合同合宿編
主人公(あなた)の姓名を入力してください。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私の腕を掴んでいた日吉くんの手が、静かに離れていった。
空気にさらされるとその部分だけ寒さを感じるくらいで、日吉くんの手が熱かったんだと思い知る。
そして私から手を離したことが、日吉くんの意思を示しているようで、今さらながらに寂しさを覚えた。
…日吉くんも、もうこれで最後にするつもりなんだ。
自分からもう終わったと言ったくせに、悲しくて目の前がぼやけそうになる。
だけどもう、振り向くことはできない。
きっと日吉くんが追いかけてきたのは、私を気遣ってのことだから。
私が日吉くんともっと話がしたかったんだと言ったりしたから、私を傷つけたと思っているんだと思う。
謝らせたくないし、今は平静を装うのが精一杯で、日吉くんの顔を見たらきっと泣いてしまう。
だから振り向けない。
意を決して私がもう一度歩き出そうとしたそのとき、背後から弱々しい声が聞こえてきた。
「頼む…。話を聞いてくれ」
それは終わりがかすれていて、懇願するような声だった。
いろんな感情がごちゃ混ぜになっていた心が、その短い言葉に一気に引き寄せられる。
早くここから離れようと思っていたのに、私はその場から動くことができなかった。
私が立ち去らないことを答えと受け取ったのか、日吉くんは静かに話し始めた。
「…悪かった。全部俺が悪い」
…………………。
やっぱり…謝らせちゃった……。
日吉くんは優しいから、こうなるって分かってたのに…。
これ以上日吉くんに気をつかわせたくなくて、私はできるだけいつも通りの声の調子で話しかけた。
『…日吉くん。日吉くんは何も悪くないよ。
私のほうこそごめんね、言いたいこと言っちゃって。
でも私は大丈夫だよ。
だから明日からはまた今までどおりに――』
「ーーそうじゃないっ……、そうじゃないんだ……」
でもそれは途中で遮られた。
後ろから聞こえる日吉くんの声は苦しそうで、私は押し黙ってしまった。
「俺は…」
背を向けていることで、私が今知ることができる日吉くんの気持ちは全部声に集中している。
そのせいか、いつもの日吉くんとのほんの少しの違いにも気づいてしまう。
今の日吉くんは切羽つまってるというか…余裕がないような感じがする。
日吉くんがこんなふうになるなんて…。
何を言うつもりなんだろう…。
「……俺は、お前のことを……嫌いだと思っていた」
……!!
心臓が早鐘をうつ。
一番聞きたくなかった言葉を聞いてしまった。
だけど…。
さっき日吉くんは私の話を最後まで聞いてくれた。
だから今度は、私が日吉くんの話をちゃんと聞く番。
辛くても…、最後まで聞こう。
「…だが、それは間違いだったと気づいた」
…えっ………。
「今日、青学の人たちと話す機会があった。
そのときお前の話題になって…、不二さんに聞かれたんだ…お前のこと。
…いい子なんでしょ、って」
私は頭がついていかなくて、日吉くんの話をなんとか理解しようとするだけで精一杯だった。
「俺は……そうですと答えた」
………っ。
「そのときようやく気がついたんだ。
自分がお前を嫌いだと思い込んでいたことに。本心ではそう思ってはいないことに」
日吉くんが小さく息を吐く。
「…お前は俺たちテニス部の中に当たり前のようにいるようになった。
お前みたいな女子は今までいなかったから、俺はその状況に適応することがなかなか出来なかったんだと思う。
だからお前がそばにいると、落ち着かなくなったり気が散って集中できなかったりした。
そしてそれを自分がお前を嫌いだからだと勘違いした」
やっぱり私は日吉くんの邪魔になってたんだと気が沈みかけたとき、その考えを断ち切るように日吉くんが言葉を続けた。
「だがそれはお前のせいじゃない。俺の弱さだ」
それまでより強い口調。
まるで私の気持ちの動きを見越して、助けようとしてくれているみたいに思えた。
そして、跡部先輩も同じようなことを言ってくれたことを思い出す。
「俺は自分自身にぶつけるべき苛立ちを、お前に向けてしまった。
そのせいでお前を怖がらせたり、おびえさせたりした。
そんなお前を見て、お前も俺を嫌っていると思い込んでしまったんだ」
……………………。
そう…だったんだ…。
……………。
日吉くんが話してくれたことは、全部本当のことだと思った。
表情は見えないけど、そのぶん声とかすかに聞こえた息づかいが、真剣だということを伝えてきてくれた。
それになにより、私は日吉くんがこんな嘘をつく人じゃないと知っている。
でも…、でも……。
それじゃあ……。
息が苦しい。
期待と少しの不安とで、身体が震える。
『ほんと……?』
我ながら小さすぎる声だと思った。
だけど、緊張でうまく声が出せなかった。
それでも日吉くんはその声に答えてくれる。
「…ああ。本当だ」
……!
感情が高ぶって、私はおそるおそる後ろを振り返った。
日吉くんは思っていた以上に真剣な眼差しで、だけどどこか少し心細そうな表情をしていた。
『本当に……?』
やっぱり不安を捨てきれなくて、繰り返し聞いてしまう。
すると日吉くんはそんな私の視線を正面から受けとめて、ゆっくりとうなずいた。
「ああ、本当だ。
だがお前が信じられないのも当然だと思う。
お前には非がないのに、今まで俺にさんざんひどい目に合わされてきたんだ」
日吉くんの視線が一度外される。
でも何かを決意したように、また私へと向けられた。
「それでも俺は…信じてほしい。
もう俺に関わりたくないなら、それでも…いい。
だから…信じてくれ……」
絞り出すようなその声は、私の心にまだ少し残っていた不安を完全に消し去ってくれた。
そしてその不安と入れ替わるように、涙があふれてきた。
.