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Found Me

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 緩やかな振動を感じて、目を開けると、視界には鮮やかな蒼が広がっていた。
 ここは……、ベルベットルーム、なのか……?

 思わずそう考えてしまったが、何時もの様にイゴールさんが出迎えてくれる。
 ……間違いなくベルベットルームだ。
 …………しかし、何故自分はここに居るのだろう?
 直前の記憶が曖昧だ……。
 ……久慈川さんの救出に向かった事までは確かに覚えているのだが……。
 その後、どうしたのだろうか……。
 何とか記憶を辿ろうとしていると、イゴールさんが厳かに口を開いた。

「この度は、些か変則的なお呼び立てになってしまいましたな。
 一つ、貴女にお伝えしなくてはならぬ事が御座います故」

 変則的……?
 ……こに来る直前に何かあったのか……?
 ……考えても、思い出せない……。
 それよりも、イゴールさんが伝えたい事とは何だ?

 イゴールさんがテーブルに手を翳すと……。
 ……一際眩い光を放つカードが二枚、現れた。
 これは……?

「これは貴女が【真実の絆】を手に入れた証……」

【真実の絆】……?
 それは、こう……。物凄く強い絆という事だろうか?

「左様。貴女が結ばれた“絆”が真に深まったという証で御座います」

 “絆”が真に深まった、と言われて思い浮かべたのは。
 叔父さんと菜々子だった。
 恐らくはそれで合っているのだろう。
 イゴールさんは深く頷いた。

「これらは【真実の絆】により貴女の内に目覚めた『ペルソナ』たちで御座います。
 その“力”は強大無比……。
 必ずや、貴女が【真実】へ辿り着く為の力となりましょう。
 しかし、貴女は“力”に目覚めてまだ日が浅い。
【真実の絆】の“力”を御するには、貴女の“力”はまだ未熟……。
 己が丈に合わぬ“力”は、自らに仇成します」

 ……それは、要は凄い“力”があっても、それを扱い切れる程には、自分の実力がまだ無い、という事か……?
 ……それは何だか、そのペルソナをくれた二人に対して申し訳ない気持ちになる。

「その“力”を御する事が出来ぬからと、焦る必要は御座いません。
 “力”の目覚めが、貴女の成長よりも早かっただけの事。
 いずれは貴女もこの“力”を真に御せる時が来ます。
 貴女は貴女の思うがままに、旅路を行けば宜しい」

 ……それはそうだろうが……。
 このベルベットルームの主であるイゴールさんをして、強大無比と言わしめる“力”、か……。
 イゴールさんの口振りから、その“力”を全く使えない訳では無いのだろう。
 しかし、自分へのダメージが大きいとか、そう言うデメリットも存在する、という事なのだと思う。
 ……自分にその“力”をくれた二人の事を思うと、その“力”で自分自身を傷付けるなんてバカな事はしたくない。
 だけれども。もし手段を選んでいられない時が来たら……。
 きっと自分は躊躇わずに、その“力”を使ってしまうのだろう。
 その確信が、己にはあった。

「……左様ですか。
 それもまた、貴女が選ぶ道なのでしょう。
 ……だからこそ、貴女は今ここに居るのでありますが」


 ……だからこそ、ここに?
 …………。……ッ!
 頭がズキリと痛み、何かが急に決壊した様に、目の前にある光景が浮かぶ。

 己の全てを出しきっても、それでも尚届かなかった強大な『シャドウ』……。
 倒れ伏す、仲間たち。
 そして、そこに迫る『死』が━━

 …………! そうだ。
 自分は、先程まで、ここで目を覚ますまで、確かに久慈川さんの『シャドウ』と戦っていた筈だ。
 だが、あの光景の後の記憶が、ここで目覚める迄の間の分が、全く無い。
 まるで焼き切れてしまっているかの様に、そこで自分の中の記憶は途切れている。
 あの後、一体どうなったのだ。
 花村は、里中さんは、天城さんは、巽くんは……!
 焦って立ち上がろうとしかけた所を、イゴールさんに宥められた。

「貴女が対峙しておられたものは、既に倒されました。
 ただし、貴女が守ろうとしていた方々は、新たなる試練に立ち向かっておられますが」

 新たなる試練……?
 ……まさか、あの後また別の『シャドウ』が現れたのか?
 ならばこうしては居られない。
 早く、花村たちが戦っている場所へ行かなくては……!

