番外編
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名無しはジルの食事係だ。昼食担当のため、朝食を運ぶことは稀である。
ましてや、朝早くジルの部屋の扉の前で右往左往することなど、ほぼあり得ない。
ではなぜ名無しは、早朝扉の前で困惑しているのか。
それは、遡ること30分前。
朝食として出す予定だったパンケーキに、シェフの髪の毛が入っていたらしい。
大急ぎで作り直さねばならず、材料の確保にてんやわんやしていたのである。
そんなとき、運悪く名無しは寝坊した。
城に着いたころには、目の前をメイドやらシェフやらがばたばたと走り回っていたのだ。
どうしたものかと立ち往生していると、たまたま通りかかったメイド長に「ジル様のことは任せたわよ」と両肩を掴まれた。
お陰で15分足らずで「おはようマニュアル」を頭に叩き込まなければならなかったし、何より朝食が遅れる旨を説明しなければならないのが辛い。
きっとまた叱られるのだろう。
扉の前でノックの形はとったものの、嫌なことが待ってると思うと手が動かない。
そうこうしているうちに、隣の扉をノックする音が聞こえた。カナンを起こしにきたメイドだ。
これはいけない、自分も起こさなければ。と勇気を振り絞りノックした。
「……あれ?」
が、部屋から返事はない。まさか寝ているのだろうか。
カナンの部屋からは返事が聞こえた。ならばジルも起きているはずだと思っていたが、違うらしい。
一度ノックしてからしばらく返事を待ったが、しんとしている。もう一度、とノックしても、返事はない。
中に入らなければだめなのか、とうんざりした。
「ジル様、入りますよ。失礼します」
ひと声かけても返事がなかったので、やはり寝ているのだろうと扉をそっと開けた。
寝ていた。それも、布団を頭まで被って。
光があると寝られないのか、すっぽりと布団の中に収まっている。
その姿が子どものようで、少し微笑ましい。惚れた欲目だろうが。
とはいえ、起きてもらわなければならない。
「ジル様、朝でございます」
控えめに声をかけたが、返事はない。
ためらいつつ、ジルの"身"が入ってる部分に手をかけ、揺さぶる。
「ジル様、起きてください」
もぞり、と中身が動いた。それを合図に一歩下がった。
無事目を覚ましてくれたことが嬉しかったので、微笑みながらジルの様子を見守る。
ジルはゆっくりと布団から顔を出し、気だるげに起き上がった。寝起きは良くないみたいだが、機嫌は悪くなさそうだ。
ジルがこちらを向いたので、笑顔で返した。
「おはようございます」
「……!」
ジルは驚いたような顔を見せた。いや、実際驚いていたのだろう。
昼食時しかいないはずの名無しが、朝から目の前にいたのだから。
名無しはカーテンと窓を開けた。カーテンで遮られていた朝日が差し込み、ジルのベッドへ光を落とす。
ジルは眩しそうに目を細めたが、再び布団の中に潜り込み、もごもごと何か訴える。
「出て行ってくれないか」
「え、しかし」
「着替えるから出て行けと言ってるんだ!」
ああ、そういうことか。と思った。普通メイドが起こしにくる数十分前には起床し、基本的な支度は済ませておくものだ。
あいにくジルはメイドに起こされたため、支度の時間が必要ということだ。
「申し訳ありません」
「……」
布団を被って丸まる姿が芋虫のようだと思ったが、黙っておいた。
***
扉の向こうから声がかかり、名無しは入室した。
ジルはほぼ完璧に整った姿をしており、あとは丁寧な着付けと髪のセットだけ、といったところだ。
「いつものメイドは」
「本日は出払っております」
ジルはあからさまに嫌な顔をした。名無しに世話を焼かれるのが嫌なのか、着付けを手伝おうとする手を遮る。
あら、と名無しの手は宙を掴み、ジルはそそくさと名無しから離れる。
浮いた手のまま静止する名無しの姿を横目に、一人で全部支度してしまった。
名無しは、自分の主がこれほどわがままだったことを痛感したことはない。
確かに自分はただの食事係だが、着付けくらいできると思っていた。
しかしジルが手伝わせてくれないのなら、なんの意味もない。
「私が不満ですか」
「不満だね。起き抜けに死ぬほど驚いた」
「それは……申し訳ありません。お声をかけても返事がなかったもので」
軽い嫌味を読み取ったのか、ジルの眉がひくりと動いた。
