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本当の“家族”

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「ふぅ……食った食った……」

 夕飯をたっぷりと食べた陽介は満足そうに息を吐いた。
 今夜寝る場として割り当てられたテントには、陽介と完二しかいない。
 他の生徒は病欠…………という事になっている(要は仮病だ)。
 完二は本来は別のテントなのだが、完二がそこに居ると葬式の様に静まりかえってしまうので、こうして抜け出して陽介のテントにお邪魔しているのだ。
 前々から了承していた事もあって、陽介も文句は言わない。
 二人だけなのでスペースに余裕があるというのも大きな要因だろう。

「いやホント、助かったっスよね。
 あの『物体X』が出てきたのが今日の夕飯じゃなくて」

「それな。夕飯がアレとか、軽く死ねる」

 先日食べた『物体X』の恐怖を思い出し、二人はぶるりと体を震わせる。

「“カレー”って料理作って、何であんなに悍しい物体になんだ……」

 あの味を思い出してしまったのか遠い目をしながら完二は言い、それに陽介も同意した。

「アイツらには料理任せられねーってのが分かったのが、唯一の幸いだったとか……泣けるよな。
 鳴上が居なかったら、終わってたぜ、色んな意味で……」

「鳴上先輩にゃ世話になりっぱなしっス……」

 完二の言葉に、陽介は「そうだよな」と頷いた。

「そういや先輩らの担任、モロキンとかってヤツでしたっけ?
 さっきそいつに外で捕まったんスけど、腹立って軽くキレかけたっスよ。
 知りもしねえクセに、やれ中学時代がどーの言ってきやがって……。
 しかも厄介事起こしたら即停学とかなんとか……大概にしやがれってんだ」

「あいつ、思い込み激しいからな……」

 ふと思い出して苛立ってきたのか、完二の語気は荒い。
 それに陽介は溜め息混じりに返した。
 去年も、都会からの転校生という事で散々絡まれたし、今年に至っては担任にまでなってしまったのだから、諸岡がどういう教師なのかは陽介は分かっているからだ。

「そういや、前にクラスの奴らが言ってたんスけど。
 あの野郎、例の殺された二人の事、ボロクソ言ってたらしっスよ」

「モロキンが? 
 山野アナと……小西先輩の事をか?」

 小西先輩の名を出す時に陽介の顔に僅かに苦みが走ったが、完二はそれには気付かずに大きく頷いた。

「“不倫だの、家出だのする人間は狙われて当然だ”とかんなんとか……。
 ま、尾ヒレついてんのかも知んないスけどね。
 相当嫌われてるみてえだし」

「アイツなら言いそうだからな、ったく……。
 俺も去年、越してきた時色々言われたからな……。
 一々覚えちゃいねーけど」

 色眼鏡でモノを見過ぎている諸岡は、「都会=いかがわしい」とでも思っているのか、何かと陽介に突っ掛かっていたのだ。
 悠希も転入当初は何かと諸岡に絡まれていた様だが、悠希本人はそれを全く気にしていなかった上に、その素行や学業自体に攻撃する為の粗と呼べるモノが無く、突っ掛かって行く度に悠希の鋭く冷静な目で見下ろされてしまう為、もう遂にはそれも下火になった様だ。
 この事もあって、悠希は『あのモロキンを撃退した転校生』と噂もされているらしい。
 本人は全く気が付いていない様だが。

「たとえ、話半分でもムカつくぜ……。
 てめ腐ってもセンコーだろってんだ。
 死んだ相手を悪し様に言うなんざ、人としてどうなんだって話になるっつんだ……」

「あんなヤツ、むかつくだけ損だぜ?
 凝り固まってんだろーよ、モノの見方ってヤツがさ」

 諸岡の話をした所で腹が立つだけだし、日中の活動で疲れたからもう眠ろう、と陽介は横になり、完二もそれに続いた。
 暫しの間沈黙が続き、それに耐え切れなくなった陽介はポツリと訊ねる。

