私のヒーロー・番外編
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*木更津side
「明日は雨かな…」
ベランダで一人つぶやく。
夕食後、少し風にあたりたくなって部屋から出たのはいいけど、外を流れる風は湿気を含んでいた。
雨は嫌いじゃないけど、髪のコンディションのことを考えると少し憂うつな気分になる。
~~♪~♪♪~~~
…あ、電話だ。
部屋に戻って確認すると、自分の名前と同じくらいに見慣れた名前がディスプレイに表示されていた。
「もしもし」
「もしもし。淳だけど」
淡々とした口調。
その聞き慣れた調子だけで元気なんだと分かる。
「何かあったの?」
「何かっていうほどでもないんだけどさ。そっちはみんな元気?」
「元気だよ。淳も元気そうだね」
「うん」
淳が言う“みんな”は、家族や学校の友達、それに部のみんなや後輩、その他にも…つまり淳がこっちにいた頃関わっていた、文字通りみんなを指している。
二年のときに転校して地元を離れた淳は、よくこんなふうにみんなは元気かと聞いてくる。
新しい環境にすっかり馴染んだ今となっても、やっぱり地元は特別に大切なようだ。
「実はさ、今日観月から聞いたんだけど」
「何を?」
「今度こっちで合同合宿やるらしいね」
「さすが観月。耳が早いね」
合同合宿の話は俺たちもつい最近聞いたところだ。
みんな喜んでいたけど、淳がいる聖ルドルフが参加校の中にいないと知ると残念がっていた。
それはもちろん俺も同じだけど、こういうのは主催の都合もあるからしょうがない。
「観月がずっと文句言っててさ。
なんで県外からわざわざ六角を呼ぶのにうちは呼ばないのかって」
「だろうね」
「クスクス…」
「クスクス…」
観月が不満げな顔をしているのが目に浮かんで、知らず知らず笑みがこぼれる。
「あ、忘れるところだった。
俺今度そっちに帰るから、みんなの予定聞いておいて」
「分かった、聞いとく。
淳、いろいろ忙しいだろうけど、もう少し母さんにも電話してあげなよ。
俺がいる手前気をつかってあんまり言わないけど、母さん寂しがってるから」
「結構してるつもりだけど足りなかったかな」
「中学生の息子が離れて暮らしてるんだし、心配にもなるよ。
少し多いくらいでちょうどいいんじゃない?」
「そうだね、そうする。できるだけ心配かけたくないしね。
電話くらいで安心してもらえるなら、もう少し回数増やそうかな」
「そうしてあげなよ」
淳から連絡があると、父さんもそうだけど母さんは特にあからさまにご機嫌になる。
家に帰って来たときなんか、淳の好物で食卓がいっぱいになる。
ルドルフに転校することも、俺たちは養われている立場だから反対されれば不可能だったわけだけど、案外あっさり認めてくれた。
それもこれも全部、両親が俺たちを愛してくれているからこそだ。
本当は寂しくて心配なのに、俺たちのやりたいようにやらせてくれる。
そのありがたみに、俺たちは淳の転校が決まって初めて気がついた。
だから親を出来るかぎり大切にしようと、今では二人でよく話している。
そんな電話をしていた次の日の朝ーー。
「亮。きのう出た数学の宿題、どこまでやった?」
「全部やったよ」
「えっ、マジ?」
「嘘だろ?!すごい量だったぞ?!」
「本当だよ。もう終わった」
下駄箱で会ったクラスメイトとしゃべりながら教室へと歩く。
学生の本分は勉強することだし、それが嫌いというわけでもないけど、大量の宿題が出されたときにはやっぱり面倒だと感じてしまう。
それは誰しも同じらしい。
だけど何を言ってもやらないことには終わらない。
どうせやるしかないのなら、さっさと終わらせてしまうにかぎる。
「この優等生め~!」
「そんなんじゃないよ。
後でやるのが面倒くさいだけ」
「その言い方、亮っぽいな」
「そう?」
友達に返事をしたそのとき、後ろのほうからこっちに駆け寄る何人かの足音が聞こえてきた。
「あ、あのっ!亮先輩!」
?
振り向くと、そこには一年生らしき女子が3人いた。
みんな顔が赤いし、見るからにそわそわしている。
…………………。
過去の経験から、何をしに来たのかだいたいの予測がついてしまった。
だけど、もし違っていたら大恥どころの話じゃない。
だから知らん顔で尋ねる。
「俺に何か用?」
すると、一人の子が思いきったように口を開いた。
「あのっ、私たち、小学校のころから亮先輩のファンだったんです!