「もう行かれますか」

 当たり前である。
 仲間が戦っているのだ。
 それなのにここで1人、呆っとしているなど、自分自身が許しはしない。

「フフ……それではまた、ごきげんよう……」

 イゴールさんが微笑んだのを最後に、視界はブラックアウトした。




……
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 目を開けるとそこは、久慈川さんの心が作り出した劇場の最奥の、ステージがある広間であった。
 どうやら自分は椅子に寝かされていたらしい。
 身体を起こすと、側に謎の物体が垂れかかる様に置かれている。
 ……よく見ると、異様な程ペラペラになってしまったクマだった。
 こんな状態で大丈夫なのかと焦ったが、微かに身動ぎをしている。
 ……生きてはいる様だ。
 しかし、一体クマの身に何が起きたのだろう。
 ふと周りを見てみると……。
 花村たちが巨大な異形と戦っていた。
 しかも、久慈川さんまで見慣れぬペルソナ(恐らくは久慈川さんのものだろう)を召喚して一緒に戦っている様だ。
 先の久慈川さんの『シャドウ』との戦いの結末を自分は見届ける事が出来なかったが、ペルソナを得ている所を見るにどうにかなった様だ。
 そこは安心した。
 ……しかし、久慈川さんの消耗は『シャドウ』との戦いが始まった段階で既にかなりのものであった筈。
 ……大丈夫なのだろうか……?

 それよりも、あの異形は何なのだろう。
 ……大雑把な見た目はクマみたいな姿をしているが、デカイ上に可愛げは0である。
 ……クマの、『シャドウ』か?
 まあ相手の素性は置いといて、どうやら皆はかなりあの敵に苦戦している様だ。
 それならばこうして見ている訳にはいかない。
 立ち上がっても、疲労や痛みは感じなかった。
 眠っていたからなのか、はたまた天城さんあたりが傷を癒してくれたのか……。
 どちらにせよ有難い事だ。
 これで、何の憂いも無く闘えるのだから。

 その時、何が起きたのかは分からないが、視界の端で花村たちの動きが鈍る。
 そして。
『シャドウ』が左腕を振り上げているのを見た瞬間、それの危険性を半ば本能的なもので把握した。

「……! ゲンブ、《ボディーシールド》!」

 その衝動に突き動かされる様にゲンブを召喚して、《ボディーシールド》━━効果範囲内の味方のダメージを肩代わりする能力を行使する。
 そして、一切の躊躇いなく、『シャドウ』の腕が薙ぎ払うであろう場所……、花村たちが居る所へと飛び込み、防御の体勢を取った。

 直後、『シャドウ』の攻撃が周囲をまとめて薙ぎ払う。
 この場の全員分のダメージの肩代わりという凄まじい負荷を受けたが、ゲンブは辛うじて持ち堪えた。

「鳴上!!」

 花村が、驚いた様に声を上げる。
 それに、ゲンブからのフィードバックの痛みに耐えつつ、振り向いて答えた。

「すまない、待たせた」

 それ以上は、『シャドウ』を前にして長々と話している暇は無い。
 手早くゲンブからイザナギに切り換える。
 そして、攻撃には参加せずに指示を出していた事から、久慈川さんは敵の分析を担当しているのだろうと当たりを付けて戦況の説明を求めた。

「すまないが、状況の把握をしたい。
 アレは一体何だ?
 どの様な耐性で、どの様な攻撃を仕掛けてくる?
 戦況も含めて、詳しく教えて欲しい」

 こちらの求めに、久慈川さんは頷いて手早く説明を始めてくれる。

「あれはクマさんから出てきたの。
 氷結は分からないけど、物理・火炎・電撃・疾風は効くよ!
 今、皆の防御力が下げられているの」

 それならばイザナギを召喚しているのは、都合が良い。
 《デクンダ》を使って、皆に掛けられていた弱体化補正を打ち消した。
 そして、『シャドウ』が叩き潰さんと振り下ろして来た右腕を横に飛んで避けつつ、イザナギが手に握る刃に雷を纏わせながら『シャドウ』の右腕を深く切り裂く。
 切り裂かれた布地の向こうは、仮面の向こうとおなじく虚空であった。
 久慈川さんは『シャドウ』の状態を逐一分析しつつも、説明を続けてくれる。

