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Found Me

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【2011/06/19】


 今日は父の日だ。
 だからかは知らないが、叔父さんも早い目に帰って来た。

「お父さん、いつもありがとう。
 お父さんだいすき!」

「叔父さん、いつも色々とありがとうございます。
 心許りの品ですが、これをどうぞ」

 菜々子と二人で用意していた贈り物を叔父さんに渡す。
 菜々子からは肩叩き券。
 こちらからは、少し洒落たシャツとネクタイを贈った。
 本当はお酒とかを贈りたかったのだが、未成年者の為酒類は一人では購入出来ず、止むを得ずに断念するしかなかったのだ。

「悪いなぁ、菜々子、悠希」

 そう言いながら叔父さんはとても喜んでくれた。
 服とネクタイも気に入ってくれた様で何よりである。
 そして早速三人で食卓を囲んだ。

 今日の夕飯はマナガツオの西京焼きをメインに、京料理で固めてある。
 菜々子も張り切って手伝ってくれた。
 菜々子は飲み込みが早いのか熱意が凄いのか……、メキメキとその腕を上達させている。
 野菜の皮剥きも、始めたばかりの頃の半分以下のスピードで剥ける様になった。
 目覚ましい進歩だ。
 簡単な料理なら、近い内に一人でも仕上げられる様になるだろう。


 テレビでは、アイドルの休業に関する記者会見が流されている。
『久慈川りせ』という、今人気上昇中のアイドルだそうだ。
 CMか何かで顔を見た事がある様な気がする。
 ……アイドル自体には、そう深い興味は無いから、あまり自信は持てないが。
 菜々子はこのアイドルのファンだった様で、『りせちゃん』という愛称で呼んでいる。
 ……どうやら休業して、親戚の家がある稲羽の町へとやって来るらしい。
 その親戚の家は老舗の豆腐屋を営んでいるのだと、芸能記者が言及している。
 ……稲羽の町の、老舗の豆腐屋。

「商店街の、丸久豆腐店か……?」

 店主の老婦人が高齢であるからか、店を開いてない時もあるが、それでも開店しているのを見掛けた時には豆腐は何時も彼処で購入している。
 今日の夕飯に使った湯葉も、丸久さんで購入したモノである。
 店主の老婦人とも既に顔見知りだ。
 お得意様認定して貰えているのか、何時もオマケして貰っている。
 丸の中に久が入った看板を掲げていたから、『久○○』さんなんだろうな、とは思っていたが……久慈川さんだったのか……。
 今日買いに行った時に、「孫娘が今度からやって来て店を手伝ってくれるから、頻繁に店を開けられる様になるかも」とは言っていたが……。
 まさかその孫娘が、休業宣言をした人気上昇中のアイドルとは、驚きである。
 不思議な縁もあったモノだ。

「りせちゃん、テレビやめちゃうの?」

 ファンだからか、残念そうに菜々子は声を上げた。
 それに叔父さんは溜め息を一つ溢して答える。

「さあな……けど実家が此処って事ぁ、面倒な野次馬が増えそうだな、こりゃ……。
『久慈川りせ』、か……。
 何も無いのが取り柄だったような田舎町が、今年はエラく騒がしいな……。
 これ以上何か騒ぎが起きなきゃ良いんだが……」

 思いっきり記者会見で暴露されてしまったのだから、丸久さんに『久慈川りせ』を一目見ようと、稲羽の内外から野次馬たちが沢山詰め掛けてしまいかねない。
 ………………。
 ……あまり良い予感はしないが……、だからと言ってどうこう出来る問題でも無い、か。




◆◆◆◆◆




【2011/06/20】


 翌日、学校では『久慈川りせ』の話題で持ちきりだった。
 人気が落ち目であったのなら未だしも、人気上昇中での突然の休業は、やはり衝撃的であったらしい。
 出身が稲羽という事もあってか、稲羽一帯でも彼女のファンは相当数いたらしく、昨晩の記者会見はかなりの視聴者が居た様だ。
 巽くん曰く、朝方から商店街の方に人が詰め掛けていたらしい。
 恐らくは、野次馬たちが押し掛けてきていたのだろう。
 ……幾らアイドルとは言っても、休業しているのだから、迷惑になる行為は慎めば良いのに……。
 丸久さんとしても、豆腐を購入してくれると言うのならば話は別かもしれないが、野次馬ばかりでは商売にならず、いい迷惑だろう。
 ファン心理というモノなのかも知れないが……。
 花村も彼女のファンであったらしく、妙にソワソワとしている。
 彼女が今居るであろう丸久さんにも行ってみたい様だが、今考えるのはそれではないだろう、と里中さんに軌道修正された。

