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虚構の勇者

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 右足に走る激痛で、一気に覚醒した。
 気が付くと何故か自分は地面に倒れている。

 ここは? 一体何が?

 混乱しつつも咄嗟に自分の手に目をやると。
 染み付いた様にべっとりと付着していた血は何処にも無い。
 まるで幻であったかの様に、何の痕跡も無かった。

 “夢”……だったのか……?
 いやしかし、あれ程に生々しい感触が……、まだ温かい血が服を濡らしていく感触すらも、“夢”であったと言うのだろうか……?
 訳も分からないまま、取り敢えず身体を起こそうとする。
 しかし、その途端に右脚に走った耐え難い激痛に再び倒れ込んでしまった。
 痛み……?
 何故、右足が痛むのだろう。
 右足を動かさない様にして、そこに視線を向けると。
 凄まじい力で叩き折られたかの様に傷口辺りが変形し、折れた脛骨の骨幹部が皮膚や筋肉を突き破って見えていた。
 太めの血管を損傷したのか、吹き出てこそはいないが、傷口から溢れる様に血が滴り落ちている。

 一体何故、この様な怪我をしているのか。
 前後の記憶が抜け落ちているかの様にハッキリとしない。
 ペルソナを召喚しようにも、痛みが酷く集中するのが困難だ。

「おい、鳴上! しっかりしろ!!」

 聞き慣れた声に、痛みを必死に堪えて顔を上げると。
 花村が焦った様に駆け寄って来ていた。

「待ってろ鳴上。今治してやるからな!」

 そう言って、花村はジライヤを召喚しようとする。
 その直後。

 ドスッと。
 何かが勢いよく突き刺さる様な音が聞こえ、花村は『何が起きたのか分からない』とでも言いた気な表情を浮かべて、血を吐きながら前のめりに此方に倒れてきた。

「おい、花村! 大丈夫か!?
 おい、しっかりしろ!
 はなむっ──!!」

 こちらに圧し掛かってきた花村が身動ぎ一つしない事に困惑と焦りを覚えながら、こちらの顔面に降り注いだ血を拭いつつ花村を揺さぶり起こそうとしたその時。

 ──花村の背に深々と突き刺さった、巨大な氷の弾丸を目にしてしまう。

 茫然としながら視線を花村が立っていたその背後に向けると。
 そこには、久保美津雄の『シャドウ』が、凶悪な笑みを浮かべながら、ブロックの塊の上に浮かんでいた。

 ──アイツが、花村を……!

 瞬間的に激しい怒りが沸き起こる。
 赦せない。
 アイツが、あの『シャドウ』が。
 花村を、花村を……!
 既に息が無い花村を、そっと横に寝かせて、そっと手で瞼を下ろした。
 目を閉じた花村は、まるで眠っているだけにしか見えない。
 そして、傍に落ちていた軍刀を支えに立ち上がろうとする。
 右足に激痛が走り、思考が飛びそうになるが、そんなモノに構ってなどはいられない。
 足の痛みなんかよりも、胸の辺りの痛みの方が遥かに強い。

「久保、美津雄……!!」

 既にブロックの勇者の鎧に隠れた『シャドウ』は、耳障りな音を立てながら蠢いている。

 楽には、死なせない。
 その下らない鎧を、粉々に打ち砕いて。
 四肢を潰して、切り刻んで、殺してやる……!
 そう気炎を吐いたは良いが、右足が潰されている為、一歩歩こうとしては身体を支えきれず地に倒れた。

 立てないのならば、這ってでも食らい付いてやる……!
 そう思って顔を上げると。

『シャドウ』はブロックで出来た手に、里中さんを握っていた。
 里中さんは息はある様だが、気を失っているのか、ぐったりとしたまま動かない。

「その手を、離せ……!
 このクソ野郎……!!」

 ペルソナを召喚しようとするも。
 その度に痛みに邪魔をされてカードを具現化出来ない。
 何も出来ない自分に怒りを覚えるが、それでもせめてもの抵抗として全力で声を張り上げた。
 だが、そんな言葉を『シャドウ』が斟酌する事などあろう筈もなく。
 グシャ、と。
 水気を含む果物を潰した様な音と共に、『シャドウ』は握っていた里中さんを潰す。
 そして、興味が失せたかの様に、里中さんだったモノを地に落としてそれを踏み潰した。

