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第一章  【夢現の間にて】

◆◆◆◆◆






『鬼殺隊』に協力する事になり、「蝶屋敷」を拠点に活動する事になったのだが、身分としては隊士ではない協力者と言う扱いになっている。望めば最終選別とやらを受けさせて貰えたのかもしれないが、七日間のサバイバルを生き残る試練を受けるよりその期間を「蝶屋敷」で負傷した隊士たちの治療にあてた方が良いと言う個人的な判断もあったし、何より既に血鬼術を使える鬼を単身討伐する事は出来ているので敢えて選別に挑む必要は無いと「お館様」も判断したらしい。なので、『鬼殺隊』のちょっとした客分と言った方が正しいのかもしれない。
 正式な隊士では無いので、隊士一人一人に支給される日輪刀は無いし、鎹鴉も居ないし、隊服も無い。
 それらに関しては、日輪刀を使わない鬼殺方法を見極めたいと言う「お館様」の意向もあるのだと思う。それに自分としても、ずっと使ってきた十握剣の方が使い慣れているので急に武器を変えても上手く扱えない可能性が高く、今の所不便は無いので構わなかった。
 指令を伝えて来る鎹鴉に関しては、特定のお付きの鴉こそ居ないが、専属の隊士を持っていないフリーの鎹鴉たちがその時々に指令を伝えてくれるらしいので特には困る事は無いだろう。
 更に言うと、鬼殺の任務に向かう際には必ず誰か他の隊士と同行させる様にして欲しいと「お館様」にお願いしているので、その人に専属の鎹鴉が居るので指令以外の連絡事項に関しても特に大きな問題は無いと思う。
 ちなみにその「お願い」に関しては理由は単純なもので、大正時代の勝手が全く以て分からないので単独行動をするとなるとかなり問題になりそうだと言うものがあった。変にボロを出す様な事をしてしまっても困るだろう。
「お館様」としても、堂々とある種の監視を付けられるのは悪い話では無かった様で、特に難色を示す様な事も無くその「お願い」は聞き入れて貰えた。
 未知なる鬼殺方法を使う者と組ませると言う特殊性から、経験が浅い者や階級が低い者や口の堅さに信頼性が無い者とは行動させない様にするとの事だ。(当然ながら、炭治郎たちは例外だが)
 まあ「お館様」も、一体何処までこの未知なる存在がやれるのか、と言うものを計りたいのだろうから、それを正確に判断出来る者と極力組ませようとするのではないだろうか。
 そして最後に隊服に関して、隊服その物は支給出来ないそうだが、隊服の素材を活かした市井に溶け込める様な服を都合してくれるらしい。それは物凄く有難い。とは言え、用意するまでにまだ少し時間が掛かるそうなので、それまでは八十神高校の制服で活動する事になりそうだ。

 何時来るのか分からない指令が来るまでは、「蝶屋敷」での仕事に専念する事になった。
 仕事に関しては、運び込まれて来た隊士たちの内緊急性が高い状態や重傷の者に対しペルソナの力を使い、血鬼術の影響があればそれを解除して……と言ったものが主だ。
 ちなみに、打ち身や軽い切り傷などの比較的軽傷の者に関しては、ペルソナの力を使わない様に、としのぶさんから指示を受けている。どうやら、怪我を治そうと張り切ってペルソナの力を使い過ぎて何度も昏倒してしまったのを見て心配させてしまったらしい。本当に緊急の時に昏倒してしまっていて力が発揮出来ない方が損益なのでと言われてしまっては反論など出来よう筈が無かった。とは言え、そう言った比較的軽傷の者に対しても、薬を塗ったり湿布を貼ったりマッサージしたりなど、やれる事は沢山あるので安心したが。
 そしてそう言った傷を負った者達への治療以外にも、日々大量に出る洗濯物やら、大量に作らねばならない食事の準備やらを手伝い、更には機能回復訓練と言う名のリハビリにも協力する事になった。機能回復訓練での主な役回りは、マッサージで凝り固まった筋や関節を解す事である。マッサージが上手いとしのぶさんや皆に褒められたのでかなり嬉しい。
 そんなこんなで、この『夢』に迷い込んでから数日が経った。


