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何時かきっと、星空の下で

◇◇◇◇◇




 再び意識が戻った時には、目の前に迫っていた筈の邪竜の姿は何処にも無くて。全く見覚えの無い場所に立っていた。
 周囲には、仲間達がルキナと同じく、何が起きたのか理解しきれない様な表情で周りを見回している。


「ここは……」


 一体、何処なのだろう、と。
 そう無意識に心から言葉が零れ落ちた。

 その疑問に答えたのは、予想外の存在であった。


『ここは、私の領域です。
 人の子に、『虹の降る山』と呼ばれる場所……。
 私が、貴女達をここに招きました』


 フワリと。中空から突如現れたその存在は──


「神竜、ナーガ……」


 ファルシオンを人に与えし存在。初代聖王に、『ギムレー』を討つ為にナーガの力を与えた者。そして、ルキナもまた、その力を得ようとしていた者の一人である。
 だが、ルキナは『覚醒の儀』をまだ不完全なものですら行ってはいない。なのに、何故……。
 そんな疑問に答えたのも、やはりナーガであった。


『もう、時間が無いのです……。『覚醒の儀』を行っていない為、私がこの世界に対し出来る事は限られている。
 それでも、『希望』を潰えさせる訳にはいかなかった。
 干渉するまでに時間が掛かってしまいましたが、……何とか間に合った様ですね……』

「王都は、王城は……。
 彼処に居た人達は、どうなったんですか……?」


 恐る恐ると、ナーガに訊ねたのはウードだ。
 寸前まで戦い続けていた事を示す様に、その身体には幾つもの生傷が刻まれている。
 ナーガはその問いに、何処か茫洋としている様にも見える目を、憂う様に伏せた。


『ギムレーがあの場に現れた以上は、最早誰も生き残ってはいないでしょう……』


 そして、ルキナを含めた十二人を、この場に連れてくるのが精一杯であったのだと、ナーガは語った。
 たった十二人。それだけしか、生き残らなかったのだ。

 その場に居る誰もが、ナーガが語るその事実を茫然と聞く事しか出来なかった。そして。
 ナーガは、私に『炎の紋章』を持っているかを尋ねる。『黒炎』が納まるべき場所は空白のままだが、不完全な『炎の紋章』は肌身離さず所持している。
 それを差し出すと、ナーガは『希望はまだ繋がった……』と溜め息の様な言葉を溢した。
 こんな状況で、何の『希望』があると言うのだろうか。
 そう訝るルキナに。

 ナーガは、【時を越え、「過去」を変える】と言う……人が決して踏み入れてはならない「神の領域」の……。
 或る意味では「この世界」に生きる全ての「命」への冒涜とも言える『禁忌』を……ルキナへと提示した。

 最早この世界は終焉を迎える。誰も彼もが死に絶える。
 だが、時を越えて「過去」に向かい、この滅びの原因を、『ギムレー』の復活を阻止出来れば。世界を、滅びの運命から救う事が出来る「かもしれない」と、ナーガは語った。

 ……「かもしれない」。そう、その結果がどうなるのかは、ナーガですら知り得ぬ事であったのだ。
「過去」を変えれば、本当にこの「未来」は変わるのか。
 もし「未来」を変えられたとして、ならば変わる前の「未来」から来たルキナ達の存在はその時どうなるのだろう。
「過去」が変わり「未来」が変わった瞬間に、存在が「無かった事」にされて、完全に消滅するのだろうか。
 既に絵が描かれているキャンバスを塗り潰してその上からまた新たに別の絵を描く様に、変わった後の「未来」の自分の中と混ざるのだろうか。
 それとも、時の迷い人として、過去にも未来にも居られずに彷徨う事になるのだろうか……。
 だが、もしそうであるのだとしたら、『ルキナ達の干渉によって変わった未来』はどうなるのだ? 因果の糸は、どうなる? 
 それか、この「未来」とは全く別の「未来」が新たに生まれるだけで、この「未来」は「過去」から切り離された様に、滅び果てたこの状態のままになるのだろうか……? 
 そして……「過去」と「未来」がどうなるにせよ。
 時の流れを遡り「過去」へと向かうと言う事は。
 本来ルキナ達が守らねばならぬ、救わねばならぬ……両親たちから託されたこの世界を見棄て、未だ滅びの手の及ばぬ「過去」へと敗走する事と、何が違うのだろうか。
 もし本当に「未来」を変える事が出来るのだとしても、そしてそれで救われる人々が無数に存在するのだろとしても。
 ルキナが「本当の」『使命』を放棄する事に変わらない。
 そして、「過去」が変わり「未来」が本当に変わるのなら。
 この滅びへと至った世界に生きていた人々の存在は、全て「無かった事」になるのだ。それは、有史以来の大虐殺を行う事とほぼ同義であるのではないだろうか。
 いや、ただ殺すだけではない。生きていたその証すら……命ある全てが等しく持つ筈の、「そこに自分が存在した足跡」を残す権利すら有無を言わさずに剥奪するのだ。
 そんな、神をも恐れぬ程の「大罪」を犯す事が、本当にただの人間でしかないルキナに赦されて良い事なのだろうか。

 そして、そもそもの話【時を超え、「過去」へと遡る】と言っても、本当に目指す「過去」に辿り着けるかさえ未知数だ。
 時の扉を渡り「過去」へと跳んだ人間など、どんな記録にも伝承にも存在せず。故にそれが本当に可能なのか分からない。
 ナーガが出来るのは、あくまでも「過去」へと繋がる時の扉を開く事だけ。具体的に何処の「過去」へと辿り着くのかは「運」に左右されるのだという。
「未来」にも「過去」にも「現在」にも……何処の時間にも辿り着けないまま、何処でもない「時間の狭間」を未来永劫に渡り彷徨い続ける事になる可能性だってあると言う。
 運良くそれは回避出来たとしても、辿り着いたそこは、目的の『過去』ではない、もっと遥かな「過去」か……又は遠い遠い「未来」なのかもしれない、とも。

 それは分の悪い賭けなんて話ではなかった。
 もうこれしか取れる手立てが無いのだとしても、その選択をして良いとは到底思えない。……それなのに。
 ルキナは、ナーガのその提案を受け入れてしまった。

 何が起こるのか、分からない。何が出来るのか、分からない。
 それでもそこに、こんな絶望しかない世界の終焉を回避出来る可能性が僅かにでもあるのなら。ルキナは……。

 そして、共に過去へと向かう事を選択した仲間達と共に。
 最後の餞別にと、ナーガからその力を不完全ながらも蘇らせて貰ったファルシオンを手にして。
 ルキナは、ナーガが開いた時の扉を潜ったのだった。




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