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何時かの未来から、明日の君へ

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 イーリス聖王国は実に千年以上もの歴史を誇る国だ。
 今のこの王城は何度目かの遷都の後に幾度も補修を重ねたもので、流石に千年の歴史がある訳ではないけれど。
 それでも、とても長い歴史のあるお城である事は間違いない。
 そして、往々にしてそう言った歴史ある場所には、『幽霊』などと言ったこの世の常識では説明出来ない存在や不思議な現象の数々の噂があるのである。
 そしてこのイーリス城もその例に漏れず、実に多様な伝説や噂が存在した。
 好奇心旺盛なルキナは、幽霊なりそう言った不可思議な現象なりを見てみたいと常々思っていたのだけれども、中々そう上手くはいかなくて。まだ幽霊を見た事が無かったし、そういった不可思議な現象にも遭遇した事は無かった。
 だからこそ、初めて遭遇した幽霊に興味津々になるのも当然の事であったのだ。

 初めて中庭で幽霊を見かけた直後から、ルキナは再びあの幽霊を見付けるべくあの手この手で幽霊を探し始めた。
 だが、何せとても広い城なのだ。
 普通に探すだけでもとても骨が折れるのである。
 それでも、ルキナは全く諦めなかった。
 来る日も来る日も幽霊を探し続けて、それが城内でちょっとした噂になり始めた頃に、ルキナは再びあの幽霊に巡り逢う機会を得たのであった。


 それは幽霊を探し始めて二週間程経った頃。
 ルキナは、その日も幽霊を探して城の中を探検していた。
 そして、初めて見た時には中庭の木の下に居たのだから、あの幽霊は木が好きなのかもしれないと思い立ち、ルキナは中庭でなく城の裏庭の方へと向かう。
 あまり人気の無い裏庭は何時も静かで、幽霊が好みそうな感じがする環境が整っていた。


「ゆうれいさーん、どこですかー?」


 しかし裏庭を回ってみても、幽霊の姿は無くて。
 だがそこでルキナは、子供特有の自由な発想で、幽霊は木の上の方に居るのではないかと思い立って、樹を登り始める。
 だが余り慣れていない事もあって、その動きは覚束ない。
 そして、手を掛ける場所を見誤ってしまったルキナは、バランスを崩してしまい、更には間の悪い事にそれに驚いた拍子にルキナは木から両手を離してしまう。


 ── おちちゃう! 


 反射的にルキナが目を瞑った瞬間。



『危ない、「ルキナ」!!』



 聞き覚えのある様な声がして、背中から落下したルキナの身体は、途中でふわりとした何かに抱き抱えられる様に、その落ちる速度を落として、ゆっくりと地面に背中から降りた。
 全く痛みの無い感覚に驚いたルキナが目を開けると。
 ルフレさん……によく似た誰かがとても心配そうな顔でルキナを覗き込んでいて。
 そしてその人は、ルキナが目を開けると、ほっとした様に胸を撫でおろしていた。


『良かった……間に合って……』

「……あなたは、『ゆうれいさん』ですか? 
 わたしを、たすけてくれたんですか?」


 ルキナがそう言葉を投げ掛けると、その人は驚いた様に目を丸くして、何度も何度もルキナの眼の前で手を動かす。
 ルキナの視線が自分の手を追い掛けている事を確認して。
 そして、その人は小さな溜息を吐いた。


『まさか本当に僕の姿が見えているなんて……。
 前までは君も確かに見えていなかった筈なのだと思うのだけれど、どうして突然君だけが見えたんだろう。
 今まで僕の姿が見えた人なんて誰も居なかったのに……。
 あ、えっと、僕が「幽霊さん」かどうかって事だよね? 
 ……どうなんだろうね……。
 正直な所、僕自身今の自分の状態をあまり理解していないんだ……。気付いたら、こうなっていたからね……。
 でもまあ多分、「幽霊」ってのは間違っていないと思うよ』


