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すべてお見通し


先日、雨にも関わらず庭園の手入れをして体調を崩したエマに代わりゲームに参加した私は、もとより予定に入れていたゲームと立て続けに行うことになる。どちらも仲間の役割からチェイスを担当することになり、二回連続で走り回った私は疲れ果てたその足でテラス席に赴いた。昼食の時間と、こうして疲れが溜まった際にはよく此処へ来るのだ。
そよ風が心地よくて、景色も綺麗で、何より此処にはあの日以来、彼が来てくれる。




……あの日、皆が食堂でご飯を食べる中、人混みが苦手な私が一人、このテラス席で食事していたときのこと。突然向かいの席に料理が乗ったトレーが置かれた。

「よお、俺もここいいか?」
「……え、ちょっと、」
「俺も外で食べたい気分でよ」

私が良いか良くないかを答える前に、目立つ赤色の男、ハンターである道化師のジョーカーは私の向かいの席に座ってしまった。

「あの、」
「なんだ?」
「ほ、他にも、席はあるじゃないですか……」

外で食べたいだけならわざわざ私と同じ席にする必要はないでしょう?
そういう意味も込めてジョーカーに言ってみたが、その効果は全く無かった。

「ああ?お前、いつも寂しそうにしてる癖に何言ってんだ。……まあ、俺のことが大嫌いってことならやめるけどよ」
「き、嫌いだなんてことは、ないですけど」
「じゃあ良いじゃねぇか。今のお前、嬉しいの我慢すんの頑張ってる顔にしか見えねぇぜ?」
「そんなことっ……あ、ありがとう、ございます」
「おう。冷めねぇ内に食おうぜ」

私は人混みが苦手なくせに、一人でご飯を食べるのは寂しいと思っていた。それがハンターに見透かされたのが恥ずかしくて、だけど嬉しくて、あの日はジョーカーの言う通り緩みそうな口元を抑えるのに必死だった。

その日以来、ジョーカーはいつも律儀に食堂からサバイバーと同じく料理をトレーに乗せ、私のいるこのテラス席に来て一緒に食べてくれるようになった。雨が降った日も私を気遣って一人にさせまいと部屋まで足を運んでくれる。もしかすると、お昼時の私は寂しいと死んでしまうウサギだとでも思われているのだろう。お昼の時間以外でも、今のように一人でテラス席に座っていると、ゲームがあるから毎回ではないけれど来てくれるのだ。この辺りは丁度、ジョーカーの部屋周辺の窓からよく見えるらしい。




あの日から今までのことを思い返しながら、エマが体調を崩してまで熱心に手入れをしてくれている美しい庭園を眺めていた。すると、今も来てくれるだろうかと期待していた私の目の前にジョーカーが姿を現した。

「よお[#dn=1#]、今日もなんかあったか?」
「大したことではないんですけど、さっきゲームで走り過ぎて疲れちゃいました」
「チェイス頑張ったんだな。よし、そんないい子ちゃんにはご褒美をやらねえとな!」
「ご褒美ですか?」

思っていなかった返事にきょとんとしているとジョーカーに手招きされ、私は椅子から立ち、恐る恐るジョーカーに近づいてみた。ジョーカーの目の前に立つと、くるりと身体を反転させられる。何事かと思えば、今度は腰をがっしりと掴まれ、身体がふわりと宙に浮いた。

「わっ……!?」
「この椅子硬くて痛ぇだろ?特別に俺の膝貸してやるよ」
「!??」

疲れた身体に硬い椅子は良くないだろ?
ジョーカーは笑顔でそう言うと、私を膝に座らせ、片腕は後ろから抱き締めるようにお腹に回し、もう片方の手はポンポンと頭を撫でる。
向かい合っていなかったことだけが救いだ。顔が赤くなっていると自分でもわかる。

「こ、子供扱いはやめてくださいっ……」
「んー?なんか言ったか?」
「だから子供扱いは……ひゃあっ」

同じことをもう一度言いかけたその時、頭を撫でてくれていた手が私の耳朶に触れた。

「ハハッ、耳まで真っ赤な癖に何言ってんだ。素直に喜んどけって」
「だってこんなの、恥ずかしいです」
「大丈夫だって、誰も見てねぇよ」
「そういう問題じゃないと言いますか、」
「んじゃあ、どういう問題だ?」
「い、言えません!」

