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ギムルキ短編

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「貴方は……誰ですか……?
 わたし……私は……」


 何処か戸惑う様に見上げてきたその瞳には、常に浮かんでいた苛烈な迄の意志の焔は無く。
 不倶戴天の仇敵である筈のギムレーを前にしていると言うのに、ぼんやりとしたその眼差しに敵意は欠片も浮かんでいない。
 それどころか、漸く寄る辺を見付けた幼子の様な……そんな無垢さすら宿っていた。

 邪竜として思うがままその衝動が導くままに世界を滅ぼしてきたギムレーではあるが、流石にこれには戸惑いたじろいでしまう。

 最初は、偶々見付けた行き倒れがあの忌々しい聖王の末裔だと気が付いて、それで捕らえた所を思う存分に嬲って殺すなり壊すなりしてやろうと思ったのだ。

 ナーガの力の宿らぬファルシオンなど、ギムレーにとっては脅威でも何でもなく。
 ギムレーの手に宝玉の一つである“黒炎”がある以上、人々がナーガの“覚醒の儀”を行う事など不可能で。
 そうであるとも知らずに、役にも立たないナーガの牙を後生大事に抱えて人々の身勝手な期待を背負い抗おうとするルキナその様は滑稽な程に哀れで、ギムレーにとっては退屈なこの世界の中では最高の見世物だった。
 まあだからと言って、ルキナを殺す事に躊躇いを覚えたりする訳でもないのだが。

 そんな訳で、独り行き倒れていたが為に大した労もなくルキナを囚え、自らの居城に連れ帰ったのだが。
 目覚めるなり、ルキナが放った第一声がそれだったのだ。
 自らの名前すらも分かっていない様なその有り様に、ギムレーとしては困惑するしかない。


「僕かい? 僕はギムレー。
 君達が言う所の、“邪竜”さ」


 そう言ってやれば、流石に今の状況を理解するかと思ったのだが。
 ルキナはその言葉にすら首を傾げるだけであった。


「ギムレー……? じゃりゅう……?
 すみません、……何も分からないんです。
 私は……自分が誰なのかさえ……」


 築き上げてきた記憶の全てを喪ってしまったらしいルキナは、畏れも怒りも何も宿らない目で、何処か申し訳なさそうに項垂れる。
 ルキナが“邪竜”ギムレーと言う名の意味すら理解出来なくなっている事を理解したギムレーは、心の中で喜悦の笑みを浮かべる。

 空っぽになってしまったルキナに、ギムレーが善なる存在であると刷り込ませてみるのはどうだろうか、と。

 それはとてもとても愉しい戯れである様に、ギムレーには思えた。
 洗脳する様にギムレーに対する好意を刷り込ませ、かつての仲間たちに相対させてみるのも楽しいだろう。
 その時の人間どもの絶望や混乱を想像するだけで、ギムレーは心が躍るかの様な愉悦を覚える。
 ファルシオンをそのまま使わせても良いが、何ならギムレーの力を宿した武器を与えてやっても良い。

 何を想像しても、最高に愉しくて。
 復活して以来、最高と言っても良い愉快だった。

 人間どもを滅ぼし尽くした後にもルキナだけは眷族にして侍らせてやろうとギムレーは決めた。
 記憶が戻らずそのままギムレーへの好意を抱き続けるも良し、逆に記憶を取り戻して全てが終わってしまった事への絶望に沈むのも良い。

 だからこそ、ギムレーは。
 記憶が無い不安のままに縋る様に自身を見上げているルキナへ、ニッコリと微笑みかけた。
 震えるその肩を優しく抱いてやり、ギムレーは耳元で囁く様に言葉を溢す。


「記憶を喪ってしまったんだね……可哀想に……。
 大丈夫だよ、ルキナ。
 僕が君の傍にいる。
 君を何者からも守ってあげよう」


 ギムレーのその言葉に安心した様に縋り付いたルキナは、ギムレーの口許が歪に弧を描いた様を見てはいなかった。



『ああ、ルキナ。大丈夫さ。
 君はこれから全てを喪うけれど、代わりに僕が全てを与えてあげよう。
 気味が望むのなら、“愛”とやらだって。
 だから、精々僕を愉しませておくれ』



 ギムレーがその心の中に溢したその想いを、ルキナが知る由は無い。





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