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漢の世界

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【2011/05/19】


 放課後、一度解散して各自準備をしてから再びジュネスへと集合する。
 準備が整っている事を確認してから、あちらの世界へと飛び込んだ。



▲▽▲▽▲▽
……………………
………………
…………
……



 クマに巽夫人から貸して貰った編みぐるみを渡し、巽くんについて調べてきた情報を教える。

「このお人形さんを作った人で、お母さん思いで、お裁縫が得意、変な人、それにコンプレックスクマね。
 ………………。
 ムムムッ、これクマね!!
 センセイ、見付けたクマよ!!」

 そう言ったクマに導かれて辿り着いたのは、まるで大浴場の様な場所の入り口だった。
 大きく『男子専用』と書かれた布が、入り口の横に掛けられている。
 …………酷く蒸し暑い。
 この暑さなら薄着で正解だ。
 何時もの様な服装だと、早々にバテていただろう。
 困った事にメガネが漂う湯気で曇ってしまう。
 曇り止めでも塗ってくるべきだったのかもしれない。


 クマに持ってきた荷物を渡して先に進もうとしていると突然、何処からともなく怪し気な音楽が流れてきた。


 ━━僕の可愛い仔猫ちゃん……。


 その音楽に混じって、巽くんのものでは無いダンディな男の声が聞こえる。
 ……何故だろう、背筋がゾワッとした。


 ━━ああ、なんて逞しい筋肉なんだ……。


 先程の声とは違う、今度は少し優男風の声だ。
 しかも喘ぎ声付きで……。
 これもやはり巽くんのものでは無い。
 何と無くこの先の展開を予想して、思わず頬が引き攣る。


 ━━怖がる事は無いんだよ……。


「えっ…えっ……?」

 事態を把握仕切れない里中さんは混乱した様に声を上げている。
 気持ちは分かる。


 ━━さぁ、力を抜いて……。


 そして、そこで音楽もやり取りも途切れた。
 …………意味深過ぎるやり取りの後の、耳の痛くなる程の沈黙に、察してしまった花村の顔面は蒼白に近い。
 この中で、色んな意味で直接的な害を被る可能性が高いのは、男性である花村だ。
 最早、この先は花村にとっての死地にも等しい。

 行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたく━━

 花村の顔には、そう思いっきり書かれている。
 気持ちは痛い程分かる。
 自分とて、もし男性だったのなら、この先に進むのはどうしたって躊躇する。
 そういう性的嗜好の持ち主でも無い限り、この先に好き好んで行く男性は居まい。
 世の中には、そういう性的嗜好の持ち主たちの交流を見るのを好む人が居ると聞くが、少なくともこの場に居る誰もがその様な嗜好は持ち合わせていない。
 本当にここに巽くんが居るのか、と天城さんが訊ねると、クマは胸を張って、確かだと答えた。
 ……。……出来ればこの先には行きたくない。
 が、しかし。
 まだ入り口だというのに佇むだけでも軽く汗ばんでくるこの熱気を考えると、『シャドウ』云々の前に巽くんが脱水症状で死にかねない。
 ……一昨日から此処に居るのだと考えると、あまり猶予があると考える訳にはいかないだろう。
 何としてでも早急に巽くんをここから救出する必要がある。
 花村にもそれは分かっているが、色々な意味での身の危険に、どうしても躊躇してしまっている様だ。

「花村」

 冷や汗をかく花村の手を、両手で優しく包んだ。

「花村の身は、私が守る。
 絶対に、花村が危惧している意味での危害は加えさせない。
 だから、私を信じて一緒に戦ってくれないか」

 真っ直ぐ花村の目を見てそう言うと、花村の身体の微かな震えは止まった。

「そこまで言われて、無理だなんて言う訳ねーだろ。
 俺だって、早いとこ完二のヤツを助け出してやりたいとは思っているんだし。
 勿論、行くさ」

「すまないな、……ありがとう」



 入り口を潜りロッカールームの様な場所を抜け、奥に続く扉を開けると、そこは大浴場と言うよりもサウナの様な場所だった。
 それが延々と広がっている。
 檜の良い匂いもするのだが、こうも暑苦しいとそれすらも辛い。
 執拗に『男子専用』と書かれた垂れ幕が掛けられていて、何とも言えない感じを漂わせている。

「センセイ、シャドウクマー!」

 突入して直ぐに、見上げる程大きな太った警官の様な姿をしたシャドウが立ち塞がった。
 腹が空洞になっているのが、何とも言えない。
 数は三体。
 一体は花村に、一体は里中さんと天城さんに、そして一体を引き受ける。
 シャドウが手にしていた巨大な手錠を振りかぶって殴り付けて来たのを、横に大きく飛んで回避する。

