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第五章 【禍津神の如し】

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 マガツイザナギの『マガツマンダラ』によって精神の均衡を掻き乱され狂わされた猗窩座と黒死牟は、狂乱の絶叫を上げながら滅茶苦茶に暴れ始めた。
 そしてそれは此方を狙うのでは無く、最も近くに居た互いを攻撃し始める。
 それは、酸鼻極まる光景であった。
 何の躊躇も無い全力の攻撃が、互いを削る。
 黒死牟の斬撃の嵐が猗窩座を切り刻み、しかし切り刻まれながらも恐ろしい速さで再生し続ける猗窩座は、己の胴体が泣き別れになろうが頭部を幾重にも切り裂かれようが構いもせずにその斬撃の嵐を強引に突破して、黒死牟の頭部をその拳で砕く。
 猗窩座の攻撃に負けじと黒死牟も反撃をして、そこは肉片と血飛沫が吹き荒れる血腥いにも程がある修羅の世界と化した。
 互いに上弦の鬼の中でも最上位の者である為か、削っても削っても底は見えず。終わる事の無い殺戮を互いに続けている。

 狂乱の殺戮に走る寸前に、猗窩座が叫んでいたものは、その心に残る大切な誰かの名前だったのだろうか。
「親父」、「師範」、「恋雪さん」……。
 猗窩座の過去に何があったのかは分からないが、禍津の闇はそれらを暴き立て猗窩座を狂わせたのだろう。

 ……シャドウとの戦いの中では精神異常を来す様な攻撃が飛び交う事はよくある事で。
 実際に何度も食らってきたが、あれは本当に最悪な気分になる。
 猗窩座や黒死牟がどの様な地獄を見ているのか自分には分からないし、そもそも何を見るのかを決めるのは恐らく自分自身なのであって此方が押し付けている訳では無いのだが。
 猗窩座の喉から迸ったその余りにも深い絶望の慟哭には、相手が鬼であり数多の人々を殺し続けてきた存在だとは分かっていても、どうしても胸が苦しくなった。
 自分でやっておいてと、我が事ながらに身勝手な感傷ではあるけれども。
 鬼だからと言って、徒にその心を壊す様な真似はやはり慎むべきである。鬼は、かつては人だった者なのだから。
 しかしだからこそ、狙い通りに「同士討ち」を始めたからこそ。
 次なる一手を打たねばならない。
 そうでなければ、徒にただ心を弄んだだけになってしまう。

 精神に異常を齎す力ではあるが、これは永続的なものでは無い。
 一時的なものであり、そうであるならば正常に戻った時にはより一層の殺意と共に此方を攻撃してくるだろう。
 ならば、その前に今度こそこの上弦の鬼たちをどうにかしなくてはならない。
 だが、錯乱しながら互いに殺し合い続けている猗窩座と黒死牟ではあるが、そこに近付けば今度は此方もその暴威の対象になるだけである。
 接近して頸を落とすと言うのは、この状況下ではかなり難しい。
 そして、善逸と獪岳との絆が満たされて回復したとは言え、万全の状態には程遠く、夜明けまでこの二体を相手にダラダラと戦い続ける事は難しかった。
 だからこそ、ここで決めなければならない。


「あれは一体どうなっているんだ……?」

 狂乱しながら修羅の世界で互いを食い合っている猗窩座と黒死牟から巻き込まれない様にと距離を取って。
 煉獄さんは目の前のその光景の意味が分からないとでも言いた気に困惑する。
 そしてそれは無一郎も伊之助も同じであった。
 まあ三人からすれば、猗窩座と黒死牟が突然発狂して互いに同士討ちを始めている様にしか見えないのだからその反応も無理は無いが。

「今あの二体は、錯乱して敵や味方のその区別も付いていない状態なんです。
 同士討ちをしてはいますが、仲間割れをしていると言う訳ではなく……。
 恐らく、互いを正常に認識出来ていないだけかと。
 なので、不用意に近付くと当然俺たちもあの攻撃に晒される事になります」

