合同合宿編
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*忍足side
しばらくすると、奥から佐伯が出てきた。
「やぁ、忍足」
「佐伯。
悪いなぁ、せっかく皆で遊んどるところに」
「いいよ、気にしないで」
佐伯らしい笑顔を向けられて、俺も笑顔を返した。
……相変わらず爽やかな奴やなぁ…。
いつ会ってもこうやからな。
ここまでくると感心するわ。
「…?
忍足、大丈夫?」
「あ、あぁ、大丈夫や」
あかん、さっさと本題に入らな。
「…もしかして、何かあったの?」
俺の様子を不審に思ったのか、佐伯の表情と声色が変わった。
「違うんや、心配かけてしもたな。
ちょっと自分に相談したいことがあって来たんや」
「相談?」
「せや。
悪いんやけど、今話せるやろうか」
「大丈夫だよ。
そういうことなら場所変えようか?」
「あぁ、頼むわ」
出かける旨を伝えるために一旦部屋に戻った佐伯は、苦笑いを浮かべて帰ってきた。
「名無しさん、付き合ってる人がいるんだって?
剣太郎がすごくショック受けてて、みんなで励ましてるんだけど」
「あー…」
あの状態で戻ってきたら、そら心配してみんな事情聞くやろうな。
「剣太郎はプライバシーに関わることだから相手の名前は言えないって言ってたけど…」
プライバシーって…。
……はー、律儀なうえに真面目な奴やなー。
「それ、実はな…」
泣きじゃくりながらも真面目な姿勢を崩さへん葵が健気に思えて、誤解やって伝えてもらおうと話し出したんやけど…。
「実はキミだったりして」
「え」
それを佐伯がさえぎった。
「だってもし俺たちが知らない奴なら隠す必要もないし、そもそも剣太郎だって名前を聞いたところでちんぷんかんぷんだろうからね」
言いながら、俺を見てクスッと笑う。
「普通に考えたら、氷帝のテニス部の誰かだって考えるのが自然だよね」
「それは、せやから…。
いや、仮にそうやったとしてもそれだけなら俺やってことにはならんやん。他にもおるんやし」
「うーん、そうなんだけどね。
剣太郎のあの動揺っぷりをみると、付き合ってる奴から面と向かって言われたのかなぁと思って」
一旦言葉を区切ると、なぜかそこでコホンと咳払いをする佐伯。
「“言っとくけど、ななしは俺の女やから。他の男には手出しさせへんで!”みたいな感じでさ」
「なんで関西弁やねん!
俺やって決定しとるやん!」
満足げな表情の佐伯に、反射的にツッコミを入れてしまった。
「ハハッ、ごめんごめん。
関西弁って結構難しいね」
どこからか高原の風でも引き連れてきたようなその笑顔に毒気を抜かれて、俺はため息をついた。
「…自分、面白がっとるやろ」
「バレたか」
「あんなぁ、人が悪いで」
ほんまにこいつは……。
笑顔でサラッとこういうことするからなぁ。
「氷帝の誰かだと思ったのは本当だけど、忍足だっていうのはこじつけだよ。
一回言ってみたかったんだ、さっきのセリフ。それも関西弁で。それなら忍足じゃなきゃね」
「自分らしいなぁ」
「そうかな。
ハハッ、ありがとう」
「…いや、誉めたわけやないねんけど」
「あれ、そうなの?」
佐伯は間違いなく切れ者やと思うんやけど、妙にのんきな所もあったりで。
そういう所が疑われる可能性を低くするんやないかと思ったのも、最後に迷ったときの決め手のひとつになった。
「それで、俺に相談したいことっていうのは?」
話題をあっさりと変えてきた佐伯に、少し面食らった。
てっきりななしちゃんのことをもっと聞いてくると思ったんやけど…。
「ななしちゃんのことは聞かへんのやな」
「もちろんそれは気になるけど、剣太郎の言うとおり個人的なことだしね。
それに今は君の相談のほうが優先すべきことだろ?
