短編夢
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※DV(暴力)ネタです。
セイレンが名無しの怪我に気付いたのは、ルリ城の中でだった。
マナミアは図書室に行ってしまうし、ジャッカルはかわいいメイドを見つけるやいなやさっさと尻を追いかけて行く。
他の仲間も各々やりたいことがあるらしく、入って早々散り散りになってしまった。
セイレンは下手にうろついてまたやっかみに遭うのは嫌だったし、名無しも特に城に用事はなく、ついでに来ただけだったので手持ち無沙汰であった。おのずと二人きりで話すようになる。そんなときに気付いたのだ。
「その肩どうしたんだ?」
セイレンは名無しの右肩を指差すと、名無しは指の先を追うように自分の肩を見た。
指摘され初めて気付いたのか、セイレンのように「あれ」という顔をする。
「ほんとだ。どこかにぶつけたかな」
「ぶつけたってレベルか? それ」
「さあ。リザードたちと戦ってる間にやられたのかも」
とは言ったものの、名無しの傷は切り傷というよりアザであった。
かなりの衝撃を受けたのか、女性の拳ほど広がっている。普通気付くはずだ。とセイレンは思ったが、戦いに夢中で気付かなかったのかもしれない。
名無しもアザをさすりながら覚えがないといった様子だ。
その日はあまり深く考えず、名無しに言及するのもやめた。
次の日起きると、名無しの傷が増えていた。しかし気付いたのはセイレンではなくマナミアだった。
名無しが一人で着替えているとき、偶然部屋に入ってきたのだ。それに気付くとさっと服で身体を隠したが、マナミアの目にはそれが逆に不自然に映った。
ちらちらと見える脇腹に内出血の痕がある。
マナミアは驚いて口に手を当てた。見たところ、最近のものだ。
「ひどい怪我ですわ……」
「あんまり見ないでよ。恥ずかしいから」
「いつの間にこんな怪我を」
「リザードたちに一発やられちゃったんだよ」
嘘だ。とマナミアは思った。ここ最近リザードと戦った記憶はない。
わけもなく名無しが嘘をつくはずがないが、言いたがらないということはよほどの理由があるのだろう。
服で身体を隠したまま、目も合わせようとしない。
マナミアが言いかけると、後ろを向いて持っていた服を着てしまった。何も聞くな、という意思表示だった。
「とにかく一度治療を」
「いい! いいから、大丈夫」
さっと後ずさり、名無しはアザのあったところを優しくさすった。
詠唱しようとしたマナミアだったが、繰り返し「平気だ」と言う名無しを見、それ以上何も言わなかった。
何かあったら声をかけて。それだけ告げ、マナミアは部屋を出た。
ばたん、と閉じた扉を見つめ、名無しはアザにゆっくりと触れた。
しかし、その日を境に名無しは部屋から出てくることはなくなった。朝日が登るころ眠りにつき、街の明かりが消えるころ布団から出ていく。仲間たちはそれに気付いていたが、声をかけても返事が返ってくることはなかった。
無理に布団をはごうとすると、信じられない力で抗うのだ。頭まですっぽりと覆われた布団の中から、くぐもった声を出し、仲間たちを威嚇することもあった。
ある夜、名無しは頭までかぶった布団からゆっくりと出て、床に足をおろした。少しきしむ音がしたが、隣で眠るセイレンは気付かなかったようだ。
ベッドの下に置いてあったフード付きのコートを羽織り、目深に被る。ひたひたとはだしで歩くのは、なるべく足音を立てたくないからだった。
街の明かりが消えていることを確認し、ドアを開けて酒場を出た。
城門広場まで走り、噴水の前でふう、と息を吐いた。
「どこに行くの」
ぎくり。名無しの肩がはねる。声のした方へ目だけやると、そこには壁に寄りかかったユーリスがいた。
