私のヒーロー・番外編
主人公(あなた)の姓名を入力してください。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*千石side
キーンコーンカーンコーンーー
よしっ!
昼休みだ!
購買で買っておいたパンが入っているビニール袋をつかんで急ぎ足で教室を出る。
早く行かないと帰ってしまうかもしれない。
「千石、どこ行くんだよ?」
「一緒にメシ食おうぜ」
声をかけてくれたクラスメイトに振り返って謝る。
「ごめん、ちょっと行くところがあるんだ~」
そのまま廊下に出ると、屋上へ続くルートをひたすら進む。
「千石くーん、私たちと一緒にごはん食べよーよ」
「ごめんね~、今日は用があるんだ。また今度誘ってね!」
途中でまた何人か誘ってくれる人がいて、それを断った。
嬉しいけど、今日はあいつのところに行くって決めてるから。
休み時間に屋上に出る生徒は結構いるけど、今向かってるほうの屋上にはほとんど誰も来ない。
それはこんな晴れた日にはたいてい怖そうな先客が陣取ってるから。
だから、そこに行くのは男子テニス部の奴らだっていうのがお決まり。
他のみんなは知らないんだ。
その先客はすごくいい奴だってこと。
人気のない階段を一段飛ばしで駆けのぼって、その先にあるガッシリした造りの扉を開けた。
そこにあるのが屋上だ。
飾り気のないベンチがいくつか置かれている以外はほとんど何もない、だだっ広い空間。
一気に視界がひらけて吹き抜けてくる風が気持ちいい。
屋上に出たオレはくるんと方向転換して、今くぐってきたばかりの出入り口の上のほうに向けて呼びかけた。
「おーい、亜久津ー」
ここから姿は見えないけど、たぶんいるはずだ。
今日は学校に来てると目撃情報があったし、だけど教室には来なかったし。
こんな場合は十中八九ここだから。
「あーくーつー」
何の反応もない。
だけど絶対いるはず。
かすかに気配がする。
「あーくーつーくーーん」
……………………。
やっぱり反応ナシ。
よーし、こうなったら……伝家の宝刀!
「あーあ、なんか優紀ちゃんとしゃべりたくなっちゃったな~。
今度電話してみよっかな~」
「おい、やめろ」
出入り口の上のスペースで、寝転がっていたらしい先客が身体を起こす。
「やあ、亜久津」
「…チッ」
亜久津はオレをチラリと見たあと、フイ、と目をそらした。
「何の用だ」
「亜久津と一緒にお昼ごはん食べようと思ってさ」
持っていたビニール袋をガサガサと振ってみせる。
すると絵に描いたようなしかめっ面と不機嫌な声が瞬時に返ってきた。
「帰れ」
まあ、そうくるよねー。
でもへこたれない!気にしない!
「じゃ、いただきまーす!」
その場に腰をおろして、手をパチンと勢いよく合わせる。
「おい、なに食おうとしてんだ」
まあ、そうくるよねー。
ここで伝家の宝刀、その2!
「あ、そうだ!
伴爺も誘ってみようかな~、オレたちと一緒にお昼ごはん食べようよーって」
「…おい待て。
分かった、ここで食いたきゃ食え」
「やったー、いいの?
さっすが亜久津!話が分かるー!」
「チッ…」
ほらね!効果テキメン!
「そういえば、聞いたよ?
きのうは新渡米と喜多くんと一緒に食べたんだってね」
「あいつらが勝手に来て勝手に食ってただけだ。
何が楽しいのか知らねぇがずっとしゃべってやがったぜ」
「そんなの決まってるだろ?
亜久津といるのが楽しいんだよ」
「ハッ、んなわけねぇだろ」
んなわけない、か。本当なのに。
確かに亜久津はパッと見は近寄りがたい。
だけどそれも亜久津の個性。何も悪いことじゃない。
それに、一歩踏み込んでみればすぐに分かる。
心のうちに秘めた芯の部分は誰よりも純粋で、熱い。
そして優しい。
亜久津を怖がってるみんなはそれを知らないだけなんだ。
まぁ、みんなの気持ちも分からなくはないけどね。
確かに愛想は全っ然ないし。
「亜久津はもう食べた?今日も優紀ちゃんのお弁当だよね?」
「まだ食ってねぇ」
「じゃあ一緒に食べようよ。
間に合ってよかったー、ラッキ~!」
盛大なため息が頭上から降ってくるけど、やっぱりこれも気にしない!