忍足がわざわざ俺をたずねてくるなんて、よっぽどのことなんだろうし」
しばらく歩いて、話すのにちょうどよさそうな場所まで来た俺たちは、そこにあったソファーに腰をおろした。
そこで俺は佐伯に話した。
日吉とななしちゃんのことを。
二人のあいだにすれちがいがあって、意思の疎通がうまく行かず、誤解が生じていること。
本当はお互いに相手と関わりたいと思っていること。
俺や跡部がこの状況をなんとかしたいと考えていること。
そしてそれにはこの合宿が千載一遇のチャンスだということ。
その為に力を貸してほしいということ。
俺が一通り説明し終えると、佐伯は難しい顔をして黙りこんだ。
「悪いなぁ、自分には直接関係ない話やのに」
申し訳ない気持ちになって謝ると、佐伯は表情を和らげた。
「そんな、水くさいよ。
確かに俺は違う学校だけど、忍足と日吉のことはテニスを通じた仲間だと思ってるし、名無しさんとも友達になれたと思ってるし…って、俺のほうだけかもしれないけどね。
とにかく、頼ってもらえてむしろ嬉しいよ。ありがとう」
「そう言うてもらえると助かるわ。
こちらこそ、おおきに」
「うん、頑張るよ」
仲間…か。
大抵の場合そらぞらしく感じてしまうその言葉も、佐伯が言うと嫌みがない。
内々のことを他校の奴に持ちかけることにどうしてもあった抵抗が、その言葉のおかげでずいぶん無くなった。
「それで本題なんだけど、やっぱりキーになるのは日吉のほうだね」
「あぁ、そうなんや」
そう、問題は日吉のほうや。
ななしちゃんはまだきちんと話せば分かってくれそうではあるけど、日吉は…。
あいつの頑なな所は長所やとは思うけど、こういうときはなぁ…。
「うーん、そうだなぁ…。
ちょっと…かなり強引なうえに、あんまりいい手とは言えないかもしれないけど…。
今思いつく限りだと、これが一番確実かな」
「えっ、何か方法があるん?」
「まぁ…、一応は」
「どんな方法や」
迷いが混じった表情で俺に視線を合わせる佐伯。
「…理性を失わせるんだ」
「理性を…失わせる?」
「そう。
今の状況を打破するためには、あの二人に自分の本音を相手に直接伝えてもらう必要があると思う。
それくらい、相手が自分を嫌っていると思い込んでしまってるみたいだからね。
だけど日吉が冷静なままだと、なかなか本音を名無しさんに見せないと思うんだ。
だから、理性を失わせる」
「…具体的にはどないする?」
あんまりいい想像は出来んかったけど、念のために聞いてみる。
すると、佐伯はその表情をいっそう険しくして言った。
「わざと、怒らせるんだよ」
それから聞いた佐伯の策は、確かに荒療治的なものではあった。
まず何か理由をつけて日吉を連れ出して、そこへ偶然を装ってななしちゃんを誘い出す。
そして日吉の目の前でななしちゃんにいじわるをして、日吉を怒らせる。
そうすれば日吉はおそらくななしちゃんを連れてその場を離れようとする。
感情が高ぶった状態で二人きりになれば、今まで言いたくても言えずにいた相手への素直な気持ちを口にもしやすくなっているだろう。
その先はもう本人たちの気持ちの強さにかけるしかない。
…というものやった。
「なるほどな……」
佐伯の言ったとおり、良い方法とは言えんかもしれへん。
せやけど…確かに効果的かもしれへん。
それくらいやないと、すっかり閉じきった日吉の心を開くんは難しいやろう。
それにこの方法なら、自分たちの意思で話していると思わせることができる。
誰かのお膳立てがあっての事やと知っとったら、二人とも気持ちのどこかに遠慮が混じる。
その遠慮が本音を言葉にすることの、ほんの少しでも妨げになってしもたら意味がない。
今回何より大切なのは、言えなかった本当の気持ちを相手に伝えること。
それを最優先に考えるなら…。
「忍足、君はどう思う?」
まっすぐ目を見て聞いてきた佐伯に、答える。
「良いと思うで」
それにしても…、この短時間でここまでよう考えたもんや。
