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何時かの未来から、明日の君へ

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『幽霊さん』とお友だちになったルキナは、それから色々な事を彼に尋ねた。
 彼の名前、どうして幽霊になってイーリス城にいるのか、本当にルキナにしか彼の姿は見えていないのかなど。
 まさに質問攻めと言っても良い程に様々な事を尋ねたのだが、彼はその全てにちゃんと答えてくれた訳では無かった。
 ルキナにしか幽霊さんの姿が見えず、その声も聞こえていないと言うのは直ぐにルキナにも分かったのだけれども。
 名前に関しては、何度訊ねても教えてはくれなかった。
『幽霊さん』で良いと、そう答えるばかりで。
 更には、どうしてルフレさんに似ているのか尋ねても、はぐらかされるばかりであった。
 どうして幽霊としてイーリス城を彷徨っているのかと言う部分も曖昧にしか答えてはくれなかった。


『僕は昔、ある人との「約束」を守ってあげられなかった。
 沢山の「約束」を破って、沢山傷付けて、あの子の大切なモノを何一つとして守ってあげられなくて……。
 だからなのかな、今もこんな姿で彷徨っているのは。
 罪滅ぼしになんてなりはしないだろうけれど……。
 それでもせめて、見守る事位はしたいんだ』


 そう言う幽霊さんの言葉の大半は、本人に詳しく説明する気が無い事もあってまだ幼いルキナには殆ど分からなかった。
 だけれども、彼がその事について酷く苦しんでいる上に悔いている事は、何となく分かった。
『幽霊さん』が守れなかった「約束」とは何なのだろう。
 そして、その約束をした人とは誰だったのだろう。
 そうルキナが訊ねてみても。


『もう、君には何の関係も無い事だよ。気にしなくて良い。
 ……もう、「未来」は分かたれたんだ。
 あの「約束」もまた、もう何処にも無い。
 君の未来は、沢山の「幸せ」に満ちているのだから……』


 そう言って『幽霊さん』は少し寂しそうに笑って。
 手を伸ばした所で彼の手は何にも触れられはしないのに、ルキナの頭を優しく撫でる様にその手を動かすのだ。
 ……その寂しさは、きっとルキナが傍に居ても、決して消える事は無いモノなのだろう。
 それが何となく、直感的に分かってしまうから。
 ルキナは、彼が答えようとしない事、答えたがらない事、そして答える彼が寂しそうにする事は、もう尋ねない事にした。
 父と母はよく、友達だからと言って相手の秘密や秘密にしておきたい事を全部暴こうとするのはいけない事だと言っていたし、ルキナも『幽霊さん』を悲しませたい訳では無い。

 ルキナの知りたい事を全て教えてくれた訳では無いけれども、『幽霊さん』はとても沢山の事を知っていて。
 ルキナに様々な事を語って聞かせてくれた。
 それは、ルキナお姉さまやルフレさんが話してくれた様なこの王城の外に在る世界の事だけでなくて、お勉強の事からルキナも知らなかった様な童話まで、実に様々で。
 こんなにも沢山の事を知っている『幽霊さん』は一体何者なのだろうと言う気持ちがむくむくと湧いてはきたが、それはきっと答えたくない事だろうからルキナは訊いていない。