「こ、この際だから……その……。
 しょ、正直に言って欲しいんだけど……」

「はあ……?」

 陽介は少し引き気味な、何とも言えない表情で横にいる完二を見た。

「お、お前って、やっぱ……アッチ系なの?」

「……アッチ?」

 何の話題についてなのか、全く見当が付かなかった完二は怪訝そうな顔をする。

「お、俺……貞操の危機とかになってない? 今……」

「のぁ!?」

 陽介の言葉に、完二は顔を真っ赤にして奇声を発しながら立ち上がった。

「なななな何言ってんじゃ、コラァ!
 そ、そんなんじゃねっつてんだろが!!」

「ちょ、ちょっと待て、なんで豪快にキョドるんだよ!?
 な、尚更ホンモノっぽいじゃんかよ!
 てか、うっせーよ!声落とせって!!
 モロキンか誰かが寄ってくんだろ!」

 キョドりながら大声で叫ぶ完二に、陽介も跳ね上がる様にして起き上がり、ギリギリ小声で完二に叫ぶ。

「んなワケねえだろうが! 
 そんなのぁ、もう済んだ話だ! 
 今はもう、そのっ……な、なんつーか……」

 完二は顔を赤くして言い淀んだ。
 それに陽介はツッコむ。

「口篭んなよこえーよ!!」

「今はもう、女ぐらい平気って事ッスよ!」

「そう言われてもイマイチ信用出来ねーつっか、隣で寝るのはキケンを感じんだよ!
 俺の身にキケンはねーって、証明出来んのかよ!?」

「……しょ、証明だ……?」

 陽介に言われ、完二は困った様に一瞬目を逸らす。

「じゃなきゃ、俺が一晩ビクビクしながら過ごす事になんだろ!」

「ケッ……も、いッスよ」

 陽介の言葉に、完二は舌打ちしながら眦を吊り上げた。
 そして、唐突に宣言する。

「んなら俺、女子のテント行って来ッスよ!!!」

 想定の斜め上を飛び越えていったその宣言に、慌てた様に陽介が完二を止めにかかる。

「……え!? ハァッ!?
 ちょ、そりゃマズいって!
 お前の行動は一々極端なんだよ!! 
 バレたら停学って、自分でさっき言ってたろ! 
 モロキンにまで目ェつけられてんのに!」

「んな事で引き下がんのは男じゃねえ!
 妙な疑い掛けられてんのに、黙ってられっか!
 先輩にも、男の生き様ってヤツ見してやるっスよ!」

 そんなもの見せなくていい、と陽介は止めるが、完二は聞く耳を持たない。

「モロキンがなんぼのモンじゃ!! 
 巽完二なめんなコラアアアアァァッ!!!
 うおおおおおぉぉぉぉぉぉーーっ!!!」

「あ、ちょ、おい!!」

 腕を掴んで引き止める暇も無く、完二は絶叫しながらテントを飛び出していく。

「あー……バカが走ってくよ……。
 もー知んない、俺……」

 その光景に陽介は、もう諦めた様な疲れきった声でそう呟いた。




◇◇◇◇◇




 一方その頃、女子テントでは……。

 眠れない千枝は広いテント内を無意味にウロウロと歩き、同じく眠れない雪子は壁の方を向いて正座をしている。

「鳴上さん、本当に直ぐに寝ちゃったね」

 千枝の視線の先には、すぅすぅ……と安らかに寝息を立てて眠る悠希の姿があった。
 しかし、時折「うっ……」と微かに眉を寄せたりもしている。
 その原因に目を向けて、千枝は溜め息を吐いた。

「ハァ……なんでここだけこんなに広いのに最初から四人だったのか、分かったよ……」

 千枝の視線の先には、まるで地鳴りの様な、そんなトンでもない大音量の最早爆音と言っても良い程の鼾をかいて大の字に眠る大谷さんの姿があった。
 尚、悠希は大谷さんよりも早く眠った為(寝る準備を済ませたかと思った次の瞬間には既に寝息を立てていた)、この鼾による不眠にはならなかった様である。
 しかし全く影響が無い訳でもない様で、その結果時折寝苦しそうな息を吐いたりもしているのだろう。