名無しはしまった、と思ったが、弁解の言葉は思いつかないのでだんまりを決め込む。ここで謝れば墓穴を掘る気がする。
ちら、とジルを見ると、腹を立てている様子ではあるが、それよりも髪のセットに悪戦苦闘しているようだ。
毎日メイドにやってもらっていたのだ。自分でできないのも無理はない。上手く結べない姿は滑稽であったが。
「私がやりましょうか」
「名無しだと心もとないな」
「……そんなに……」
愕然。もとより信頼関係を築けているとは思っていなかったが、ここまでとは。
昼食も共にしているのだから少しくらい頼りにしてくれてもいいものを、と思ったが、その昼食も元を正せば名無しの間抜けな腹の虫のせいだ。あれを聞いてしまうと頼りにはできないかもしれない。
名無しは考えれば考えるほど痛む頭を押さえていたが、ジルが渡してきたリボンを見てはっとした。
これはやれ、ということか。リボンを受け取り、ジルの後ろへ回る。
「痛かったらおっしゃってくださいね」
「痛くすること前提なのか」
「……辛く当たりますね。そんなに私が嫌ですか」
「……」
無言になったため、これは肯定だろうと思う。ここまで拒絶されちゃあかなわない。
名無しは少し悲しくなったが、これも仕事だと自分に言い聞かせて我慢した。
昼食のときは嫌がらないのだし、朝はタイミングが悪いだけだろう。
髪をとかしながら、ずいぶんと綺麗な金色だな、と思う。よく手入れが行き届いている。こんなに長いのに、枝毛がない。
朝日が反射して光る髪が、ルリ島の海を連想させた。
澄んだ海の波打ち際は、砂浜がきらきらと金色に光るのだ。
見惚れながらとかしていると、ジルがぽつりと言った。
「……あまり、寝起きを見られて良い気分ではないだろう。今朝は寝坊だったからな」
「あら、じゃあ私と同じですよ」
名無しなりのフォローを入れたはずだったが、外したらしい。
ジルはため息をつき、「やはり信用ならんな」と言った。
「信用ならない人を後ろに立たせちゃだめですよ」
「……朝からお前と顔を合わせるのは、心臓に悪い」
それはお互い様だ、と名無しは思ったが、黙っておいた。
おとなしく髪をとかされているジルは、少しだけ素直に見えた。それに、文句も言わないなんて珍しい。
朝日に反射する金色が、心地よさそうに揺れた。
ましてや、朝早くジルの部屋の扉の前で右往左往することなど、ほぼあり得ない。
ではなぜ名無しは、早朝扉の前で困惑しているのか。
それは、遡ること30分前。
朝食として出す予定だったパンケーキに、シェフの髪の毛が入っていたらしい。
大急ぎで作り直さねばならず、材料の確保にてんやわんやしていたのである。
そんなとき、運悪く名無しは寝坊した。
城に着いたころには、目の前をメイドやらシェフやらがばたばたと走り回っていたのだ。
どうしたものかと立ち往生していると、たまたま通りかかったメイド長に「ジル様のことは任せたわよ」と両肩を掴まれた。
お陰で15分足らずで「おはようマニュアル」を頭に叩き込まなければならなかったし、何より朝食が遅れる旨を説明しなければならないのが辛い。
きっとまた叱られるのだろう。
扉の前でノックの形はとったものの、嫌なことが待ってると思うと手が動かない。
そうこうしているうちに、隣の扉をノックする音が聞こえた。カナンを起こしにきたメイドだ。
これはいけない、自分も起こさなければ。と勇気を振り絞りノックした。
「……あれ?」
が、部屋から返事はない。まさか寝ているのだろうか。
カナンの部屋からは返事が聞こえた。ならばジルも起きているはずだと思っていたが、違うらしい。
一度ノックしてからしばらく返事を待ったが、しんとしている。もう一度、とノックしても、返事はない。
中に入らなければだめなのか、とうんざりした。
「ジル様、入りますよ。失礼します」
ひと声かけても返事がなかったので、やはり寝ているのだろうと扉をそっと開けた。
寝ていた。それも、布団を頭まで被って。
光があると寝られないのか、すっぽりと布団の中に収まっている。
その姿が子どものようで、少し微笑ましい。惚れた欲目だろうが。
とはいえ、起きてもらわなければならない。
「ジル様、朝でございます」
控えめに声をかけたが、返事はない。
ためらいつつ、ジルの"身"が入ってる部分に手をかけ、揺さぶる。
「ジル様、起きてください」
もぞり、と中身が動いた。それを合図に一歩下がった。
無事目を覚ましてくれたことが嬉しかったので、微笑みながらジルの様子を見守る。
