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Found Me

◇◇◇◇◇





 押し寄せるシャドウたちを蹴散らしながら11階に辿り着くと。
 階段を登った先には、一際巨大なカーテンが行く手を遮っていた。
 ……恐らく、この先に『シャドウ』と久慈川さんは居る。

 覚悟は出来ているか、と皆を振り返ると。
 誰も彼もが頷いた。
 それを了承と受け取り、一つ息を整えてから一気にカーテンを開け放つ。

 部屋に飛び込んだ直後、薄暗い中に噎せる程のスモークが焚かれていた部屋が一気に眩しくなる。
 どうやらスポットライトを一斉に当てている様だ。
 巨大な円形型の部屋の内、中央から奥にかけてはステージの様になっていて、更にステージ中央には、見上げても視界が悪い為果てが分からない天井まで伸びる一本のポールが聳え立っている。

『レディース&ジェントルメン!
 ようこそ! これより目眩く世界にご案内しまーす!!』

 そんな口上を、何処からともなく聞こえてきた『シャドウ』の声が述べるや否や。
 スモークがもうもうと焚かれる中、バッとステージ全体が一気にライトアップされ、ステージの下から床がせり上がってきた。

 そこには……何故か各々が違う衣装を身に纏った……『久慈川りせ』が6人も並んでいた。
 興奮を抑えきれない花村曰く、どうやらどれもアイドル『りせちー』が番組などで着ていた衣装らしい。
 そして、その6人から少し遅れて、あの『シャドウ』が下から姿を現した。

『ハァーイ! お・ま・た・せ!!』

 可愛くウィンクを飛ばしてくる『シャドウ』に、花村のテンションが振り切っている。
 そんな花村の脇腹に軽く突きをかまし、一先ず落ち着かせた。

『シャドウ』はこちらのそんな行動に構う事なく悠々とポールの前に移動し、スポットライトを一身に浴びながらその金色の瞳を妖しく輝かせる。

『今日はぁ、もう、りせの全てを見せちゃうよ!
 えぇー、どうせ嘘だろうって?』

『シャドウ』は右耳に手を添えて、居もしない観客の声を聞いているかの様な仕草を見せた。

『アハハッ、OKOK!
 嘘か真か……とくとご覧あれ!!
 ちゃーんと見ててねぇ、ホントのぉ……ア・タ・シ!!!』

 誰も何の声も返さなかったと言うのに、自己完結した様に、指先をチッチッと振った『シャドウ』はそう言うと、突如ポールダンスを披露し始める。

「……久慈川さんは何処に……?」

 ここがこの建物の行き止まりなのだから、恐らくはここに居る筈なのだが……。
 スモークがきついからか、久慈川さんの姿は見えない……。

『ん、もぅ……、何かノリ悪ぅーい!
 んじゃ、ここで特別ゲスト、呼んじゃおっかなぁ?』

「特別……ゲスト?」

 この世界に居る『シャドウ』が現時点で呼べるゲストなど、この世界を徘徊するシャドウか……久慈川さん本人しか居ない。

『本日のゲストは……』

 そう『シャドウ』が溜める中、舞台上の『シャドウ』以外の『りせちー』が声でドラムロールを始める。

『“久慈川りせ”ちゃーん!!』

 予想通りの名が上がり、バッとスポットライトが当たったそこには、店番していた時の割烹着を着たままの久慈川さんが茫然とした顔で、倒れた状態から体を起こして、そして自分を見下ろす『シャドウ』を怯えを含んだ目で見上げていた。

「止めて……止めてよ……!」

 声を震わせながら、久慈川さんは必死に『シャドウ』を制止しようとする。
 しかし、『シャドウ』がそれで止まる筈もない。

「久慈川さん!!」

 久慈川さんに気付いて貰える様に大きく声を上げて走り寄ろうとするが、『シャドウ』が指を鳴らすなりワラワラと警備員の様なシャドウ……『固執のファズ』が現れて、それに足を止められた。
 物理攻撃と万能属性攻撃以外は一切効かないシャドウだ。
 強くはないが、切迫したこの状況では相手をしたくないシャドウである。
 行く手を阻む様に隊列を組んでやって来るシャドウに舌打ちしつつも、ここは応戦するしかない。

