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虚構の勇者

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 深い深い水底に沈んでいっているかの様だった。
 引きずり込まれていく様な感覚に、恐怖は感じずただ身を委ねる。


「──うき」

 だれかが、だれかをよんでいる。

「悠希」

 ゆうき?
 だれだ、それは……。

「悠希、朝よ?
 あんまり寝てると、遅刻しても知らないわよ?」

 ゆうき、悠希…………。
 そうか、それは…………。

 そっと身体を揺すられ、意識が次第に浮上していく。
 眩しさに思わず目を細めつつ目覚めると。

「あら、やっと起きた?
 悠希がこんな時間まで寝ているなんて、珍しいわね」

 母さんが覗きこむ様に立っていた。
 ぼんやりとした頭で周りを見渡すと、そこは自分の部屋で、今自分が居るのが自室のベットの上だと分かる。
 のそのそと布団から這い出て立ち上がると、「今日の朝ごはんは私が作ったからね、早く顔を洗って食べなさい」と母さんは声を掛けて部屋を出ていった。
 言われた通りに、部屋を出て洗面台で顔を洗う。
 漸くハッキリと目が醒めた。
 鏡の中から見詰め返してきた自分は、目に生気が欠片も無く、まるで屍が動いているかの様だ。
 その事には何の疑問も抱かず、台所に行って席に座る。

 用意されていたのは、ホカホカと湯気を立てるご飯と、茄子を使った味噌汁、確りと焼かれた鮭の切り身、だし巻き玉子と切り干し大根だった。
 手を合わせてからそれを食べる。

 ああ、何でだろう。
 味を感じている筈なのに、美味しい筈なのに。
 受容した筈の感覚が全く処理されず、まるで砂を噛んでいるかの様だった。
 ある程度身支度を終えた父さんもやって来て、同じく食べ始める。
 父さんは、ふと視線をこちらに向けて首を傾げてきた。

「悠希がこんな時間まで寝ていたなんて、珍しい事もあったものだな。
 どうした?
 昨晩は珍しく夜更かしでもしたのか?
 それとも、あまり眠れなかったのか?」

 そう問われ、昨晩の自分の行動を思い出そうとする。
 しかし、まるで破損したデータを無理矢理読み込もうとしているかの様に、何も思い出せない所か頭がズキリと痛み、思わず頭に手を当てて呻いた。

「ちょっと、大丈夫?
 もしかして風邪かしら。
 あんまり酷い様なら、無理せずに学校は休みなさいね?
 連絡した方が良いなら、私がやっておくから」

 母さんはそう言ってくれるが、そんな事より、自分が何かを忘れている状態である事に気が付いて、それを必死に思い出そうと集中する。

 何か、とても、大事な事だった筈だ。
 何だ……?何を、忘れている?

 父さんも母さんも、困惑した様に顔を見合わせていた。
 その時、テレビの番組がコマーシャルを映す。

『エヴリディ・ヤングライフ! ジュ・ネ・ス!』

 耳に何処か馴染んだその言葉を認識した瞬間。
 記憶が一気に溢れ出す。

 稲羽。
 叔父さん、菜々子。
 事件、山野アナ、小西先輩。
 花村。
 ペルソナ、シャドウ。
 クマ。
 ベルベットルーム、イゴールさん、マーガレットさん、マリー。
 霧、《マヨナカテレビ》、【犯人】。
 里中さん、天城さん、巽くん、りせ。
 一条、長瀬、高山、小沢さん、小西くん。
 神内先生、倉橋さん、中島くん、俊くん、狐。
 “模倣犯”、久保美津雄、“ボイドクエスト”。

 圧倒的なそれらの情報量に、頭が痺れる。
 それと同時に、この異常な状況に気付いてしまった。

「父さん、母さん……。
 海外に転勤になったんじゃ、ないの……?」

 恐る恐るそう問い掛ける。
 そう、海外に居る二人がここに居る筈が、無い。
 そして、自分が此処に……自分の実家に、居る筈が無い。
 その事に気付いてしまった今、目の前でこちらを心配してくる二人が、得体の知れない“何か”にしか感じられなかった。

「海外転勤……?
 そんなの話すら来てないわよ?」

 ねえ、と“母さん”は“父さん”に確認する。
「ああ」と“父さん”は頷き、海外転勤を否定する。

「二人とも海外に行くから、私は稲羽に行ったんじゃないの……?」

 ここに来て“両親”は盛大に困惑する様な表情を浮かべて、お互いに顔を見合わせた。

「“イナバ”……?
 えっと、……何なのかしら、それ。
 地名?それとも、他の何か?」

 稲羽出身である筈なのに、“稲羽”と言う単語すら知らないとでも言いた気な“母さん”のその態度に、肌が粟立つ様な恐怖を覚える。

「稲羽の、堂島の叔父さんの家に行く事になったんだよね?
 遼太郎叔父さん家だよ?
 叔母さんが一昨年事故で亡くなって、今は菜々子と二人暮らしの──」

 知らない筈など、無いだろう?
 自分の弟なのだから。

 だが、“母さん”は益々混迷を深めた様な顔で。
 理解出来ない様なモノを見る様な目で。


「遼太郎叔父さん……?
 そんな人、居ないわ」


 ──目の前の景色が一瞬にしてグニャリと歪んだのを最後に、意識は断ち切られた。








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