 そう、今までのパターンを考えると、【犯人】に『久慈川りせ』が目を付けられる可能性がある。
 アイドルである以上、注目されているのは今に始まった事でも無いし、テレビにだってもう何度も以前から出ているが、彼女は今まさに“稲羽の時の人”となっていて、しかも現在は稲羽に滞在しているのだ。
 今までのパターンも“テレビで映されたから、狙われた”と言うよりも、どちらかと言えば“テレビで映されて《稲羽で話題になっている》人だから”狙われたとも考えられる。
 それならば、今その話題で町中が持ちきりになっている『久慈川りせ』は格好のターゲットだろう。

 《マヨナカテレビ》を見てみるまでは、まだ何とも言えないのではあるけれど。
 取り敢えず、今の所は『久慈川りせ』の動向には注意する、という事になった。




◇◇◇◇◇





 放課後、一階の廊下で漸く捜し人を見付けた。
 ……小西くんだ。
 前に借り受けたハンカチを、まだ返せていなかったのだ。
 どうやら、小西くんは相当早くに帰宅してしまう事が多い様でしかも休み時間は教室ではなく何処かをフラフラしているらしい。
 その為中々校内では出会えず、出来る限り直接手渡しで返したいというこちらの勝手な思いからクラスの人を経由して貰う事もせず、今の今まで返す機会が無かったのである。
 尚、ハンカチ自体は何時でも返せる様にキッチリと洗っていつも準備していた。

「小西くん、ずっと借りっぱなしになっちゃってたけど……。
 これ、ありがとうね」

 小西くんを呼び止めてハンカチを返すと、小西くんは驚いた様な顔をしてそれを受け取る。

「別に、捨ててくれててもよかったんですけど……。
 ……これ、姉のハンカチなんです。
 親が間違えて俺のカバンに入れてて……。
 ……もう、使う人居ないから……。
 ……このハンカチも役目を果たせて、嬉しいと思いますよ。
 ……ども」

 何故か礼を言われてしまった……。
 小西先輩のハンカチを態々貸してくれていたのだ。
 礼を言うのはどう考えてもこちらからだろう。

「こちらこそ、ありがとうね。
 そのハンカチを貸してくれて、助かった」

 そう礼を言うと、小西くんは少し戸惑った様な顔をする。
 そして、フッと暗い顔になった。

「……俺、さっき保健委員……クビになりました。
 もう、来なくて良いって……。
 ……まあ、俺の所為なんですけど……。
 居たら気不味くなるから……。
 でも……また、取り上げられちゃいました。
 ……それじゃあ、今日はもう帰らないと……。
 ……家の手伝い、あるんで……」

 寂しそうな顔をして、小西くんは帰ってしまった……。
 ………………。
 ……小西くんを取り巻く状況は、あまり良いものとは言えない様だ。
 自分ならどうにか出来るなんて自惚れている訳では無いけれども。
 ……知ってしまった以上は、放っておく事なんて出来ない……。




◇◇◇◇◇




 夕食を食べながら、叔父さんが眉間に僅かに皺を寄せながら、丸久さんの辺りに野次馬が押し寄せて来ているから、その近くを通る際は気を付ける様にと注意してくる。
 ……稲羽署の方でも、野次馬たちの動向を注視しているのだろうか?
 まあ『久慈川りせ』はアイドルなので、悪質なファンやストーカー等が付いている可能性があるから、多少の警戒はしているだろう。
 悪質なパパラッチとかも跋扈しているだろうし、警察としては仕事が増えて大変なのかもしれない。

 ………………このまま何事も無く、野次馬たちも収まってくれれば、それが一番なのではあるが……。





◆◆◆◆◆





【2011/06/21】


 放課後に演劇部を覗いてみると、小沢さんの姿は見当たらなかった……。
 小沢さんが演じる予定であった主演女性は、副部長が演じている……。
 ……心配、ではある。
 前に部活に参加した時の、あの余裕の無い様子を見ていると、小沢さんの身に何か悪い事でも起きたのでは無いのかと、そう考えてしまう。
 ……深入りするべき事では無いのかもしれないが、放ってはおけない。
 ……お節介なのかもしれないけれども。
 自己満足でも何でも良いから、とにかく、放ってはいけないと、そう感じているのだから行くしかない。