そう言ったところで、ジョーカーの両手がパッと私から離れた。一体どうしたのだろう、とまだほんのり赤いであろう頬をそのままに後ろに振り返ってみると、少し顔を逸らしたジョーカーの姿が目に映る。

「……急にどうしたんですか?」
「や、悪ぃ……その、女の身体にベタベタ触るもんじゃねえよな、」

私が恥ずかしがっているから。というよりは、私がセクハラされたと思っているのでは、とジョーカーは考えたのかもしれない。ばつが悪そうに両手を上げて目を泳がせている。その様子は心做しか「やらかした俺を怒ってくれ」と言っているようにも見えた。

「わ、私……今日はいつも優しくしてくれてるジョーカーさんに甘えたい気分なんです」
「……つ、つまり?」
「だから、膝に乗せてくれるのも、頭撫でられるのも、う、嬉しかったのでっ……」

たくさん甘やかしてくれませんか、とまでは向かい合ったまま言うことはできず、庭園側に向き直り、思い切ってジョーカーの厚い胸板にゆっくりと背中を預けてみた。
大きな手で頭を撫でられるのはとても心地よくて、一見力強くお腹に回された手も、サバイバーである私との体格差を考えてか壊さないよう優しい手つきだった。できることなら、今はもう少しジョーカーの優しさを感じていたい。

「……あとで痴漢だとか、言わねぇよな?」
「へ、変なところ触らなければ、そんなこと言いません……!」

ジョーカーはやはりそういうことを気にしてくれていたらしい。私の返事を聞くと、ジョーカーは自身を落ち着かせるように息を吐く。

「そういうことなら……[#dn=1#]のことすげえ撫でてやるし、チェイス頑張ったのとかもっと褒めてやらねぇとな……!」
「えへへ、お願いします!」

ジョーカーにゲームで頑張ったことを話すと何から何まで褒めてくれて、私は抱き締められたまま髪がくしゃくしゃになるくらい頭を撫でられた。
少し豪快だけど、それが良い。ジョーカーはゲームで会うと怖いハンターなのに、ゲーム外だと気のいいお兄ちゃんのようだ。

あのとき、この場所に一人でいた私に声を掛けてくれて、少し強引だったけど一緒にご飯を食べてくれるようになったこと。私が必死に隠そうとしていた感情を見逃さないでいてくれたこと。
正直、ジョーカーは気遣いなんてできなさそうな見た目をしていると思っていたから驚いた。人を見た目で判断するのはよくないなと反省しながら、それから毎日一緒に食事をしてくれるジョーカーには感謝してもしきれない。

「ジョーカーさん、ありがとうございます」
「お、どうした?急に礼なんてよ、」
「……なんでもないです。ただ、私って幸せ者だなぁって」
「そうか。よくわかんねぇけど、今、幸せってことか?」
「ふふ、そうですよ」
「そりゃあ[#dn=1#]を膝に乗せてやった甲斐があったぜ!」

二人で笑い合った後、ジョーカーは私の乱れた髪を丁寧に梳いて、また脇腹をしっかり掴み、私を地面に立たせた。

「そろそろ俺、ゲームに行かなきゃなんねぇんだ」
「……いつもギリギリまでありがとうございます、」

ジョーカーと離れるのがちょっぴり名残惜しくて、私の声色は自分でもわかるほど落ち込んでいた。慌てて笑顔を取り繕うと、「またゲームがないときにいつでも来てやるからよ」と言い、ジョーカーも椅子から立ち上がると私を軽々と肩に乗せた。

「わ、なんですか……!?」
「……部屋まで送ってやるよ。まだ少し時間はあるからな」
「そんな、悪いですよ」
「ハハハッ、もう声だけでどんな顔してっかわかるぜ?」

“私を優先してくれて嬉しい”ってとこだろ?
あの日から既に何日も経った。ジョーカーが私のことをわかってきて当然だ。
「お、図星か~?」なんて、黙った私に追い討ちをかけるから、「嬉しいに決まってるじゃないですか!」とやけくそになって答えた。

ジョーカーに部屋まで送って貰うと、「急がねぇとやべえ」と言い残し、直ぐに待合室まで走ってしまった。やっぱりギリギリだったんじゃないですか、とその背中に向かって独り言を零し、私は部屋のベッドに寝そべった。
あの日から今までも、そして明日からもずっと、お昼や空き時間を誰かと一緒に過ごせるのは本当に幸せなことだ。その誰かがジョーカーであることも。
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