こんなのいちいち気にしてたら亜久津の友達やってられないしね~。
ビニール袋からパンを取り出しつつ、今日ここに来たもうひとつの理由を話すことにした。
今日朝練の終わりに伴爺から聞いたばかりのニュースだ。
「なぁ、亜久津。今朝聞いたんだけどさ、今度ーー」
「行かねぇぞ」
「え」
あっという間に拒否されてしまった。
「ちょ、え、なになに?
何に対して言ってる?」
てっきり亜久津はまだ知らないと思ってたから、びっくりして聞き返した。
するとあっさり答えが戻ってくる。
「合同合宿だろ」
「え!?なんで知ってんの?!」
「新渡米と喜多と太一から聞いたんだよ。
ったく、次から次へとうるさいったらないぜ」
今日亜久津が学校に来てからまだそんなに時間たってなかったはずだけど…。
やっぱりみんな亜久津に来てほしいんだなぁ。
仲間だもんね…。
なんかちょっと、ジーン………。
ーーーーー、ーーーーーーー。
ーー、ーーーー?
一人で感傷にひたっていると、分厚い扉の向こうから誰かの話し声が聞こえてきた。
「誰か来たね」
チラリと亜久津を見ると、露骨に嫌そうなオーラを漂わせていた。
新たな勧誘者が来ることを警戒しているのかもしれない。
ーーガチャ
開いた扉から出てきたのは、よく知った顔の二人だった。
「お、千石」
「お前も来てたのか」
少しびっくりしたらしい二人に、ヒラヒラと手を振る。
「よっ、ジミーズ!」
「その名前で呼ぶな!!」
すかさずツッコミをいれる南の隣で、東方が小さく笑いながら亜久津に向かって手をあげた。
「おはようさん。って、もう昼か」
「二人も亜久津と一緒にお昼ごはん食べに来たんだろ?」
聞くと、二人はうなずいてその場に座った。
「あぁ」
「話もあるしな」
話…って、合宿のことかな?
「亜久津、今度合同ーー」
「行かねぇ」
「…え?」
あらら、やっぱり。
言いかけたことをスッパリ断ちきられてしまってポカンとしている二人に、事の経緯を説明してあげる。
「実はねー、オレもさっき同じこと言ったばっかりなんだ。
ちなみにオレの前に壇くんと喜多くんと新渡米からも言われたらしいよ」
「なるほどな。
それでみんな断られたわけか」
「みたいだね~」
「まぁ、亜久津がすんなり参加するとは思ってなかったが」
「確かに」
うちの部長である南と副部長である東方。
この二人のバランスは完璧だとオレは思う。
「とはいえ亜久津、お前はうちの正式な部員なんだぞ。
理由もなく部の活動に参加しないのはどうなんだ」
ほら、さっそく南のお説教が始まった。
「ガタガタうるせぇな。
俺は気が乗らないことはやらねぇ。命令するな」
「なんだ、その言い方は。テニスは個人競技だが、部員の団結力も大切なんだぞ。
そもそもお前はーー」
「まぁまぁ、南。もういいだろう」
当たり前のように言うことを聞かない亜久津に南がさらに語気を強めようとしたとき、東方が冷静に止めに入った。
これもうちではよく見る光景。
「こういうことは自主性が重要だ。無理矢理参加させたところでたいした成果はないさ。
それは南も知っているだろう?」
「それは…まぁそうだが…」
「亜久津。気が変わったら途中からでもいい、参加しろよ」
「わーったよ」
東方に諭されて、しぶしぶ返事をする亜久津。
その様子に南がため息をついた。
「まったく…しょうがないな。
だがお前もうちからの参加者として氷帝に返事をしておくぞ。みんな待ってるんだから、来いよ」
「ハイハイ」
「まったく…」
見よ、このバランス。
バッチリでしょ?
