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第五章 【禍津神の如し】

◆◆◆◆◆






 目の前の存在から感じる、先程まで戦っていた玉壺とは次元が違うとしか言えぬ程の、息すら詰まる様な威圧感。
 伊之助はもとより無一郎ですら身動きが出来なくなっている様であった。
 その柄に添えた手は、本能的な恐怖からなのか震えている様に見える。
 上弦の壱と上弦の参。
 それらの鬼は、柱として己を何よりも鍛え上げてきた無一郎の胆力を持ってしても尚、対峙する事自体に怖気を感じる存在であるのだろう。
 伊之助はと言うと、彼我の実力差を瞬時に感じ取ったのか、震える様にして半ば固まっている。
「勝てない」と、まるで全身がそう叫んでいるかの様であった。

 鬼舞辻無惨の配下に、異空間にある常夜の根城と現実の空間とを自在に繋げる鬼が存在すると言う事を上弦の弍との戦いの中で知ったその時から想定していた【最悪の事態】。
 それは、他の上弦の鬼を、別の鬼との戦いの場に乱入させられる事であった。
 そう言う意味では、既に玉壺は倒し終えた直後ではある為まだマシであると言うべきなのかもしれないけれども。
 しかし、上弦の壱と上弦の参……「黒死牟」と、確か「猗窩座」とか言う名であるらしいその二体とこうして会敵する事になったのは正直状況としては限り無く最悪だ。
 そして何よりも、この場には《《上弦の弍が居ない》》。
 上弦の陸は既に討った。上弦の伍もつい先程討った。上弦の肆である半天狗は炭治郎たちが戦っている最中である。
 鬼舞辻無惨が新たに投入し得るのは、上弦の壱から参と、そして居るのかどうかは知らないが居ると仮定して新たな上弦の陸だろう。
 ただ単純に、今夜この場に新たに送り込まれた鬼が、上弦の壱と参だけであるならまだ良い。
 だが、更に悪い状況も当然考えねばならない。

 例えば、今まさにこの瞬間に炭治郎たちが半天狗と戦っているその場に、あの鬼が送り込まれたとしたら。
 或いは、里を脱出して避難しようとしている人々のもとに現れたら。
 それらを考えるだけで、目眩がしそうである。
 炭治郎たちの実力を考えれば、下弦の鬼ならばそう問題にはならないし、万が一新たな上弦の陸が居たとしても下弦の鬼から成ったばかりであるなら余程の搦手に特化した血鬼術でも無い限りはきっと乗り越えられる筈だ。少なくとも、以前無限列車で対峙した下弦の壱程度なら今の炭治郎たちには敵では無い。
 しかし、あの鬼は……上弦の弍は、駄目だ。
 自分が対峙したその時よりも確実に強くなっていると言う事もそうではあるが、例え何かの奇跡が起きてあの時から大して強さが変わっていないのだとしても、あの初見殺しでありその対処法を知っていたとしても対処しきれる訳では無い血鬼術は余りにも凶悪過ぎる。
 鬼と血鬼術を燃やせる禰豆子がその場に居るのだとしても、それで勝てる訳でも無い。

 こんな不安になるなら、いっそこの場に三体纏めて送り込まれる方がまだマシだったのかもしれない。
 それはそれで、上弦の鬼上位三体から如何に伊之助と無一郎を守り抜くのかと言う問題にはなるのだけれども。

 しかし、りせの様に離れた場所の状況をサーチ出来る様な力なんて自分には無いし、況してやそこと連絡を取る手段も無い。
 鎹鴉たちが上空を盛んに飛び回っているのは見えるが、上弦の鬼たちの攻撃を警戒してか此方には近付けないようなので、今他の場所の状況がどうなっているのかを知る術が全く無い。
 その為、望む情報を引き出せるのかどうかはともかくとして、一応の会話を試みる。

「上弦の壱と参を送り込んでくるとは、鬼舞辻無惨も随分と俺の事を熱心に捕まえようとしている様だな。
 しかし、上弦の弍は寄越さなかったのか? 
 止めを刺し損ねたんだ。恐らくまだ生きているんだろう?」