も、もしよかったら、握手してくださいっ!」
思ったとおりだ。
こういうことはときどきあるから、驚きはない。
…だけど、毎回のように相手と少しだけ距離を感じる。
俺を好いてくれてるのに。
「…握手?いいよ」
手を差し出すと、女の子たちがキャーっとざわめく。
俺に向けられるキラキラしたまなざしを受けながら、ひとりひとりと握手をする。
「あ、ありがとうございました!」
「どういたしまして」
「これからもずっと応援してます!テニス、がんばってください!」
「ありがとう」
「し、失礼します!」
「うん」
俺がうなずくと、3人はペコペコと頭を下げてから走り去っていった。
「キャー!カッコイイ!」
「ヤバイ!私、倒れそうー!」
「かっこよすぎー!」
………………。
嬉しさと、…むなしさ。
相反する感情を胸に感じながら、待ってくれていた友達に声をかける。
「ごめん、行こう」
ーーバシッ!!
「えっ」
友達に肩を結構な強さで叩かれてしまった。
「何?」
訳がわからず聞くと、もう一回叩かれた。
「お前なー、いつものことだけどもう少し嬉しそうにしろよ」
「そうそう、無愛想すぎ」
「無表情で握手とか嫌味かっ!」
あぁ、なるほど。
「そんなこと言われても」
「あっ!
ほらあそこ!歩くお手本が来たぞ!」
友達が指差した廊下の向こうを見ると、そこにちょうどサエが歩いてきた。
周りには女子が集まっていて、サエはその中心で楽しげな笑顔を浮かべていた。
「佐伯くん、おはよー!」
「やぁ、おはよう」
「佐伯先輩!おはようございます!」
「おはよう。いい朝だね」
サエが笑顔で答える度に黄色い歓声があがる。
学校のあちこちでよく見られる光景だ。
「サエはあれが素だからね。俺はさっきのが素。
だからこれでいいんだよ」
「もったいねーなぁ。そうすりゃもっとモテるのに」
「いやいや、女子からしたらこの冷静な感じがいいんじゃね?」
ああでもない、こうでもないと、盛り上がる友達。
くだらない、本当にどうでもいいような話。
だけど、こういう時間が俺は結構好きだ。
「あ、そういえば今度淳が帰るって。
みんなの都合教えてよ」
「お!久しぶりだなー!」
淳が帰ってくると聞いてみんなが喜んでくれる。それが嬉しい。
「まさかあいつ、東京で彼女つくったりしてんじゃねぇだろうな」
「あー、それあるな。亮、何か聞いてるか?」
「さぁ?知らないよ。
でももしそんな子がいるなら報告くらいしてくれるだろうし、たぶんいないんじゃないかな」
「ならいいけどさー。
けどどうせあっちでもモテてるんだろうな…」
「まぁそうだろうな…。羨ましい…」
言いながら、友達がどこか遠い目をしたときだった。
「みんな、おはよう」
サエが俺たちのところに走ってきた。
「おはよ、サエ」
「おわっ、佐伯!」
「びっくりしたー、お前さっきまであっちにいただろ」
「ハハ、びっくりさせてごめん。ちょっと亮に用があって」
「何?」
「うん、今度オジイの家にみんなで泊まりにいく日のことなんだけどさ。
探検はおあずけになりそうなんだ」
「へぇ、どうして?」
「懐中電灯がひとつ故障しちゃったんだけど、オジイが先に修理しないといけないものがあるから、間に合わないみたいで」
「そういえばそんなこと言ってたね」
それから少し話をして、サエは戻っていった。
「……なぁ、探検って何だ?」
見ると、友達がそろって怪訝な顔をしていた。
「何って、オジイの家の蔵の探検だよ」
「いや、そんな世間の常識みたいな感じで言われても」
「お前らそんなことしてんのかよ…」
「そうだよ。
ほら、ここに着ける懐中電灯あるでしょ。あれと軍手を着けてみんなで探検するんだ。
オジイの家の蔵はいくつもあってどれも古くて、最高に楽しいよ。得体のしれない謎の物体が見つかるから」
額を指しつつみんなに説明する。
俺たちは好きでよくやってることだけど、みんなにはおかしなことに思えるらしい。
「お前らってつくづく変な奴らだよな」
「そうだよな。
腹立つくらいモテるくせして誰も彼女つくらねーし」
「いっつも海がどうとかアサリがどうとか言ってるもんな」
「女子にあんま興味なさそうだし、あ、葵以外な。マジもったいねー」
話しているうちに教室に着いて、クラスメイトと挨拶をしつつ自分の席にカバンを置く。
「他のみんなはどうか知らないけど、俺は女子に興味ないなんてことないよ」
「えぇ?それはウソだろ」
「嘘じゃないよ」
「じゃあなんでいくら告白されてもことごとくフッてるんだよ」
告白を受け入れない理由なんてひとつだ。
「好きじゃないから」
これ以外の理由なんかない。
「……………あ、そう…」
「シンプルだな……」
「け、けどさ、中には結構いいなって子もいただろ?