南はお節介なくらい面倒見がよくて、みんなの和をすごく大切にする。
東方は一歩引いたところから冷静に物を見て、個々の意思も尊重する。
この絶妙なバランスでうちの部の平和が保たれてきたし、その安定感があるからこそみんな安心してテニスを楽しみつつ成長できるんだ。
「千石、もしかしてお前も購買でパン買ってきたのか?」
言いながら、東方がオレと同じビニール袋を軽く持ち上げた。
「そうだよ、東方も?」
「あぁ、さっき買ってきた」
「さっきか~、じゃあコレはもう売り切れだったでしょ」
手元の袋から紙に包まれたパンをひとつ、取り出す。
「なんだ、それ」
「ふっふっふ。
今日から発売開始の新商品、その名も……」
みんなの注目の中、高々とパンを突き上げた。
「“季節外れもいいところ、だがウマイ!大きな栗まるごと一個入り!モンブランデニッシュ!!”」
「何!?」
思ったとおり、頭上から瞬時に返ってきた興味津々のリアクション。
「亜久津、コレ欲しい?」
モンブランデニッシュに釘付けの亜久津。
亜久津はモンブランが好きだから絶対食べたいはずだけど…、どうやらプライドが邪魔するらしい。
「い、いらねぇよ」
「あっそ。じゃあオレ食べちゃおー」
「!!!」
「フフ」
「鬼畜だな」
東方が笑う横で、南はあきれ顔だ。
まぁオレだって結構イイ奴だからーー。
「亜久津」
「ああ?」
「ほら」
若干殺気だってる亜久津の目がこっちに向いた瞬間、手にしていたパンを勢いよく投げた。
ーーパシッ
「!?」
「それ、あげるよ」
不意討ちだったのに上手く受け取った亜久津に感心しつつ、オレは袋からもうひとつパンを取り出して見せた。
「同じのふたつ買ったんだよ。モンブランって聞いたら亜久津のこと思い出してさ、つい。
あ、ちなみに今回はオレのおごりね~」
「おおー」
「聖人だな」
亜久津はというと、戸惑った様子でパンとにらめっこしていた。
「べつに貸しだなんて思ってないから気にしないで食べてよ。
新商品は人気があるから早い時間に行かなきゃ買えないし、亜久津は当分買えないよ?」
「…………」
亜久津は黙ったまま難しい顔をしていたけど、しばらくして意を決したみたいにかぶりついた。
噛むごとにその眉間からシワが消えていく。
「うまい?」
返事はないけど、パクパクと食べ続けるその様子が肯定の何よりの証拠だった。
「じゃあ俺たちも食おう。
今日は母さんがコロッケ入れてくれたんだ」
いそいそとお弁当箱を出しながら、南は嬉しそうに笑った。
「あ、オレももうひとつはコロッケだよ~!
その名も、“サクサクホクホクこの食感がたまらないね!ふんわりパンと一緒に召しあがれ!昔なつかしちょっぴりさびれた商店街のコロッケパン!”」
「俺もそれ買ったぞ」
「え!東方も?」
「あぁ。なんか南がいるとつられて買ってしまうよな」
「そうそう」
「良いことじゃないか。コロッケは安いしうまいし最高だぞ」
「まぁ確かにね~。
それでそれで?他は何にしたの?」
「“生クリーム、チョコチップ、くるみ、レーズン、全部入り!欲張りなあなたにオススメ!わがままな夢を叶えるめちゃうま☆塩バターメロンパン!”」
「おおー、それもうまいよなぁ」
「東方分かってる~!」
「フッ、まぁな」
「千石」
聞こえてきた亜久津の声に、そっちのほうを見上げる。
すると、いきなり視界に何か四角い物体が現れてこっちに向かって落ちてきた。
「うわっ」
反射的に受け止める。
亜久津が放り投げたらしいその謎の物体は、タッパーだった。
「?
