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黄昏の夢の中

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 千年の封印の眠りの中から、邪竜ギムレーとしての本性を取り戻してこの世に再び蘇って世界を滅びへと導いて。
 ……いや、時を越え過去を変える事でそれを阻もうとした聖王の末裔を追って時を越え、「覚醒」を再演したのだったか。
 …………同じ「邪竜ギムレー」であるとは言え、異なる時間の存在と溶け合った為か、時折僅かに記憶の混濁が起こる。
 大した問題では無いので放置しているが……。
 何はともあれ今ここに居るギムレーは、世界を滅ぼし尽くし、目障りな神竜やそれに与する者共も根こそぎ滅ぼした。
 神竜の手駒としてギムレーに逆らってきた者達は、一族郎党を老若男女問わずに根絶やしにするか、極一部を生かしたまま捕らえて生き地獄を味合わせながら殺した。
 殺してくれと絶叫しながら乞う彼等のその声を一笑に付して、かつては共に戦った者なのだからと、邪竜としての本来の自分を完全に取り戻したギムレーに対して、かつて人間として……「ギムレーの器」として生きていた時の『ルフレ』の面影やその心の幻影を見ていた者達が絶望しながら死んでいく様は胸がすく程に愉快であった。……彼等は全員息絶えたので、もうあの愉しみを味わえない事だけが甚だ残念である。

 そんな中、そうやって生かしたまま捕らえていた虜囚の一人……今となってはこの世に生きる最後の「人」となった者が、今とは異なる『絶望の未来』から過去を変える為に時を渡って来た聖王の末裔……神竜にとっても特別な駒であった「未来のルキナ王女」だ。
 彼女が時を渡って迄成そうとした使命を考えれば余りにも愚かしい事ではあるが、時を越えた先で彼女は人間として生きていた時のギムレー……『ルフレ』と恋に落ちてそして結ばれていた。だからこそ、彼女を最も絶望させる手段として、ギムレーは彼女を徹底的に凌辱した。

 ギムレーには『愛』などと言う感情は無い。
 そもそも、個として存在が己一つで完結しているギムレーにとっては、生殖の為の行為など全く意味を成さない。
 やろうと思えば相手を犯し凌辱する事は容易いが、その好意自体に感じるモノは何も無い。
 だから、ルキナを凌辱する際も、ギムレーにとってはただの手段に過ぎず、その行為自体に何も感じるモノは無かった。
 とは言え、それはあくまでもギムレーにとっては……と言う事で、ルキナの方は凌辱される事に対して随分と感情を激しく動かし、同時に行為によって生理的に得てしまう快楽により一層深い絶望を抱いていた様であった。
 愛した男の声と姿で、愛した男ではない……愛した男の全てを食い潰しその尊厳を破壊し己の過去も未来も何もかもを奪った悍ましい人外の化け物に、己の身体の全てを掌握され良い様に扱われる。それが彼女に齎した、激しい感情の坩堝の様な混ざり切って濁り腐った感情は、ギムレーにとって何よりも愉しく、酔ってしまいそうな程に甘美なものであった。

 殺してくれと乞われても、ギムレーはそれを嘲笑った。
 ただ死ぬよりも……或いは肉体的に苦痛を与えられるより辛い地獄であるのだとしても、ルキナが囚われたそれは命を奪う様なそれでは無く、心と魂を腐敗させる類いのものだ。
 そこから抜け出す術など、生きている以上は否応無しに何時かは訪れる老衰による死しかないだろう。
 とは言え、快楽に完全に心を堕とされて、ギムレーが望む様な反応を見せなくなったのなら、飽いたギムレーによって縊り殺される可能性はあっただろうけれど。
 しかし、ルキナの心は決して快楽に溺れる事は無かった。
 荒々しい獣に組み敷かれる様に手荒く抱かれ苦痛すら伴った激しい快楽を与えられても、或いはかつての『ルフレ』がそうしていた様に優しく抱かれ甘い睦言を囁かれながら優しい快楽に沈められても。それでも決して屈しなかった。
 そして、一月、半年、一年……と、時間だけが過ぎて。
 世界を滅ぼし切ってしまったが為に、何時しかギムレーの愉しみは、ルキナが何時屈するのかだけになっていた。
 どんなに乱暴に扱っても中々壊れない玩具は、ギムレーにとってもお気に入りのものになっていたのだ。

 そして、それはある日突然、何の前触れも無しに……もしかしたら何かその予兆はあったのかもしれないけれどギムレーがそれに気付く事が出来なかった内に、ルキナは壊れた。

 ギムレーの事を、『ルフレ』だと。己にとって何よりも愛しい恋人であるのだと、そう錯覚する様になったのだ。

 人非ざる存在の証である尾や翼をその目に晒したとしても、ルキナの目はそれを映している筈でも、それを認識しない。
 ……全く認識していない訳では無く、尾や翼に触れない様に動いたりはするので意識に上らせる事が出来なくなっただけであるのだろうけれど。
 壊れてしまったルキナの、その目に映る世界はまるで彼女が望んでいた優しい夢の様な世界になっていたのだ。
 人の営みが絶え果てただ朽ち行くだけの家や建造物の姿も、そこを意志も無くただ徘徊する屍兵達の群れの姿も、何も。
 彼女の優しい世界を壊してしまう様なものは、映らない。
 ……ルキナは、完全に壊れてしまっていた。
 最初の内は、何時か正気に戻った時にその醜態を振り返ったルキナがどう絶望するのだろうか、と。
 ギムレーは面白がって、ルキナが見ている「優しい世界」に沿って、かつての『ルフレ』の様な演技をしてやっていた。
 愛する男と、憎悪している邪竜の区別すら付かない彼女の痴態を嘲笑い、脆い人間の心を憐れんでやりながら。

 だけれども。
 何時か終わらせる為に、終わる時を見る為に始めた「茶番」であると言うのに。何時しかギムレーは矛盾を抱えていた。
 ルキナが、少しでも「真実」に目を向けそうになっていたら、それから意識を逸らさせてしまう様になっていたのだ。

 何故? どうして? と。
 ギムレー自身が己の行動を信じられない。

 それでも、「ルフレさん」と、彼女に呼ばれる度に、その温かく穏やかな笑顔がギムレーだけに向けられる度に、腕の中に感じる温もりがギムレーに対してその心の全てを明け渡してくる度に、ギムレーとの間に芽生えた命を愛おしい眼差しで見詰める姿を見る度に。
 胸の辺りがざわついて……同時に苦しくなる程に少しだけ温かくなる。その理由が、ギムレーには分からないのに。
 ……きっと、もうルキナしか居ないからなのだ、と。
 たった一つ残った玩具に執着しているだけなのだろうと、ギムレーはそう己に言い聞かせている。
 そう、それだけだ、それだけの筈なのだ。
 何時かルキナが死ぬその時まで、愚かな「茶番」を演じて、そしてその最期に「真実」を明かして、その絶望を見届ける為であるのだ。その筈だ。
 それ以外のものを、人間に対してギムレーが抱く筈が、抱ける筈が無いのだから……。

 ルキナの中に新たに宿った命の、その小さな輝きを感じながら、ギムレーはそっと目を伏せる。

 何もかもが既に終わってしまったこの世界の、その片隅で紡がれる壊れたルキナの見ている「優しい夢」が、このまま彼女が死ぬまで醒める事が無い様に。
 ギムレーは、そっとルキナの目を閉ざし続けるのであった、




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