「……あの者は……此処には居ない」

「アイツの話は止めろ。
 万が一湧いて出て来たら不愉快だ」

 何故か、かなり露骨に嫌そうな……と言うかもう触れたくも無いとでも言いた気な顔をして、黒死牟と猗窩座はそう言う。
 此処には居ないと言うのが、そもそもこの里に来てないと捉えても良いのかどうかは分からないけれども。
 その口振りからすると、上弦の弍……童磨は相当に嫌われている様だ。

「何だあいつ、鬼の中でも嫌われているのか……」

 まあ、鬼だからなのか生来だからなのかは分からないが価値観が狂ってる上に感情も極めて乏しい相手だ。
 鬼と一口に言ってもその価値観は各々違うし、別に感情が無いと言う訳でも無い。童磨は、そんな鬼たちからしても「無い」と判断される存在なのかもしれない。
 しかしそう言うと、絶妙に微妙な沈黙がその場に落ちた。
 何と無く、「哀れみ」を黒死牟と猗窩座から向けられている様な気がするのだが、何故? 
 何であれ、この二体の鬼をどうにかしなくてはならない事には変わりがないのだけれども。

 今この瞬間も、確実に鬼舞辻無惨は鬼たちの目を通してこの光景を見ている。
 どの程度まで手札を晒すべきなのかは、慎重に考えた方が良いだろう。
 対策され得るものであるのかどうかは別として、「未知」であると言う事はそれだけでも相手に対して有利だ。
 既に妓夫太郎や玉壺の目を通して知り得る分に関しては知っているとしても、まだその目の前で使っていない力は沢山ある。
 その内の幾つかは、童磨の頸をしのぶさんの手で斬らせる為に使える手札である為に、それは伏せておくのが無難であろう。

 更に……と言うか一番に考えなくてはならない事ではあるが。鬼舞辻無惨が比類無く臆病で、僅かにでも不利を悟れば直ぐに爆殺してでも逃走する事を考えると、《《それを選択させない程度》》にやらなければならないのだろう。
 もし、何が何でも絶対に勝てない、絶対に負けると確信されてしまった場合。鬼舞辻無惨は、あの常夜の根城に半永久的に引き篭る可能性がある。
 そうなった場合、もうどうする事も出来ない。
 現実の世界の何処かにあの領域に繋がる道があれば良いのだけれど、現状自分たちが知り得るあの領域に出入りする方法は、あの根城を維持する鬼に直接招かれる事だけである。
 新たに出入りする方法を探すのは、それこそ砂漠の中に落とした砂金を手で掬って探し求める様なものだ。ほぼ無理と言っても良い。
 引き篭る先を根刮ぎ吹き飛ばしてしまえば話は早いのかもしれないが、かと言ってあの領域に乗り込むのも難しいし、そうやって乗り込んで全部破壊した場合は自分も心中する事になる。外から壊す場合はその崩壊に巻き込まれる事は無いが、あの領域を作り出しているのだろう鬼を倒せたのかどうかに確信を持てないと言う問題がある。
 何にせよ、鬼舞辻無惨の神出鬼没のカラクリの一つであるあの領域をどうにかするのは、目下の所最優先事項だ。
 正直、上弦の壱と参を此処で倒す事よりも、あれを壊せるなら壊してしまった方が確実に良い。
 例え鬼そのものを倒せないのだとしても、あの領域を破壊すれば確実に鬼舞辻無惨にダメージを与えられる。
 また、あれ程の空間を幾ら何でもありの血鬼術と言えども一朝一夕に再建するのは無理だろうから、破壊すればその分《《時間》》を稼げる。

