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ギムルキ短編

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 夢を見た。

 仲間が居て、愛する人が居て……。
 守りたいモノに、信じるモノに、溢れている夢。
 未来は素晴らしいモノだと、明日は輝いていると、そう無邪気に信じていられた様な、そんな遠い遠い日々の夢だ。

 懐かしく、もう二度とは戻らぬ日々。
 それは、“幸せ”の記憶だった。

 それが夢だと分かっていても、それでも……大切な人達の姿に、この瞳は涙を流してしまう。
 この胸を激しく掻き乱すのは、彼等への懺悔か、それとも断ち切る事など出来ぬ彼等への思慕の情か。
 ……彼等の命を奪ったのは、彼等の守りたいモノを踏み躙ってしまったのは、紛れもなく自分だと言うのに。

 これが夢だと分かっていても、自分の願望が見せている幻なのだとしても。
 それでも、彼等を幻影だと切り捨てられないのは。
 ……きっと、弱く脆いこの心が、彼等の存在を喪いたくないと叫んでいるからなのだろう。

 何もかもを喪って、もうこの手には形あるモノは何も残ってはいないけれど。
 だからこそ、これだけは。
 邪竜と化した事で奪われていく人間であった自分の“心”を、愛していたと言うその“記憶”を。
 せめて、夢の中でだけでも、喪いたくはないのだ。

 目覚めれば、破壊だけを喜びとし世界の滅びだけを望む“邪竜”でしかなくなってしまうから。
 眠りの中、夢の中でだけでも、せめて自分は“ルフレ”でありたい。

 それに……こうして邪竜が眠って“ルフレ”の夢を見ている間は、ほんの少しだけでも世界の終わりが遠ざかるのであろう。
 そうすればその分、彼女が……今もきっと何処かで世界の滅びと戦っているのであろう愛しい人が、死なずに済む。
 こんな崩壊した世界で生きる事は、彼女にとっての“幸い”にはならないかもしれないが。

 たった数日でも良い、ほんの数時間でも良い。
 少しでも長く、と……そう想ってしまうのは、きっと途方もなく身勝手な押し付けなのだろう。
 目覚めている間の自分は、“邪竜”として彼女を殺そうとする事に何の躊躇いも持てないのに……ほとほと身勝手な話である。
 しかしそれでも、その想いを偽る事は出来はしない。

 何故ならば、その想いに理屈など無く、正しいか間違いか等と言う問題でもないからだ。
 愛する人に生きて欲しいと、そう想ってしまうのは。
 心ある全ての命あるモノの根源的な祈りなのだろうから。
 それは、最早“邪竜”と化してしまっている“ルフレ”であってすらも、変わりはしない。
 例え、愛しい人の“幸い”をその命を、踏み躙ろうとするのが自分自身であるのだとしてもだ。

 だから尚の事。
 愛する人が居るからこそ、そしてその生を願うからこそ、狂おしい程までに“ルフレ”は“邪竜”と化した自分自身へと憎しみを向けていた。
 自分自身が生まれてきた事すらをも強烈に否定してやりたい程の衝動が、この身を蝕む程に荒れ狂う。
 だが、幾ら“ルフレ”が“邪竜”を憎悪しようとも、その想いはこの泡沫の夢の中に消えてしまう。
 目覚めればそこに居るのは、世界を憎み滅ぼすだけの存在だ。
 それを誰よりも分かっているからこそ、“ルフレ”は“邪竜”が滅びる事を願う。

 しかし、その滅びを、この絶望の“終わり”を狂おしく願いながらも。
 “邪竜”と化したこの身に果たして“終わり”が訪れるのかは、“ルフレ”にも分からない事であった。
 最早尋常の手段では竜である自身には傷一つ与える事も叶わないのだろう。
 神竜の力を甦らせた牙ならば或いは、と思うけれど……。
 目障りな神竜へ“邪竜”が何時までも何の対策も講じない訳もない。
 時が経てば経つ程、打つ手は無くなるだろう。

 “終わり”を心から望みながらも、何をしても変わらず変えようとする事も出来ず、それどころか“自分自身”が世界を滅ぼしていくと言う耐え難い現実に擦りきれたこの心に残ったのは、最早諦念に等しい感情と憎悪だけであった。

 しかし諦念に蝕まれようとも、それでも、と望んでしまう。
 この身に“終わり”と言うものが訪れるのならば。
 その時にこの身を貫く剣を握っているのは、愛しい彼女であって欲しい、と。
 “邪竜”としての自分であっても、最後にこの目に映るのは愛しい人であって欲しい。

 叶う筈もないのにどうしても捨てきれない希望をその胸に灯しながら。
 “ルフレ”は、せめてこの夢が少しでも長く続く様に、と願うのであった。





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