 その後も。
 自分には何も出来なかった。

 天城さんが、『シャドウ』のそのふざけた剣で叩き潰されるのを、ただ見ている事しか出来なかった。
 巽くんが、玩具の様な巨大な爆弾に吹き飛ばされるのを、ただ見ている事しか出来なかった。
 りせが、生きたまま火に包まれるのを、ただ見ている事しか出来なかった。
 クマが、巨大な雷に撃たれ、消し炭の様に真っ黒に炭化するのを、ただ見ている事しか出来なかった。

 自分には、それらをただ見ている事しか出来なかった。
 網膜に焼き付いてしまった光景に、吐き気などよりも唯々怒りと絶望を覚える。

 何も守れない自分を、何も守れなかった自分を、何も出来ずただ地に伏せている自分を。
 殺してやりたい程に、憎悪した。

 最後に、『シャドウ』は動けないこちらへと足を振り上げて。
 蟻でも潰すかの様な気軽さで、頭へ向けて、その巨大なブロックの塊を叩き付けた。





■■■■





 左肩に走る激痛で目が覚めた。

 一体何が?
 自分は死んだのではないのか?
 頭を踏み潰されたのでは?

 混乱しつつ右手を動かして頭を触るが、少なくとも頭部に異常は無いらしい。
 ふと辺りを見回すと。
 花村達が、何事も無かったかの様に『シャドウ』と対峙していた。

「花村!」

 どう言う事だ? 何が起きた?
 まさか、先程のアレは夢だったのか?
 いや、夢と言うには、あの痛みは本物であった。
 なら、一体これはどう言う事なのか。
 一体何が起こっている?
 分からない。
 何も分からない、が。

 花村が、皆が、生きている。
 ただそれだけで、何もかもがどうでも良くなる程の喜びを覚える。
 そうだ、花村たちは生きている。
 死んでなんか、いない。
 なら、今度こそ。
 必ず守ってみせる。

 そう思いを新たにして立ち上がろうとすると、左肩と背中に激痛が走り、思わず悲鳴を噛み殺した。
 一体何が、と左肩を見ると。
 肩関節の辺りから左腕を切り落とそうとしたかの様に、半ば千切れかかった左腕が力無く揺れている。
 背中にまで走った傷口は、酷い火傷の様に灼ける様な痛みを訴えてきていた。

「こんな、事で……!!」

 たかがこんな傷と思いはするが、傷口から溢れる血の量が多く、段々と視界がボヤけて満足に動けない。


 そして。
 再び目の前で殺戮が繰り返され、見ているしか出来なかった自分は最後に殺されたのだった。






■■■■






 何度も何度も、痛みで覚醒した。

 両足を切断されていた事もあった。
 巨大なブロックに下半身を潰されていた事もあった。
 四肢の骨を砕かれていた事もあった。
 身体を磔の様に串刺しにされていた事もあった。
 手を瓦礫に押し潰されていた事もあった。
 背骨を半ば両断されていた事もあった。
 腕が捥ぎ取られていた事もあった。
 何度繰り返そうとも、自分は満足に動く事が出来ない状態であった。

 そして。
 何度も何度も花村達は目の前で殺された。

 叩き潰された事もあった。
 首を刎ね飛ばされた事もあった。
 上半身と下半身を離断された事もあった。
 叩き落とされた事もあった。
 生きたまま燃やされた事もあった。
 串刺しにされた事もあった。
 雷に撃たれ黒焦げにされた事もあった。
 氷付けにされて、それを砕かれた事もあった。
 握り潰された事もあった。
 吹き飛ばされた事もあった。
 轢き殺された事もあった。
 踏み潰された事もあった。

 誰がどの様に死ぬのかは、繰り返す度に変わっていったが。

 ──何度繰り返そうとも、自分は何も出来ず、花村達が殺されるのをただ見ている事しか出来なかったのは、変わらなかった。

 もう何度、花村達が殺されるのを見たのだろう。
 何も出来ず、ただ叫ぶ事しか、その最期を目に焼き付ける事しか出来なかったのだろう。
 10回?50回?100回?1000回?
 最早回数など数えてはいなかった。
 何故繰り返されているのか、その理由を考えるのはとうの昔に止めてしまった。
 最早その様な事は些末事にしか過ぎなかった。
 あるのはただ、花村達をどうにか死なせまいと足掻き続けるだけの意志のみ。

 だが、何をしようとも。
 花村達を助ける事は出来ず、目の前で繰り返される死をただ見詰める事しか出来なかった。

 そしてまた、目の前で殺戮が繰り返され、最後に残ったろくな抵抗の出来ない自分を、『シャドウ』が摘まみ上げる。
 そして、子供が無邪気に虫を潰すかの様に握り潰され、意識は消失した。


 ──何処か遠くで、何かを打ち付ける様な音が聞こえた様な気がした。







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