 《《時間》》……。そう、今鬼殺隊や自分たちに必要なのは間違い無くそれだ。
 自分の存在の所為なのか、或いはまた別の要因なのか。
 鬼舞辻無惨はかつて無い程にその攻勢を強めている。
 そもそも、上弦の鬼が次々に姿を見せている事も異例の事態である。
 その上弦の鬼も、既に伍と陸が欠けた。
 様々な物事が、一気に動いていると言っても過言では無いのだろう。
 お館様は自分を「停滞していた状況に投じられた大きな石」だと評し、珠世さんは「大きな流れの一つ」だと言った。
 停滞していた歯車を大きく動かす切っ掛けの一つは、恐らくは炭治郎と禰豆子の存在だとは思うけれど。
 しかし、動き出したそれを加速させたのは自分なのだろうとは思う。
 状況が動いた事には勿論良い面が沢山ある。
 しかし、それが余りにも急に起きた事による問題もまた発生している。
 単純に、準備が足りていないのだ。
『赫刀』や『透き通る世界』の事を周知する事はまだ出来ていないし、珠世さんや縁壱さんから伝えられた様々な鬼舞辻無惨に関する情報の共有も出来ていない。
 この状況で、いきなり最終決戦とばかりに総力戦になってしまえば、間違い無く膨大な被害が出てしまう。
 それでも鬼舞辻無惨を討てるなら良しとしてしまう人たちばかりなのだろうけれど、ちゃんと備えておけば死ななくても良かった人たちの屍を積み上げて得る勝利なんて、自分は絶対に嫌だ。
 だからこそ時間が欲しかった。
 少しでも対策し、少しでも鍛えて、少しでも皆が死ななくても良い様に。
 そして何よりも、禰豆子を人に戻す為の薬の完成を待ってから、鬼舞辻無惨と戦いたい。
 禰豆子はその『呪い』とやらの影響からは外れているらしいのだが、鬼は基本的に全て、己を生み出した鬼舞辻無惨の支配下に置かれている。
 もし鬼舞辻無惨を討った事で、それと繋がっている鬼たちに何か影響が出たとしたら? 
 いや、普通の鬼が死滅したりしてもそれは良い結果だと言えるけれど、万が一にも禰豆子や珠世さんに何か悪影響があれば悔やんでも悔やみきれない。
 まあ、そんな諸々の理由もあって、ちょっとでも《《確実に鬼舞辻無惨が襲って来ない時間》》が欲しいのだ。
 かと言って鬼舞辻無惨を引き籠らせる訳にもいかない、と言うのがまた難点であるのだが。

 そしてまだ問題点は幾つもある。
 あの拠点とも言える領域を破壊して、更には、引き篭る事を阻止したとしても、そもそも今の状況でも中々鬼舞辻無惨を探し出せないのだ。
 鬼舞辻無惨の匂いを覚えたと言う炭治郎が居れば、近くに居るなら確実に見付けられるだろうけれど。
 それでも炭治郎一人で東京をローラー作戦とばかりに虱潰しに探すのは無理がある。そして東京に居る保証すらない。
 それに、炭治郎が目撃した時には人に紛れて生活していたとの事なので、そうやって見付け出した場合は市街地での戦闘になってしまうだろう。それは不味い。
 此方側から攻め込む、と言うのがほぼ難しい相手だ。
 どうにかして、鬼舞辻無惨側から仕掛けてくる《《動機》》も必要である。その上で、可能な限り時間を稼がなければならない。
 本当に、鬼舞辻無惨はその対策を考えれば考える程厄介極まりない存在だと言えた。特に逃走の為に爆散する事とか、もう厄介さの極みだとも言える。
 何だかもう、とにかく嫌われる要素を詰め込みました! とばかりの嫌らしさだ。当人としては何処までも「生きること」に貪欲なのであろうけれども。

 一応、鬼舞辻無惨が食い付きそうな餌には心当たりがある。
 日光を克服した鬼とやらは知らないし、自分はその体質があるだなんてブラフをぶちかます事も難しいが。
 しかし、鬼舞辻無惨が求めるもう一つ。
「青い彼岸花」とやらは、多少なりとも手掛かりを掴んでいる。
 まだその実在を確認した訳でも、所在を確認した訳でも、ましてや実物を確保している訳でも無いけれど。
 そもそも鬼舞辻無惨は、自身がそれを探し求めている事を鬼以外が知っているとは微塵も考えていないだろうから。
 自分がその手掛かりを知っているとでも言えば慌てふためくのでは無いだろうか。
 千年かけても見付からなかった物の手掛かりをぶら下げられれば、幾ら臆病な鬼舞辻無惨でも食いつく可能性は高い。

 ……とまあ色々と考えてしまうし考えなくてはならないが、今は目の前の敵をどうにかする事の方が最優先事項ではある。
 数瞬の熟慮を中断して、十握剣を構えた。

 一体でも中々厳しかったが、二体も同時に相手するとなると、二人を何処まで守り切れるのかと言う部分に不安がある。
 無一郎はまだ大丈夫かもしれないが、確実に伊之助にはこの二体との戦いは荷が重い。
 かと言って、逃走出来る性格では無いし、それをこの鬼たちが見逃すとも思えない。