「やれ、ヒトコトヌシ!」

 《隠者》アルカナの『ヒトコトヌシ』が、召喚と同時にその特性を発揮して仲間全体の速さを上げる。
 そして、ヒトコトヌシがその腕を振るうと、無数に舞い上がった木の葉が刃そのものの様な鋭さを伴って、宛ら矢の雨の如く『固執のファズ』の隊列を蹂躙する。
 皆も、各々のペルソナで『固執のファズ』に応戦を始めたが、如何せん『固執のファズ』が後から後から湧いてくる。
 細菌類の様に分裂増殖してるんじゃないか、と思わず考えてしまった。


 そして、こちらが『固執のファズ』たちへの応戦に追われている中、切羽詰まっているからかそんな状況の変化にも気が付けない様子で、久慈川さんは『シャドウ』に追い詰められている。

「嫌……こんなの、嫌ぁ……」

 弱々しく否定の言葉を溢す久慈川さんに、『シャドウ』は目を細めた。

『止めて? 嫌?
 もぉー、ホントは見て欲しいクセに。
 ほぅら、こんな感じでどぉ?
 見て見てぇ、ホントのワタシ!』

 そう言って『シャドウ』はポールダンスを続ける。
 その艶かしさを感じる動きに、久慈川さんは耐えきれないとばかりに声を上げた。

「止めて! こんなの、ホントの私なんかじゃ……」

 久慈川さんのその言葉に、『シャドウ』の雰囲気が剣呑なモノに変わるのを肌で感じる。

『ざぁっけんじゃないわよ!!
 じゃあ、ホントのアンタって?
 何れよ? 何れがホントのアンタよ?』

 そう『シャドウ』が叫ぶなり、舞台上に居た『りせちー』が一斉に久慈川さんを取り囲んだ。

「ホントの……私は……」

『シャドウ』に問われても、久慈川さんはその答えを返せない。
 そんな久慈川さんに畳み掛ける様に『シャドウ』は語気を荒くする。

『さぁ、言ってみなさいよ。
 ホントの“久慈川りせ”って?』

『シャドウ』がそう尋ねると、久慈川さんを取り囲む『りせちー』たちが口々に「自分こそが本当だ」と主張し始めた。
 それに耳を塞いで頭を抱え込んだ久慈川さんは、叫ぶ様に『シャドウ』に答えた。

「分かんない!!
 ホントの私って、何!??」

『ホントの“久慈川りせ”はアタシ。
 アンタはアタシ。
 アタシはアンタ』

 金色にギラつく目を細めながらそう宣った『シャドウ』に、久慈川さんは耳を塞ぎながら必死に体ごと首を横に振った。

「違う! 違うってば!!!」

『違わないでしょぉぉ!!?
 ベッタベタなキャラ作りして、ヘド飲み込んで、作り笑顔なんてもう真っ平!
 ゲーノージンの“久慈川りせ”なんかじゃない!!
『りせちー』? 誰それ!?
 そんなヤツ、この世に居ない!!
 アタシはアタシよぉぉ!
 ほらぁ、ここに居る、このアタシを見なさいよぉぉ!!!』

 シャドウの魂を吐き出す様な叫びに、久慈川さんは言葉を喪う。

 “『本当の私』を見て。
『りせちーじゃない私』を、ここに居る私を見て。”

 ……それが、久慈川さんの抑圧だ……。
 久慈川さんの悩みとは、心理学的な意味合いでの“ペルソナ”に“自分”が呑み込まれてしまっているというモノだった。

 “本当の自分を見て欲しい”。
 そんな願望は誰にだって……勿論自分にとて存在する。
 何を以て“本当の自分”とするのかは人各々ではあろうけれども。
 それが“抑圧”に……そして『シャドウ』にまで至ってしまった、久慈川さんの事を思うと、胸が痛くなる様な錯覚すら覚える。


「わ、たし……そんな、事……」

 否定しようとする久慈川さんの声には、力が全く無かった。

『さーて、お待ちかね。
 今から脱ぐわよぉぉ!!
 丸裸のアタシを、よく見て目に焼き付けなァ。
 コレが、ホントのア・タ・シ!!』

 するりと『シャドウ』は水着の紐に手をかけてそれを解く。
 そしてその紐を手放そうとしたその時、もう耐えきれないとばかりに久慈川さんが悲鳴の様な声を絞り出した。

「……いや……やめ、て……止めて……!
 あなたなんて……」

「言っちゃダメ!!」

 里中さんが制止の声を上げるが、久慈川さんにはその声は届いていない。


「アンタなんて、……私じゃない!!」




 否定された瞬間、『シャドウ』は確かにその瞳を歪ませる。
 しかし、その直後には箍が外れた様に、狂った様な笑い声を上げた。
 そして、その姿は濁った影の奔流に呑み込まれていく。