 指令が来たのは、割と唐突だったと思う。だが、特に驚きは無くそれを受け取った。
 手早く準備をして、鞘に納めた十握剣を忘れずに身に着ける。気を利かせてくれたしのぶさんが黒い羽織をくれたので、ちょっと目立つ八十神高校の制服のステッチや千鳥格子模様が良い感じに隠れて違和感はかなり少なくなっただろう。鏡で確認した所、実に大正ロマンな感じの見た目になっていて、これで学生帽を被っていれば完全に大正時代の学生姿と言えそうだった。
 そんな風に支度を整えて今回の任務を一緒に任された相手が待っていると言う場所まで行くと、そこに待っていたのはとても髪がサラサラしている人だった。顔立ちは、市井に紛れるのには物凄く向いている感じだ。
 村田、と名乗ったその人は、階級こそ然程高くは無いが、殉職率や離職率が恐ろしく高い『鬼殺隊』にあって何年も隊士を務めているベテランだった。それ程の長い間鬼と戦っているのに、致命的な傷や復帰不可能な傷を負う事無くやって来れたのは本当に凄い事だ。少し話しているだけでも、朴訥とした優しい人柄なのもよく分かる。ちなみにそのサラサラの髪は、良い椿油に拘っているらしい。成る程。
 村田さんに先導される様にして、鬼が潜んでいると言う場所へ向かう。
 鬼は、市街地に潜んでいる事もあれば山などを根城にしている事もあるらしい。
 市街地での戦いになると、あまり周りに大きな影響を与える様な力は使うべきでは無いだろう。……まあ、今の自分がそう言った力を使う事に耐えられるのかと言う問題もあるのだが。

 村田さんと彼の鎹鴉の案内で辿り着いたこの町では、どうやら近頃人が消えているらしい。
 姿が消えた人に法則性は特には無いが、概ね夜に出歩いた者が消えている様だ。
 その為、普段ならもっと活気があるだろうに、昼日中であるにも関わらず道を行き交う人は少ない。
 見慣れない「余所者」に対する視線が無遠慮に突き刺さる中、鬼が潜んでいそうな場所に当たりを付ける。
 とは言え、陽の光を厭う鬼が活動するのは夜なので、陽が落ちるまでは準備する事しか出来ないのだが。
 村田さんは流石ベテランと言うべきか、鬼殺の準備が物凄く手際が良い。情報収集などに関しても、他人に威圧感を与えない顔が奏功して、「余所者」に対して口が堅くなっているだろう人々からするすると情報を引き出していく。鬼が居ると言う確信……これが人攫いなどの人間の仕業では無い事は確信したものの、鬼自体に関しての情報は殆ど得られなかった。異形の鬼なのか、血鬼術に目覚めた鬼なのかさえも、正直分からない。
 だが、それは『鬼殺隊』にとっては日常茶飯事だそうで。どんな力を持っているのかも分からない相手に、刀一つ手にして戦いを挑まねばならないのが普通なのだそうだ。