 そう簡単に説明すると、戸惑ってはいたが何となくは理解して貰えた様だ。

 獣の様に吼え、憎悪と共にその拳を叩き付ける様に揮う猗窩座と。
「縁壱!!!」と、縁壱さんの名前を呼びながら狂乱した様に攻撃を続ける黒死牟と。
 一切の躊躇無く己の全力を尽くしての「殺し合い」となったその両者の戦いは終わりが見えない。死ぬ事の無い鬼同士の戦いは、まさに「不毛」の一言だ。
 首が千切れ飛ぼうとも、手足が潰れようとも、身体が幾重にも刻まれようとも、腸をぶちまけながらも。
 手足を喪ったとしても首だけでも喰らい付こうとする程に鬼気迫る様子で、互いに修羅と化している。
 しかし、まさに「不毛」な戦いではあったが多少の変化はあった。

 様々な感情と共に縁壱さんの名を呼び続けている黒死牟の姿が、徐々に『人』の形のそれに回帰しつつあったのだ。
 身体中から触手や触腕の様な物を生やし、虫かなにかの様な節くれだった腕を増やし、全身から刀身を生やしていたそれが。
 増えていた腕は猗窩座に吹き飛ばされた後で再生せず、うねりながら四方八方に斬撃を発生させていた触手や触腕は猗窩座に引き千切られた後は数回再生しつつもそれ以降はもう生えて来ず。
 互いを壊し合う内に、黒死牟は随分と『人』の様な形に戻っている。
 狂乱した様に縁壱さんの名を呼んでいるのを見るに、今の黒死牟には全てが縁壱さんに見えているのだろうか? それとも縁壱さんを脅かそうとする敵に見えているのだろうか。
 それは分からないけれど、黒死牟にとって「縁壱さん」が鬼と化しても消える事無くその根底に存在する者である事は確かなのであろう。

 折角送り込んだ上弦の鬼たちがこの様な状態になっていると言うのに、鬼舞辻無惨からの動きは無い。
 二体を回収する為にあの常夜の根城に通じる襖や障子が現れる気配は無く、琵琶の音も聞こえない。
 この状況は鬼舞辻無惨にとっても想定外と言うか……歓迎出来ないものであるとは思うのだが。
 監視している筈なのに、気付いていないのだろうか? 
 それともまだ静観するつもりなのだろうか。
 ……まあ、それならそれで構わない。
 鬼舞辻無惨が《《そうせざるを得ない状況》》を作り出すまでである。
 万が一最後まで静観を決め込んだとしても、上弦二体を消し飛ばせるなら十分にお釣りが来るだろう。

 …………そうなった場合、黒死牟の頸を斬るのだと意気込んでいた炭治郎には少し申し訳無い事になるが。
 しかし、まあ炭治郎としても黒死牟の頸よりも鬼舞辻無惨の命の方が優先度は高いので、誠心誠意謝れば許してくれるのではないだろうか。
 何にせよ、今ここで黒死牟と猗窩座の同士討ちをのんびりと見守っている訳には行かないのだ。


 暴れ回る鬼たちを拘束する事は非常に困難であるが、かと言ってその動きを止めずに『メギドラオン』などで焼き払おうとした所で回避されるか討ち漏らす可能性は高い。更に言うと、回避される前提で広範囲を殲滅したり、或いはあの広大な異空間を消し飛ばす事が前提の力となると、この人里離れた山奥と言うこれ以上に無い条件が揃っていてさえどれ程の被害が出るか分からない。
 なら、多少乱暴な方法だとしてもどうにかしてあの二体の身動きを止めなければ。
 そして、その手段は既に思い付いている。
 ……ただ、それはどう考えても常軌を逸した、まさに『化け物』だとかの様な力ではあるけれど。
 しかし、少しでも被害を抑えつつ、確実に全員無事にこの場を乗り越える為には必要な一手だ。
 躊躇ってなど居られない。


「絶対にそこから動かないで下さい」

 三人にそう警告する。巻き込まない様に最大限気を付けるが、しかしそれも完全では無い。
 そしてもし万が一にも巻き込んでしまえば、鬼である猗窩座や黒死牟はともかく、『人間』である三人は即死するだろう。
 真剣なこちらの様相に、何かただ事では無い事が起きようとしている事を察したのか、煉獄さんだけでなく無一郎と伊之助も何処か緊張した様に頷く。
 それを確認してから、精神を集中させてペルソナを呼び出した。