 増殖が止まった『固執のファズ』を即座に殲滅するや否や、力が抜け落ちた様にステージへと倒れた久慈川さんへと駆け寄った。
『シャドウ』が異形の姿を曝す前に、久慈川さんを保護してクマと共に極力安全な場所まで退避していて貰う。
 そして、各々でペルソナを召喚して『シャドウ』の攻撃に備えた。


『これで! あたしわぁ、あたしィィッ!!』




 影の奔流を払って現れたのは、極彩色の裸身に近い概ね人型を取った巨大な異形だった。
 極彩色のその身体は、見ているだけで酔ってしまいそうだ。
 顔に当たる場所にはアンテナの様なモノが鎮座して不気味に時折光り、そして久慈川さんの姿をしていた名残の様に頭部には茶髪のツインテールが残っていた。
『シャドウ』はポールに掴まってユラリユラリとその巨体を揺らしている。


『我は影、真なる我……。


 さあお待ちかね、モロ見せタ~イム。


 フフフ……特等席のお客さんには……。


 メチャキッツーいのを特別サービスよッ!』




『シャドウ』が何を仕掛けてくるのかは分からない。
 だから、取り敢えずは弱点が存在しない《塔》アルカナの『トウテツ』を召喚している。

「トウテツ、《ミリオンシュート》!」

 トウテツが腕を上げると、幾重もの衝撃波が『シャドウ』を襲う。
『シャドウ』はそれに小さな悲鳴を上げた。
 ……どうやら物理攻撃は有効だ。
 だがしかし、……『シャドウ』の表情は物理的に読めないから確かな事は言えないが、『シャドウ』がニヤリと嗤った様な気がした。
 直後に、緑色の光がこちらを透過する。
 ……攻撃ではないみたいだが……。

『イッターイ。
 もう、ステージ上に手ェ出すなんて。
 でもォ、もう分かっちゃったから……』

『シャドウ』のその言葉の真意は分からないが……嫌な予感がする。
 ……しかし、攻撃の手を緩める訳にもいかない。

「トウテツ、続けて《マインドスライス》!」

 だが、確かに『シャドウ』を狙って放った筈のその一撃はスルリと回避される。
 偶然かもしれない。
 だが、これ以上トウテツで攻撃していても無駄だという直感が確かにあった。
 だから素早く《法王》アルカナの『ホクトセイクン』に切り換える。
 ペルソナが変わった事に、『シャドウ』は僅かに動揺した。
 ……恐らくは、今が攻め時だ。
 それは皆が感じたのだろう。

「鳴上、合わせんぞ!」

「了解だ!」

 花村が声を上げ、ジライヤが上から押さえ付ける様な烈風を『シャドウ』に叩き付けてその動きを抑制する。
 間髪入れずにホクトセイクンの《利剣乱舞》によって作り出された幾つもの剣状のエネルギー波が『シャドウ』を縦横無尽に切り刻んだ。
 そして、『シャドウ』が体勢を戻す前にトモエの凍て付く刃が『シャドウ』を切り裂き、タケミカヅチの拳が腹部を捉え、そして最後にコノハナサクヤの火炎が『シャドウ』を焼く。
 ……どの攻撃も『シャドウ』にダメージを与えた。
 しかし、シャドウは緑色の光を放ちながら不気味にユラリユラリと揺れるだけ。
 そして、やはりこちらを嗤っている気がする。

『ホーント、なってないお客ね。
 ウフフ、でも、もうムダよ』

『シャドウ』のアンテナが不気味に明滅した。
 ……こちらを見透かしている気がする。
 更に、と皆が放った攻撃は『シャドウ』に掠りもしなかった。
『シャドウ』はただ揺れているだけの様にしか見えなかったが、それでも全く当たらないのだ。
 《スクンダ》で速さを奪おうとも、《スクカジャ》でこちらの命中率を補おうとも、結果は同じ。
 まるで全てを見通しているかの様に、『シャドウ』はただユラリユラリと揺れている。

『じゃあ、反撃開始ぃ』

『シャドウ』がユラリとポーズを決めたと思うと、『シャドウ』を中心に冷気が迸る。

「クッ……!」

「きゃっ!」

 現在召喚中のホクトセイクンには氷結属性への耐性は無い。
 咄嗟に盾にしたお陰で、冷気の殆どはホクトセイクンが遮ったが、フィードバックによって腕先などが霜焼けにでもなったかの様に感覚が鈍くなる。
 だがそれよりも、氷結属性が弱点の天城さんが膝を付いてしまった。
 不味い、この調子で攻撃を食らうと……!

