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Found Me

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【2011/06/23】


 《マヨナカテレビ》に映ったあの映像の正体が『何』であるかはこの際置いておくとして、やはりあれに映っているのは『久慈川りせ』なのだろう。
 《マヨナカテレビ》に顔がバッチリ映っていた為、そこは間違いはない。
 あの世界に放り込まれた後に映っているのなら、それは久慈川さんの『シャドウ』なのだが、花村が朝方に軽く確認した所、久慈川さんは店番をしていた様なので、あれが『シャドウ』である可能性は低いだろう。

「『テレビで報道された、稲羽の人間』。
『久慈川りせ』もバッチし条件に当てはまってるよな。
 って事は、やっぱターゲットは『久慈川りせ』って事か……」

 花村の言葉に頷く。

「恐らくは。
 今現在、稲羽で最もその条件に当てはまっているのは久慈川さんだからな」

 久慈川さんがメディアに露出していたのは前々からだ。
 だが、今回の休業報道で一気に話題を集め、町を歩けば常に誰かしらが『久慈川りせ』の話をしている程になった。
 以前からファン自体は稲羽の町中に居た様だが、ここまで『久慈川りせ』一色になったのは間違いなくあの休業報道と、久慈川さんの休養先が稲羽であった事が原因だ。

 ……稲羽に居る人間しか狙わない事から、【犯人】は稲羽かその周辺に住んでいるのだろう。
 今迄の傾向を考えると、【犯人】はターゲット個人への『感情』自体は無い可能性の方が高い。
『条件』に見合う人間を半ば無差別に(と言ってもその条件に当てはまる人間はあまり多くは無いが)ターゲットにしているだけであるからだ。
 故に、被害者の傾向がかなりバラバラなのだろう。
 だが、被害者があちらの世界に放り込まれる前に映る《マヨナカテレビ》が、愉快犯である【犯人】からの『予告』に相当するものと考えると、……昨晩と一昨日の晩の《マヨナカテレビ》は少し違和感を感じるモノであった。
 久慈川さんの胸や腰ばかりを強調して映していたり、実際よりも胸を大分大きめにされていたりと、久慈川さんへの『感情』が随所に感じられた。
 ……久慈川さんだけは特別という事なのか……?
 ……考えてみても、分からない。
 そもそも、《マヨナカテレビ》に予告の様なモノを映す理由すら、分からないのだ。
 …………。
 世間を騒がせたいのなら、見ている人がどの程度居るのかも分からない《マヨナカテレビ》ではなく、警察とかマスコミとかに犯行予告を送った方がより良いだろう。

 ……【犯人】の目的が『シャドウ』が映った《マヨナカテレビ》だとすると、【犯人】は間違いなくあのまだ誰も放り込まれてもいないのにターゲットが映る《マヨナカテレビ》を見ている。
 あの世界は、『シャドウ』然り『ペルソナ』然り、“心”の作用に依って如何様にも変化する世界だ。
 自分たちと同じくあの世界に自力で入る力を持つ【犯人】は、言い換えればあの世界に干渉する力も持っているとも言えるのではないだろうか。
 無意識の内に【犯人】の“心”が何らかの作用に依って《マヨナカテレビ》に映っているが為に“犯行予告”の様になっているという可能性もなくは無いだろう。
 だがその場合も、その映像が映っているのに気付きながらも《マヨナカテレビ》に自身の“心”を映し続ける理由は分からない。

 ……《マヨナカテレビ》、か……。
 雨の日の夜に起きるあの不可思議な現象は一体何であるのか……。
 …………? 今、何かが引っ掛かった。
 …………。
 ……そうだ、《マヨナカテレビ》は『雨の日の夜にしか』映らないのだ。
 そこに【犯人】の犯行が全て“予告されている”、その考えこそが、間違いなのではないか……?