名無しは無視して走り出そうとしたが、ユーリスに腕を掴まれてしまう。
それでもなお振り払おうとするため、ユーリスは名無しのフードをはいだ。
「な、なんだよそれ……」
名無しの顔は傷だらけだった。目を殴られたのか青あざになっていたし、左頬も痛々しく腫れている。
見られるのが嫌だったのか、さっと顔を背けてまたフードを被ったが、その手も切り傷やアザが多い。火傷したのか、痕が残っていた。
ユーリスは唖然とした。この傷を隠すために、昼夜逆転した生活を送っていたのだろうか。いやそれより、なぜこんなことになるまで、何も話してくれなかったのか。
ぐるぐると考えたが、名無しの傷を見ているうちに冷や汗みたいなのが流れた。
「どうしたんだよそれ!」
「お、お願いユーリス、静かにして」
「落ち着いてられるかよ! なんでこんなになるまで」
名無しはユーリスの腕を目一杯の力で振り払い、キッと睨みつけた。
怒っている。今まで見たこともないような、怒りに満ちた目。ユーリスは動けなくなった。
「放っておいて。そして誰にも言わないと約束して。今日のこと」
言うなり、名無しは走ってルリ城に入っていった。城門に立っていた騎士は、入って行く名無しを止めようとはしない。
名無しはルリ城に何の用があったのだろう? なぜ騎士は名無しを止めないのだろう? 名無しのあの傷は? 目の前で起こった非現実的なことに、ユーリスはただただ怯え、約束通り誰にも言わず酒場に戻った。
ルリ城は眠りについていた。ただ白い鎧を見にまとった騎士たちだけが立っており、それが青白く光って不気味であった。
しんとした広場で裸足のまま音も立てずに走り、階段を登る。
右手に曲がって生活の間まで一直線だった。もちろん、このときもメイドに止められることはない。
一番右の扉の前に立ち、鍵がかかっていないことを確認すると、そっと開けた。
中には誰もいない。
「……ジル」
奥へ入り、名前を呼ぶが、人の気配がしない。部屋の持ち主はどこへ行ってしまったのだろうか。
窓辺まで歩いて行き、外を見ると、やはり真っ暗であった。
いきなり、後ろで扉の鍵を締める音がする。驚いて振り返ると、ジルが立っていた。
「あ、ジル。よかった。ごめんなさい遅くなって」
待ってないかと思った。と言うと、ジルはつかつかと足早に寄ってきて、腕を締め上げた。
その力は強く、おそらく痕がついてしまうだろう。
痛い! と名無しは声を上げようとしたが、ジルの指を見て叫び声を飲み込んだ。
爪がない。
ひやり。名無しは血の気が引いた。指の先から血が絶え間無く流れている。力を入れてるため、余計。
前に告げられたことを思い出した。「1分遅刻で爪を1枚剥ぐ」と。それから遅刻をしたことがなかったからすっかり忘れていた。
その約束を実行したのだ。
名無しは反対の腕でジルの腕を掴んだ。離そうとするが、さらに力が入る。
「今日は3分遅れたね」
「ジルお願い力を抜いて!」
「ねえ……見てたよ」
そろそろと視線をジルに向けると、ひどく怒っていた。
見ていた、何を。聞こうとすると、掴んでいた腕が振り払われ、手の甲で頬を殴られた。
衝撃で体が飛ぶ。転んだ先にはクローゼットがあり、背中を思い切りぶつけた。
痛む身体に鞭打ち、すぐに起き上がる。なぜならジルが泣いているからだ。
ここ最近のジルはいつもこうだった。何気ないことで怒っては名無しを傷つける。そしてしまいには泣くのだ。まるで子どものように。
最初のころはまだよかった。暴力的ではあったが、暴力を振るったあとはすぐに優しくなった。殴った直後はひどく後悔していたし、謝ってきた。
それが今では、ジルが満たされるまで暴力と嗚咽の繰り返し。
