このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

第二章 【夢幻に眠る】

◆◆◆◆◆






「そうか、今日発つのか」

「はい! すっかり完治したので!
 蝶屋敷の皆さんのお陰です!」

 任務をこなして帰還し、蝶屋敷に運び込まれていた重傷の隊士達の治療をし終えて部屋を出ると、すっかり何時もの隊服を着こんだ炭治郎が世話になった者達に別れの挨拶をしている所だった。
 どうやら昨夜の内に指令が出たらしい、それにどうやらその現地に訪ねたい相手が居るそうだ。

「そうか……。……怪我をするなよ、炭治郎。
 いや、怪我をしても、その時はどうか五体満足で蝶屋敷まで帰って来てくれ。
 炭治郎たちの無事を、祈っている」

「はい、鳴上さんこそ、お元気で。一緒に指令を受ける時があれば、その時はお願いします」

 此方こそ、と握手を交わして別れを告げる。
 関東一帯を中心に活動している『鬼殺隊』だが、万年人手不足気味な事もあって、一度別れた後でもう逢う事が無かった……と言う事は少なくない。指令の場所が中々被らないと言う事もあるだろうし、それ以上に相手が次に会う機会が訪れる前に命を落としてしまう事もままあるからだ。
 どうかまた、と。そんな願いを込めて握手を交わし、蝶屋敷の皆と一緒に炭治郎たちを見送る。
 炭治郎たちの後姿が消えて少しした頃、鎹鴉が指令を伝えに舞い降りてきた。
『無限号にて炎柱・煉獄杏寿郎と合流し、調査せよ』との事だ。
 柱の人と任務に当たるのはこれが初めてだ。炎柱を務める煉獄さんとはどの様な人なのだろうか? 
 しのぶさん以外の柱の人に会った事は無いので、少し緊張する。失礼が無い様にしなければ。
 そうして、帰って来てそう時間は空いていなかったが、再び蝶屋敷を後にするのであった。


 鴉に案内されて、その無限号と言う名の蒸気機関車が出発する駅に辿り着く。
 そこには、実に立派な蒸気機関車が停車していた。
 鉄道関連はそこまで詳しくないのでこの蒸気機関車がどう言う型であるのかなどとは分からないが、動いている蒸気機関車を直接目にする機会は今まで無かったので中々新鮮だ。鉄道好きの人なら感涙しながらカメラや目にこの光景を焼き付けているのかもしれない。
 出発まではまだ少し時間がある様なので、余裕を持って切符を買いに行く。ちなみに切符代は鎹鴉経由で支給されている。駅の構内で付近を見回しても煉獄さんらしき人は居ない。もし居るのなら何となく気配で分かるだろう。もう既に無限号に乗り込んでいるのだろうか? 
 とにかく、一旦中に乗り込んで煉獄さんを探してみよう。

 煉獄さんを探しながら前方の車両から乗り込んで車内を彷徨っていると、丁度中間あたりの車両の扉を開いた時。
「うまい!!!」と言う、そりゃあもう元気が良過ぎる声が聞こえた。
 あまりの声の大きさに、車両の窓ガラスがビリビリと震えている。
 一体何事か、と声の主を探すと。
 何とも目を引く髪色と目力の青年が、大量の駅弁を空箱にしながら「うまい!」と連呼していた。
 その勢いの良さに気圧されているのか、その青年の周りの席はちょっと不自然な程に空いている。
 柱である事を示す金の釦の付いた隊服を着こんでいる事と、裾が炎の様になっているその羽織を見て、彼が炎柱の煉獄杏寿郎さんなのだろうか? と見当を付けた。

「あの、すみません。あなたが炎柱の煉獄杏寿郎さんですか?」

 一箱を空け終えたタイミングを見計らって声を掛けると、「如何にも!」と言う元気の良い返事が返って来る。
 何事も元気な人なのだろう。まるで燃え盛る炎の様な人だ。

「俺は鳴上悠です。今回、煉獄さんと共に任務に就く様に指令が下りました。よろしくお願いします」

「鳴上少年の事はお館様から聞いている。是非とも、君の力を見極めて欲しいとも。
 あとそれと、今回の任務には他に三人の隊士達が加わる事になる」

 未知数である自分を戦力としては加味しないにしても、柱に加えて三人の隊士が合同で任務に当たるとは。
 かなり厄介な案件であるとお館様は認識しているものなのだろう。
 十二鬼月などとか言う、鬼の中でも上位の強さを持つ鬼が関与している可能性も疑っているのかもしれない。