「……もしかして、私たちは思い違いをしているのか……?」

「急にどうしたんだ、鳴上?」

【犯人】について、里中さんたちとあーでも無いこうでも無いと話し合っていた花村が、唐突な一言に驚いた様に声を上げた。

「《マヨナカテレビ》が【犯人】のターゲットを映している……、そう私たちは思っていた」

「えっ、だって今までもターゲットにされた人たち、ずっと《マヨナカテレビ》に映ってたじゃん。
 何か違うの?」

 里中さんが、よく分からないとでも言いた気に首を傾げる。

「結果的に《マヨナカテレビ》に映った人が、ターゲットになっているのだとしたら……。
 つまり、【犯人】がその人をターゲットにしたから《マヨナカテレビ》に映っているんじゃなくて、《マヨナカテレビ》に映ったからこそ【犯人】にターゲットにされたんだとしたら……。
 そちらの方がより辻褄が合う」

「辻褄? どういう事?」

 天城さんに訊ねられ、出来る限り分かりやすく答えた。

「……《マヨナカテレビ》は雨が降っている夜にしか映らない。
 そして、【犯人】があの世界にターゲットを放り込むのは、《マヨナカテレビ》にターゲットが映った後だ。
 ……今の所は、必ずに。
 ターゲットの条件が、『テレビに映った、稲羽の人間』なのだとしても、実際にテレビに映ってから、彼方の世界に放り込まれるまでのブランクが存在している。
 本来、【犯人】には“『シャドウ』が映らない《マヨナカテレビ》”が映るまでターゲットを放置しておく必要性なんて無い。
 “『シャドウ』が映らない《マヨナカテレビ》”が映ろうと映らなかろうと、そんなの【犯人】の知った事では無いだろう。
【犯人】の目的が単に『シャドウ』が見たいだけなんだとしても、《マヨナカテレビ》が映るよりも前から放り込んでおいたって何の問題も無い。
 尤も、既にターゲットが決まっているならば、の話にはなるが」

「いや、えーっと、それって《マヨナカテレビ》が【犯人】からの『予告』だからだって話じゃなかったスか?」

 巽くんの言葉に首を横に振る。

「【犯人】が愉快犯で、世間を騒がせたいから犯行に及んでいるのだとしたら、《マヨナカテレビ》で『予告』を出すのは不自然だ。
『予告』を警察とかマスコミとかに出した方が、より世間は騒ぐからな。
 あの《マヨナカテレビ》は【犯人】からの『予告』ではないとして考えて、ならば何故犯行は《マヨナカテレビ》が映った後なのか……それに最も辻褄が合う答えは『【犯人】は《マヨナカテレビ》を見てターゲットを決めている』という事になるんじゃないだろうか」

 そもそも、ローカル番組位になら、取り上げられている人間は、ターゲットになった人よりも大勢居る。
 犯罪に関する報道も含めると、更に増えるだろう。
 それらの人々をスルーして、今までのターゲットが選ばれた理由……。
 それは、“《マヨナカテレビ》に映ったから”、ではないか?

「《マヨナカテレビ》に映ったから、ターゲットにされるって事か!?」

 こちらが言わんとしている事を理解した花村が、驚いた様な顔で、イスを蹴る様な勢いで立ち上がった。

「その可能性は十分にあると思う」

 まだ確証は無いのだが、そう頷くと「クソッ」と花村は頭を抱えてイスに座り直す。
 結果的に《マヨナカテレビ》が被害者を映すというのは変わらないが、順序が入れ替わるだけでもその違いは大きい。
 天城さんの時や巽くんの時、そして今回の久慈川さんの時も、被害者を早めに突き止められたのは事前にある程度の情報がある相手だったからだ。
『テレビで注目を集めた稲羽在住の人』という条件であれば特定するのも比較的容易だが、“《マヨナカテレビ》に映った人”という条件なのであれば、今後全く見ず知らずの何の情報もない知らない一般人が映ってしまった場合、最悪被害者の特定が出来なくなる恐れがある。