「セト!!」

 エジプト神話の、嵐を司る邪神。しかし同時に太陽神であるラーを、堕ちた太陽であるアポピスから守る側面も持つ神。
 大きな翼を備えた巨大なドラゴンの様な姿をした【月】のアルカナのペルソナは、姿を現すと同時に吼える様にしてその力を最大限発揮する。

 ペルソナを召喚して全力で放った『マハガルダイン』は、その山肌ごと猗窩座と黒死牟を地表からもぎ取る様にして、一瞬で遥かな上空にまでかっ攫った。
 被害を抑える為に瞬間的に吹き荒れた豪風であっても、その余りにも強烈過ぎる風は地表にあった全てを、土塊も岩も大木もその一切の区別無く根刮ぎ剥ぎ取っていく。
 一瞬で、山自体が削れた。
 ……もしこれを市街地などで引き起こせば一瞬で街が消えてしまうだろう。この場所だから出来る事だった。
 余波の様に此方の方にも木々を薙ぎ倒しへし折る程の凄まじい暴風が吹き寄せるが、セトの身体自体を壁の様にする事で三人は無事だ。
 大量の土砂や岩や大木が恐ろしい程の風速と風圧の中でかき混ぜられ、それらに打ち据えられた黒死牟と猗窩座の肉体が恐ろしい勢いで削られては即座に再生していくのが、遥かな上空に見える。
 重たい岩や大木は吸い上げられて少しすると、重力に引かれて地表に落下して砕けていく。
 しかしそれらに比べれば質量的には軽い猗窩座と黒死牟は未だ空高くに居る。
 猗窩座と黒死牟が、その衝撃に正気に戻ったのかそれとも未だ狂乱の中にあるのかは此処からでは分からないが。
 しかし、ろくな足場など無い空中では殆ど何も出来ない。
 突然翼が生えて空を飛べる様になる訳でも無いので、後は重力に引かれて墜ちるだけだ。
 どれ程斬撃を放とうが、或いはその拳を振るおうが。どうする事も出来ない。
 そうやって乱暴ながらも猗窩座と黒死牟の身動きを制限し、その次の為に更にペルソナを切り替えて召喚する。


「ルシフェル!!」

「明けの明星」の異名を持つ、強大な天使。
 己の主である唯一神への反逆者。
【星】のアルカナの最上位のペルソナを呼び出して。そしてその力の照準を、上空から為す術なく落下する黒死牟と猗窩座に合わせた。






◆◆◆◆◆






 カミナリと無一郎と一緒に、魚だか蛇だか百足だかよく分かんねぇ位に気色悪い鬼を倒した直後に現れたのは。
 かつて一度戦った……いや戦う事すら出来なかった、全身に刺青をした上弦の参だか何だかっていう鬼だった。
 あの時ですら次元が違う強さを前にして俺は何も出来なかったってのに、再び現れたアイツは、ギョロギョロ目ん玉と戦ったその時よりもずっと強くなっていた。
 同じ空間に居るだけでビリビリする位に、ヤベェ強さが伝わってくる。
 そして現れたのは上弦の参だけじゃなくて、六つ目の鬼もその場に一緒に現れた。
 上弦の参もヤベェ鬼だが、六つ目はそれよりも更にヤベェ。
 上弦の壱だって証をそのギョロ目に刻んだソイツは、今まで戦ってきたどの鬼も相手にならねぇ位に、桁外れに強い。
 一瞬でもソイツから意識が外れた瞬間に死ぬって分かる位に、殺気がビンビンしてやがる。
 あの気色悪い壺とは、強さの次元が文字通り違っていた。
 息をする事すら忘れてその動きに集中しなきゃ、次の瞬間に首が落ちてても俺は気付けないかもしれない。

「絶対に勝てない」「絶対に死ぬ」

 鍛え上げた本能が、そう耳元でがなり立てる。
 万に一つも勝ち目は無い。
 横に居る無一郎も、身動き出来ないまま、その柄に添えた手は震えてる。
 柱って凄ェヤツらの一人である無一郎ですら、「勝てない」と悟らざるを得ない相手。
 それが、上弦の参と上弦の壱って鬼だった。

 だが、カミナリはそれにビビる事無く相対して、そして『イザナギ』ってヤツを呼び出した。
『イザナギ』は強ぇ。俺には分かる。
 今目の前に居る鬼たちより、強いかもしれねぇ。
 強さが凄過ぎるとそれがどんだけ強いのかは分からなくなってくるが、『イザナギ』の強さは多分それだ。

