慕う涙
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ジルが牢獄に幽閉されていると聞き、名無しは真っ先に後悔の念が浮かんだ。
最後に会った日、あんな別れ方をしたのだ。無理もない。
ジルがグルグ族と内通していた罪で幽閉されたため、もう戻ることはないだろうと部屋は片付けられることになることになった。
しかし、同じ時期にエルザとカナンの婚約も決まったため、城内はいつだかのように慌ただしくなる。
つまり、ジルの部屋は放ったらかしにされたのである。
メイドたちは清掃と飾り付け、物品の発注に追われ、騎士はグルグ族対策に追われる。
そんな中名無しは、ジルに会いに行こうと決めた。
実際のところ、名無しはジルが冤罪なのではないかと踏んでいた。
ことあるごとに暇つぶしだと自分を呼びつけ、昼間は警戒するわけでもなく、部屋に入れてくれた。
自分と一緒にいる間不信な行動などなく、時折部屋の片付けまで言いつけてくるほどだ。
部屋を片付けている間、慌てる様子もない。
普段あれだけ感情を表に出す人だ。ここぞというときに冷静でいられるなら、その演技力に脱帽である。
例え普段見つからないよう内通書を隠していたとしても、夜誰に見られるかも分からない場所に置いておくわけがない。
しかし会いに行くと決心しても、多忙の身で罪人との面会許可を取りに行くのは困難を極めた。
まず、メイドである名無しが牢獄に入ること自体、前例がない。
メイドである自分と、幽閉されたジルとの接点といえば"食事係"というところのみだった。
さらに、小耳に挟んだのが"ジルが食事を取らない"という情報だった。
どうやら一人でブツブツと何かうわごとのようにしゃべっているだけで、誰の話も聞かない、食事も取らないということが続いているらしい。
放っておいて死のうがどうでもいい、というのが世論だったが、城側としてはそうもいかなかった。
正しく罰し、市民に知らせなければならない。悪を懲らしめた、と。
これを利用する他ない、と思った名無しは、すぐさまジルの面会許可をもらいに行った。
「ジルの食事係をしていたから、何かお手伝いできることがあるかも」……と。
名無しは、"ジルに外の情報を与えないこと"、"余した食事のメニューを見ること"、この二つを条件に、牢獄へ入ることを許可された。
会って謝りたかった。あの日、ジルの気持ちを踏みにじったこと。
自分勝手な行動で、傷つけてしまったこと。
そして、牢獄から出られるよう、尽力するということも伝えたかった。
だが、その思いは早々に打ち砕かれることとなる。
ジルは名無しの話を聞こうともしない上、どこか怯えているように見えた。
幽閉される前は、誰が相手だろうと威圧的だった。それが虚勢だったとしても。
牢獄はこんなにも、人を変えてしまうのだろうか。
トレーの上を見ると、本当に手がつけられていなかった。
確かに牢獄での食事は、今までとは全然違う。しかし、食べられないほどひどいものではない。
名無しはこれ以上いても変わらないと思い、日を改めて来ることをジルに伝えたが、返事はなかった。
しかし、また来る、と言ったものの、名無しに次はなかった。
牢獄関係者や上の地位でないと、面会できなくなっていたのだ。
つまり、事実上面会謝絶。
どうやらジルの断食は悪化し、前よりもうわごとが多くなったらしい。
名無しはショックを受け、とぼとぼと城に戻る。
結局前にも増して城の清掃が忙しくなり、ジルの無罪も訴えようとしたが誰も聞く耳を持っていない。
ジルの処罰は確定だった。
目まぐるしく日々が過ぎ去る中、グルグ族が再び攻撃をしかけてきた。
前の被害の比じゃなく、今度は城が半壊状態まで追い込まれた。
その際、牢獄も崩壊したというのが、風の噂で流れてくる。
地下にある牢獄が、崩壊するはずがない。
名無しはそう思いたかったが、やがて罪人が逃げ出したという話を聞き、もう目を逸らすことはできなくなった。
ジルも例外ではなく、騎士たちが駆けつけたころには、もぬけの殻だったという。
***
「もう片付けなくてもいいのよ」
メイド長にそう言われたのは、仕事終わり、ジルの部屋に入ろうとしたときだった。
名無しはあの日以来、一日たりともジルの部屋の清掃を怠らなかった。
ジルの部屋は荒れ放題だった。
グルグ族とのやり取りが他に見つからないか、捜索が入ったのだ。
ただでさえそれで散らかり放題だった部屋が、グルグ族の攻撃で部屋は見るも無残である。