「えーっと、《マヨナカテレビ》に何が映るのかには【犯人】は関係無い、って事……?
 じゃあ、《マヨナカテレビ》って何を映してるんだろ……」

 里中さんの言葉に、皆頭を抱えて考え始めた。
 尚、巽くんは早々に思考放棄してたこ焼きを食べている。
 そもそも、考える材料が足りないからあまり考えない様にしているだけで、《マヨナカテレビ》という現象自体、分からない事だらけだ。

「《マヨナカテレビ》があの世界と関係してるってのは間違いないんだよなぁ……」

「あの世界に放り込まれた後に、その人の『シャドウ』が《マヨナカテレビ》に映るもんね。
 ……じゃあ、誰もあの世界に放り込まれていない時に映るものは何なのかって話にやっぱりなるんだけど……」

 花村の言葉に天城さんも頷く。

「うーん……『シャドウ』も『ペルソナ』も元を辿れば“心”なんだし。
 誰かがあっちに放り込まれて『シャドウ』が《マヨナカテレビ》に映るんだったら、その前に映る映像も《誰か》の“心の中”ってのも有り得るんじゃないか?」

 花村の言葉に、話に付いていけてない巽くん以外は頷いた。
 “心”、か……。
 ……あの世界が何であるのか、まだ完全には分からないが、『ペルソナ』や『シャドウ』といった存在の事を考えると、あの世界が“心”と密接に関係しているのは間違いないだろう。
 ならば、あの世界との関連がある《マヨナカテレビ》にも“心”との関係がある、というのは可能性としては高い。
 《誰か》の“心”の中が《マヨナカテレビ》に映っているという可能性は十分に有り得る。

「その可能性はあるだろうけど……、じゃあ《誰》の“心”が映ってるのかって話になるよ。
【犯人】…………じゃないんだよね」

 天城さんは悩まし気に考えている。
 《誰》の“心”の中なのか、か……。
 天城さんの時は天城さんの事を考えている人、巽くんの時は巽くんの事を考えている人、久慈川さんの時は久慈川さんの事を考えている人…………。
 ……今の所のターゲットになった人に共通するのは、『テレビで報道された、稲羽に居る人』だという事……。
 ……《誰か》は恐らくは、稲羽あるいはその周辺地域の人間だ。

「《マヨナカテレビ》が映る直前ってさ、町のみんながその人の話題一色だったよね。
 今回のりせちゃんは特に凄いけど、雪子の時だって『テレビ映ってたよね』みたいな感じだったし」

「確かに。
 小西先輩の時も事件の話で盛り上がってて、何処行ってもその話題で盛り上がってて……小西先輩が第一発見者らしいって、凄い噂になってたな」

 ふと思い出した様に言う里中さんに花村も頷く。
 ……町中で噂されていた為、《誰》であるのかの特定は非常に困難である。

「だからさ、《誰》なのか特定しなくても良いんじゃないかなーって」

「……!!」

 里中さんの言葉から思考が急速に整理されていくのを感じた。

 《マヨナカテレビ》は“心”に関係がある。
 そして同じく“心”に深く関わっているあの世界……それはそこに居る人間により強く影響されているが、あの世界を徘徊する多くのシャドウ達は『特定の誰か』の“心”から生まれたという訳ではない。
 ならば《マヨナカテレビ》に映されているものも、『特定の誰か』の“心の中”という訳ではない可能性もある。
 不特定多数の人間の、心。
 多くの人間の、何かへの指向性を持つ共通する“心”が映っているという可能性は無いだろうか。
 町中で話題になるという事は、多くの人から興味を持たれているという見方も出来る。
 その《興味》が、より正確には《興味》の“対象”が《マヨナカテレビ》に映されているのだとしたら……。
 ……《マヨナカテレビ》に何を映すのか決めているのは、町に居る極普通の人々……ここに居る自分たちを含めた、町の人間だ。
 ……だからあの『久慈川りせ』は実際の久慈川さんよりも胸が大きくなっていたのだろう。
 人々が思い描く『久慈川りせ』がアレだったのだから。