そういう子と試しに付き合うのもいいんじゃね?」
「そういう恋愛を否定する気はないよ。
ただ俺には無理ってだけ」
……そう、無理だ。
好きでもない子と付き合うなんて、想像しただけでもむなしそうだ。
「亮ってそういうとこ真面目だよな」
「真面目とかじゃないよ。名ばかりの彼女といても全然楽しくなさそうだから。
そしたらきっと相手の子も楽しくないでしょ。俺のことを好きでいてくれて
る子にそんな思いはさせたくないし」
「じゃあ本気で好きになった子としか付き合うつもりないってことか」
「そうだね」
「もし両思いになれなかったら?
いくらお前がモテるからって、好きな子に好きになってもらえるとはかぎらないんだぜ?」
「それならそれでいいよ」
「え、一生彼女つくらないってことか?」
「うん。
恋愛は絶対にしないといけないってものでもないし、世の中には恋愛以外にも楽しいことがたくさんあるから」
正直に思ったままに答えると、みんな唖然としたように俺を見ていた。
…あれ。
この考え、そんなにおかしいかな。
「変?」
「いや、なんつーか…」
「ただひたすらにもったいない」
「それな」
もったいないのかなぁ。
俺にとっては好きでもない子と恋人同士として一緒にいることのほうが時間の無駄で、よっぽどもったいないことだけど。
「じゃあ亮は一途なんだな」
「うん、たぶん。
その子以外には全然興味ないだろうから」
「うおっ。
なんかすげーグイグイいきそうだな」
「うん、たぶん。
だって、せっかく好きになれた子を他の奴にとられたくなんかないでしょ。
攻めていくよ」
「なんか…ちょっとこえーな…」
「モテるやつが本気だしたらどうなるんだろうな…」
「相手の子も大変だな…」
ーーその日の夜。
「というわけで、みんなに言っておいたから。みんな喜んでたよ」
「そうなんだ。うれしいな」
家のベランダで、電話をする。
相手は今夜も淳だ。
風が柔らかく流れて、髪がなびく。
今日は昼間に少し雨が降ったけど、この風の感じからすると明日は晴れそうだ。
「そうだ。
ねぇ、淳。彼女できた?」
「なに、急に」
「実は今日、学校でそんな話になったんだ」
友達との朝の会話を簡単に説明する。
不思議そうだった淳も納得がいったらしい。
「なるほど。
俺はいないけど、そっちは?」
「俺もいないよ」
「そうなんだ。てっきりいるのかと思った」
「どうして?」
「亮がそんなこと聞いてくるなんて珍しいからさ。
たぶん初めてじゃない?」
「そうだっけ」
そう言われて考えてみたけど、確かに俺たちは普段そういう類いの話はしないから、初めてかもしれない。
「亮、もしかしてこれから何かあるんじゃない?」
電話の向こうからクスクスとかすかな笑い声が聞こえてくる。
「何かって?」
「そういう出会い。女子との出会いだよ」
「出会い?」
「そう。だから珍しく気にかかったんじゃないの?
ほら、恋の予感みたいな感じでさ」
恋の予感……。
正直ピンとこないけど、なぜだか血が騒ぐ。
って表現は少し物騒か。
言い替えるとしたら…。
「なんか、ワクワクするかも。いいね、それ」
「でしょ?」
「うん。あるといいなぁ」
「予感が現実になったら教えてよ。楽しみにしてるから」
「分かった。いいよ」
「ありがとう」
「クスクス…」
「クスクス…」
電話を切って、目の前に広がる町並みを眺める。
…………………。
静かだな…。
隣の部屋に淳の気配を感じなくなってから数ヶ月がたった。
淳がいた頃はよくこのベランダで二人こうして外を眺めたり、いろんなことをとりとめもなく話したりした。
ずっと一緒だった。
本当にずっと一緒だった。
だから、やっぱり寂しさはある。
だけど、それはきっと淳も同じはずだ。
そして俺たちより親のほうがもっとそう思っているに違いない。
だから、俺はたくましくならないと。
淳に負けないように、応援してくれる親を安心させてあげられるように。
そばにいる仲間や友達を大切にして。
そしていつか本当に誰かに恋をする日が来たら。
来たら…。
……俺はどうなるんだろう?
学校じゃ攻めていくなんて言ったけど、本当は分からない。
だって、俺はまだ恋を知らないから。
だけどもし、好きな子から好きだと言われたら、きっとむなしさなんて感じないんだろう。
きっと今まで俺のなかに無かった感情を知ることになるんだろう。
それはなんだか少しだけ怖いような気もするけど……。
「クスクス…」
それでもやっぱり楽しみだ。
夜の町を流れる風は、きのうと違って気持ちがいい。
海で見る朝の空も一段ときれいだろう。
「…さて、そろそろ寝ようかな」
初めての恋と、明日の空を楽しみに…。
……end.