「ぼくから離れないって言ったじゃないか」
「ジル、ごめんねジル。もう遅れないから」
「忌々しい傭兵と話していた。ぼくと会う予定を遅らせてまで」
外でのユーリスとの会話を見られていた。名無しは心臓がばくばくと音を立て、ジルの怒りが爆発しないか気にしていた。
そんなことも知らず、ジルはめそめそと泣き、三角座りをして鼻をすすっている。
「私はずっとジルのことを考えてるよ」
「……本当?」
「本当。初めて会ったときからずっと」
それを聞くとジルは満足げに微笑み、先ほど殴った頬に優しく触れた。自分で傷つけたにも関わらず、手からは労りを感じる。
名無しはそれに自分の手を重ね、包み込んだ。
「痛かったろう? すまなかった」
「ううん、平気。私は痛くないよ」
ジルの方が痛いでしょう。そう言うと、ジルは少し黙ったあと、一言痛いと言った。その表情は悲しげだった。
ジルの手を早く手当しなければ。と思い立ち上がるが、ジルがそれを止めたので、そのまますとんと座り込む。もう背中は痛くない。
ジルは悲しい顔のままで、じっと名無しを見つめた。そのうち、ジルが口を開ける。
「ほんとに、ごめん」
「……」
あまりにも泣きそうな顔で言うので、もういいよと明るく言い、抱きしめた。ジルも背中に手を回す。
ふと、ジルの後ろにあった鏡に、自分の姿が映った。顔は腫れてるし、目の周りには隈がある。唇も切れてボロボロ。顔はもう隠しきれない。正直、身体の方だって限界だ。
ジルはよく「ひどいことをしてごめん」と謝ってくる。それでも、名無しがそれを「ひどいこと」だと思わないのは、自分にも後ろめたい気持ちがあるから。
出会ったころのジルが忘れられない。強がりで傲慢だったけど、誰よりも愛されたいと思っていたジルを。
今のジルは、あのころのジルじゃないかもしれない。それでも、自分がジルを救える。そう思っている名無しは、誰よりもひどいことをしている気持ちだった。
セイレンが名無しの怪我に気付いたのは、ルリ城の中でだった。
マナミアは図書室に行ってしまうし、ジャッカルはかわいいメイドを見つけるやいなやさっさと尻を追いかけて行く。
他の仲間も各々やりたいことがあるらしく、入って早々散り散りになってしまった。
セイレンは下手にうろついてまたやっかみに遭うのは嫌だったし、名無しも特に城に用事はなく、ついでに来ただけだったので手持ち無沙汰であった。おのずと二人きりで話すようになる。そんなときに気付いたのだ。
「その肩どうしたんだ?」
セイレンは名無しの右肩を指差すと、名無しは指の先を追うように自分の肩を見た。
指摘され初めて気付いたのか、セイレンのように「あれ」という顔をする。
「ほんとだ。どこかにぶつけたかな」
「ぶつけたってレベルか? それ」
「さあ。リザードたちと戦ってる間にやられたのかも」
とは言ったものの、名無しの傷は切り傷というよりアザであった。
かなりの衝撃を受けたのか、女性の拳ほど広がっている。普通気付くはずだ。とセイレンは思ったが、戦いに夢中で気付かなかったのかもしれない。
名無しもアザをさすりながら覚えがないといった様子だ。
その日はあまり深く考えず、名無しに言及するのもやめた。
次の日起きると、名無しの傷が増えていた。しかし気付いたのはセイレンではなくマナミアだった。
名無しが一人で着替えているとき、偶然部屋に入ってきたのだ。それに気付くとさっと服で身体を隠したが、マナミアの目にはそれが逆に不自然に映った。
ちらちらと見える脇腹に内出血の痕がある。
マナミアは驚いて口に手を当てた。見たところ、最近のものだ。
「ひどい怪我ですわ……」
「あんまり見ないでよ。恥ずかしいから」
「いつの間にこんな怪我を」