【犯人】が何故《マヨナカテレビ》に映った人間をあの世界に放り込むのかは分からない。
 だが、【犯人】が《マヨナカテレビ》で被害者を決めているのだとすれば……。
 大雑把な意味で言えば、被害者を決めているのは、自分たち自身であるとも言えるのかもしれない。
 この町の人間は、誰もが知らぬ内に被害者を指名してしまっていたのだ。
 ……明確な根拠の存在しない、ただの推論の域を出ない仮説に過ぎないから、まだ花村たちには言えないが……。

「……確かにな。
 例え《誰》の心が映ってるんだとしても、ソイツが被害者を放り込んだんじゃねーなら、犯人探しをしてたってしょうがない」

 溜め息を吐きながら言う花村の言葉に、皆が頷いた。
 現段階で《マヨナカテレビ》に『久慈川りせ』が映し出された以上、【犯人】は既に動き出しているかもしれない。
 今考えるべきはその犯行をどう防ぐか、である。
 取り敢えず、張り込みをする事になった。





◇◇◇◇◇





 久慈川さんは基本的に丸久豆腐店の店番をしている様なので、店の近くで張り込みをする事にした。
 あまりど真ん前で張り込みするのは流石にアレなので、丸久豆腐店の横の『四六商店』前に巽くんと里中さんに天城さんが、豆腐店からは少し離れた『四目内堂書店』前に自分と花村が陣取る。

【犯人】は犯行時にある程度以上の大きさの車を使って移動している筈だ。
 店の付近に停車する車だけに注目していればいいので、車を視認出来るのならある程度離れていても問題はない。
 ……問題なのは、今張り込みをしている時間帯に【犯人】が訪れてくれるかどうか、だ。
 巽くんの時と同じく、ターゲットに【犯人】よりも先に接触出来た所で、自分たちの目が届く時間帯を外されて犯行に及ばれた場合はどうしようもない。
 これが警察ならば、組織的に日夜の張り込みが出来るのかもしれないが…………。
 一学生の身である自分たちにはどうしたって限界がある。
 まあ、一連の事件との関連性を疑っているかは分からないが、休業中の大人気アイドルである久慈川さんの身辺には警察もそれなりに気を配ってはいる……と思いたい。
 流石に日夜の張り込みなぞはしてないだろうが、悪質なストーカー紛いのファン対策とかで警邏の強化とかはしている可能性はある。


「あれっ、悠希ちゃん?」

 雑誌を立ち読みするフリをしながら豆腐屋の方へと気を配っていると、背後から聞き慣れた声をかけられたので振り返ると、そこには足立さんが居た。
 今日は連日の野次馬たちも落ち着いてきたのか、パラパラとやって来る程度で、交通整理は必要ないだろう。
 ……付近の警邏にでも来たのだろうか?