 りせのアナライズに物凄く助けて貰いながらシャドウたちと戦っていた身としては、情報の重要性を心から理解しているので、そう言った支援も無しに強敵に挑み続けている『鬼殺隊』の隊士たちは誰もが皆本当に勇敢だと思う。
 自分にも、りせの様なアナライズの力があれば、もっと役に立てたのかもしれないけれど……。幾らワイルドと言っても向き不向きと言うものは決定的にあるらしく、アナライズ能力は自分には全く備わっていない。
 多少奇襲されるのを事前に察知出来る力がある位で、りせの様な相手の技や弱点に加えて攻撃の未来予測まで完璧に熟せてしまう様な力とは全く縁が無かった……。りせには更にそこに仲間に対する支援の力も備えていたので、本当に頼もしい存在であった。りせが居なくては、シャドウや「神」の如き存在達に何度殺されていたか分かった物では無いだろう。……支援と言えば、自分にも仲間を支援したりする力はあるな、とふと考える。
 敵の能力を下げたり封印したり行動を抑制したりする事の外に、仲間の能力を上げる事も出来る。
 強化や弱化を使いこなさないととてもでは無いが相手出来ない化け物たちが敵であった事を考えると、まあ本当によくも毎度毎度五体満足に生きて帰ってこれたものだと我が事ながら思ってしまう。まあそれは頼もしい仲間達と力を合わせていたからと言うのが一番の理由なのだけれども。
 と、思考が特捜隊の仲間たちの事へと逸れかけたのを自覚して少し戻す。
 ……この支援能力は、この世界でも有効なのだろうか……? 
 例えば、攻撃力を上げる力を使えば、速さを上げる力を使えば、守備を上げる力を使えば、より強い鬼に対峙したとしても仲間を守り鬼を倒す事が出来るのではないだろうか? 
 そして、相手を弱体化させる力も有効であるのならば、それはきっと物凄く『鬼殺隊』の力になる事だろう。
 まあ、どの道試してみなければ分からないのだけれども。

 他に、自分が使える力の中で鬼殺に有効そうなものは何だろうか、と改めて考える。
 ハマオンなどの祝福属性の攻撃が有効だったのなら、それとは真逆の属性とも言えるムドオンなども有効なのだろうか? 
 物理攻撃に関して言えば、足止めだったり攪乱だったりには有効かもしれないが、日輪刀での攻撃では無い事もあってそれで殺す事までは至らない気がする。
 斬っても斬っても再生すると言うのなら、再生する元を一撃で完全に消し飛ばしてしまうのも有効なのでは無いだろうか? そう言う意味では、万能属性の攻撃や、或いは超火力で一気に焼き切れるアギダインなども有効かもしれない。シャドウとは言え、鋼鉄製の戦車だろうと何だろうと耐性が無ければ一撃で溶かせるのだから、鬼が幾ら再生力が強くても一瞬で骨まで溶けてしまえば再生出来ないのではないだろうか? 
 そうやって色々考えてはみるが、そもそも今の自分にどれだけ力を使う事に耐えられるのかが分からないし、その力だって自分の知っている威力をどの程度まで引き出せるのかと言うのも未知数である。
 更に厄介な事に、ここは現実の世界なのだ。
 万能属性攻撃は攻撃の範囲が広過ぎるので、全力で攻撃しても誰にも迷惑や被害が掛からなかった心の海の中の世界とは違って、この現実の世界で下手な場所で使うとこっちが鬼かと言いたくなる程の被害を周囲に出してしまいかねない。それに関してはアギダインなども延焼してしまった場合を考えると中々使い処が難しいかもしれない。今回の戦いが市街地での戦いになるのなら、間違いなくそれは止めた方が良いだろう。
 毒や精神に影響を与える様な状態異常攻撃はどうだろうか。
 毒に関しては、しのぶさんが使う藤から作った毒は鬼でも殺せるらしいので、毒自体は有効なのだろう。しのぶさんのそれとは違って殺せるかどうかまでは怪しいが、動きを鈍らせる事が出来るだけでも十分に役に立つ。
 毒とはまた違うが、衰弱させたり、或いは老化させたりするのは有効なのだろうか……? 
 鬼は人を食らい続ける限りはほぼ不老不死に近いらしいが……。まあ一度試してみるのも良いだろう。
 封じの力も、もしかしたら有効なのかもしれない。力封じや速さ封じが有効なら、間違いなく隊士の人達の命を守る事にも繋がる。ただ、もし有効なのだとして、魔封じが対応するものは何だろう? ペルソナやシャドウの力を封じる効果があったが、この世界でそれに該当するものは何だ? 血鬼術か? 血鬼術を一時的にでも封じられるならそれは物凄く役に立つだろう。これも是非何処かで試しておきたい。
 他に精神的な異常を引き起こすものとして、混乱や恐怖、あと睡眠がある。
 混乱に関しては同士討ちや動きを止める事が主な使い道であったが、基本的に群れる事が無い鬼に対して使っても足止め以上の効果は無いのかもしれない。しかし、元と言う言葉は付くものの相手は人間であった事もある存在だ。シャドウたち自体にはどう言った原理で作用しているのかは終ぞ分からなかったが、人があれを食らった際にはトラウマだの恐ろしい想像などを強制的に引き摺り出された挙句に周囲の状況が何も分からなくなるのである。そう言った諸々の作用が鬼にも起こるのなら、無理矢理鬼にされた場合などで何かしらその心に後悔や恐怖があるのなら一時的にしろ有効なのかもしれない。まあ、相手が鬼だとしてもそれを狙ってやるのは中々に鬼畜の所業なのかもしれないが……。
 恐怖に関しては、鬼にも心が在る以上は効くのではないだろうか? とは思う。勿論、精神が強靭である場合は効かない可能性も高いのだが。恐慌状態の相手を確実に殺す手段もあるので、それが有効なのかどうかも含めて確かめておきたい所だ。
 睡眠に関しては有効性に関しての見込みは五分五分と言った所だ。鬼である禰豆子ちゃんはよく寝ているが、それは極めて稀な事らしく、鬼は本来眠る必要が無く、日中も陽光に当たらぬ様に隠れているだけで寝ていたりする訳では無いらしい。睡眠と言う行為自体を必要としない相手に対して、眠らせる事が出来るのかは完全に未知数だ。
 相手を激昂させるものは……まあ正直、使わない方が良い気がする。動きが単調になったりする分には対処し易くなるのかもしれないが、怒りで相手の力も上げてしまいかねないし、元々凄まじい力を持っている鬼たちは単純な膂力勝負だけでも人を容易く殺してしまえるのだ。敵に塩を送る羽目になるだけだろう。