 病院に行くと、病室の並ぶエリアのベンチに、暗い顔をした小沢さんが座っていた……。
 ……小沢さんの“お父さん”の病室では無い様だが……。
 小沢さんはこちらに気が付き、顔を上げた。

「……鳴上さん、どうしたの、こんな所まで……」

「……小沢さんが、心配だったから……」

 ここまで来ておいて、態々嘘を言ってまで偽る必要性は無いだろうから、そこは素直に理由を話す。
 すると僅かながらも、小沢さんの翳りは薄くなった。

「鳴上さん、優しいね。
 部活、出てなかったから……ワザワザ見に来てくれたんでしょ?」

 優しいのではなく、ただの自己満足に過ぎないが…………。
 小沢さんは顔を伏せ、部活に居なかった理由を話してくれる。

「……お母さん、倒れたんだ。
 朝から晩まで仕事しているのに、あんなヤツの看病までやってるから……。
 ……過労、だってさ。
 すぐ退院出来るみたいだけど……。
 ……無理、……しちゃってさ……。
 ……バカみたいだよ……」

 お母さんに対して「バカみたい」という言い方は良くはないが、そこに確かにお母さんを心配する気持ちが込められていたから、それには何も言わない。

「……そうか、……大変、だったね……」

 だから、一言だけ、そう言った。
「うん……」と頷いた小沢さんは、何もかもに疲れきった様な空虚な顔をする。

「でも、……もう……どうでも良いや……。
 ……お母さんの看病、しなきゃだし……。
 ……部活止めて、バイトとかでもやらないと、お母さん……また無理して倒れちゃう……。
 ……主役も、降りた……。
 せっかく、貰えた主役……。
 頑張って、全部セリフも覚えたし、ずっとずっと……一人の時も練習してきて……。
 ……でも、もう……意味無いや……。
 何もかも、上手く行かない……。
 全部、親……。
 親が……アイツが、ジャマする……」

 取り留めなく語る小沢さんの言葉を、静かに聞いた。
 小沢さんが今度の劇の為に頑張ってきたのは否定しようも無い事実だし、それがダメになり折角掴んだ主演の座を他人に渡さなくてはならない悔しさは、自分では想像も出来ない程だ。
 しかし、だからと言って自棄になって無理を重ねても、良い事など一つも無い。

「……小沢さんは、無理をしたらダメだ。
 身体を、大切にしなきゃ……」

「……うん、そうだね……。
 私まで倒れたら、お話にもならないもん……。
 ……ありがとう、鳴上さん……。
 ……関係無いのに、色々言っちゃって……、でも……それなのに文句も言わない。
 ……本当に、優しいんだね」

 優しいのとは違うだろうとは思う。
 ただのお節介な自己満足なのだから。
 だけれども。

「……関係無くなんて、ない。
 だって、友達の事なんだから、関係無くなんてない」

 友人が困っていたり悩んでいたりするのを、見ないフリは……自分は出来ないし、したくもない。
 独善的だろうけれども、自分はそう感じる質なのだ。

「乗り掛かった船って事?
 ……何でだろね、そう言って貰えると、安心する……。
 ……ありがと、鳴上さん……」


 お母さんの病室に行く小沢さんと別れ、その日は家へと帰った。





◇◇◇◇◇





 雨が降り続く深夜零時。
 《マヨナカテレビ》はぼんやりとした映像を映し出した。
 ……これは……、水着、を着ているのだろうか……?
 粗い映像とは言え、服の輪郭が殆ど見えないから、水着なのか下着姿なのか、そのどちらかなのだろう……。
 ぼやけた映像でも、特徴的な左右のツインテールは確りと確認出来る……。
 …………。
 ……髪型と大体の体格は、この前の記者会見の中継の時にチラリと見えた『久慈川りせ』ととても似ている……。
 …………やはり、これは『久慈川りせ』が映っているのだろうか……?
 画面が切り替わり、何故か胸や太股、そしてヒップのラインを強調するかの様に拡大して映されている。
 ……これは一体……?
 ……今まで見た《マヨナカテレビ》では、ここまで特定の身体部位を強調した事は無かった筈。
 ……『久慈川りせ』が、アイドルだから、なのか……?
 ……どうであるにせよ、《マヨナカテレビ》に映ってしまった以上、【犯人】が何らかの行動を起こすかも知れない。
 明日、様子見程度にでも、丸久さんを訪れた方が良いだろう。






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