのときは私のことをかばって怒ってたからで…。
「どうした?」
『あ…ううん、何でもない。
木更津さんじゃないなら、誰なんだろうと思って』
「そうだな…」
そこで言葉を区切った日吉くんは、何かを思い出したように私を見て続けた。
「そういえば…名無し。お前、越前に何か言われなかったか。
あいつ、お前が俺を探しているところを見かけたらしい。
俺のところに来たあと、お前のことを気にして探しに行ったが」
『うん、確かに会ったよ。でも昼休みじゃなくて午後の練習のときだった。
わざわざ探してくれたんだ、越前くん何も言わなかったから知らなかった。
気をつかってくれたのかな…』
午後になって一緒に千石さんと桃城くんの試合を観たとき、いつもどおりのひょうひょうとした態度だったことを思い出す。
越前くんも木更津さんみたいに、私と日吉くんの様子を見て何かに気がついたのかもしれない。
二人とも勘が鋭そうだもんね。
『越前くん、私のこと励ましてくれたんだよ。
相変わらずそっけない感じだったけど…、きっといろいろ考えてくれてたんだろうな…』
あ、日吉くんのところにも行ったってことは…。
『ねぇ、日吉くんも越前くんに励まされたの?』
何気なく聞いてみただけだったけど、日吉くんは苦虫を噛み潰したような顔をして黙りこんでしまった。
『日吉くん?』
「あれは…励ましだったのか?
いや、まぁ…あいつの性格を考えれば、そうと思えば思えないこともないか…。
生意気なやり方だが…」
『?』
よく分からないけど…、日吉くんも励まされたみたい。
『…でも、越前くんも違うよね』
あぁ、とうなずく日吉くん。
そのまましばらく静かに考えこんだあと、ハッとしたように顔をあげた。
「まさか……」
『なに?どうしたの?』
「…俺たちの為かもしれない」
『え…?』
「佐伯さんは俺たちのために、演技していたのかもしれない…。
それなら全ての辻褄があう」
『演技…?』
日吉くんは、たどり着いた推察を話してくれた。
佐伯さんは誰かから事情を聞いて、私と日吉くんのすれ違いを解消するために動いてくれたんじゃないだろうか。
私に細かく注文をつけたのは日吉くんを怒らせるため、日吉くんを怒らせたのは私と二人で正直に話す機会を持たせるため。
そのために、悪役をかってでてくれたんじゃないか。
『うそ……』
信じられない気持ちだった。
私たちのために、わざわざ…?
だけど日吉くんの説明は筋が通っていて、納得できるもので…。
それに、あの優しい佐伯さんなら本当にあるかもしれない…。
「ここで考えていてもしょうがないな。
俺は佐伯さんのところに行って、直接話を聞いてくる。
もし想像どおりなら…謝らないといけない」
スッと立ち上がる日吉くん。
『私も行く!
私も謝りたい。それに、お礼が言いたい』
私も慌てて立って、日吉くんに歩みよった。
「…分かった。一緒に行こう。
だがお前は謝る必要はないぜ。悪いのは俺だ」
『またそんなこと言ってる。
日吉くんだけが悪いなんてこと、無いんだからね。さっきも言ったのに』
ちょっとだけムッとしながらそう言うと、日吉くんの険しかった表情がフッと和らいだ。
「そうだったな」
『うん。
もう忘れないでね』
「あぁ、分かった」
ホッとして、佐伯さんの部屋に行こうと歩き出したとき…。
「さすがやな、日吉」
思わぬ声が聞こえてきた。
その声に、反射的に振り返った私と日吉くんの前に現れたのは…忍足先輩だった。
「ご明察や。
ほとんど全部当たっとる」
「忍足さん!?」
『忍足先輩!?』
声が重なった私たちの驚く様子を見て、苦笑する先輩。
「!まさか…忍足さんですか」
「せや」
『え、えっ?』
何かを察した日吉くんにうなずく忍足先輩。
最初は何が何だか分からなかったけど、ようやく私にも分かった。
『えっ!
もしかして佐伯さんに話したのは忍足先輩なんですか?!』
「そうや。
ごめんな、ななしちゃん、日吉」
それから忍足先輩がしてくれた話は、日吉くんの話と本当にほとんど同じで…。
「ほんまにごめんな、二人とも。
二人のこと、騙してしもた」
謝る忍足先輩に、日吉くんが一歩前に出て頭を下げた。
「…申し訳ありませんでした。
先輩が謝る必要は全くありません。
忍足さんと佐伯さんが俺たちのために動いてくれているとは知らず、頭に血がのぼって冷静さも欠いて、それに気がつくことも出来ませんでした。
今回のことで自分の未熟さを痛感しました。本当に情けないです」
日吉くんの横顔は、すごく真剣で…苦しそうだった。
「日吉…」
「佐伯さんには今から謝りに行ってきます。
あんなひどい態度をとった俺を許してくれるかどうか分かりませんが…、とにかく謝りたい」
『わ、私も同じです!
情けないのは私も同じ…、私も全然気がつかなかったから…。
すみません、忍足先輩』
日吉くんの隣に並んで、私も頭を下げた。
「あぁ、ちょっと、二人とも謝らんといて。
全部こっちの策やったんやから、二人が気がつかんほうがありがたかったんやし。
責められることも覚悟しとったんやけど、受け入れてくれてありがとう。
二人とも、ちっとも情けなくなんかないで。むしろこっちが助けられたわ」
謝る私たちに少し困ったようにほほえむ忍足先輩は、日吉くんが言うとおりすごく大人で優しくて…、こんなに良い先輩がそばにいるなんて本当に私は恵まれてるなと、心の底から思った。
『先輩…ありがとうございます』
「すみません…、ありがとうございます」
「日吉、せやから謝らんでええんやって」
「あ、すみません。……あ」
「ふふ、自分らしいなぁ」
私たちは改めて忍足先輩にお礼を言って、今度は佐伯さんのところへと向かうことにした。
緊張して、言葉も少ないまま佐伯さんの部屋に着いた日吉くんと私。
インターホンを押してドキドキしながら待っていると、珍しく慌てた様子で奥から出てきた佐伯さんは、私たちが一緒にいるのを見るなり笑顔になった。
そして「よかった、うまくいったんだね!」と、本当に嬉しそうに言ってくれた。
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