「リザードたちに一発やられちゃったんだよ」
嘘だ。とマナミアは思った。ここ最近リザードと戦った記憶はない。
わけもなく名無しが嘘をつくはずがないが、言いたがらないということはよほどの理由があるのだろう。
服で身体を隠したまま、目も合わせようとしない。
マナミアが言いかけると、後ろを向いて持っていた服を着てしまった。何も聞くな、という意思表示だった。
「とにかく一度治療を」
「いい! いいから、大丈夫」
さっと後ずさり、名無しはアザのあったところを優しくさすった。
詠唱しようとしたマナミアだったが、繰り返し「平気だ」と言う名無しを見、それ以上何も言わなかった。
何かあったら声をかけて。それだけ告げ、マナミアは部屋を出た。
ばたん、と閉じた扉を見つめ、名無しはアザにゆっくりと触れた。
しかし、その日を境に名無しは部屋から出てくることはなくなった。朝日が登るころ眠りにつき、街の明かりが消えるころ布団から出ていく。仲間たちはそれに気付いていたが、声をかけても返事が返ってくることはなかった。
無理に布団をはごうとすると、信じられない力で抗うのだ。頭まですっぽりと覆われた布団の中から、くぐもった声を出し、仲間たちを威嚇することもあった。
ある夜、名無しは頭までかぶった布団からゆっくりと出て、床に足をおろした。少しきしむ音がしたが、隣で眠るセイレンは気付かなかったようだ。
ベッドの下に置いてあったフード付きのコートを羽織り、目深に被る。ひたひたとはだしで歩くのは、なるべく足音を立てたくないからだった。
街の明かりが消えていることを確認し、ドアを開けて酒場を出た。
城門広場まで走り、噴水の前でふう、と息を吐いた。
「どこに行くの」
ぎくり。名無しの肩がはねる。声のした方へ目だけやると、そこには壁に寄りかかったユーリスがいた。
名無しは無視して走り出そうとしたが、ユーリスに腕を掴まれてしまう。
それでもなお振り払おうとするため、ユーリスは名無しのフードをはいだ。
「な、なんだよそれ……」
名無しの顔は傷だらけだった。目を殴られたのか青あざになっていたし、左頬も痛々しく腫れている。
見られるのが嫌だったのか、さっと顔を背けてまたフードを被ったが、その手も切り傷やアザが多い。火傷したのか、痕が残っていた。
ユーリスは唖然とした。この傷を隠すために、昼夜逆転した生活を送っていたのだろうか。いやそれより、なぜこんなことになるまで、何も話してくれなかったのか。
ぐるぐると考えたが、名無しの傷を見ているうちに冷や汗みたいなのが流れた。
「どうしたんだよそれ!」
「お、お願いユーリス、静かにして」
「落ち着いてられるかよ! なんでこんなになるまで」
名無しはユーリスの腕を目一杯の力で振り払い、キッと睨みつけた。
怒っている。今まで見たこともないような、怒りに満ちた目。ユーリスは動けなくなった。
「放っておいて。そして誰にも言わないと約束して。今日のこと」
言うなり、名無しは走ってルリ城に入っていった。城門に立っていた騎士は、入って行く名無しを止めようとはしない。
名無しはルリ城に何の用があったのだろう? なぜ騎士は名無しを止めないのだろう? 名無しのあの傷は? 目の前で起こった非現実的なことに、ユーリスはただただ怯え、約束通り誰にも言わず酒場に戻った。
ルリ城は眠りについていた。ただ白い鎧を見にまとった騎士たちだけが立っており、それが青白く光って不気味であった。
しんとした広場で裸足のまま音も立てずに走り、階段を登る。
右手に曲がって生活の間まで一直線だった。もちろん、このときもメイドに止められることはない。
一番右の扉の前に立ち、鍵がかかっていないことを確認すると、そっと開けた。
中には誰もいない。