 ……まあこうして改めて考えてみると、全部一度試してみない事には分からないとは言え、中々に手札が多い。
 それこそがワイルドと言う存在の特性であるそうだが、何ともデタラメ人間の万国博覧会状態である。
 一歩間違えれば、鬼だと判断されて首を狙われてもおかしくないだろう。
 まあ、そうはならなかった事は運が良かったと言うべきである。最初に出逢ったのが炭治郎であり、更に早い段階で「お館様」と逢えたのも良い方向に繋がったのだろう。
 取り敢えず色々と試してみて、鬼に有効そうな力があれば、その都度「お館様」に報告しておく事にしよう。
 広範囲に散らばっている『鬼殺隊』について一番よく知っているのは間違いなく「お館様」なのだし、鬼舞辻無惨の撃破に全てを賭けているあの人ならば、きっと自分を最大限有効活用する方法を見付けるだろうから。

 自分に出来る事をしよう、と。そう改めて心に決めて。
 鬼が出る日の入りまでの時間を村田さんと二人で話をしたりして過ごすのであった。






◆◆◆◆◆






 もし『鬼殺隊』の気配を察知して鬼が縄張りを移動してしまっていたらどうしようかと思っていたが、どうやらこの町に出没していた鬼は今夜もまた獲物を狙って何処かに姿を現しているらしい。
 シャドウの気配を感じている時の様な、この夜闇の何処かに「敵」が居るのだと言う感覚を肌で感じる。
 まだ街灯が普及し切っていない小さな田舎町である為、その夜道は暗く。
 夜目が利かないと、戦うにも中々に厳しいものがある。だが、それが『鬼殺隊』の戦場の常だ。

 村田さんと手分けして、町の何処かに潜む鬼を探す。
 もし鬼を見付けたら、町の上空を旋回する様に飛んでいる村田さんの鎹鴉に合図すれば相手に伝えてくれるらしい。合図の方法も村田さんに確り教えて貰えた。隊士ならそれこそ育手のもとに居る時に仕込まれるのだろうけれど、そう言った背景は一切無い為どうしたってその部分に不安が残る。それを面倒くさがらずにちゃんと補ってくれた村田さんには感謝しか無い。

