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冒涜の聖餐

◇◇◇◇◇




「おお、ルフレ。
 良かったら今日もルキナの顔を見て行ってやってくれないか?
 誰に似たのか、ルキナはお前の事が大好きだからなぁ……。
 お前に抱いて貰うと機嫌がいいんだ」


 ニコニコと、微笑みながらそう言うクロムにルフレは「勿論」と微笑み返した。
春に生まれたばかりの、クロムと彼女との子供。まだ頸も据わらぬ無垢なる赤子。
 『ルキナ』、と。両親からの愛情と願いを込めてそう名付けられた愛らしい小さな命は、どうしてなのかは分からないがルフレの事を気に入っている様だった。

 ふぎゃふぎゃと泣いている彼女をルフレが抱き抱えて揺らしてやれば、すやすやと安心した様に眠りだす。
 クロムに似たその髪色も、その左眼に聖痕の刻まれた深蒼の瞳も……。その全てが愛おしい、小さな命。
 ルフレとしても、ルキナの事を心から愛しいと感じているし、彼女の温かな身体を抱き上げる時、そこにあるのは確かに『愛情』だと。ルフレもそう思っている。
 その内から胸を焼き焦がす想いから、目を塞ぐ様にして。

 クロムに促されて、ルフレは揺り籠の中で眠っているルキナの顔をそっと覗く。安らかにすやすやと眠る彼女は、何に苦しむ事も無い幸せの中に居るかの様であった。
 優しく愛情深い両親から惜しみ無い愛情を注がれ、聖痕を受け継ぐ王女としてその将来は半ば保証されている。
 どうかその未来に『幸せ』と『希望』が満ち溢れていて欲しいと、ルフレもそう心から願う。

 小さな小さなその手に、そっと自身の指先を触れさせると。ルキナの小さな手は、まるで握り締める様にルフレの指先を包む。その手の温もりに、その小さな掌の柔らかさに、ルフレは自然とその目元を緩ませた。
 ルキナを起こさぬ様、その小さな手から指先を離す。
 こうして安らかに眠っているのだから、わざわざ起こしてまで抱く事は無い。
 まだ薄いが柔らかなその髪をそっと撫でて、ルフレはルキナの傍を離れた。


「すまんな、眠っている所だった様だ」

「いや、今のルキナは寝るのが仕事さ。
 それに、こうやって幸せそうに眠っている姿を見ると、幸せな気持ちになるよ」


 ルフレのその言葉に、嘘は無い。
 愛されている赤子の姿を見る事は幸せな気持ちにさせるものであるのだし、それがクロムの子であるならば尚更だ。

 ただ……。愛しさが溢れ出している眼差しでルキナを見詰めるクロムのその姿に、ルフレの心の奥深く。永遠に閉ざした扉の向こうで暴れる物がある。
 ルフレの願いは叶わない事を何よりも雄弁に訴えかけるその存在は、ルフレの心をどうしようも無く搔き乱すのだ。
 それでも、ルキナを傷付けるなど、頭の片隅を過る事は無いし、無垢な信頼にも似たそれをルフレに向ける彼女を邪険に扱う事も厭う事も出来なかった。
 この苦しみを胸の内に押し込めていれば、ルフレ以外は誰も傷付かない、誰もが笑っていられる。それを誰よりも分かっているからこそ、ルフレは何も知らぬ顔で微笑み続ける。

 その時ふと、ルフレの腹の虫が小さく鳴った。
 小さなそれを耳聡く聴き付けたクロムは、少し揶揄う様な笑みを浮かべる。


「昼時にはまだ少し早いと思うが、もう腹が減ったのか?」

「あはは……何だか最近、凄くお腹が空くんだよね」


 最近……ルキナが産まれる少し前辺りから、ルフレは自分でも気付く程に腹の減りが早くなった。
 ただ、思い返してみれば、クロムへの『想い』を自覚して……そしてそれを押し込めた頃から、よく食べる様になっていた気がする。
 まあ、よく食べる様になった所で、それまでのルフレが多忙を極めた所為で食事を抜く事も多かった事を考えると、寧ろ健康的になっているのかもしれない。


「良い傾向なんじゃないか?
 前からお前は細過ぎると思っていたんだ。
 しっかり食べて身体を作った方が良いぞ?」

「いやいや、僕はこう見えて結構筋肉付いてるからね?
 着痩せしているだけだよ? 
 クロムだって知っているだろう?」


 そうルフレが言い返すと、分かってる分かっているとクロムは楽しそうに笑う。そしてそれにつられる様に、ルフレも笑みを零し、ルキナを起こさぬ様に小さな声で笑い合う。


 それは、とても……とても『幸せ』な日々だった。
 



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