『幽霊さん』は、そう言った後で一つ咳払いをして。
 優しそうな顔から、少し子供を叱る様な顔をする。


『それはそうと、危ないじゃないか! 
 慣れても無いのにこんな木に登ろうとしたらダメだよ! 
 今回は僕が間に合ったから良かったものの……本来なら大怪我してたかもしれないんだからね! 
 いいかい、命と身体は大事にしなきゃダメだよ。
 もし「ルキナ」が怪我をしたら、お父さんもお母さんも悲しむだろう? 二人を悲しませてはいけないよ。
 だから、こんな事もうしちゃダメだからね。約束だよ』


 分かったかい? と言った『幽霊さん』にルキナが素直に頷くと、『幽霊さん』は優しく微笑んで右手の小指を差し出す。
 指切りをして約束しようと、ルキナも小指を伸ばすが……その指先は触れ合う事無く幽霊さんの手をすり抜けた。
 それに一瞬、ハッとした様に哀しそうな顔をした『幽霊さん』は、次の瞬間には何事も無かった様に指を引っ込める。


『駄目だね……つい、クセで……。
 今の僕は、誰かに触れたりするのは難しいんだった……』

「でも、さっきおちそうになったわたしをたすけてくれたのはゆうれいさんなんでしょう?」

『一応ね。ちょっとしたものなら動かせるし、物凄く頑張れば少しの間だけは触れられる。
 それでも、僕は落ちてくる君の身体をちゃんと受け止める事は出来なくて、落ちる速度をケガしない程度に緩めるのが精一杯だったんだ。難儀なモノだね。
 昔は、ちゃんと受け止めてあげられたのに……』


 そう言って、『幽霊さん』は少し悲しそうな顔をした。
 ルキナにはどうして彼がそんな顔をするのかは分からない。
 でも、その悲しくて寂し気な表情を見ていると、どうしてだかルキナの胸はキュッとなるのだ。
 それは、ルキナの生来の優しさ故であるのかもしれないし、……或いは彼に何か感じるモノが有ったのかもしれない。
 何であれ、ルキナは幽霊である彼に対して、「この人を放ってはおけない」と、そう感じたのだ。
 それは、彼が自分を助けてくれたからだとか、或いは彼が「幽霊」故に興味があるからなどの理由では無かった。
 ルキナにとっては、寂しさに苦しんでいる人に手を差し伸べる事には特別な理由など必要のないモノであったのだ。


「あのね、ゆうれいさん。
 ゆうれいさんはルキナとお友だちになってくれますか?」

『お友達……? 僕と、君が……?』

「はい! お父さまがいつも言ってるんです。
 さみしいとないている人がいたら、その人とお友だちになってあげられるような、『やさしさ』をもちなさい、って。
 だからゆうれいさん。ルキナとお友だちになりましょう! 
 そうしたら、ゆうれいさんはさみしくないです!」


 ルキナの言葉に驚いた様に目を瞬かせた『幽霊さん』に、ルキナはそう胸を張って言う。
 父からはよくそう言われて育ってきたのだ。
『幽霊さん』がどうしてそんなに寂しくて哀しい顔をしているのかは分からないけれど、ルキナが「お友だち」になれば少なくとも彼は一人ぼっちではなくなる。

 一人でいる事は寂しい事だ。そして、誰にも見て貰えない……誰にも気付いて貰えない事は、とても寂しい事だ。
 そう、父はよくルキナに言っていた。
 ならば、一人ぼっちで誰にも見付けて貰えなかった『幽霊さん』は、とても寂しいのだろう。
 でも、ルキナは『幽霊さん』の姿を見付ける事が出来るし、こうしてお話をする事も出来る。
 触れる事は出来なくても、出来る事はある。
 ならば、彼はもう独りではない。
 ルキナは、幼いながらもそう考え、彼の返事を待った。


『……お父様……そうか、君のお父さんがそう言ったのか。
 ……やっぱり、変わらないんだね、クロムは。
 こうして、分かたれた「未来」でも。
 ………………。
 小さなお姫様、どうか、僕とお友だちになってくれますか?』


 とても懐かしそうな、そしてほんの少し悲しそうな顔で、『幽霊さん』はそう言った。


「はい、もちろんです! 
 ルキナとゆうれいさんは、もうお友だちです!」


 こうして、ルキナに不思議なお友だちが出来たのだった。




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