「中々の大所帯ですね。この任務はそれ程の危険性があるものなんですか?」

「ああ、短期間の内にこの列車内で40人以上が行方知れずになっている。
 更に調査の為に送り込んだ数名の隊士とも何の情報も無く連絡が途絶えた。生存は絶望的だとされている」

 調査の為に派遣された隊士がそこで命を落とす事は、哀しい事だがままある。
 だが、何の情報も残さないまま死ぬ、と言うのは実はかなり珍しい。
 彼等は、己の命を代償とするのだとしても必ず「後」に繋げる為に死力を尽くして情報を遺そうとするからだ。
 鎹鴉を放つに留まらず、何かしらの走り書きや時に己の遺体と言った形で。
 そんな彼等が何の情報も残せなかったとなると、かなり厄介だ。何かをする前に即座に殺されたか或いは無力化させられたか、と言う話になる。
 それに。

「この列車内で、ですか。運行中に人を襲っているのなら、こんな閉鎖空間で暴れれば流石にもっと大騒ぎになる筈……。何か、隠密性に優れた血鬼術を使う鬼が隠れているのかもしれませんね」

 行方不明者の件に関しては、世間では「神隠し」と言う事になっているらしい。人が消えているのは確かなのだが人が消える所を目撃した者は居ないそうだ。
 周囲の精神に働きかけて「見えていない」状態にする一種の幻術の様なものなのか、或いは陰に潜み一撃で痕跡を残す事無く人を攫える様なものなのか。何にせよ、厄介な血鬼術の持ち主である可能性は高いだろう。
 今もこの列車の何処かに鬼が潜んでいるのかもしれないが、残念ながら自分にはどうだかは分からない。
 とにかく油断しない事。それしか現状出来る事は無い。

「その可能性は高いな。心して掛からねばならん。
 それはそうと、君も腹ごしらえをしておくか?」

 そう言いながら、煉獄さんは大量に積まれた駅弁の一つを差し出してくれる。
 夕飯はまだだったので有難く頂く事にし、煉獄さんの向かいに座った所、無限号が動き出した。

 また駅弁を食べ始めた煉獄さんは、再び「うまい!」と連呼し始める。賑やかな人だが、こうやってちゃんと美味しいと言って貰えてこの駅弁を作った人も嬉しいだろう。
 自分も一つ頂くか、と開けてみるとどうやら牛鍋弁当の様だ。蓋を開けると、醬油と生姜の良い匂いが鼻腔を擽る。実に美味しそうだ。一口食べてみると、よく味の染み込んだ牛肉としっかり炊かれたご飯がよく合う。
 うん、確かにこれは美味しい。煉獄さんの様に「うまい! うまい!」と連呼する事は無かったが、美味しいものを食べると思わず笑顔になる。

 そうして二人で駅弁を食べていると、何やら賑やかな三人組が客車に入って来る。
 聞き覚えのある声がするな、と顔を上げると。
 そこに居たのは、今日別れたばかりの炭治郎たちであった。






◆◆◆◆◆






「まさか炭治郎たちも無限列車の任務に当たっていたとはな、こんな偶然もあるのか」

「まさか鳴上さんが煉獄さんと一緒に居るなんて、俺も驚きました!」

 完全に予想外だった炭治郎たちとの再会だが、こうして一緒の任務に当たれると言うのは嬉しいものだ。
 何が出るのか分からない任務であるだけに、探知に長けた三人が居てくれるのは本当に心強い。
 そして炭治郎が無限列車に乗って来たのは、任務の為と言うのも当然にあるが、それとは別の目的もあった。
 古くから続く炎の呼吸を扱う剣士の家系として『鬼殺隊』に関わって来ている煉獄さんに、「ヒノカミ神楽」の事について尋ねる目的もあったらしい。
 列車を初めて見るらしい伊之助がはしゃぎ回るのを善逸が必死に止めるのを横目に見ながら、炭治郎は煉獄さんに「ヒノカミ神楽」について尋ねるが。残念ながら煉獄さんもその言葉自体初耳だったらしい。