しかし罪人であるジルの部屋を勤務時間に片付けるなど到底できるはずもなく、いつも仕事終わりに掃除を行っていた。
「お仕事、まだ何か残っていましたか?」
「そうではなくて……"そこ"はもう、片付けなくていいのよ」
メイド長は、いささか心配しているようにも見えた。
帰ってきもしない罪人となった主の部屋を、自分の時間を削ってまで綺麗にする姿を見て痛々しく思ったのだろう。
「……これは、私が好きでやっているので」
頑固な名無しの姿を見て、メイド長は眉尻を下げ、何も言わず去っていった。
ジルの部屋に入り、ずいぶん綺麗になったものだ、と思った。
し始めのころはどこから手をつけらたらいいか分からないくらいだったが、今はもう家具の上に積もった埃や、床に散らばってる瓦礫の破片くらいしか見当たらない。
名無しは、ジルが牢獄から消えても泣きはしなかった。
涙が出てこないのだ。
それどころか、「きっとどこかで生きている」と信じている。
生きていたとき、もしこの城に帰ってきたとき、迎えるのは誰がいるのだろう。
ジルが帰ってきたとき、この部屋を掃除するのは、自分以外に誰がいるだろう。
ふと、壁を磨いていると不信な穴を発見した。
中々大きな穴だ。今まで気づかなかったのが不思議でならない。
覗いてみると、隣の部屋が丸見えだった。
(隣の部屋って、カナン様の部屋よね)
もしかして、隠れて覗いていたのだろうか。
かなり趣味が悪かったが、壁に張り付いて覗いているジルの姿を浮かべると、なんとも間抜けで「ぷくく」と笑ってしまった。
(やあね、覗くなんて)
ジルの姿を浮かべると、懐かしく思えた。
つい数ヶ月前まで、この部屋で一緒に食事を取っていた。
やれ部屋が汚いから片付けろ、卵焼きがしょっぱい、今度は甘すぎる。口を開けば文句ばかり言っていた気がする。
何も言わず黙って卵焼きを食べている日は、部屋を出るときに「毎日この味を保てないのか」と言うのだ。
……そうだ、ジルは帰ってくる。
この穴は残しておこう。塞がっていたらきっと自分が怒られるのだ。
帰ってきたら、また卵焼きを作らなければ。
その前に、クローゼットの埃を拭いて、ベッドメイクも済ませて……。
「ふふ」
名無しは、壁に手をついたまま動けなくなった。
床にぱたぱたと、涙が落ちる。
「壁を拭き終わったら、また床を拭かないと」
口から出た言葉は、震えていた。
その日、名無しはジルがいなくなってから、初めて泣いた。
最後に会った日、あんな別れ方をしたのだ。無理もない。
ジルがグルグ族と内通していた罪で幽閉されたため、もう戻ることはないだろうと部屋は片付けられることになることになった。
しかし、同じ時期にエルザとカナンの婚約も決まったため、城内はいつだかのように慌ただしくなる。
つまり、ジルの部屋は放ったらかしにされたのである。
メイドたちは清掃と飾り付け、物品の発注に追われ、騎士はグルグ族対策に追われる。
そんな中名無しは、ジルに会いに行こうと決めた。
実際のところ、名無しはジルが冤罪なのではないかと踏んでいた。
ことあるごとに暇つぶしだと自分を呼びつけ、昼間は警戒するわけでもなく、部屋に入れてくれた。
自分と一緒にいる間不信な行動などなく、時折部屋の片付けまで言いつけてくるほどだ。
部屋を片付けている間、慌てる様子もない。
普段あれだけ感情を表に出す人だ。ここぞというときに冷静でいられるなら、その演技力に脱帽である。
例え普段見つからないよう内通書を隠していたとしても、夜誰に見られるかも分からない場所に置いておくわけがない。
しかし会いに行くと決心しても、多忙の身で罪人との面会許可を取りに行くのは困難を極めた。
まず、メイドである名無しが牢獄に入ること自体、前例がない。
メイドである自分と、幽閉されたジルとの接点といえば"食事係"というところのみだった。
さらに、小耳に挟んだのが"ジルが食事を取らない"という情報だった。
どうやら一人でブツブツと何かうわごとのようにしゃべっているだけで、誰の話も聞かない、食事も取らないということが続いているらしい。
放っておいて死のうがどうでもいい、というのが世論だったが、城側としてはそうもいかなかった。
正しく罰し、市民に知らせなければならない。悪を懲らしめた、と。
これを利用する他ない、と思った名無しは、すぐさまジルの面会許可をもらいに行った。
「ジルの食事係をしていたから、何かお手伝いできることがあるかも」……と。
名無しは、"ジルに外の情報を与えないこと"、"余した食事のメニューを見ること"、この二つを条件に、牢獄へ入ることを許可された。