「じゃあ、この方法でいいんだね?」
「あぁ」
「分かった。
日吉を連れ出すにはやっぱりテニスの話題がいいかな」
「せやな。
けど…大丈夫やろか」
「大丈夫だよ。
なんとかうまくやってみせるよ」
「いや、そういう話やなくて」
佐伯なら、それはまず成功させるやろう。
そこは心配してへんけど、この作戦を実行するうえで心配なことが別にある。
それは…。
「その、言いにくいねんけど…」
「?」
「わざととはいえ、日吉の目の前でななしちゃんをいじめるわけやろ?」
「うん、そうだね」
「あいつ…本気で怒って、手ぇあげるかもしれへんで」
もちろん、日吉はそう簡単にそんなことする奴やないとは分かっとる。
せやけど…。
好きな子がいじめられるのを目の当たりにするのは、そこを越えさせてしまう可能性も秘めた事やと思う。
もしそんなことになってしもたら…。
日吉とななしちゃん、佐伯、そしてもっと他のやつまで巻き込んだ、おおごとになる。
みんなを傷つけた責任を、俺は背負いきれるやろうか…。
「忍足、心配いらないよ」
いろいろ考えて沈黙が続いとったところに、佐伯のやけにのんきな声が聞こえた。
「日吉は大丈夫だよ。
それは忍足のほうがよく知ってるだろ?」
……確かに、そうや。
日吉は武道に対して信念を持っとるし…、それに手をあげてしもたら、ななしちゃんも佐伯も他のたくさんの人間をも傷つけることになると、ちゃんと分かっとる。
せやから…きっと大丈夫やな。
あかんな、俺が信じてやらな。
先輩やねんから…。
「それに、2・3発殴られる覚悟はできてるしね」
「って、言うとること違うやん!
殴られるかもしれへんて思っとるやん!」
「ハハッ」
…まったく、こいつは。
俺はクセ者やって人からよう言われるけど、こいつのほうがよっぽどクセ者やで。
パッと見は爽やかで人当たりもええから、そんなふうに形容されることはないけど…。
「まぁ、人の気持ちを知っててかき回すんだから、それくらいの覚悟はしないとな」
「…分かった。
それなら俺も半分背負わんとあかんな」
「え?」
「万が一佐伯が殴られるようなことになったら、俺も殴られに行くわ」
「…そっか。
分かったよ、じゃあ一緒に殴られようか」
そう言う佐伯の表情が、また無駄に晴れやかで。
なんや、青春スポーツ漫画みたいやな。
「…ふふ」
思わず笑ってしもた俺に、不思議そうに首を傾げる佐伯。
「忍足?」
「おもろいなぁ、自分」
「そう?よかった。
俺も忍足としゃべるのは面白いよ」
「それはどうも、おおきに」
「こちらこそ、おおきに」
―――――――――
あれから、俺と佐伯は作戦を実行に移すため、細かいところをつめていった。
佐伯が日吉を誘いだし、そこへ俺がななしちゃんを誘導する。
不測の事態が起きた場合に備えて、俺は少し離れたところで様子をうかがいつつ待機、佐伯はななしちゃんにいじわるをして日吉を怒らせる。
そこから先の、“日吉がななしちゃんを連れてその場を離れる”いうのは、日吉の性格をふまえて考えたとはいえ、かなり希望的観測も混じっとったけど…。
実際、そのとおりになった。
ここが失敗すると、この作戦の目標である二人きりで話をさせることが出来んようになってしまうから、ハラハラしながら見とったけど、うまくいってほんまによかった。
あとは俺は作戦どおり、すぐに二人のあとを追って引き続き様子を見守る――。
――と、いうことやねん。
分かってもらえたやろか。
決して変態とちゃうで。
誤解せんといてな。
……って、ほんまに誰に対して言うとるんやろ、俺。
とにかく、日吉とななしちゃんは無事に仲良うなれた。
はぁ、ほんまによかった。
そしたら残るはあとひとつ。
このままやったら佐伯が悪者になってまう。
二人に本当のことを話して、その誤解を解かんと。
それから…。
きちんと謝らんとあかんな。
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