慕う涙
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暇だからという理由で引きとめられ、ジルの部屋で適当な話をすることになった名無しだったが、かくいう名無しも暇であった。
ジルとカナンが式を挙げるとなると忙しさでてんてこ舞いになるかと思ったがそうでもなく、結局名無しは何をするわけでもなく、時間を持て余していた。
あれから数日経つ。
あのときの気まぐれで一度きりと思ったが、続いたジルの「明日から暇つぶしに付き合え」という言葉には仰天せざるを得なかった。
なぜ、と問うと「手頃な暇つぶし相手だから」という回答が返ってきたあたり、偶然自分が部屋に来たからという意味以上はないだろう。
どうせ明日も名無しは食事を運びに来るのだ。
それに。と、名無しは思う。主に呼び止められたことは、名無しにとって嬉しい誤算であった。
なぜなら、名無しはジルを好いていたからである。
もちろんいちメイドが自分の主に恋心を抱くなど言語道断。ましてや結婚を控えているのである。
ジルへの恋心は同僚にはもちろん、口に出したことすらなかった。
(相変わらず気まぐれな人)
名無しは、ジルに暇つぶしになるかも分からない話をしながら思った。
しかしあばたもえくぼというもので、名無しはジルの気まぐれさをも好いていた。
不機嫌なことを隠そうともせず他人に当たり散らす性格は、周りのメイドが口々に不平不満を漏らすところではあるが、そんなところが子供のようでかわいい、と思ったりするあたり重症なのかもしれない。
時折見せる寂しそうな横顔も、婚約者を思って感情をあらわにするところも。すべて慕っていた。
「ジル様も何かお話にならないのですか。私ばかりではつまらないでしょう」
「ぼくの話を下賤の者が理解できるとは思えんな」
その下賤の者の話を毎日聞いているのはどっちだ、と思ったが、口には出さず代わりに「それは申し訳ありません」と返した。
しかし目の前の男は楽しそうである。何がそんなに楽しいのか、足を組み肘をつき、踏ん反り返って名無しをにやにやと見ている。
「あの……なにか」
「お前、ぼくのことが好きだろう」
名無しは目を見開いた。ジルはそれを見て誇らしそうに目を細める。
「好きだからぼくの暇つぶしに付き合うんだろう?」
主の命令であれば、誰だって暇つぶしに付き合うはずである。名無しがもしジルを好いていなくとも。
しかしこの場合、幸か不幸か、名無しはジルを好いていたため、この発言は正解に限りなく近かった。
名無しは動揺した。図星を突かれて冷静になることができない。
隠していたのになぜ。ばれてしまった。明日からどうしたらいいのだ。それよりも今……など、混乱した頭で考えた。
その末に出た言葉に、名無し自身も驚愕することになる。
「そうですね」
なんと開き直ったのである。しかし残酷なもので、名無しはこの言葉を発してから自分の失態に気づいた。
慌てて訂正しようと、混乱した頭を制御し、つとめて冷静に続けた。
「ジル様のことを慕っているからここにいるんですよ」
これならば主のことを敬っている意味にも取れるし、我ながら良い返しを思いついたものだ。と名無しは自画自賛したが、好きという問いに対しては否定していないことに気付かなかった。
一安心した名無しは、ジルの方を見て固まった。
「……そうか」
嬉しさと寂しさが混在しているような、そんな表情で名無しを見つめていた。
名無しは目が離せなかった。なんて切ない表情をするのだろう、この人は。
ああ、私はこの表情を見て、好きだと思ったんだわ。
名無しは未だ目が離せないまま、思った。
ジルとカナンが式を挙げるとなると忙しさでてんてこ舞いになるかと思ったがそうでもなく、結局名無しは何をするわけでもなく、時間を持て余していた。
あれから数日経つ。
あのときの気まぐれで一度きりと思ったが、続いたジルの「明日から暇つぶしに付き合え」という言葉には仰天せざるを得なかった。
なぜ、と問うと「手頃な暇つぶし相手だから」という回答が返ってきたあたり、偶然自分が部屋に来たからという意味以上はないだろう。
どうせ明日も名無しは食事を運びに来るのだ。
それに。と、名無しは思う。主に呼び止められたことは、名無しにとって嬉しい誤算であった。
なぜなら、名無しはジルを好いていたからである。
もちろんいちメイドが自分の主に恋心を抱くなど言語道断。ましてや結婚を控えているのである。
ジルへの恋心は同僚にはもちろん、口に出したことすらなかった。
(相変わらず気まぐれな人)
名無しは、ジルに暇つぶしになるかも分からない話をしながら思った。
しかしあばたもえくぼというもので、名無しはジルの気まぐれさをも好いていた。
不機嫌なことを隠そうともせず他人に当たり散らす性格は、周りのメイドが口々に不平不満を漏らすところではあるが、そんなところが子供のようでかわいい、と思ったりするあたり重症なのかもしれない。
時折見せる寂しそうな横顔も、婚約者を思って感情をあらわにするところも。すべて慕っていた。
「ジル様も何かお話にならないのですか。私ばかりではつまらないでしょう」
「ぼくの話を下賤の者が理解できるとは思えんな」
その下賤の者の話を毎日聞いているのはどっちだ、と思ったが、口には出さず代わりに「それは申し訳ありません」と返した。
しかし目の前の男は楽しそうである。何がそんなに楽しいのか、足を組み肘をつき、踏ん反り返って名無しをにやにやと見ている。
「あの……なにか」
「お前、ぼくのことが好きだろう」
名無しは目を見開いた。ジルはそれを見て誇らしそうに目を細める。
「好きだからぼくの暇つぶしに付き合うんだろう?」
主の命令であれば、誰だって暇つぶしに付き合うはずである。名無しがもしジルを好いていなくとも。
しかしこの場合、幸か不幸か、名無しはジルを好いていたため、この発言は正解に限りなく近かった。
名無しは動揺した。図星を突かれて冷静になることができない。
隠していたのになぜ。ばれてしまった。明日からどうしたらいいのだ。それよりも今……など、混乱した頭で考えた。
その末に出た言葉に、名無し自身も驚愕することになる。
「そうですね」
なんと開き直ったのである。しかし残酷なもので、名無しはこの言葉を発してから自分の失態に気づいた。
慌てて訂正しようと、混乱した頭を制御し、つとめて冷静に続けた。
「ジル様のことを慕っているからここにいるんですよ」
これならば主のことを敬っている意味にも取れるし、我ながら良い返しを思いついたものだ。と名無しは自画自賛したが、好きという問いに対しては否定していないことに気付かなかった。
一安心した名無しは、ジルの方を見て固まった。
「……そうか」
嬉しさと寂しさが混在しているような、そんな表情で名無しを見つめていた。
名無しは目が離せなかった。なんて切ない表情をするのだろう、この人は。
ああ、私はこの表情を見て、好きだと思ったんだわ。
名無しは未だ目が離せないまま、思った。