「《マハブフーラ》・《ヒートウェイブ》・《氷殺刃》……あとそれと、さっきの強烈な攻撃……《魔手ニヒル》を仕掛けてくるみたい。
 《魔手ニヒル》は特に危険だから、ガードして!
 《愚者の囁き》、《コンセントレイト》・《ヒートライザ》・《デカジャ》も使ってくるよ!」

 どうやらクマの『シャドウ』は氷結属性を仕掛けてくるらしい。
 ならば、氷結属性に何らかの耐性がある可能性が高い……か。
 氷結属性を仕掛けるのは止めた方が良いだろう。
 花村と天城さんは、どうやらペルソナを封じられているらしい。
 イザナギをアルウラネへと切り換えて、《解放メメント》で二人を状態異常から回復させると同時に、その予防を行う。
 少しの間とは言えども、これで『シャドウ』の《愚者の囁き》を封じた。

「サンキュな、鳴上!」

 礼を言ってくる花村と天城さんに頷いて、指示を飛ばした。

「魔封じは無効化した。
 今の内に『シャドウ』を叩くぞ!」

 直ぐ様、アルウラネを《戦車》のアルカナである『トリグラフ』へと切り換え、《龍の咆哮》で自分を強化し、花村に目で合図する。
 それに一つ頷いて、花村が真っ先に動き、ジライヤが巻き起こす豪風がシャドウを仰け反らせた。
 そして、そこに突っ込む様にして、《チャージ》で更に力を高めたトリグラフが手にした剣を振りかざして、全力の一撃を『シャドウ』の虚空に浮かぶ目に突き刺す。
 その一撃に呻き声を上げながら顔を覆った『シャドウ』は、その頭上にタケミカヅチに投げ上げられたトモエが、コノハナサクヤの力を受けて、その手の刃に焔を宿らせているのには気が付いていない。
 タケミカヅチは意識をトモエに逸らさせまいと、《デッドエンド》を『シャドウ』へと叩き込む。
 そしてその直後に、トモエの刃が『シャドウ』の顔を、焼きながら深く切り裂いた。
 それらの攻撃により、顔の半分以上を損壊させた『シャドウ』は、大きな叫び声を上げる。
 鼓膜をビリビリと震わせるその振動に顔を顰めていると、里中さんが気を失ったかの様に倒れた。

「不味いよ! 今の叫び声には、気絶させる効果があるみたい!」

 両手で耳を塞いでいる花村と天城さん、それに巽くんは無事の様だ。
 自分は、どうやらトリグラフが偶々、気絶にならない耐性を持っていた為無事だったらしい。

「天城さん、里中さんを!」

 天城さんに里中さんを回復させる様に指示し、その間に天城さんや里中さんに攻撃が集中するのを防ごうと、トリグラフから《剛毅》アルカナの『ハヌマーン』に切り換えて召喚する。
 物理ダメージが通り辛く、氷結属性を無効化するハヌマーンは、この『シャドウ』との戦いには最適だ。
 ハヌマーンには《ヘイトサーチャー》という能力があり、敵の攻撃対象を己に固定する事が出来る。
 敵の攻撃が集中する為リスキーな能力ではあるが、こういう状況下では有難い。
 そして、敵の狙いが固定されるという事は、その動きを予測し易くなるという事だ。
『シャドウ』は凍て付く鋭爪をハヌマーンに叩き付けて来たが、それは正面切って迎え撃ったハヌマーンにかすり傷一つ負わせる事無く、逆にハヌマーンからのカウンターで仕掛けた《剛殺斬》は『シャドウ』の爪を砕いた。
 そして、タケミカヅチとジライヤの追撃により、『シャドウ』の右腕は、僅かな布地で辛うじて繋がっている様な状態にまで破壊される。

