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ギムルキ短編

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 雪と氷に閉ざされ命が儚く消え行く冬と言う季節を、ギムレーは決して嫌いでは無かった。
 命無き砂礫の荒野ばかりが広がるペレジアの大地のそれとは異なるが、命を拒むその景色はそれを疎ましく思うギムレーにとって心地好い静謐を齎すものでもある。
 ……そう、あくまで求めているのは静謐であって。
 僅かに降り積もった雪にはしゃいだ様な声が彼方此方から聞こえてくるこんな「冬祭り」などと言う下らない祭りなど、ギムレーからすれば願い下げとしか言い様が無いものである。
 しかもこの季節になると頭に花でも詰まってるのではないかと思う程に浮かれ切った格好をした者が増える事も頭が痛い。
 神竜の牙を受け継ぎ異なる世界の伝承ではギムレーを討ったとすらされている聖王の末裔でさえ祭りに浮かされた格好をして辺りをうろついていたのを見た時には、自分が見たものを忘れ去ろうと思った程である。
 自分が呼ばれた世界とは全く別の異界の存在であろうが、しかし邪竜ギムレーを討った程の存在がその様な正気を疑う様な格好をしているのは見たくはないのだ。単に自分のプライドの問題であるが。
 何であれ、死と破壊、絶望と滅亡を司るとされ実際にこの世の全てを憎悪し破壊せんとしてしているギムレーにとって、この様に浮かれ切った空気は反吐が出る程に苦手なのである。
 その為、祭りの浮かれた空気から遠い場所に逃れようとする様に、ついつい人気の無い場所へとその足は向いてしまう。
 祭り事が大好きなのであろうこの国の者たちは事ある毎に様々な名目で季節ごとに何かしらの祭りをしている。それが煩わしくて避けている内に、何時しかそこはギムレーの定位置の様な場所になっていた。
 人々から「邪悪」とされた存在もこの国には少なからず招かれてはいるが、その誰もがギムレーの様な反応をしている訳では無い。寧ろ、積極的に人々の前に姿を現して混沌を齎す事を楽しんでいる者の方が多い。
 そう言う意味ではギムレーは変わり者であるのだろう。
 人々を遠ざけると言う点に於いて、ギムレーは徹底していた。
 小間使い代わりの召喚士が頼み込めば、日頃の奉仕への褒美として多少聞いてやらなくも無いが。それでも誰かと行動を共にする事を是とはせず。
 この世界に呼び出されてそれなりの時間は流れていても、基本的に誰も寄せ付けようとはして来なかった。
 たまに物好きな聖王の末裔やら何やらが訪れる事はあるが、取り付く島もないギムレーの態度に困った様に笑いながら離れていくだけで。
 それもあって、ギムレーは何とか心の平穏を辛うじて保てる静寂を手にする事が出来ていた。

 しかし、何時もの場所にはどうやら今日に限って何やら先客が居たらしい。
 此処がギムレーの居場所である事はある程度ここに来て長い者は皆知っているので、新参者なのか或いは無謀な馬鹿か物好きなお節介か……。その何れかなのだろうと思いつつも、先客が居ようとどうだろうとその場所を譲ってやる様な気は欠片も無いのでさっさとそいつを退かそうとしたその時だった。
 薄暗がりの中、此方に近付いてくる気配に気付いて驚いた様に此方を振り返ってきたその姿に。
 忌々しい程に何処までも落ちていく様な蒼穹を閉じ込めた様な双眸に、ふわりと揺れた蒼髪に。
 思わず驚いて僅かに息を呑む。

 そこに居たのは、この世界に招かれた英雄たちの中でも、最もギムレーを憎み最も相容れぬ存在であろう筈の、聖王の末裔である王女であった。
 己が生きる世界を滅ぼした邪竜を、神竜に唆されたとは言え時の理を捻じ曲げて過去に遡ってまで討ち滅ぼさんと抗った哀れな時の迷い人。
 結局の所邪竜討伐に関わる全ては父親である聖王の末裔のものとなり、彼女自身は名を残す事も無く歴史の波の中に消え去った存在だ。
 彼女が何処の世界から招かれているのだとしても、ギムレーとの間には世界を滅ぼした者と世界を救う者と言う関係性しか存在し得ないものである。
 彼女も決してつい最近招かれた訳では無く、当然そこがギムレーにとっての定位置である事など周知の事実である筈なのに、どうして態々怨敵の所を訪れたと言うのか。
 不俱戴天の仇が同じ世界に存在する事にとうとう我慢の限界が達し、ギムレーを屠らんと思い立った……と言うのならまだ納得はいくが。
 しかし、その手には彼女に受け継がれている筈の神竜の牙は無く。
 そもそもこの世界に招かれた英雄同士は何があっても殺し合う事は出来ない。
 まあ、元の世界では血を血で洗う様な闘争を繰り広げていた者たちが一堂に会していたりもするのだ。その様な安全措置でもなければやってられないのは確かだろう。
 しかし、ならどうしてこんな場所にやって来たのかと言う疑問に立ち戻る。
 父親である聖王の末裔ならば、何かとギムレーに対して関わろうとしてくる変人なので良いとして。
 少なくとも彼女はギムレーに対して憎悪の眼差しや猜疑に満ちた眼差しを向けその行動を監視してくる事はあってもそれ以上の接触など今までは無かった。
 とは言え、此処で考えていた所で意味は無い。
 どんな理由があってそこに居座っていたにしろ、さっさとこの場から立ち去って欲しい事には変わらないのだ。