「足立さん、今日は見回りとか聞き込みとかですか?」

「うん、まあそんなトコ。
 今からそこの豆腐屋に行かなきゃならなくてね」

「お疲れ様です」、と声を掛ける。
 そして広げていた雑誌を棚に戻した。
 どうせなら序でに一度久慈川さんの様子を直接確認してみた方が良い。

「あれ、悠希ちゃんも豆腐屋行くの? また買い物?」

 足立さんに尋ねられ、違うと首を振った。

「いいえ。久慈川さんと少し会えたらな、と思いまして。
 ……昨日は人が多くて、立ち話とかは出来ませんでしたから」

「あっれ? 悠希ちゃんも、『りせちー』とか気になる感じなんだ」

 別に、芸能人だから興味がある訳でも無いが……。
 まあ良いか。
 そう思われていた方が、色々と都合が良い。

「まあ、多少は。
 迷惑になる様な行為は慎みたいですが、折角の機会なので、話とかはしてみたいです」

 そう答えると、足立さんは少し考えて「まあ良いか」と呟いた。
 そのまま花村と足立さんとの三人で、丸久さんへと向かう。
 店の手前まで来たその時。


「……ちょっ、オイ、あれって……」

 花村がふと上を見上げ、そして絶句する。
 花村の視線の先には、背にリュックを背負い双眼鏡とカメラを首から下げた、見るからに不審者と言える男性が、電柱によじ登った状態で、久慈川さんの家を覗きこむ様にしてカメラを構えていた。

 彼は盗撮しているのか……?
 ……悪質なストーカー紛いのファン、なのだろうか。
 流石に今の所大した手懸かりも残さずに犯行を遂げている【犯人】が、こんな目立つバカみたいな行為に今更走るとは思えない……。

「だっ、誰だー!」

 同じく花村につられて電柱を見上げていた足立さんが大声を上げると、不審者は素早く滑り降りる様にして電柱から降り立ち、一目散に逃げ出した。

「待ちやがれッ!」

 花村が声を上げてその後を追う。
 足立さんもそれに続いて不審者を追った。
 里中さんたちも追いかけ様としたが、それは止める。
 あの不審者は【犯人】とは無関係だからだ。
 まあ盗撮は立派な犯罪行為であるのだが。

「あいつは【犯人】とは多分無関係のヤツだから、里中さんたちはこのままここで待機しておいて!!」

 三人が頷いたのを見てから、花村たちの後を追った。


 追い掛ける内に、幹線道路手前で車に行く手を阻まれて不審者は突如立ち止まる。
 そしてこちらに向き直り冷静さを喪った震える声で、これ以上近付くと車道に飛び込むと脅しをかけてきた。
 ……こう言う自棄になった人間とは面倒なものである。
 しかし万が一がある為、無視して取り押さえるのは不味いか……。
 チラリと花村と目配せし合った。

「……その道路を走行する車の平均速度は大体時速50Km。
 その速度で一般的な、車の前にボンネットがあるタイプの車に、人が衝突した場合に起こりうる現象は──……」

 淡々と事故が起きた場合の一般的な現象を説明していくと、不審者の顔はあからさまに蒼くなっていく。
 勢いで飛び込むと脅してみたものの、実際にその後にどうなるのかを説明されると、とてもではないがそんな積もりにはなれなくなったのだろう。
 そしてその隙を突いた花村が、「あっ、りせちーだっ!!」と明後日の方向を指差した。
 盗撮までする程のファンだったからか、不審者は見事にそれに釣られる。
 そして、意識がこちらから逸れたその一瞬を狙って不審者の懐に飛び込み、胸ぐらを掴んで大外刈を掛けて引き倒してから崩袈裟固めで不審者を逃げられない様に取り押さえた。
 受け身が上手く取れなかったらしい不審者が痛みに呻いているが、頭は打ってないし加減はしたから大丈夫だろうと無視をする。

「足立さん、後はお願いします」

 具体的にこの不審者がどの様な罪に問われるのかまでは分からないが、少なくともストーカー紛いの覗きの現行犯である事には間違いない。
 取り押さえる所までは一般市民でも可能だが、その後は速やかに警察……この場合は足立さんに引き渡さなければならないだろう。

「きっ、君らね、善良な一市民にこんな乱暴なマネして……」

「いや、どー見てもあんた不審者だから」

 不審者の発言に、花村が呆れた様にツッコミを入れ、自分もそれに頷く。

「善良な一市民は、電柱によじ登ってまで他人の部屋を盗撮しません」

「い、いやそれはその、僕ぁただ……、りせちーが好きで、部屋とか、ちょっと見てみたくて……」

「それで他人の家を盗撮するんですか?」

 不審者の言い訳にそう尋ね返すと、不審者は言葉を失って黙る。

「不審者の確保に、ご協力感謝します!
 じゃ、後はこの僕が預かるからね。
 さて、話は署で聞こうか……」

 足立さんにそう言われ、不審者を解放する。
 倒れこんだ不審者を立たせ、足立さんは神妙な顔付きになり、警察手帳を見せながら意識しているのか低い声で告げた。
 そして直ぐ様表情を緩ませる。