ジルはゆっくりと布団から顔を出し、気だるげに起き上がった。寝起きは良くないみたいだが、機嫌は悪くなさそうだ。
ジルがこちらを向いたので、笑顔で返した。
「おはようございます」
「……!」
ジルは驚いたような顔を見せた。いや、実際驚いていたのだろう。
昼食時しかいないはずの名無しが、朝から目の前にいたのだから。
名無しはカーテンと窓を開けた。カーテンで遮られていた朝日が差し込み、ジルのベッドへ光を落とす。
ジルは眩しそうに目を細めたが、再び布団の中に潜り込み、もごもごと何か訴える。
「出て行ってくれないか」
「え、しかし」
「着替えるから出て行けと言ってるんだ!」
ああ、そういうことか。と思った。普通メイドが起こしにくる数十分前には起床し、基本的な支度は済ませておくものだ。
あいにくジルはメイドに起こされたため、支度の時間が必要ということだ。
「申し訳ありません」
「……」
布団を被って丸まる姿が芋虫のようだと思ったが、黙っておいた。
***
扉の向こうから声がかかり、名無しは入室した。
ジルはほぼ完璧に整った姿をしており、あとは丁寧な着付けと髪のセットだけ、といったところだ。
「いつものメイドは」
「本日は出払っております」
ジルはあからさまに嫌な顔をした。名無しに世話を焼かれるのが嫌なのか、着付けを手伝おうとする手を遮る。
あら、と名無しの手は宙を掴み、ジルはそそくさと名無しから離れる。
浮いた手のまま静止する名無しの姿を横目に、一人で全部支度してしまった。
名無しは、自分の主がこれほどわがままだったことを痛感したことはない。
確かに自分はただの食事係だが、着付けくらいできると思っていた。
しかしジルが手伝わせてくれないのなら、なんの意味もない。
「私が不満ですか」
「不満だね。起き抜けに死ぬほど驚いた」
「それは……申し訳ありません。お声をかけても返事がなかったもので」
軽い嫌味を読み取ったのか、ジルの眉がひくりと動いた。
名無しはしまった、と思ったが、弁解の言葉は思いつかないのでだんまりを決め込む。ここで謝れば墓穴を掘る気がする。
ちら、とジルを見ると、腹を立てている様子ではあるが、それよりも髪のセットに悪戦苦闘しているようだ。
毎日メイドにやってもらっていたのだ。自分でできないのも無理はない。上手く結べない姿は滑稽であったが。
「私がやりましょうか」
「名無しだと心もとないな」
「……そんなに……」
愕然。もとより信頼関係を築けているとは思っていなかったが、ここまでとは。
昼食も共にしているのだから少しくらい頼りにしてくれてもいいものを、と思ったが、その昼食も元を正せば名無しの間抜けな腹の虫のせいだ。あれを聞いてしまうと頼りにはできないかもしれない。
名無しは考えれば考えるほど痛む頭を押さえていたが、ジルが渡してきたリボンを見てはっとした。
これはやれ、ということか。リボンを受け取り、ジルの後ろへ回る。
「痛かったらおっしゃってくださいね」
「痛くすること前提なのか」
「……辛く当たりますね。そんなに私が嫌ですか」
「……」
無言になったため、これは肯定だろうと思う。ここまで拒絶されちゃあかなわない。
名無しは少し悲しくなったが、これも仕事だと自分に言い聞かせて我慢した。
昼食のときは嫌がらないのだし、朝はタイミングが悪いだけだろう。
髪をとかしながら、ずいぶんと綺麗な金色だな、と思う。よく手入れが行き届いている。こんなに長いのに、枝毛がない。
朝日が反射して光る髪が、ルリ島の海を連想させた。
澄んだ海の波打ち際は、砂浜がきらきらと金色に光るのだ。
見惚れながらとかしていると、ジルがぽつりと言った。
「……あまり、寝起きを見られて良い気分ではないだろう。今朝は寝坊だったからな」
「あら、じゃあ私と同じですよ」
名無しなりのフォローを入れたはずだったが、外したらしい。
ジルはため息をつき、「やはり信用ならんな」と言った。
「信用ならない人を後ろに立たせちゃだめですよ」
「……朝からお前と顔を合わせるのは、心臓に悪い」
それはお互い様だ、と名無しは思ったが、黙っておいた。
おとなしく髪をとかされているジルは、少しだけ素直に見えた。それに、文句も言わないなんて珍しい。
朝日に反射する金色が、心地よさそうに揺れた。
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