 前回相対した時の黒死牟の攻撃を思い返し、それを二人が何処まで耐え切れるのかを考える。
 恐らく、避けるだけなら伊之助も数分は持つ。
 無一郎ならもっと持つだろう。
 だが、此処には猗窩座も居る。前回の様にはいかない。
 煉獄さんから聞いた猗窩座との戦いの話を反芻する様に思い返す。
 徒手格闘を極めたその戦い方、何故か動きを先読みされているかの様に正確に反応してくるその妙技、超至近距離からやや中距離までをカバーするその攻撃範囲。そして、息も吐かせぬ連技の数々。そして煉獄さんを相手にしてすら余裕綽々だったと言うその底知れなさ。
 煉獄さんが戦ったその時から鬼舞辻無惨の血によって更に数段強くなっているだろう事を考えると、今こうして目の前に相対していてもその底を窺い知る事は難しい。
 一人で相対するとしても厄介な事この上ない相手であると言うのに。そこに黒死牟まで加わるのだ。
 鬼舞辻無惨が如何に本気で此方を仕留めようとしているのかが伝わってくる。

 ── ボディーバリアー

 念の為の保険を掛けてから、イザナギを再び呼び出す。
 イザナギだけでも二回目、ユルングを含めれば三回目の召喚だ。
 無一郎との絆が満たされた影響で多少回復はしているが、召喚の負担は小さくはない。
 しかし、この鬼たちを相手取るならば出し惜しみは出来ない。

「おお! 何だこれは!! 
 全く底が見えん! 素晴らしい!!」

「また……面妖なものを……。
 あの龍だけでは……無かったのだな……」

 歓喜する様に背筋を震わせながらそう言った猗窩座と、そして前回にセイリュウを見た事があった為に動揺は少ない黒死牟と。
 その反応はかなり違うが、イザナギを前にしたその反応は、明らかな強敵を前にした者のそれであった。

「悪いが、お前たちに長く構っている暇は無いんだ。
 押し通させて貰うぞ!」

 とにかく一番に考えなくてはならないのは、二人を守る事。そして少しでもこの場から……鋼鐵塚さんたちの近くからこの二体の鬼を押し出して引き離す事だ。
 ここだと、『メギドラオン』などは破壊の範囲が広過ぎて鋼鐵塚さんたちまで巻き込んでしまう。

「ほう……その威勢、虚勢かどうか確かめてやろう」

「来い、『化け物』! 存分に殺し合おう!!」


 ── 術式展開 破壊殺・羅針! 
 ── 破壊殺・乱式!! 
 ── 月の呼吸 伍ノ型 月魄災渦! 

 猗窩座が地を踏み締めて何かを展開したかと思うと、凄まじい殴打の連撃を繰り出して。
 黒死牟はと言うと刀を振ってもいないのに、凄まじい広範囲に恐らくは完全に血鬼術によるものなのであろう斬撃を発生させる。

 ── 刹那五月雨撃! 

 それらを全て迎撃する様に、イザナギがその刃を振るい。同時に、自分も一気に飛び込むようにして猗窩座の首を狙う。
 しかし、その一撃はまるで先読みされているかの様に回避されて。

 ── 破壊殺・脚式 冠先割! 

 身を深く沈めた猗窩座の強烈な下段からの蹴り上げを食らいかける。
 どうにかそれは回避したが、僅かに掠るだけでも衝撃が凄い。
 もし物理無効の状態でなければ、脳震盪などを起こしていたかもしれない。
 無一郎も伊之助も、ただ見ているだけでは居られないとばかりに己の刀を握り締めるが。

 ── 月の呼吸 漆ノ型 厄鏡・月映え
 ── 月の呼吸 参ノ型 厭忌月
 ── 月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月
 ── 月の呼吸 陸ノ型 常夜孤月・無間
 ── 月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・蘿月