「眠れないね……」

「ハァ……あーも、寝れないし、やる事もないし……。
 あたしらも鳴上さんみたくソッコーで寝れば良かったのかも……」

「あれだけの早さで寝るのは難しいと思う……」

 何せ、一瞬目を離した隙には既に安らかな寝息を立てていたのだ。
 眠りに就くのが早い質なのだとしても早過ぎる。
 のび太くんクラスの寝付きの良さだ。

「うん、そうだね……。
 そういえばクマくん、今頃なにしてんのかな。
 一日中独りって、考えてみたら寂しいよね。
 そう言えばあいつ、前にさ……」

 ポツポツと千枝が話す合間にも、轟音の様な鼾は絶え間無く響いている。
 それにとうとう耐え切れなくなったのか、我慢できないとばかりに耳を押さえて千枝は叫ぶ。

「ああああ……うああーっ! も、やだぁ!
 無理っ、こんなの無理!! 雪子、逃げようよ!」

「逃げるって……どこへ? 
 こんな時間に山を降りるとかは、ちょっと……」

 雪子はそこまで呟くと、妙に据わった目で大谷さんを見た。
 その目にはハイライトが無い。

「……鼻と口塞いだら、鼾って止まる?」

「ちょっ、やめなさいアンタ!」

 そんな事をすれば、鼾どころか生命活動が止まってしまう。
 大谷さんの人生を物理的に終わらせようとする雪子のその提案を、流石の千枝も全力で止めた。

「あー……もー嫌……」

 千枝が呟くとほぼ同時に、外からガサガサという何かが近付いてくる物音が聞こえた。
 二人は直ぐ様反応し、テントの入り口に顔を向ける。

「だっ、誰!?」

 千枝がそう叫んだ瞬間、テントの入り口が勢い良く開いた。




◇◇◇◇◇




 完二が出て行ってしまった為、陽介は一人テント内に寝転がっていた。
 完二の行く末が気になって、流石に眠気が中々訪れない。
 万が一教師の誰かに見付かって、停学になんてなりでもしたら、完二の暴走を止め切れなかった事もあって、後味が悪過ぎる。
 騒ぎになっている気配は無いから、多分諸岡に捕まったりもしていないだろうけれど……。

「ねえ……起きてる?」

 そんな時、突然外から普段から聞き慣れた千枝の声が、息を潜めた音量で聞こえてきて、思わず勢いよく陽介は起き上がる。

「何してんだよ、こんなとこで! こっち男子だぞ!」

 そして諸岡や他の教師の注目を惹かない様に、小声で言い返す。

「入れて! テントに!」

「バカ言うな!
 モロキンにバレたら即停学なんだぞ! 戻れって!」

「それが無理なんだって!
 帰れないし、あそこじゃ寝れないのー!」

 二人して小声で言い合っていたその時だった。

「腐ったぁミカンはぁー、いねぇーがぁー! 
 淫らな行為をするやつぁーなぁー……」

「……! しょ、しょーがねーな、早く入れよ!」

 諸岡の声が遠くから聞こえ、しかも段々と近付いて来る。
 仕方無いとばかりに陽介は入っても良いと許可を出した。
 すると、千枝だけでなく雪子と……それに悠希も入って来た。
 悠希の目は見ていて恐ろしくなる程据わっている上に、ここに来ても一言も話さない。
 そして、テントに入るなり倒れる様にして横になってしまった。
 何かあったのかと一瞬陽介も焦ったが、その直後に聞こえてきた安らかな寝息に思わず脱力する。