「ヒノカミ神楽って……確かあれだよな、炭治郎の家にその耳飾りと共に代々伝わっていると言う……。
 前に合った大きな任務の時も、それで命を救われたんだっけ?」

「はいその通りです、鳴上さん。
 年始にヒノカミ様に捧げる為の神楽なんですけど、どうしてかまるで『呼吸』みたいな部分もあって……」

 ヒノカミ様と言う名の神を聞いた事は無いが、一種の土着信仰だろうか? 
 ヒノカミ……火の神、日の神。どちらなのだろう。それともどちらでも無いのか。
 何にせよ、炭治郎の父親が言っていたと言う「疲れない呼吸の仕方」や実際に攻撃に転用出来る神楽の動きと言い、「ヒノカミ神楽」には何かがありそうな気がする。
 とは言え、それが何なのかは『呼吸』に関してはド素人も良い所の自分には全く分からないが。
「ヒノカミ神楽」を極めていたらしい炭治郎の父親が存命であるならばもっといろいろと分かるのかも知れないが、身体の弱かった彼は数年前に病没しているそうだ。だからこそ、父から受け継いだ耳飾りを炭治郎は大切に身に着けている訳なのだが。

「「ヒノカミ神楽」もそうだけれど、その耳飾りも何か関係しているのかもしれないな。
 その耳飾りが何時位に作られたものかが分かれば何か手掛かりになるのかも知れないけれど……」

「約束だ、って。そう父は言っていました。ヒノカミ神楽も、耳飾りも。必ず伝えていく様に、と」

「ヒノカミ神楽」にも耳飾りにも何かがあるのは間違い無いが、残念ながらその約束の「理由」は時の流れの中で喪われたか或いは秘匿されたかで、今となっては分からないだろう。
 炭治郎の耳飾りを改めて観察するが、随分と大切に手入れされて来たのだろうと言う事位しか分からない。
 残念ながらその手の専門家ではないので、模様やら材質やらで作成された時代を推定する事も難しい。
 それこそ、過去の『呼吸』を修めた剣士が何らかの理由で「ヒノカミ神楽」と言う名に変えてその剣術を後世に残そうとしたのかもしれない。まあその場合も、何故そうしなければならなかったのか、と言う疑問はあるが。

『呼吸』について話していたからか、気を利かせてくれたのか、煉獄さんは『呼吸』や日輪刀について説明してくれる。『呼吸』について触り程度しか知らない自分にとっても、水の呼吸以外についてはあまり知らない炭治郎にとっても、中々に興味深い内容だった。
 炎・水・風・雷・岩の五つが基本として存在し、それを極める者も居れば、自分に合った形の新たな型へと派生させる者も居るらしい。例えば今の柱の人達で言うならば、しのぶさんは『水の呼吸』から派生した『花の呼吸』の更に派生である刺突に特化した『蟲の呼吸』の使い手であるし、最年少で柱になったと言う霞柱の時透無一郎と言う人は『風の呼吸』から派生した『霞の呼吸』の使い手なのだそうだ。他にも、『水の呼吸』から派生した『蛇の呼吸』を使う蛇柱さんや、『雷の呼吸』から派生した『音の呼吸』を使う音柱、『炎の呼吸』を基に派生させた『恋の呼吸』を使う恋柱さんなどが現在の柱の中でも派生の呼吸を修めた人達であるそうだ。
 ちなみに、現在の水柱の冨岡義勇さんは炭治郎にとっては育手を同じくする兄弟子に当たるらしい。そして、恋柱は元は煉獄さんの継子だった人なのだそうだ。やっぱりそう言う繋がりはあるものなのだろう。
 そして、その『呼吸』と密接な関係にあるのが日輪刀なのだそうだ。
 日輪刀は別名「色変わりの刀」と呼ぶらしく、使い手が初めて刀を握った際に、その資質に合わせて色が変わるのだと言う。その色を見て、より自分に合った『呼吸』を見付ける者も居るのだとか。
 そう言えば、今まで一緒に任務に当たってくれた隊士の人達の刀も、少し変わった色合いだった様な……。
 なお、炭治郎の刀は黒に変わるらしいのだが、黒は『鬼殺隊』の歴史の中でも数が少なく、そして彼等に合った呼吸は終ぞ分からないままで終わってしまったので、どの系統を極めるべきなのか分からないのだそうだ。
 そんな炭治郎に、煉獄さんは自分の所で鍛えてあげようと言い出した。面倒見が良い人なのだろう。
 恋柱にまでなった人を鍛えている実績があるので、指導力なども高いのかもしれない。

