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ヨルムンガンドの腹の中

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 大きな大きな竜は、国を呑み込み、山々を呑み込み、大地を呑み込み、海を呑み干し、世界の全てを喰らった。
 だが、翼を持たなかった竜は、空を喰らい尽くす事も、そして太陽や月や星を喰らう事も叶わない。
 それ以外の全てを喰ったと言うのに、空を喰らう事を望んだ竜は、空は喰う事が叶わぬが故に餓え乾き。
 そして、終には餓えて死んだと言う。


 かつてイーリス城の書庫で読んだ物語の一節を、ルフレはふとした折に思い返す。
 膨大な蔵書を誇る書庫の書物の中、何気なしに手に取った、各地の様々な民話などを纏めた一冊の本。何処の地域の民話かも分からぬその物語が、どうしてだか心に残っていた。
 足る事を知らなかった竜の愚かしさを伝えているのか、それとも何もかもを手に入れる事など誰にも出来はしない事を伝えているのか……。その意図すらも今一つ分からぬ物語なのに。
 それでもどうしてだか、空を仰いで涙を流す竜の挿絵が、心に残ってしまっていた。
 空を喰らえぬ悲しみの涙なのか、それと別の感情の涙なのか。
 ルフレはその竜ではないから、その理由など分からないが。
 それでも不思議と、心を掴まれていた。
 もしその竜が翼を持っていたらどうなっていたのだろう。
 空を喰らい、太陽を喰らい、月を喰らい、星を喰らい……。
 そうやって全てを喰らい尽くして、それでやっと満たされていたのだろうか……? それとも、もっと別の……「今の自分には喰らえない何か」を求めて餓え続けていたのだろうか。
 ぼんやりとそんな事を考える事はあるのだけれど、だが元々何を言いたいのかも分からぬ話だ。その答えなど分る筈も無い。
 ルフレはその竜ではないのだ、その望みなど分る筈が無い。
 それでも考えてしまうのは、どうしてなのだろうか……。

 ルフレは、今の自分が満たされている事をよく分かっている。
 全ての記憶を失った状態で目覚めたルフレは、そんな状態であっても出逢いに恵まれ、そして今や愛する人と結ばれてその人との間に愛しい新たな命すら授かっている。
 世界は未だ戦乱の中に在り、ルフレ達が求める平和は遠い。
 その為に戦い、血を流しながらも前に進んでいるけれど。
 だがルフレ個人としては、既に『幸せ』に満たされている。
 もっともっと、と……。あの物語の竜の様に餓え続ける必要など何処にも無い程に。
 そう、ルフレは満たされている、幸せなのだ。
 愛する人が居て、愛しい我が子が居て……。
 満たされている、筈なのだ。




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