『何故だ……。
 何故、無駄な事の為に、何処からそんな力が湧いてくる……!』

『シャドウ』はそう吼えて、周囲をまとめて薙ぎ払おうと千切れかけの右腕を振り翳した。

「行くよ、千枝!!」

 その攻撃を迎え撃ったのは、天城さんと、気絶から《アムリタ》で回復した里中さんである。
 コノハナサクヤが巻き起こした業火は、二人の友情が成し遂げているのか、トモエを傷付ける事無く逆にその力となるかの如くその身を覆った。
 そして、火炎の力を己がものとしたトモエの渾身の一蹴りは、『シャドウ』の右腕を、胴体部分から離断させる。
 離断された右腕は忽ちの内に黒い塵となって霧散した。

『何故、抗う事を止めない……!?
 例えお前達が勝っても、その先にあるのは苦しみだけだと言うのに……!』

『シャドウ』はそう吠えながら、残った左腕で再度あの《魔手ニヒル》を放つ。

「クシナダヒメ!」

 だがそれは、《永劫》アルカナの『クシナダヒメ』による《テトラカーン》で弾かれ、逆に『シャドウ』の身を削った。
『シャドウ』は反動で大きく仰け反り、硬直する。
 今がチャンスとばかりに、イザナギに切り換えて、《マハタルカジャ》で皆の強化をし、《ラクンダ》で『シャドウ』の防御力を削った。
 豪風が、雷撃が、業火が『シャドウ』の身を壊していくが、それでもまだ『シャドウ』は持ちこたえる。

「氷結魔法、来るよ!」

 反撃とばかりに『シャドウ』から放たれた《マハブフーラ》は、ジャアクフロストによって遮られ、天城さんには届かない。

「天城さん、花村、私に合わせて!」

「おう!」「分かった!」

 《コンセントレイト》から繋げた《アギダイン》は、全てを一瞬の内に焼き滅ぼすかの様な業火となる。
 そこに更に天城さんが《アギダイン》を重ね、花村が《ガルダイン》を重ねる事で、劫火を巻き込んだ触れるモノ全てを灰塵に帰す強大な竜巻が完成した。
 それは『シャドウ』を呑み込み、その身体を燃やしていく。
 炎に身を焼かれながらも、『シャドウ』は言葉を連ねた。

『【真実】など、不確かで元より存在するかも分からぬモノ……。
 何故それを、己を苦難に晒してでも求めるのだ……!』

『シャドウ』の言う通り、【真実】に確たるカタチ等は無い。
 あやふやで、何を以て【真実】と成すのか…………それすらも不確かである。
 どんな物事でも、それに疑問を持ち問い掛けなければ、ただ過ぎていくだけの事象に過ぎない。
 だが。

 ……この世のあらゆる事には因果がある。
 それを己が理解出来るか否かは別として。
 どんなに理解不能に感じる現象でも、そこには必ず何かしらの原因があり、それ故の結果があるのだ。
 何かし方が起きた結果として、事実が生まれる。
【真実】とは、その事実の原因だ。
 なればこそ。
【真実】もまた、それを掴めるか否かは別として存在する。
 ならば、掴んでみせるまでだ。
 ……きっと、その術は、存在するのだから。

「【真実】はある。
 そして、それを掴む方法も……きっとある筈!
【真実】を探す事は、無駄なんかじゃ無い!」

 それに、【真実】を求める事を『シャドウ』は苦難だと言うが、それは違う。
 何事も、向き合う事とは“痛み”を伴うものだ。
 だが、その“痛み”から逃げ出したとて、そこにはまた別の痛みや苦しみが待っている。
 全てから目を反らし耳を塞ぎ己の内へと閉じ籠った所で、『己』が存在するのであれば、何かしらの苦しみからは逃れられない。

 そもそも。
 意志ある者が生きていく上で、無痛などは有り得ないだろう。
 それこそ、夢幻の中にしか無いし、それですら、己を夢想で固めていたとしても苦痛とは無縁になれない。
 結局は、己が何を選択していくのかという問題に過ぎない。
 だからこそ。
 “痛み”から逃げずに、己が心の信じるまま望むままに向き合いたいと、自分はそう思うのだ。


『……そうやって、己を更なる苦難に晒すのか……。
 全く、理解し難いが……。
 それもまた……』


『シャドウ』は、そう言い遺して炎の中へと消えていった。





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