『幽霊さん』はとても優しいお友だちであった。
 王女であるルキナは、基本的に城の外に出る事は出来ない。
 友達は他にも居るけれど、彼等は城に毎日居る訳では無い。
 そして、父や母は基本的に忙しくて一緒に過ごせる時間はとても限られているし、それはルキナにとって親しい大人であるルフレさんやルキナお姉さまも同様であった。
 だから、ルキナは先生達に師事して何かを学んでいる時以外は、大抵一人で過ごしていたのだ。
 だが、『幽霊さん』と友達になってからは大きく変わった。
『幽霊さん』はルキナが呼べば大抵何時でも逢いに来てくれるし、ルキナと一緒に時間を過ごしてくれる。
 一人でお城を探検するよりも『幽霊さん』と一緒に探検する方がずっと楽しいし、一人で本を読むよりも『幽霊さん』に語り聞かせて貰う方がルキナは好きだった。
 そして、一人で中々寝付けない夜には、『幽霊さん』がお伽噺や童話などを語り聞かせてくれたり、ルキナが眠れるまで子守歌を歌ってくれる事もあった。
『幽霊さん』はそう言った読み聞かせの為の物語や子守唄を、父よりも沢山知っていて。
 それは、彼が幽霊では無かった昔に、そうやって誰かに語り聞かせ、子守唄を歌っていたからなのだろうかと少し思う。
 ルキナを優しい眠りへと誘う時の彼のその表情は、慈愛に満ちた……しかし同時に何処か切なさも入り混じっていた。
 彼の優しさに、「ありがとう」と、そう感謝する度に。
 彼は、嬉しそうな、何故か少しだけ救われた様な顔をする。
 ……だけれども。そうしてルキナの夜は寂しくなくなったけど、彼にとっては果たしてそうなのかは分からなかった。
 ……幽霊は、眠らない。眠る必要が無いから、眠れない。
『幽霊さん』が何時ねているのか気になったルキナがそう訊ねた時にそう教えてくれた。
 その時は、夜も眠らずにずっと過ごせるのは悪い事じゃないんだろうなとルキナは思ってしまったのだけれども。
 彼は、誰もが寝静まった世界で、誰に触れる事も出来ないまま、ずっとずっと起きていなくてはならないのだ。
 ルキナが安らかな眠りに就いた後の彼は、独りぼっちだ。
 それはとても寂しい事なのではないかと、ルキナは思う。
 だけど、ルキナがそう言うと、『幽霊さん』は優しく笑ってそれを否定するのだ。


『僕にとっては、こうして平和な世界で、皆が安心した様に眠っている姿を見れるのは、とても幸せな事なんだよ。
 確かに、自分は殆ど何にも干渉出来ないし、誰にも気付いて貰えない、誰も彼もが僕の前をただ通り過ぎていくけれど。
 それはもう良い、僕にとっては寂しい事じゃないんだよ』


 ……と、そう微笑む。
 でも、ルキナがその言葉に頷く事は出来そうに無かった。
 もし自分が『幽霊さん』の様に誰からも……それこそ父や母にもその存在を気付かれず、そこに居ないかの様に振舞われたら……それはとっても辛い事だと思うのだ。
 ルキナは、自分なら、「誰か私に気付いて!」と声を張り上げるだろうし、その声が届かないならあの手この手で自分の存在を主張しようとするだろう。
 だけれども、彼はそう言う事はしようとすら思っていない様だった。やろうと思えば、何かモノを動かしたりして「そこに『何か』が居る」事は主張出来るのに。
 彼はそう言う事に自分の力を使おうとはしない。
 自分の姿が見えない人々に気付かれない様に、ほんの少し手助けをしているだけだった。
 あの日ルキナが彼に気付いて居なければ、彼はずっと独りで、生きている人たちの事を静かに見守っていたのだろうか。
 誰にも気付かれずに、誰にも気付かせずに、ずっと。
 それは、本当に寂しくない事なのだろうか。
 ルキナには考えても中々分からなかった。
『幽霊さん』とルキナの考え方や感じ方は違うのかもしれなくても、もし少しでも寂しいと感じているなら、お友だちであるからこそ、それを見過ごす事は出来ないのだ。
 でも、現実的にはルキナの他には、本当に誰も『幽霊さん』の事が見えないしその声は聞こえない。
 何度ルキナが『幽霊さん』がそこに居るのだと主張しても信じて貰えなかったし、今では『幽霊さん』はルキナの子供に特有な『想像上のお友だち』と言う事になっていた。
 そこに、彼は確かに居るのに。

 ルキナにはこんなにもハッキリと彼の事が見えるし聞こえるのに、どうして他の誰もがそう出来ないのだろう。
 どうして、ルキナだけしか彼を見付けられないのだろう。
 それが不思議でしょうがなかったし、それは彼自身にとってもそうだった様なので、その原因は分からなかった。

 そんな風に不思議な事は沢山あったけれど、ルキナが『幽霊さん』と楽しい日々を過ごす様になって、一月が過ぎ二月が過ぎ……そしてあっという間に半年近くが過ぎて行った。
 そして、ルキナの誕生日が近付こうとしていたその時に。
 別れが、突然に訪れたのであった。




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