「くー! この台詞、言ってみたかった!」

 気持ちが分からない訳でも無いが、直後にそれを言ってしまっては台無しだろう、色々と。
 不審者は警察手帳を見せられた段階でかなり動揺して視線を泳がせている。

「やっ、やめてくださいよぉ! 
 僕がなにしたっていうんですかぁ!? 
 し、知ってんだから! 
 日本には“盗撮罪”ってのはないんだ!」

「確かに、猥褻行為目的の“盗撮”では無いのかも知れませんが、あなたの行動は『ストーカー行為等の規制等に関する法律』……『ストーカー規制法』に引っ掛かっているんじゃないでしょうか。
 尤も、ここから先は警察の領分なので。
 何か言いたい事があるのなら、稲羽署の方でどうぞ」

 自分の行為を犯罪では無いと喚く不審者にそう言ってやると、諦めたのか不審者は項垂れた。
 そして、手錠を取り出した足立さんに「まだ(任意同行の範囲なので)早いのではないか?」と訊ねると、そうだった様で慌てて手錠を懐に仕舞う。
 そして再度こちらに礼を言って、足立さんは不審者を署の方へとつれて行ったのであった。




◇◇◇◇◇




 不審者との一連の騒動の後、豆腐屋を覗くと久慈川さんは何事も無く店番をしていた。
 騒ぎに気付かなかったとは思えないが……まあ、手慣れているのかもしれない。
 里中さんたちに確認を取った所、不審な車両が付近に停車するという事もなく、あの不審者以外は今の所は特にこれと言って怪しい動きをするものは無いそうだ。

 …………。
 ……その後、暫くの間張り込みを続けていたが特に不審な車両や不審な人物が現れるという事もなく、日が暮れ始める頃合いでその日は切り上げる事になった。
 一応、家が一番近い巽くんには出来れば豆腐屋を店仕舞いする迄は久慈川さんが店番をしているか、解散後も何度か確認して貰える様に頼み、了承して貰っている。
 ……これで、何事も無ければ良いのだが……。




◇◇◇◇◇





 その電話が巽くんから掛かってきたのは、夕飯の買い出しを終えて、家に帰りそろそろ調理を始めようかとしていた頃合いだった。

「先輩、りせのヤローの姿が見えねえっス。
 つい30分くれえ前に店覗いた時には店番してたはずなんス。
 何か、黙ってどっかに行っちまう事は偶にあるんだって、婆さんは言ってるんスけど……。
 でも、このタイミングでって、やっぱり……」

 電話の向こうの巽くんの声は焦りを隠せない様子だ。
 ……今回も、【犯人】の犯行を許してしまったという可能性が高いのだから、当然か……。
 しかも、今回は【犯人】よりも先に久慈川さんへ接触し警告する事が出来たというのに、今までと結果としては変わらない。

「……この時間じゃ、クマに確認を取りに行くのも難しい……。
 今夜も《マヨナカテレビ》が映る条件は整っている。
 ……久慈川さんが、単に外出しているだけである事を祈りながら、今夜の《マヨナカテレビ》を確認しよう」

 ……もし久慈川さんが既にあの世界に放り込まれてしまっていても、前回巽くんを救出した時の様に、まず久慈川さんを特定出来る情報を集めなくてはならないのかも知れない。
 ……久慈川さんが、【犯人】の手にまだかかっていない事を祈るしかない、か。

 巽くんもそうするしかないのは分かっているので、素直に了承してそこで通話は切れた。
 ……花村たちにもこの旨をメールで知らせておこう。








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