 そして、カミナリも強ぇ。
 カミナリは俺の子分だが、子分でも俺より強ぇ。
 普段は弱っちいのに、戦う時は物凄く「強い」気配を感じる。
 負けてらんねぇと鍛えてるが、まだカミナリの強さには追い付けてねぇのも分かる。ちょっと悔しい。

『イザナギ』とカミナリが、六つ目鬼と刺青鬼の攻撃を受け止めて防ぐ。
 滅茶苦茶な範囲を切り刻む斬撃や、目で追えない位の速さで叩き込まれる拳や蹴りを、カミナリたちは一生懸命に防ぐけど。
 でも、全部を防ぎ切れている訳じゃなくて一部は防ぎ零してしまう。
 そしてそんなちょっとの攻撃だけでも、滅茶苦茶にヤベェ。
 特に六つ目鬼の斬撃は、細かい斬撃が纏わり付いててそれが物凄く危ねぇ。
 何時もの調子で避けてると、ザックリやられちまう。
 俺と無一郎はそれを避けたり防いだりするだけでもかなり手一杯だった。
 カミナリと『イザナギ』が居なきゃ死ぬ事は、言われなくても分かっている。

 防戦一方になりつつあったが、どうにかカミナリが刺青鬼の僅かな隙を突いて吹き飛ばして、六つ目鬼の頸を狙える状況にまで持ち込んだ。
『イザナギ』の持つ不思議な力で何時も以上に力が増えて素早く動ける様になった俺たちは、六つ目鬼の滅茶苦茶ヤベェ攻撃のその隙間に滑り込む様にしてどうにか頸を斬れる位置にまで近付いて。
 それで、無一郎の赫い日輪刀が六つ目鬼の頸を斬ろうとしたその時だった。
 あまりにも濃密過ぎる、「死」が首筋を撫でる感覚が六つ目鬼から迸った。
 最早無意識の反応で思いっ切り後ろに飛び退いたが。
 それでも、到底間に合わなかった。

 無数の斬撃に、全身を切り刻まれる。
 滅多斬りよりも更に細かく切り刻まれて。
 絶対に死んだ、と。そう覚悟したのに。

 それでも俺は生きていた。
 誰よりもその近くでその斬撃の爆発を受けた無一郎も。
 生きているどころか、傷一つとして無い。
 確かに全身を切り刻まれたのに。
 そして──


「っ……!」

 辛そうに、カミナリがその息を荒くする。
 血の匂いはしない。負傷は無い。
 だが、今の攻撃はカミナリを確実に削った。
 ここまで辛そうに息をしているカミナリを見るのは、初めてであった。
 誰に言われずとも半ば確信する。
 俺たちは、カミナリに守られたのだ。
 そして、その所為でカミナリは限界に近くなっている。

 気でも狂ったかの様に、全身から刀を生やしたヤベェ姿になった六つ目鬼は、またあの凄まじい斬撃を生み出そうとした。
 が、それは『イザナギ』が飛び掛かる様にして抑え込む。
 何とかヤベェ斬撃は『イザナギ』がその身体を以て防いでいるが、それに抵抗するかの様に六つ目鬼はどんどん異形の姿に変わっていく。

 そして、そんな不味い状況なのに、カミナリによって吹っ飛ばされていた刺青鬼がまた舞い戻って来て、より一層苛烈に攻撃を仕掛けてきた。
 刺青鬼がヤベェ存在なのは、嫌って言う程分かる。
 正直俺が百回戦ったとして、百回殺されて終わるだけだろう。
 絶対的に、俺で勝てる相手じゃ無かった。

 でも、カミナリ一人に任せてはいけない。
 怪我は無いのに酷く辛そうなカミナリは、もう殆ど限界だった。
 俺はカミナリの親分なのだ。親分なら、子分を守ってやらなきゃなんねぇ。
 第一、相手がどんなに強かろうと、ここでビビってひよるのは俺じゃねぇ。そんな紋逸の弱味噌の考えが移った様なのは俺じゃねぇんだ。

 無一郎も同じ様な考えだったのか、カミナリに集中していた攻撃の幾らかを引き受けようと戦っていた。
 だが、刺青鬼は俺以上の感覚でも持ってるのか、恐ろしく殺気に敏感で、攻撃が全然当たらねぇどころかそれに合わせて強烈な反撃を仕掛けてくる。