 この町で起きている鬼の襲撃では人が襲われたと言う痕跡自体は残っていないらしいのだが、しかし鬼と言う存在を信じていない人でもその不気味さや不穏さは分かっている様で、町中の家々は確りと戸締りをしているらしく、夜に出歩く人影も無い。しかし、そうやって夜に出歩かないからと言って鬼の襲撃を逃れられるとは限らない。鬼は普通に戸締りされた家にだって入り込んで来るし、そこで寝入っている住人を襲う事を躊躇ったりなどしない。
 耳を澄まし、気配を探る事に神経を尖らせて、鬼を見付け出そうとする。
 何処かに居るのは分かるのだが、何処に居るのかまでは分からない。
 りせの様な探知の力が、或いは炭治郎の様な嗅覚や、善逸の様な聴覚、伊之助の様な感知力が自分にもあれば、と無いもの強請りと分かりつつも思わずそう思ってしまう。
 自分が持っている力では、相手の敵意が自分に向いていない限りは分からないのだ。
 この町の暗闇の何処かに潜んでいる筈の鬼を見付けるには、不十分だった。

 最後に人が襲われたのは、約一週間は前の事だ。
 鬼は毎夜毎夜人を襲う訳では無いとは言え、長い間人を喰わずに居る事は不可能で。
 数日から一週間程度毎には人を襲うらしい。特に、まだ人を喰った数が少ない弱い鬼だと、その間隔はより短くなるらしい。逆に、強い鬼だとある程度狩りの間隔が空いても耐えられるらしい。……鬼が人を襲う事を耐えると言う事は先ず無いに等しいのだそうだが。
 前回の襲撃から一週間程空いていると言う事を踏まえ他の場所で誰かを襲っていないと言う前提で考えると、この町に潜む鬼は何らかの血鬼術に目覚めている可能性が高い。
 血鬼術を扱う鬼は厄介だと言う。全く予想など出来ない様な未知なる攻撃をしてくる事も多いからだ。
 その都度毎に対応していかなければ、早々に命を落とすとも村田さんは言っていた。
 新人や中堅に関わらず、最終選別を突破した後の『鬼殺隊』の隊士たちが命を落とす最大要因は血鬼術であるそうだ。その隊士の対応能力を超えた血鬼術を持つ鬼に出逢えば、基本的に生きては帰れない。
 血鬼術に目覚める程強くなった鬼の数と言うのはそうでは無い雑魚鬼と比べると一握りに等しいらしいが、それでもその総数としては決して少ない訳では無い。運悪く強い血鬼術を使う鬼に出逢う可能性は何時も傍にある。
 そう言う厳しい現実が、『鬼殺隊』の隊士達の世界であった。
 更に言うと、多くの隊士達は鬼に対して激しい憎しみを懐いている為、自分の手に負える範囲を超えた相手を前にしたとしてもその場を「退く」と言う選択肢がほぼほぼ存在しないらしい。少しでも情報を引き出して、誰かにそれを託して死ぬ事を選んでしまう。別に、退却して救援を呼ぶ事が隊律違反になる訳では無いのだけれど、隊士達の多くは例えそれが死と同義だと分かりながらも戦う事を選んでしまうのだそうだ。
 そう言う面もあって、『鬼殺隊』の隊士達の殉職率はとても高い。
 ……恐らくは村田さんも、目の前の鬼に一切勝ち目が無いのだとしても、救援を要請する事はあれども其処から逃げる事は絶対にしないのだろう。その覚悟を眩しく感じるも、それ以上に哀しいと思ってしまう。
 死なせたくなどない、誰も、誰一人として。綺麗事だとしても、夢物語だとしても。この手が決して万能では無く、そしてそれが届く範囲ですら限られているのは分かっていても。
 だから、自分が出来る事を一つでも多く知らなければならない。

 しかし、鬼は『鬼殺隊』を恐れているのか、中々現れない。
 もし今この瞬間に、何処かの民家に押し入っていたらどうしよう、この町を狩り場にする事を諦めて他の場所へと移っていたらどうしよう、と。焦燥感が生まれる。
 そして、少し考えて。
 手の甲の部分を、深くなり過ぎない様にだが十握剣の刃先で傷付ける。熱いものに触れてしまった時の様な痛みと共に、血が零れ落ちる。
 鬼は、血の臭いに敏感であるらしい。もしここに血を流した獲物が居れば、それに喰い付いてこようとするのではないだろうか。そんな目論見で敢えて傷を作る。そして、そのまま夜道の暗がりを注意深く歩いた。