 そんな中、煉獄さんは改めて今回の任務を説明する。
 厄介な血鬼術を使う鬼の出現が予期されるので心する様に、と煉獄さんが言うと、善逸が途端に喚き出して列車を降りるとまで騒ぎ始めた。いや、もうかなりのスピードが出ている列車を飛び降りる方が、下手な鬼と戦うよりも危険だとは思うのだが……。
 どうやら善逸は自分に自信が全く無いらしく、任務の時にはこうして取り乱すのが常なのだそうだ。
 反対に伊之助はやる気満々で、鬼の出現をソワソワしながら待っている。

「カミナリ! お前は弱そうだから、この俺が守ってやるぜ! 何てったって親分だからな!」

 そう言いながら鬼の出現に備えようとする伊之助に、苦笑しつつも頷く。
「カミナリ」、と言うのはどうやら自分の事らしい。伊之助は基本的に人の名前を覚えないので、適当なあだ名の様なものをその場その場で呼ぶのだそうだ。
 どう変化して「カミナリ」になったのかは分からないが、まあ面白いし良いか。と訂正などはしない。

 そんな中、ふと、これ程騒がしいのにどうして周りの乗客たちは無反応なのだろう? と引っ掛かりを感じる。
 珍妙な集団に関わり合いになりたくない……と言うだけなのかもしれないが、此処まで煩いと苦情の一つや二つ言われてもおかしくないのではないか。
 周囲の様子を改めて確かめようとしたその時だった。


「切符……拝見……致します……」

 何時の間に其処に居たのかと思わず驚く程に、存在感と言うか……最早生気の無い顔をした車掌の格好をした人が自分たちの席にまでやって来ていた。
 一瞬、本当にそこに存在しているのかと身構えかけたが、煉獄さんもそして鼻が利く炭治郎も特には何の反応もせずに切符を差し出す。伊之助と善逸も切符を差し出すので、少し迷いつつも自分も切符を出した。
 車掌さんは淡々と切符を切れ込みを入れていく。その表情は今にも死にそうなものなのに、その手際に淀みは無い。

「あの……大丈夫ですか……?」

 どうにも放ってはおけなくて、自分の切符を切って貰う時に思わずそう訊ねてしまう。
 その時漸く、車掌さんの目が手元の切符以外に向けられた。
 深い悲しみと絶望に打ち拉がれた、傷付いた人の目だった。
 こんな場所で業務に携わる事など出来るのかどうかも怪しい程に。その目は絶望に染まっている。
 彼の身に何があったのかは分からない。だが、生に絶望した様なその目に、どうしても声を掛けずにはいられなくて。……だけれども、車掌さんは何も言わずに切符を切ってその場を立ち去った。
 ……一体何だったのか。切符を懐にしまい、座ろうとしたその時。
 漸く、異常事態に気が付いた。

 煉獄さんも、炭治郎も、善逸も、伊之助も。いや、それどころかこの車両内の全員が。
 皆、深い眠りに就いているかの様に、安らかな寝息を立てているのだった。
 確かに夜行列車であるのだから、目的地に着くまで寝ている人が居るのはおかしくは無いが。
 ここまで全員が皆同じ様に眠っているのは明らかに異常であるし、何よりも鬼殺の任務でこの列車に乗り込んでいる四人が熟睡しているのは明らかに異常事態であった。

「炭治郎! 煉獄さん! 善逸! 伊之助!
 起きろ! 起きてください!!」

 かなり大きめの声を出して耳元で呼び掛けても、彼等は身動ぎすらしない。
 これが尋常な眠りでは無いのは確かだ。
 まさか、乗客が消える所を誰も見た事が無かったカラクリがこれなのか? 
 しかし、どうやってこの場の全員を眠りに落としたんだ? 毒ガスか何かの様なものか? 
 だが、それにしても、どうして自分だけこうして意識を保っているのだろうか。
 いや、今考えるべきは、どうにかして皆を起こして、鬼の襲撃に備える事だ。

 毒ガスの類であった場合を考えて、窓を開ける。もしこの場に滞留する何かが原因ならば、これで少しは状況が改善するかもしれないが……しかし皆の反応に特に変わりは無い。
 血鬼術なのかもしれないが、鬼の気配はまだ近くには無い様だ。
 そんなに離れているのに、遠隔で血鬼術をピンポイントに発動出来るものなのだろうか……? 
 良くは分からないが、とにかく、皆を起こさなくては、と。
 炭治郎の肩を掴んで揺すろうとしたその時。

 炭治郎に指先が触れたその瞬間に、意識が何処かに引き摺り込まれる感覚と共に、視界が暗転した。






◆◆◆◆◆
1/6ページ
スキ