 そんな中。既に限界で力尽きる寸前にも近くなっていたカミナリの気配が変わった。
 その瞬間。
「駄目だ」って、腹の底から全身が震える程の衝撃が走った。
 カミナリが消えちまう様な気がした。何処か遠くへ行ってしまう様な。このままだと「取り返しが付かなくなる」って、そう分かっちまう。
 でも、俺にはどうにも出来なかった。
「止めろ」って叫びたいのに。
 刺青鬼の拳はもう目の前に迫っていて。それに反撃するかの様に、何かをしようとするカミナリを止めきる事なんて、瞬きよりも短い時間の中じゃ出来る筈も無くて。

 だが、そんな胸がギュウギュウと痛くなる様な瞬間は、その場にギョロギョロ目ん玉が駆け付けてくれた事で永遠に訪れなかった。
 前に一緒に戦ったその時より更に一層強くなっていたギョロギョロ目ん玉は、刺青鬼の攻撃にも負けずにそれを全部防ぎ切って。
 そして、刺青鬼の頸を斬るべくその場の全員で奮闘した。
 俺も、刺青鬼の足を斬っただけだったが、それをどうにか手助け出来たのだけれど。
 しかし、後少し、本当に後少しの所で。

 カミナリが今度こそ本当にほぼ限界を迎えたのか、『イザナギ』の姿が消えて、六つ目鬼が自由になってしまった。

 再び俺たちはカミナリに守られたけれど、もうカミナリが限界なのは誰の目にも明らかで。
 そして、俺と無一郎とギョロギョロ目ん玉では、六つ目鬼と刺青鬼を同時に相手をする事は不可能だった。

 まさに絶体絶命の危機に、カミナリはまたさっきの様に何かをしようとする。
 でも、カミナリが何か『別のもの』になってしまおうとしたその瞬間。

 ふとカミナリが驚いた様に目を丸くしたかと思うと、荒かった息が鎮まる。
 そして、少し泣きそうな顔で微笑んだかと思うと。


「マガツイザナギッ!!」


 そう叫ぶ様に、色が変わった『イザナギ』を呼び出した。
 でも何だか色以外にも色々と『イザナギ』とは違う気がする。
 何と言うのか、『イザナギ』の気配がカミナリにそっくりだとすると、この赤黒い『イザナギ』は何だかちょっとスレた感じがした。

 そして、新たに現れた赤黒い『イザナギ』が何か真っ黒でヤバい感じがする渦を巻き起こしてそこに六つ目鬼と刺青鬼を閉じ込めたかと思うと。
 その渦が収まった途端に、六つ目鬼と刺青鬼が互いを攻撃し始めた。

 何かよく分かんねぇけど、滅茶苦茶に叫んだり吠えたりしてる。
 何の手加減もない、「本気」の殺し合いは山でよく見た縄張り争いだとかのそれを遥かに凌駕していて。
 自分がどうなろうとも相手の息の根を止めるまで絶対に止まらない感じのそれは、「生き物」が己の生存の為に行う戦いとしては随分歪なものに見えた。
 突然の意味の分かんねぇ光景に、俺だけじゃなくて無一郎もギョロギョロ目ん玉も驚いたけど。
 どうやらカミナリが何かした事によって、鬼たちは互いを正しく認識出来てないらしい。

 ただ、離れてる俺たちが狙われないのは良い事だが、別に俺たちを味方だとか思ってる訳じゃなくて近付いたら普通に攻撃されるし、あんなヤベェ殺し合いの中に飛び込むなんてただの自殺だ。
 とは言え、頸を斬るには近付かないといけねぇのだけれど。

 そんな中、誰かの名前を叫びながら戦っている鬼たちを何処か哀しそうに苦しそうに見ていたカミナリは、何かを決めたかの様な顔をする。
 そして、俺たちに絶対にその場から動くなと言って。