 少し歩いていると、血の臭いを嗅ぎ付けてか、不意に背後の闇から気配が零れる。
 その次の瞬間、鋭い爪が首元を薙ごうと襲い掛かって来たが、それを事前に予測していた為僅かに身を逸らして避け、羽織の下で隠し持っていた十握剣で反撃した。
 変な感触ではあるが何かを確かに切った感覚と共に、腕の様なものがその場に落ちる。

「何だ、お前? 鬼狩りの格好をしていないのに刀を持ってやがる。
 いや、でもそれは日輪刀じゃあ無いみたいだなぁ……。それじゃあ残念ながら、鬼は殺せないぜ?」

 ニヤニヤと笑うそれは、鬼……だと思われるがそうとも言い切れない「何か」であった。
 その気配は、生きている人間のそれでは無い。だが、鬼かと言われると何かが違う気がする。
 これは一体何だ? 友好的な存在では無い事は確実だが、その正体が分からずに困惑する。

 その時、上空で鎹鴉が、村田さんが鬼と遭遇した事を教えてくれる。
 なら、目の前のこれは一体何だ? 

 正直よく分からないが、この奇妙な存在を相手取るよりも、今はとにかく村田さんと合流した方が良い。
 その為、謎の存在を振り切ろうと走り出そうとするが、暗がりの中から次々に得体の知れない「何か」の気配がまるで水底から泡が立ち上るかの様に出現した。
「何か」たちに鬼程の身体能力は無いらしいが、しかし数で囲まれると中々に危険だろう。建造物が入り組んだ街中である上に一体何処にどれ程の数が居るのかも分からないので、迂闊に力を使うのも憚られる。
 しかしどうにか追撃を振り切って村田さんと合流すると、彼も数十程の「何か」に囲まれていた。

「村田さん! ご無事ですか!?」

「一応まだ負傷はしてないけど、斬っても斬ってもキリが無い! 何度か首を落としているのに全く効果が無いみたいだ!」

 恐らくはそう言う血鬼術なのだろう。
 そうこうする内に自分を追い掛けていた「何か」も合流して、周囲を五十以上の「何か」に囲まれる。
「何か」達は、一体一体その姿が違い、人間によく似たその外見や年齢も全てバラバラであった。
 一体どう言う血鬼術なのだろうか。「何か」の一体一体はハッキリ言って弱い。斬っても一時的に動きを止める事しか出来ないとは言え、それだけだ。脅威度で言えば、あの名も知らぬ鬼の方が遥かに上である。だが、「何か」達は数が多過ぎる。今自分達を取り囲んでいる「何か」以外にもまだ何処かに潜んでいる可能性だってあった。

「鬼狩りでも無いヤツが何で鬼狩りと居るのかは分からんが、まあ良い。お前たちを喰えば、俺はもっと強くなれそうだ。お前たちも俺がちゃぁんと有効活用してやるから、安心して俺に喰われて良いぜ」

 攻めるにしてもどうするべきかと迷っていると、「何か」の中の一体が口を開いた。
 その言葉に不穏なものを感じ、思わず聞き返す。

「有効活用、だと?」

「そうとも、俺が喰った人間は全部俺の「身体」になる。此処に居るのは、全部が『俺』さ。まあ、「身体」自体は生きていた時の強さからはそう変わる訳じゃねぇから、そこらの人間を喰っても有象無象の強さの「身体」の数が増えるだけだが、弱いんだとしても鬼狩なら普通の人間よりも強いだろうからなぁ」

