合同合宿編
主人公(あなた)の姓名を入力してください。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*日吉side
名無しは繰り返し、本当かと聞いてきた。
振り向いたその目は俺をじっと見つめていて、わずかに揺れていた。
それがなぜなのかは分からない。
怒っているのか、疑っているのか、悲しんでいるのか…。
俺に出来ることは、ただ正直に答えることだけだった。
その先のことは名無しが決めることだ。
俺に口を出す資格はない。
ただ、信じてほしい。
その一心で名無しと向かい合っていた。
すると不意に名無しの表情がゆがんで、顔をふせた。
そして肩がふるえて…。
聞こえてきたのは嗚咽だった。
『う…、うっ…うぅ……』
泣いているんだとすぐに分かった。
だが今度は泣いた理由が分からない。
突然のことにあっけにとられてしまった。
怒りのあまりに…?
いや、だが普通に考えれば、泣くのは悲しかったりつらい時。
あるいは嬉しい時。
この状況で嬉しいはずがないんだから、悲しくてつらくて泣いているということになる。
…まさか。
まさか、俺を傷つけると思って泣いているんだろうか。
どうしても信じられないから、俺に悪いと思っているんだろうか…。
信じてもらえないのは辛いが…。
それでこいつが泣くなんて、いくらなんでも…。
いや普通ならありえないが…こいつのことだ、もしかするともしかするかもしれない……。
…俺はやっぱり…お前を苦しめるんだな……。
傷つけたくないのに、結局こうして傷つけてしまう。
知ってほしい、分かってほしい、信じてほしい。
傷つく覚悟をして、自分の本心を伝えたつもりだった。
だが、それは…ひとりよがりだったのかもしれない。
俺の傷よりきっと名無しの傷のほうが深い。
………………。
しばらくして、ようやく現状に意識を向けることができた。
泣いている名無しをこのままにはしておけない。
とにかく今は自分のことより名無しのことだ。
ジャージのポケットに手を入れて、中を探る。
確か、まだ使ってないハンドタオルがあったはず…。
腕を動かそうとすると、それは自分のものとは思えないほど重くて、いかに自分が意気消沈しているのかを他人事のように悟った。
あると思っていたハンドタオルは見つからず、ついため息がもれそうになる。
だがそれを寸前で押し留める。
今このタイミングでため息をつけば、名無しはそれが自分に向けられたものだと誤解するだろう。
もう今さらだと分かっているが、せめてこれ以上は苦しめたくなかった。
そういえば、ここからわりと近い場所にある会議室にティッシュが置かれていたはず。
ふと思い出した俺は、取りに行こうとした。
だが別の考えがそれをためらわせる。
…そもそも俺がこの場から離れたほうがいいんじゃないだろうか。
今の名無しを一人にするわけにはいかないから、誰かこいつが気を許せるようなやつを呼んで…。
例えば…鳳か樺地、それか宍戸さん、あとは青学の女子とか…。
…いや、こいつのことだ。
そういうやつらにこそ、泣いているところは見られたくないかもしれない。
……………………。
………くそっ。
どうすればいい…?
俺は、泣いている名無しの気を軽くしてやることすらできない…。
これじゃ本当にただの…最低な男じゃないか…っ。
自分自身に対する怒りと情けなさで、強く握った拳が震える。
泣き続ける名無しを見ていられず、俺は視線を落とした。
『…っく。
ひ…よし…くん……、…りが……』
不意に、嗚咽の中に俺の名前を聞いた気がした。
何か…言いたいことがあるのかもしれない。
俺が視線をあげると、名無しは涙を乱暴にぬぐいながら俺を見つめた。
『日吉くん…。
うっ…う……、ありがとう…。
わ…たし……、嬉しい…』
「えっ……?」
ありがとう。
嬉しい。
この場面にそぐわない言葉に、思わず声がもれた。
『泣いたりして……っ、ご、ごめ…』
「なに…言ってるんだよ。
お前は何も悪くない…」
なんとか返した言葉は、情けなく震えていた。
名無しがブンブンと首を横にふる。
『話してくれて…ありがとう……。
すごく、嬉しい…』
途中何度も声をつまらせながら、それでもひとつひとつ俺に伝えようとしてくる。
そして、名無しは自分を落ち着かせるかのように大きく深呼吸した。
『あの…、あの……』
言いにくそうに視線を泳がせていた名無しは、自分の胸の辺りに手をやると、さらに2、3度息を整えてから俺に視線を合わせた。
『私…、これからもっと普通に…日吉くんに…話しかけても…いい?』
「…っ」
不安と、それを押さえ込む強さが名無しの目に映る。
俺の答えを待つその目は、両方のせめぎあいの間で揺れていた。
「………ああ」
『!』
この強さの前に、俺の弱さが際立つようで、正直な答えを口にするのがためらわれた。
名無しがここまで関わろうとする価値が、俺にはないように思えたからだ。
だが俺が選んだのは本心を伝えることだった。
もう後悔する道だけは選びたくないと思った。
『私…、私…。
日吉くんと一緒にお昼ごはん食べたり…休み時間に遊びにいったりしても…いい……?』
「…ああ」
俺も…。
俺も、お前に話しかけたり、話しかけられたりしたい。
お前と昼食を食べたり、休み時間に遊びにいったりしたいし、お前にも俺のところに遊びに来てほしい。
『私…、日吉くんともっと一緒にいても…いい…の?』
あとからあとから涙があふれていく名無しの目を、ただ見つめかえす。
「そんなの…いいに決まってるだろ…」
俺だって…、お前ともっと一緒にいたい。
『っう……』
はりつめていた糸が切れたように、名無しが顔を覆って泣き出した。
その涙が悲しい涙とは違うということがようやく確信できて、身体中の力が抜ける。
名無しの本当の気持ちを聞くことができた。
俺の本当の気持ちを知ってもらうことができた。
そう思えたとき、視界がぼやけた。
今は俺と名無しの二人以外、ここには誰もいない。
その名無しも、泣いていて俺をはっきりとは見られないはずだ。
だから……。
少しくらいなら……。
自分の頬を、ひとすじの涙が伝っていくのが分かった。
.