 最初から既に本気だとでも示すかの様に、その刀の長さを大太刀以上に伸ばし更にその刀の枝分かれを三から七にまで増やしていた黒死牟の、常軌を逸した連撃を前にして、二人に出来る事は殆ど無い。
 黒死牟の正確無比な斬撃の嵐の中に、反撃に転じる為の隙など何処にも無くて。とにかく回避して、イザナギが弾き損ねた僅かな攻撃を喰らわない様にする事だけでも精一杯な様であった。
 黒死牟はその近くで戦う猗窩座を巻き込む事を一切躊躇せずに、此方に息も吐かせぬ勢いで恐ろしい範囲を根刮ぎ薙ぎ払い続ける。
 上から横から斜めから下から。
 有りとあらゆる方向から飛び交って来る斬撃や血鬼術による無数の刃が撒き散らされ、しかもその血鬼術の刃は一度砕いても更に細かい刃に変化して無数に周囲を切り裂いていく。
 黒死牟の攻撃によって瞬く間に、周囲は更地と化した。
 森の木々も地面も岩なども、何もかもを巻き込んで切り刻んで吹き飛ばす。
 そしてそんな斬撃の嵐の中を、猗窩座は構う事無く接近してはその拳を振るい続ける。
 猗窩座にその斬撃が全く効いていないと言う訳では無い。
 ただ、細かく散った刃による斬撃など猗窩座にとっては刻まれた瞬間には跡形も無く治る程度のものでしか無いし、当たるとちょっと不味い強烈な斬撃は、こちらの動きを先読みするのと同じ感じで回避する。まあ、当たった所でやはり直ぐに治るのだが。
 中距離以上は黒死牟に任せるとでも判断したのか、猗窩座は常に近距離を維持しながら流れる様に凄まじい連撃を矢継ぎ早に繰り出してくる。

 ── 破壊殺・脚式 流閃群光
 ── 破壊殺・鬼芯八重芯
 ── 破壊殺・脚式 飛遊星千輪
 ── 破壊殺・終式 青銀乱残光

 強烈な足技と殴打の嵐が乱れ舞う様に飛び交い、一撃掠るだけでも身体を抉り消し飛ばしかねないその攻撃が二人に届かない様に防ぐだけでかなり意識を持っていかれる。
 黒死牟の斬撃の嵐に対してはイザナギが対応し、時にその身体を以てして壁になっているけれども。
 だが、そうやってイザナギを戦わせ続ける事に何れ限界が来るのは分かっている。
 その前に、どうにかしてこの二体を消し飛ばすなり或いは撤退させるなりしなければならない。
 しかも、単に撤退させるだけだと不意打ちでまた再戦する事にもなりかねないし最悪炭治郎たちの方に行かれても大問題なので、可能ならばあの空間転移にも使える異空間もどうにかしなければならないだろう。
 まあ、上弦の弍が回収された事を思えば、あの時の様にこの二体を追い詰めれば、また回収する為にあの領域への扉を開いてくれそうな気はするのだけれども。
 そうするならば尚の事、この二体をどうにかして追い詰めなければならない。
 現状、かなり追い詰められているのは此方だけれども。

「素晴らしい! これを受け切るか! 
 お前のそれは、剣の道に生きる者でも武を極める者のそれとも違う《《何か》》! 
 お前のその強さの根源は何だ!? 俺にその全てを見せてくれ! 
『化け物』。いや、その名は何だ!? 
 俺はお前の名を知りたい、覚えておきたい!!」

 猗窩座は話す事が好きなのか、やたら積極的に話しかけて来る。
 名乗る名前など持ち合わせていないと切って捨てても良いのだろうけれど、『化け物』と連呼されるのも普通に嫌だった。

「俺は鳴上悠だ」

「悠! 覚えたぞ。
 なあ悠、お前も鬼にならないか? 
 鬼になれば何時までも戦い続けられる、何処までも強くなれる!!」

 謎の勧誘が流行っているのだろうか? 
 いや、確か煉獄さんも以前無限列車で戦った際には鬼になれと勧誘されたらしいので、鬼への勧誘は猗窩座の趣味なのかもしれないが。

「以前にもそこの黒死牟にも似た様な事を言われたが……俺は鬼になどならない。
 俺は別に誰よりも強くなりたい訳じゃないんだ。
 大切な人たちを守れたら、大切な人たちの力になれるなら、それだけで良い。
 それに、俺の求めている強さや力は鬼になったとしても絶対に手に入らない。
 不老も、強靭な再生能力も、俺には必要無い。
 鬼としての生が齎す永遠の命なんて、俺にとっては、永遠に生きる事も死ぬ事も無いままに虚ろの森を蠢き続ける事と変わらない。
 そんなの、俺は嫌だ。
 俺は、大事な人たちと一緒に、『人間』として同じ時を生きて歳を重ねていきたいんだ」