 愉しみだ、と。そう言って、ニタリと「何か」は笑った。
 一体一体は強くは無いのだとしても、数で圧されれば不覚を取る事もあるだろう。
 そして、喰った相手が強ければ強い程、この鬼は強くなる。
 この鬼はまだ『鬼殺隊』の者を喰った訳ではないらしいが、もし一人でも『鬼殺隊』の者を喰ったとしたら途端に手に負えなくなっていくだろう。
 階級の如何に関わらず呼吸を修めた隊士達とそうでは無い一般の人間とは天地の差があり、この鬼の「身体」の中に剣士が一人加わるだけでもこの鬼は恐ろしく強化される事になる。
 まだ強くは無い今の内に、倒しておかねばならない相手である事は間違いが無いだろう。
 だが、問題はこの鬼をどう倒すのか、だ。
 この鬼が言う通り、ここにある全ての「身体」が鬼自身であるのなら、最悪の場合全ての「身体」の頸を同時に一瞬で落とす必要はあるだろう。しかも、日輪刀で。或いは、マハンマオンなどの広範囲に攻撃出来る技を使えば良いのかもしれないが、あれはあくまでも視界の中に入っていなければ効果が無い。
 開けた場所ならともかく、こんなにも入り組んだ場所では一度に全てを消すのは難しい。
 無論、何処かに「本体」とでも言うべき「身体」があるのかも知れない。しかしそれにしても、どれが「本体」なのかは少なくとも自分には分からなかった。村田さんにも、分からないらしい。
 襲い掛かって来る「身体」を切り捨てながら応戦するも、次から次に斬られては復活して襲い掛かって来るので本当にキリが無い。ゾンビ映画でももう少しマシだろう。
「身体」を斬り捨てていく内に、ある奇妙な違和感に気付いた。
 そして、それは次第に確信に近い直感へと変わる。
 だが、それを実行するにしてもとにかくこのままでは埒が明かないし、正直場所が悪い。
 なので、一言断ってから村田さんの身体を抱える様に持ち上げて、家々の塀を蹴って上がる様にしてその場を離脱した。その後を「身体」たちが追い掛けて来ているのを確認しながら、町の外れにまで「身体」を誘導する。

「さっきあいつ等を斬っている時に気付いたんですが、あいつ等を斬った時の手応えって殆ど無いですよね」

「身体」を誘導しながら村田さんに自分の考えを説明しようと話しかけると、腕の中の村田さんは少し戸惑いつつも頷く。

「斬った感覚はあるけど、何だか霞でも切ってるみたいな感じではあるな。で、それがどうしたんだ?」

「殆どの場合村田さんが言う様な手応えなんですけど、稀にちゃんとした手応えが……「実体」を斬った時の感じとでも言う感触になった時があったんです。でも、その「身体」を次に斬った時にはまた霞を斬った様な感じになった。それで、その後に今度はさっきのとは全然違う「身体」で、「実体」の手応えがあったんです。そして、「実体」の感じがあった時の「身体」の動きは他の者よりも強い感じがあった……」

 だから、考えたのだ。この鬼の血鬼術は、「自分」を増やしている訳では無くて、無数の「身体」とたった一つの「本体」を創り出しているのではないか、と。どれが「本体」なのかは恐らく「血鬼術」で瞬時に切り替えられるのだろう。だから、自分達が真に屠るべきは、あの「身体」の群れの中のどれかに隠れた「本体」なのではないか、と。……まあ、もしかしたら全ての「身体」を同時に始末しなければならないのかもしれないが、とにかくやってみる価値はあるだろう。

「確かに有り得るかもしれないけど、じゃあその「本体」がどれかってのは鳴上には分かるのか? 
「本体」を瞬時に切り替えられるならそれを正確に探して頸を斬らない事にはどうにもならないぞ」

「いえ、俺にはそう言うものを感知する力は無いんです……。
 でも、要は「本体」がどれかが分かれば良いんです。なら、少しだけ試してみたい事があります」

 自分がどれ程の事が出来るのかを知る為にも、この実戦の中で確かめていかなければならない。
 これは、その為に実に良い機会だった。

「今から、「本体」以外の全ての「身体」を破壊します。再生するまでに多少の時間は掛かる筈です。
 その隙に、村田さんが「本体」の頸を斬って下さい」

 何を言っているんだ……と言わんばかりの顔をしながらも村田さんが頷いたのを確認し、迫りくる「身体」の群れが全て視界に収まる瞬間を待つ。
 そして、「本体」を斬った時の手応えを思い出して、「本体」の原型が残る程度の威力はどの程度が適切なのかを考え、ペルソナの力を発動させた。