「はぁ……何だってこんな場所にやって来たんだい?
 ここが僕の定位置である事くらい、君なら既に知っていただろうに。
 まさかとは思うけど、僕に何か用でも?」

 君に限って有り得ないだろう? と。そう言外にそんな意図を匂わせて。さっさと立ち去れと目線で制する。
 力任せに立ち退かせる事は出来ない訳では無いが、この世界に招かれた英雄たちを縛る私闘の禁止と言う項目にどの程度で引っ掛かるのかを考えると手間であるので、破壊と絶望の邪竜としては随分と「穏当」ではあるがこうやって言葉で退かせる方が楽なのである。
 ジロリと睨む様な視線を向けると、彼女は何処かたじろいだ様子を見せる。

「いえ……その……。
 たまたま此処を通り掛かっただけで……」

 妙に歯切れの悪いその言葉に何時もとは違う何かを感じ、「おや」と僅かに興味を向ける。
 普段ならば態々ギムレーが何かを言うまでも無く、ギムレーの姿を見掛けようものなら忌々しいものを見たとでも言いたげに足早にそこから立ち去るだろうに。
 何か後ろめたいものでもあるのかと、退屈しのぎに適当に弄んでみようかと言う気にもなる。

「こんな誰も通り掛からない様な奥まった場所に偶然通りかかるだなんて妙だね。
 行く場所が無いなんて事は無いだろう?
 君のお仲間達の所や聖王の末裔たちの所に行けば良いじゃないか。
 まあ、何か後ろめたい気持ちでも抱えているのかな?」

 ほんの僅かな諍い、行き違い、不和。
 その程度の事ならば幾らでも転がっているし、そしてそれは時として「些細な」などと言う言葉では収まり切らぬものへと発展し、果ては怨嗟にまで堕ちていく。
 同じ世界から招かれた者同士であったとしても、ちょっとした事から気まずくなると言う事はあるのかもしれない。
 それがギムレーに何か関わって来る事は無いだろうが、しかしそう言った不和の種が気に食わない人間達の間にばら撒かれていくのを高みの見物をするのは多少の暇潰しにはなる。
 そういった何かが在るのなら、その種を精々煽って育てさせようと、そう思ったのだけれど。

「いえ、そうじゃないんです……。
 これは、私の問題なので……」

 しかしどうやら何か諍い事があった訳では無さそうだ。
「善人」ぶってるだけ……と言う訳でも無いのだろうし。

「ふ~ん……。なら、君もこの冬祭りの空気が嫌になって逃げて来たとか?」

 何てね、と。戯れに適当な考えを口にしたのだが。
 しかしどうやらそれは存外的を得たものであったらしく、彼女はその身を僅かに震わせる。
 それにしても意外だ。
 彼女はこう言った祭り事を楽しむ側の人間だと思っていたのだが。

「……嫌と、言う訳では無いのですが……。
 ただ……時々、祭りの賑やかな声を聞いていると、それが何処かとても遠くの淡い幻の様に感じてしまって……自分はそこには居られない気がして……。
 そんな時には、静かな場所を探してしまうんです」

 身の置き場の無さを感じるのだ、と。
「英雄」として異界にまでその名が伝わる存在とは思えぬ程に、その言葉はどうにも翳りを帯びている。
 ……別に、彼女が何をどう思っていようとギムレーには関係無い事ではあるが。
 僅かに、胸の奥でチラつく様な痛みが走る。
 召喚された際に無理矢理に時空を超えた影響で過去の記憶を全て失っていると言うのに、しかし思い出せないだけでそこに何かがあったのか。
 時折ではあるがこうして胸の奥が痛くなる様な錯覚を覚える事はある。
 放っておけば消えるものではあるが、煩わしい事には変わらない。
 目の前のこの聖王の末裔たる王女が何処かに立ち去り消えれば、この煩わしい痛みも消えるだろう。

「……下らないね。
 幻も何も、そもそも異界からこの世界に招かれただけの存在である僕ら自体が、この世界からすれば全てただの幻だろう。
 そんなものは、ただ微睡みの中で見た一時の夢でしかないさ。
 下らない事に一々悩んで君たち人間にとっては貴重な限られた時間を態々浪費する位なら、何も考えずにそこにある享楽に耽るといい。
 人間はそうやって現実から逃げる事がとても得意じゃないか。
 君の悩みなんて、塵芥程の価値も無い。
 それでもグダグダと悩み続ける程に愚かであると言うのなら、僕から君に良いものをあげよう」

 ローブの中を適当に漁って、ここに来る前に浮かれた連中に無理矢理押し付けられた菓子の類が入った小袋を投げ渡す。
 ギムレー自身には不要な物を押し付けたに近い。
 咄嗟にそれを受け取った彼女は、酷く困惑している様だった。

「なに、それは僕からの呪いさ。
 意味の無い下らない事を考えてるくらいなら、それでも食べて寝てしまえ。
 所詮、君が感じているそれは一時の気の迷いみたいなものでしかないのだから」

 分かったらそれを持ってさっさと何処かに行け、とそう言い放つと。
 少し戸惑っていた彼女は、しかしその胸に抱えた小袋を突き返す様な事は無く。
 困惑しつつはあったが、ギムレーに軽く頭を下げたかと思うと明かりが照らす方へと少し足早に去って行く。
 それを見送ったギムレーは、一つ欠伸を噛み殺しながら退屈な時間を紛らわすかの様に薄暗がりの中でうたた寝に興じるのであった。






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