会って謝りたかった。あの日、ジルの気持ちを踏みにじったこと。
自分勝手な行動で、傷つけてしまったこと。
そして、牢獄から出られるよう、尽力するということも伝えたかった。
だが、その思いは早々に打ち砕かれることとなる。
ジルは名無しの話を聞こうともしない上、どこか怯えているように見えた。
幽閉される前は、誰が相手だろうと威圧的だった。それが虚勢だったとしても。
牢獄はこんなにも、人を変えてしまうのだろうか。
トレーの上を見ると、本当に手がつけられていなかった。
確かに牢獄での食事は、今までとは全然違う。しかし、食べられないほどひどいものではない。
名無しはこれ以上いても変わらないと思い、日を改めて来ることをジルに伝えたが、返事はなかった。
しかし、また来る、と言ったものの、名無しに次はなかった。
牢獄関係者や上の地位でないと、面会できなくなっていたのだ。
つまり、事実上面会謝絶。
どうやらジルの断食は悪化し、前よりもうわごとが多くなったらしい。
名無しはショックを受け、とぼとぼと城に戻る。
結局前にも増して城の清掃が忙しくなり、ジルの無罪も訴えようとしたが誰も聞く耳を持っていない。
ジルの処罰は確定だった。
目まぐるしく日々が過ぎ去る中、グルグ族が再び攻撃をしかけてきた。
前の被害の比じゃなく、今度は城が半壊状態まで追い込まれた。
その際、牢獄も崩壊したというのが、風の噂で流れてくる。
地下にある牢獄が、崩壊するはずがない。
名無しはそう思いたかったが、やがて罪人が逃げ出したという話を聞き、もう目を逸らすことはできなくなった。
ジルも例外ではなく、騎士たちが駆けつけたころには、もぬけの殻だったという。
***
「もう片付けなくてもいいのよ」
メイド長にそう言われたのは、仕事終わり、ジルの部屋に入ろうとしたときだった。
名無しはあの日以来、一日たりともジルの部屋の清掃を怠らなかった。
ジルの部屋は荒れ放題だった。
グルグ族とのやり取りが他に見つからないか、捜索が入ったのだ。
ただでさえそれで散らかり放題だった部屋が、グルグ族の攻撃で部屋は見るも無残である。
しかし罪人であるジルの部屋を勤務時間に片付けるなど到底できるはずもなく、いつも仕事終わりに掃除を行っていた。
「お仕事、まだ何か残っていましたか?」
「そうではなくて……"そこ"はもう、片付けなくていいのよ」
メイド長は、いささか心配しているようにも見えた。
帰ってきもしない罪人となった主の部屋を、自分の時間を削ってまで綺麗にする姿を見て痛々しく思ったのだろう。
「……これは、私が好きでやっているので」
頑固な名無しの姿を見て、メイド長は眉尻を下げ、何も言わず去っていった。
ジルの部屋に入り、ずいぶん綺麗になったものだ、と思った。
し始めのころはどこから手をつけらたらいいか分からないくらいだったが、今はもう家具の上に積もった埃や、床に散らばってる瓦礫の破片くらいしか見当たらない。
名無しは、ジルが牢獄から消えても泣きはしなかった。
涙が出てこないのだ。
それどころか、「きっとどこかで生きている」と信じている。
生きていたとき、もしこの城に帰ってきたとき、迎えるのは誰がいるのだろう。
ジルが帰ってきたとき、この部屋を掃除するのは、自分以外に誰がいるだろう。
ふと、壁を磨いていると不信な穴を発見した。
中々大きな穴だ。今まで気づかなかったのが不思議でならない。
覗いてみると、隣の部屋が丸見えだった。
(隣の部屋って、カナン様の部屋よね)
もしかして、隠れて覗いていたのだろうか。
かなり趣味が悪かったが、壁に張り付いて覗いているジルの姿を浮かべると、なんとも間抜けで「ぷくく」と笑ってしまった。
(やあね、覗くなんて)
ジルの姿を浮かべると、懐かしく思えた。
つい数ヶ月前まで、この部屋で一緒に食事を取っていた。
やれ部屋が汚いから片付けろ、卵焼きがしょっぱい、今度は甘すぎる。口を開けば文句ばかり言っていた気がする。
何も言わず黙って卵焼きを食べている日は、部屋を出るときに「毎日この味を保てないのか」と言うのだ。
……そうだ、ジルは帰ってくる。
この穴は残しておこう。塞がっていたらきっと自分が怒られるのだ。
帰ってきたら、また卵焼きを作らなければ。
その前に、クローゼットの埃を拭いて、ベッドメイクも済ませて……。
「ふふ」
名無しは、壁に手をついたまま動けなくなった。
床にぱたぱたと、涙が落ちる。
「壁を拭き終わったら、また床を拭かないと」
口から出た言葉は、震えていた。
その日、名無しはジルがいなくなってから、初めて泣いた。