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千重波の彼方

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 寄せては返す波の音に耳を傾けながら、ギムレーはぼんやりと波打つ水面を見ていた。

 厚い雲が空を覆い尽くし陽の光を遮る薄暗い世界でも、夕暮れ時には空全体が燃え尽きていくかの様に鮮烈な紅色が世界を染め上げる。命在る者が尽く滅び去っても、太陽も月も星も……それらは何一つ変わらず雲の彼方で輝き、空を吹き渡る風も渦巻き波打つ海も……それらも何も変わらない。
 ギムレー本来の姿と比較しても比べ物にならぬ程に広大な海にとっては、ギムレーが世界を滅ぼした事すらも些末事であるのかもしれない。……単なる水溜りに意志など無いが。

 ……どうしてこんな場所で態々海を眺めているのだろうと。
 そう不思議に思うのだけれども、何故だかギムレーは波打ち際の砂辺に座り込む様にして膝を抱えながら海を見ていた。
 別に面白味も何も無い、静かに波が打ち寄せるだけの光景でしかない。それなのに、ギムレーはそこから動かなかった。

 ……この世の命の尽くを滅ぼし尽くした今となっては、別に何処に居ようとも退屈なだけだ。
 永遠に終わりの無い退屈に心を蝕まれたまま無為に眠りに就くのも、こうして何もしないまま海を眺めているのも。
 どちらもそう変わりがある事では無い。
 こうして思考する事すら、無為なものでしかなかった。

 心の内に底無しに溢れていた破壊衝動や憎悪や憤怒も、それを向ける対象を全て喪った今となっては行き場を失くしたも同然であり、半ば枯れ果てている。
 目の前で波打つ海を枯らし果て、空を吹き渡る風を殺し、遥かなる宙の果てに輝く星々をも破壊する事を求めても良いのかもしれないが……。しかしそれ以上にただ虚しさが募る。
 異界から適当に人々を連れて来て嬲る様にその絶望を愉しむのも一つの手ではあるのだろうが……。しかしそれを考え付いた所で実行しようと動く事も無かった。
 ただただ静かに、終わった世界でギムレーは海を見ていた。

 何かをしたかった様な気がするが、それは一体何であったのだろうか。遠い昔に何かを「約束」していた様な気もするがそれは一体どんなものであったのだろうか。
 何も分からないし、もし思い出した所で既に既にこの世界にはギムレーしか存在しない。もう、何もかもが終わってしまった事だ。

 ギムレーは、孤独に海を眺め続けるのであった。




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