「……ジル」
奥へ入り、名前を呼ぶが、人の気配がしない。部屋の持ち主はどこへ行ってしまったのだろうか。
窓辺まで歩いて行き、外を見ると、やはり真っ暗であった。
いきなり、後ろで扉の鍵を締める音がする。驚いて振り返ると、ジルが立っていた。
「あ、ジル。よかった。ごめんなさい遅くなって」
待ってないかと思った。と言うと、ジルはつかつかと足早に寄ってきて、腕を締め上げた。
その力は強く、おそらく痕がついてしまうだろう。
痛い! と名無しは声を上げようとしたが、ジルの指を見て叫び声を飲み込んだ。
爪がない。
ひやり。名無しは血の気が引いた。指の先から血が絶え間無く流れている。力を入れてるため、余計。
前に告げられたことを思い出した。「1分遅刻で爪を1枚剥ぐ」と。それから遅刻をしたことがなかったからすっかり忘れていた。
その約束を実行したのだ。
名無しは反対の腕でジルの腕を掴んだ。離そうとするが、さらに力が入る。
「今日は3分遅れたね」
「ジルお願い力を抜いて!」
「ねえ……見てたよ」
そろそろと視線をジルに向けると、ひどく怒っていた。
見ていた、何を。聞こうとすると、掴んでいた腕が振り払われ、手の甲で頬を殴られた。
衝撃で体が飛ぶ。転んだ先にはクローゼットがあり、背中を思い切りぶつけた。
痛む身体に鞭打ち、すぐに起き上がる。なぜならジルが泣いているからだ。
ここ最近のジルはいつもこうだった。何気ないことで怒っては名無しを傷つける。そしてしまいには泣くのだ。まるで子どものように。
最初のころはまだよかった。暴力的ではあったが、暴力を振るったあとはすぐに優しくなった。殴った直後はひどく後悔していたし、謝ってきた。
それが今では、ジルが満たされるまで暴力と嗚咽の繰り返し。
「ぼくから離れないって言ったじゃないか」
「ジル、ごめんねジル。もう遅れないから」
「忌々しい傭兵と話していた。ぼくと会う予定を遅らせてまで」
外でのユーリスとの会話を見られていた。名無しは心臓がばくばくと音を立て、ジルの怒りが爆発しないか気にしていた。
そんなことも知らず、ジルはめそめそと泣き、三角座りをして鼻をすすっている。
「私はずっとジルのことを考えてるよ」
「……本当?」
「本当。初めて会ったときからずっと」
それを聞くとジルは満足げに微笑み、先ほど殴った頬に優しく触れた。自分で傷つけたにも関わらず、手からは労りを感じる。
名無しはそれに自分の手を重ね、包み込んだ。
「痛かったろう? すまなかった」
「ううん、平気。私は痛くないよ」
ジルの方が痛いでしょう。そう言うと、ジルは少し黙ったあと、一言痛いと言った。その表情は悲しげだった。
ジルの手を早く手当しなければ。と思い立ち上がるが、ジルがそれを止めたので、そのまますとんと座り込む。もう背中は痛くない。
ジルは悲しい顔のままで、じっと名無しを見つめた。そのうち、ジルが口を開ける。
「ほんとに、ごめん」
「……」
あまりにも泣きそうな顔で言うので、もういいよと明るく言い、抱きしめた。ジルも背中に手を回す。
ふと、ジルの後ろにあった鏡に、自分の姿が映った。顔は腫れてるし、目の周りには隈がある。唇も切れてボロボロ。顔はもう隠しきれない。正直、身体の方だって限界だ。
ジルはよく「ひどいことをしてごめん」と謝ってくる。それでも、名無しがそれを「ひどいこと」だと思わないのは、自分にも後ろめたい気持ちがあるから。
出会ったころのジルが忘れられない。強がりで傲慢だったけど、誰よりも愛されたいと思っていたジルを。
今のジルは、あのころのジルじゃないかもしれない。それでも、自分がジルを救える。そう思っている名無しは、誰よりもひどいことをしている気持ちだった。