「雪子!」

 最悪の状況が脳裏を掠めたのか、耐性の為ほぼ無傷の里中さんが天城さんに駆け寄ろうとした。
 だが、同時に半ば絶対的な予感が自分を突き動かす。

「守れ、オルトロス!」

 最早脊髄反射の様に思考する暇も無く、ホクトセイクンからオルトロスへと切り換えて召喚し、天城さんの腕を取ろうとした里中さんに覆い被さる様に伏せさせる。
 直後、灼熱の炎が里中さんに覆い被さるオルトロスに直撃した。

 オルトロスに炎は効かない。
 しかし、だからと言って炎の熱を完全に遮断出来る訳でもない。
 間近に感じた熱波に、里中さんは悲鳴を上げた。

『あらぁ……、邪魔されちゃった。
 ふーん……、アンタのソレ、厄介ね』

 ユラユラと揺れる動きを止めた『シャドウ』はこちらを睨んでいる様な気がする。
 ……この『シャドウ』、こちらの手の内を解析している可能性がある。
 恐らくは、一度攻撃してきた相手の情報を解析してしまう能力があるのだろう。
 だから、こちらの二撃目は当たらず、あちらはピンポイントにこちらの弱点を狙ってくるのだ。
 自分の攻撃が二撃目以降も命中しているのは、ペルソナチェンジによってペルソナが切り替わっているからに過ぎない。
 それも全て解析されてしまえば、もう成す術は無くなる。
 ならば、こちらが『シャドウ』を削りきるのが早いか、『シャドウ』がこちらの手の内全てを解析するのが早いか…………その勝負だ。
 同じ考えに至ったのか、花村はこちらを見て頷いた。

「鳴上、俺たちはサポートに回る……!
 だから、アイツは頼む……!」

「了解だ、花村。
 来い、ジャアクフロスト!」

 イザナギと同じ《愚者》アルカナの『ジャアクフロスト』を召喚し、《コンセントレイト》で一気に魔力を高める。
 そして、トモエがかけた《タルカジャ》の相乗効果により更に高まった力を一気に解放させた。

「やれ、《極寒パラダイス》!!」

『シャドウ』を中心に全てを凍て付かせる冷気が渦巻く。
 範囲攻撃ならば、範囲内に居れば確実にダメージが入る筈だ。
 実際、『シャドウ』の身体の半分はそれで凍てつく。
 まだ、粘れるか……?
 そんな淡い期待で続けざまに放った《アギダイン》は、『シャドウ』が生み出した氷塊で相殺された。

「……っ! ネコショウグン!!」

 ジャアクフロストの攻撃は全て解析されたと判断し、それ以上の深追いはせずに素早く切り換える。
 《星》アルカナの『ネコショウグン』は、召喚されると同時に《獣の咆哮》を上げて自身の攻撃力と速さを底上げした。
 そして間髪入れずに叩き込んだ《黒点撃》は『シャドウ』の中心を捉える。
 それには堪らず『シャドウ』も悲鳴を上げた。

『じゃあ、これでどう!!』

 だが攻撃を与えた直後に『シャドウ』は烈風でネコショウグンを薙ぎ払おうとしてくる。
 ネコショウグンの弱点は疾風属性だ。
 これは不味い、と焦った瞬間。
 ネコショウグンに叩き付けられ様としていた烈風は、別方向から吹き荒れた烈風によってその向きをズラした。
 花村が助けてくれたのだ。

 ありがとう、と花村に目で礼を言って、直ぐ様ペルソナを《道化師》の『ロア』へと切り換えた。
 ロアの放つ烈風が『シャドウ』を床に叩き落とす。
 だがそれも直ぐ様対応されていく。
 ロアの力がもう通じないと判断するや否や、またペルソナを切り換えた。




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