「で、何があったっつーんだよ、一体?」

「その、完二君が……」

 陽介に問われた雪子がそう口火を切ったが、どう説明するべきか迷った様に千枝の方へと一瞬目を向ける。

「気絶して、のびちゃってるから……」

「気絶って、何があった?」

 気絶したとは穏やかでは無い。
 陽介も心配そうに千枝に訊ねる。

「あの、えーっとね。
 あたしらのテント……大谷さんとも一緒になっちゃっててさ……。
 大谷のいびきが凄過ぎてあたしら寝れなかったワケ。
 ……鳴上さんは大谷さんよりも先にソッコーで寝てたから、被害は少なかったみたいだったけど、でも寝苦しくはあったみたいで……」

 すぅすぅと安らかに眠る悠希に、千枝は一瞬目をやった。
 心無しかその顔は引き攣っている。

「あの大谷と、か……。
 まあ、大変だったっつーのは察するぜ。
 で、何でそれと完二が気絶した事と関係あんだよ」

「いや……何でかは知んないけど、完二くんが凄い勢いであたしらのテントにやって来てさ。
 そん時、結構煩かったんだよね。
 で、完二くんが一歩テントに踏み込んだ瞬間に、鳴上さんが跳ね起きて、そのままの勢いで完二くんの顎に物凄くキレイなアッパーカットを決めて、完二くんその一撃で気絶しちゃった……。
 完二くん……あの一撃で身体が完全に浮き上がってたし……」

 その時の事を思い出したのか千枝はブルリと身を震わせ、その言葉の続きを雪子が引き継ぐ。

「のびちゃった完二君の首根っこを鳴上さんが掴んで……、大谷さんの横に投げ棄てたの。
『うるさい』って一言だけ言いながら」

「そん時の鳴上さんの目……、メッチャ恐かった……。
 絶対零度って感じで……。
 ……まあそんな状況で寝れないしさ、起きたらほら……完二くんが騒ぎそうでしょ?
 だから、置いてきちゃった。
 てか、あのままだと鳴上さん、大谷さんの鼾を物理的に止めかねなかったし……。
 半ば仕方無しにここに……」

「…………」

 テントから追い出そうにも、すぅすぅと安らかに眠っている悠希はちょっとやそっとではもう起きないだろう。
 万が一無理に起こしでもしたら、完二の二の舞になって朝まで意識を強制的に刈り取られかねない。
 溜め息を一つ吐いて、陽介は三人を追い出す事は諦めた。

「いいかぁー、“ふらち”と“みだら”は違うんだからなぁ~……」

 その時、諸岡の酔った様な声が近付いて来た。
 三人は慌てて悠希に毛布を被せ、灯りを消して千枝と雪子も毛布に隠れる。

「あー……ここは花村だけかぁー。
 おい、花村、いるなぁー。返事しろぉー。
 それとも寝てるのかぁー」

 諸岡はテントの外から確認を取った。
 その声は確実にアルコールが入っているモノだ。

「うっす! もう寝てます!」

「あー、寝て……ないじゃないかっ!
 いいから、黙って寝てろぉー……!!」

 花村の返答に諸岡は怒鳴って返した。
 しかし確認は済んだという事で、諸岡は欠伸をしながらぼやく。

「いかん、ちょっと飲み過ぎたか……?」

 諸岡はそう言って去っていき、気配が遠ざかっていった。
 もう付近に諸岡の姿が見えない事を、陽介がテントから顔を出して確認して千枝と雪子は毛布をから出て灯りを点ける。

「はあ……一気に年食った気分だぜ……。
 ……んで、お前らはどーすんだ?
 鳴上は……下手に起こしたらヤバいってのは分かったから動かせねーけど……」

 毛布を被って心地良さ気に寝息を立てる悠希に目をやって、陽介は溜め息を吐く。
 それを受けた千枝も、困った様に頭を掻いた。

「向こうのテントにも帰れないし、今は外出れないしなー……」

「朝、人が起き出す前に出てくから、それでいいかな……?
 鳴上さんも、朝は何時も早いみたいだから、多分その頃には起こしても大丈夫だろうし……」

 雪子に頼まれ、仕方無いと陽介は諦める。
 そもそも、悠希を動かせないのだから、もう二人それが増えた所でどうしようもない話だ。

 そんな訳で、四人で夜を過ごした。





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