 物凄く大きな翼の生えた真っ黒な蜥蜴みたいなものを呼び出した。
 そして、その蜥蜴は俺たちを守るかの様にその大きな身体で鬼たちとの間で壁になって。
 その直後、蜥蜴が轟く様な咆哮を上げた瞬間に、耳が潰れそうな程の風の唸り声が周りを吹き荒れた。
 蜥蜴の身体が壁になって俺たちの方に風は吹き付けて来なかったけれど、ふと横を見ると、ぶっとい木が風に押し倒される様に折れたり曲がったりしている。
 以前に鬼を斬った後に暴れ回ったヌシを止める為に吹き荒れた風を遥かに超える暴風が、鬼たちごと文字通りに山を削り取った。

 そして、凄い音を立てながら吹き荒れた風によって吸い上げられていた木々や岩が、そのまま地上に雨の様に落ちてきては砕けていく音が響く中。
 カミナリはデカい蜥蜴を消して、そしてまた別の何かを呼び出す。
 それは、鬼みてぇな角が生えて、そして六枚の翼を持ったデケェ男みてぇな姿の何かだった。
『イザナギ』も底が分かんねぇ強ぇけど、その羽根男もヤベェ強さなのがビリビリ伝わってくる。
 そんな羽根男は、暴風に攫われて上空から落ちてきている鬼たちを狙うかの様にその手を向けた。

 カミナリは、「何か」を待っているかの様に物凄く集中していた。
 そして、周りが歪んで見える程に、途轍も無く強い力が羽根男を中心に集まっているのを感じる。
 そんなものが直撃すれば、上弦の鬼だろうと何だろうと六つ目鬼も刺青鬼も灰も遺さず消し飛ぶんじゃねぇかって思う位に、凄まじい力だった。


 その時、六つ目鬼と刺青鬼が現れた時にも聞こえた不思議な音が聞こえたかと思うと。
 鬼たちが落っこちていく先に、空中なのに突然襖が現れてそれが開く。

 そしてその瞬間。
「待ってました」とばかりの笑みを浮かべて。
 遥かな上空に居る鬼たちに届く様にと、カミナリは腹の底から力を入れた様な全力の大声で叫んだ。



「鬼舞辻無惨!
 お前は、『青い彼岸花』を捜しているんだろう!?
 なら、俺を捕まえてみるんだな!!
 ただし、俺にとっては『青い彼岸花』なぞ心底どうでもいい物だ!!
 俺の寿命が尽きるのを待とうとするなら、即刻全て根絶やしにして処分させて貰うとする!!」




 カミナリが言っている意味は分からないが、その言葉を聞いた瞬間、六つ目鬼と刺青鬼が驚いた様に身を固くしたのが見えた。
 そしてその直後。
 六つ目鬼と刺青鬼が落ちて行ったその襖が閉じるよりも前に。


「──明けの明星!!」


 そうカミナリが吼えた瞬間に。
 まるで夜空に輝く星が直接落ちて来たかの様な光がその襖の奥へ轟音と共に落ちて。襖も何もかもが光の中に一瞬で消える。
 それは、触れた瞬間に何もかもを消し飛ばす程の圧倒的な力であった。万が一地上に落ちれば、この山どころか里の方も全部消し飛びかねないと分かる。
 それ程までに途轍もない力の塊だ。
 だが、襖の先の何処かへと完全に呑み込まれた星の光は、地上に届く事は無かった。

 星の光と共に上弦の鬼たちは姿を消し、そして辺りには静寂だけが残る。羽根男は星の光を落とすとほぼ同時にその姿を消していた。
 もう鬼が襲って来る気配は無い事を確認したカミナリは、漸く肩の力を抜いたかの様な溜息を零して。
 そして、力尽きたかの様にその身体をグラつかせる。
 それを素早く支えたのはギョロギョロ目ん玉だった。

「大丈夫か?」

「はい……大丈夫、です。ありがとう、ございます。
 でもちょっと、疲れてしまって……。
 炭治郎たちを、助けにいかないと、いけないんですけど……」

 ウトウトと、眠たい中で頑張って起きようとしているかの様にカミナリがその目を瞬かせていると。
 ギョロギョロ目ん玉は、その肩を軽く叩く様にしてカミナリを労う。

「そうか、なら休むと良い。
 君はよく頑張った。後の事は俺たちに任せておけ」


 ギョロギョロ目ん玉にそう言われると、カミナリは安心した様に微笑みながらこくりと頷いて。
 そして、そのままその腕に身体を預ける様にして、静かに寝息を立て始めるのであった。






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