亜久津、何これ」
「ほらよ」
今度は小さなピンク色の紙が、ピッと弾かれて亜久津の指から離れた。
宙をフワフワと舞いながら落ちてくるそれを、ちょうど頭の高さあたりでキャッチして見てみると、そこには何か文字が書かれていた。
“仁へ。
果物多めに入れておいたから、またお友達とお昼ごはん食べるようなら、みんなと仲良く一緒に分けっこして食べなさいね”
少し丸っこい字で書かれたそれは、内容から優紀ちゃんのものだと分かる。
優紀ちゃんは亜久津のこと本当に心配してるからなぁ。
「千石、何なんだそれ。何か書いてあるのか?」
不思議そうな南と東方に、クルリとその紙を回転させて内容を見せる。
「あぁ、優紀ちゃんから亜久津へのメモか」
いくら優紀ちゃん本人からの強い要望とはいえ、いつもの落ち着いたトーンで同級生の親を“優紀ちゃん”なんて言ってのける東方がシュールで面白い。
南は今だにちょっぴり恥ずかしがるし、性格出るよなぁ。
「なるほど、亜久津は俺たちのことを友達だと思ってるってわけか。
思わぬ告白をされたな」
引き続き落ち着いたトーンの東方。
だから一瞬ポカンとしてしまった。
……もう一回メモを読んでみる。
“お友達とお昼ごはん食べるようなら”
………………………………。
“お友達”
………………………………。
「おおっ!確かに!!」
「そう言えばそうだな!」
「フッ…」
「なっ!
んなこと思ってるわけねぇだろうが!」
「いや~、でもな~。ハッキリここに書いてあるし!ホラホラ!」
「俺が書いたんじゃねぇ!
それはパンの礼も兼ねて渡しただけだ!」
「ははっ、照れるなよ、亜久津」
「フッ…」
ワイワイと盛り上がる中、ふと視線を下げる。
色とりどりのフルーツ。
どれも食べやすい大きさにカットされていて、優紀ちゃんの亜久津への愛情を感じる。
オレンジを口に入れると、甘酸っぱくてみずみずしい果汁が広がっていった。
……おいしいなぁ。
耳慣れた仲間の笑い声。
同じ夢を追う、気心知れた仲間。
モンブランデニッシュ。
コロッケパン。
ストローがささった紙パックのジュース。
オーダーメイドみたいに身体に馴染んだ制服。
上履き。
気持ちのいい風。
高い高い空。
あぁ、オレって…。
こんなに幸せでいいのかなぁ。
本当に、毎日楽しくてしょうがない。
でも、もし…。
もし、あの子がそばにいてくれたら……。
そうしたら、もっともっと楽しいだろうなぁ。
…………………。
………会いたい。
キミに会いたいよ。
すごくすごく会いたい。
あの子のことを考えるとき、オレはいつも幸せな気持ちと不安な気持ちを感じていた。
彼女を思い出すだけで幸せになれるけど、もう2度と会えないかもしれないっていう不安も同時にあった。
だけどこの前、室町くんから言われたんだ。
“また会えると思いますよ”
あの言葉に、オレはずいぶん救われている。
あの子のことはみんなには内緒にしておくつもりだった。
もし言ってしまったら、優しいみんなはきっとオレを気遣う。
でも当のオレだってあの子のことは何も知らないんだ。
名前も、学校も。
だから、結局はただみんなに心配をかけるだけになってしまう。
それは絶対にイヤだった。
だけどある日、部活の合間にあのサンタさんを眺めていたオレに室町くんが言ったんだ。
“好きなんですか?その子のこと”
驚きつつも話を聞くと、室町くんはクリスマスパーティーのときからすでにオレの様子に違和感を覚えていたらしく、その後の言動やサンタさんで確信を得たと言っていた。
鋭い室町くんにそこからのごまかしがきくはずもないし、オレはあの子のことを話した。
室町くんは真剣に話を聞いてくれた。
そして言ってくれたんだ。
また会えると思いますよ、って。
もちろん、その言葉に根拠や保証があるわけじゃない。
でも真面目な後輩が一生懸命に考えた末にオレにくれた言葉だ。
その気持ちが何より嬉しかったし、励まされた。
…ねぇ、キミは今なにしてる?
あの日みたいに笑ってる?
オレは毎日楽しいよ。
キミもそうだったらいいな。
また会えるって信じて、オレいろいろがんばるよ。
キミと再会したとき、少しでもイイ男になっていたいから。
そしてそのとき伝えたいんだ。
ずっとキミに会いたかった、って。
「亜久津、優紀ちゃんにありがとうございましたって伝えておいてくれ」
「チッ。めんどくせぇな」
「俺も頼む。
おいしくいただきましたってな」
「…はぁ、しょうがねぇな…」
「あ、オレもオレも!
今度デートしましょうって言っておいて!」
「誰が言うか!」
「ははは、千石らしいな」
「そうだな」
「エヘヘ~☆」
……end.