「シャドウは『収賄のファズ』、アルカナは《法王》クマー!」

 弱点が分からないから、そのまま物理攻撃で攻める事にした。
 床に叩き付けられた手錠をイザナギが床に縫い留めてシャドウの動きを抑制し、ビンッと延びきったその手錠の鎖の上を駆け上がり、そのまま顔の部分に張り付いている仮面に、居合刀を突き刺す。
 そしてそれを全体重をかけながら、重力に引かれる力も合わせて下に向けて叩き下ろした。
 仮面の下半分を切り裂かれたシャドウはその勢いで倒れ、そのまま塵の様に消滅する。
 他の二体も難なく倒せた様だ。
 コノハナサクヤの焔が良く効いていた所を見るに、このシャドウは炎に弱いらしい。
 覚えておこう。

「はわー、センセイたち強いクマねー……」

 天城さんのお城に蔓延っていたシャドウよりは強いが、それでも、天城さん達の『シャドウ』に比べれば雑魚とも言える強さだ。

 次に遭遇した『自律のバザルド』という岩の塊の様なシャドウは、面倒な事に妙に物理的な攻撃に強く、叩こうが蹴り飛ばそうが全くと言っていい程堪えた様子は無かったが、魔法攻撃には非常に弱く、そこを突けばあっという間に殲滅する事が出来た。
 他にも、魚の様なシャドウ、人の手首から先がそのまま形になった様なシャドウ、レスラーの様なシャドウ、等々様々なシャドウとも遭遇したが、それらも蹴散らすとまではいかないが、そう手間取る事もなく倒して行き、そのままの勢いで一気に二つの階層を踏破する。


 三層目に辿り着いた時、湯煙の向こうに、誰かの後ろ姿を見付けた。
 巽くん、だろうか。

「巽くん!!」

 呼び掛けて振り返ったソイツは、巽くん……ではなく、褌一丁の巽くんの『シャドウ』だ。
 思わず花村を背後に庇う。

『ウッホッホ、これはこれは。
 ご注目ありがとうございまぁす!
 さあ、ついに潜入しちゃった、ボク完二。
 あ・や・し・い・熱帯天国からお送りしていまぁす』

 クネクネと色々なポージングを取りながら、バチコン、と花村の方へとウインクを送る。
 ビクッと背後の花村が震えたのが分かった。

『まだ素敵な出会いはありません。
 このアツい霧の所為なんでしょうか?
 汗から立ち上る湯気みたいで、ん~、ムネがビンビンしちゃいまぁす』

 巽くんの『シャドウ』はビンビンの所を強調しつつ、大胸筋をピクピクさせる。
 ……流石に、これはちょっとな……と少し引きながら居合刀の柄に手を添えた。
 もし巽くんの『シャドウ』がシャドウを嗾けてきたり、襲い掛かってきたら、遠慮なく叩っ斬るつもりである。

『ンフフ、みんなも暑くなってきたところで……、このコーナー、行っちゃうよ!』

 そう巽くんの『シャドウ』が言うと、
【女人禁制!突・入!?愛の汗だく熱帯天国! 】
 と言うテロップが背後の虚空に浮かんだ。

 もう、何でもアリ何だなこの世界…………。
 それより不思議なのは、この時間帯に《マヨナカテレビ》は映らないのだから、一体誰に向けて『シャドウ』はコレを発信しているつもりなのだろう。
 それは天城さんの時もそう思ったが。

「ヤベぇ……これはヤベぇよ……!
 色んな意味で……!!」

 既にギリギリな花村の声は震えている。
 確かに、コレは色んな意味でヤバイ。
 どこからともなく大きなざわめきが聴こえてきた。
 どうやら、巽くんの『シャドウ』に呼応してか、シャドウが騒いでいるらしい。

『ボクが本当に求めるモノ……見つかるんでしょうか、んふっ』

 妙に媚びた笑みを浮かべる巽くんの『シャドウ』はそう告げる。
 巽くんの『シャドウ』が本当に求めているモノ……。
 それは『シャドウ』が紛れもなく本人の一側面であると言う事を考えると、巽くん自身が求めているモノだ。
 天城さんの時がそうであった様に、『シャドウ』の言葉を額面通りに受け止めていては、巽くんが本当に求めているモノが何かは分からないだろう。
 しかし、『シャドウ』の言葉はそれを解く為の一助にはなる。

『それでは、更なる愛の高みを目指して、もっと奥まで、突・入!
 ――張り切って……行くぜ、コラアァァ!』

『突・入』の部分で腰を前後に振り、くるりと後ろを向いたかと思えば、素の勇ましい声を張り上げながら拳を握って、奥へと駆け去ってしまった。
 ……追わなくてはならない、とは思うが、あまり心情的には追い掛けたくない相手ではある……。

 ……しかし、巽くんが求めているモノとは一体何なのだろう。
 彼が抱えているコンプレックスと、何か関わりがあるのだろうか……。




◇◇◇◇◇
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