 その瞬間、「身体」の群れは巨大な怪物の鉤爪で斬り裂かれたかの様に、瞬時に原型を喪う程にバラバラに引き裂かれた。
『木端微塵切り』……敵全体を文字通りバラバラに薙ぎ払う一撃は、狙い通り脆い「身体」は木端微塵に引き裂き、頑丈な「本体」だけは多少ズタボロにしながらも原型を留めた状態に残す。
 日輪刀による攻撃では無い為この攻撃だけでは殺す事は出来ない事は分かっていた。下手に「本体」もバラバラにしてしまうとどれがどれだか分からず事態を悪化させかねなかったので、比較的威力の低い攻撃を選択したのだがそれが目論見通り功を奏した様だ。

「あれが「本体」です。村田さん、お願いします!」

 そう叫ぶと、目の前で起きた現象に驚愕していた村田さんは、自分がすべき事を思い出して瞬時に駆け出す。
 そして、「本体」の頸に日輪刀を振るった。が、それは岩石に鋼鉄を叩き付けた時の様な音と共に阻まれる。
「本体」の頸は、村田さんの実力では斬り落としきれないものであったらしい。
 反撃しようとしてきた「本体」の攻撃を紙一重で避けた村田さんはどうすれば良いのか迷っている様な顔をしている。周囲では原型が無くなる程に切り刻まれた「身体」が徐々に再生し始めていて、猶予は余り無い。
 だが、問題は無い。相手は五十人近くを喰った鬼なのだ。村田さんが頸を斬り切れない可能性も既に想定していた為、混乱は無い。まだ打つ手はある。

「大丈夫です! もう一度お願いします! 今度は大丈夫な筈です!!」

 そう村田さんに叫ぶと共に、彼に『タルカジャ』の強化を施す。本来のそれと比較すると、少し威力は弱く、かつその持続時間は余り長くは持ちそうに無いが、この一瞬だけ村田さんに限界を超えた剛力を与える程度なら申し分無い。
 そして、村田さんが与えた二撃目によって、「本体」の頸が落ちる。
 鬼は、理解出来ないと言った様な表情で、塵の様に身体を崩壊させて消えて行くのであった。
 鬼の消滅と共に、斬り刻まれた「身体」も溶ける様に消えて行く。
 この「身体」の数だけ、鬼に食い散らかされた命があったのだ。願わくば、その魂に安らぎがある事を願いたい。

「鳴上、お前……! さっきのは一体何をしたんだ!? 
 鬼たちは一瞬でバラバラになるし、有り得ない位一気に俺の腕力とかが増したんだけど!?」

 鬼が完全に消えた事を確認し納刀した村田さんは、それはもう混乱した様に詰め寄って来る。
 事前に「お館様」から軽く説明されていたのかと思っていたのだが、どうやら全く知らされていなかったらしい。なら彼は、日輪刀を持ってもいない隊士(?)と同行していると言う認識だったのか……。
 普通に考えてお荷物でしかないだろう筈なのに、それでよく拒否反応を示さずに一緒に戦ってくれたな……と思うと、彼の人柄の良さを感じる。だから「お館様」は一番最初の「任務」の同行者として村田さんを選定したのだろうか? 柱などの実力が隔絶した相手といきなり同行しても実力を計りきる事が出来ないから、程々の実力を持った隊士を選んだ……と言う事なのだろうか。
 何にせよ、物理的な攻撃手段の有効性の一部と、味方の補助が出来る力の有用性は今回で確かめる事が出来た。
 これで、もっと色んな人の力になれる筈だ。特に、味方を強化する力の有用性は、使い処さえ間違えなければ物凄く高いと思う。

 混乱している村田さんに掻い摘んで事情を説明しながら、自分が出来る事がちゃんとあると確かめられた事に、少しばかりの安堵を懐くのであった。






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