 何をどう言われようと脅されようと、やはり自分から鬼になる事を選ぶ事は無い。
 禰豆子を見て、珠世さんを見て、数多の鬼たちを見て。
 鬼に様々なものを奪われた鬼殺隊の人たちの嘆きと怒りと憎悪を見て。
 それで尚その道を選ぶ程に、腐った人間性と性根は持ち合わせていないのだ。

 しかし猗窩座の勧誘にそう返すと、その言葉の何かが猗窩座の心の「何か」に触れたのか。猗窩座は僅かにその顔に苛立ちの様なものを浮かばせる。
 以前戦った際の黒死牟もそうだったが、鬼となったからと言って完全に「心」を喪う訳では無いのだろう。
 かつて人であった時のそれと比べると、歪み捻れて原型を喪う程に穢れ壊れているのだとしても。
 しかし単純な快・不快以外にも、譲れない何かしらが残っている事はある様だし、それに触れられる事には怒りや苛立ちを感じる様だ。
 それがかつて人であった時の名残故であるのか、或いは鬼となった後に新たに獲得した感情なのかは知らないが。何にせよ、「心」が在るのであれば、有効であろう力は幾つかある。
 とは言え今召喚出来るペルソナの中ではそう言った力に特化した上に、この激闘を耐え切れるペルソナは居ないのだけれども。
 自身を介して使う力だと出力が足りずに効果がちゃんと出ない可能性もある。
「心」が欠損したか或いは限り無く希薄な様にしか見えなかった童磨に効くのかは分からないが、鬼舞辻無惨にも有効かもしれないそれらの力の事はしっかりと念頭に入れておこう。
 一つでも切れる手札は多い方が良い。

「理解出来ないな。何故『人間』のままで居たがる? 
 俺には解るぞ。お前、《《まだ本気を出していない》》な? 
 あの童磨を屠りかけた一撃を何故放たない? 
 いや、出せないのだろう。そこの弱者共を庇う為に。
 何故弱者を構う。弱者など見るだけでも虫唾が走る。弱者に存在する価値など無い。
 そんな価値も無い下らないものに拘泥して、その力を発揮出来ないなんて、苦しいだけだろう」

 容赦無い連撃を放ち、既に黒死牟の攻撃によって更地と化している地面を叩き割りその勢いで舞い上がった土砂の雨を降らせながら猗窩座は迫る。
 二体の鬼との戦いのその場は、まさに災害の真っ只中に放り込まれているも同然の様相を呈していた。
 味方である筈の己すら切り刻む黒死牟の斬撃の嵐の中でそれにすら構わず襲い掛かるその姿は、まさに修羅とでも言うべきそれだ。
 一撃放つ毎に益々苛烈さを増していくその攻撃は、ペルソナの力無しではもう一撃で削り殺されかねない程のものだ。
 …………そんな攻撃を平然と受け止め捌き、それどころか直撃した所で掠り傷一つ負う事の無いその力は、やはり異質を通り越して『異常』なのだろう。
 今この場を乗り越える為にはその力が必要なのではあるけれども。
 常軌を逸した力が、常軌を逸した状況を更に呼び込んで事態を悪化させているのではないかとも考えてしまう。
 上弦の鬼たちが、鬼舞辻無惨によって更なる力を得てしまった様に。
 果たしてそれは……。

「……お前の言う『弱者』とは何だ? 
『強者』とは、何だ? 
 何を以てそれを決める? お前に何の権利があってそれを判断するんだ。
 人は皆、弱くもあり強くもある。
 誰もが完全無欠の存在にはなれない。だが、何の価値も無い者も居ない。
 例え生まれ落ちて一呼吸の間に命を喪う様な儚い存在だったとしても、この世に生まれ落ちたその瞬間に、どんなに小さくても『生きた意味』はあるんだ。
 一度でも間違えたら『弱者』なのか? 
 一度でも逃げたら『弱者』なのか? 
 誰かに守られる存在は皆『弱者』なのか? 
 お前がどう思っているのか、何故そこまで『弱さ』を唾棄するのかは知らない。
 だが、俺は……例えどんなに心も身体も弱く脆い存在だとしても、それだけで価値が無いなんて断じる様な事はしたくない」

 弱さも強さも、所詮一側面を切り取って見ているだけだ。
 勿論、世の中には許すべきでは無い『弱さ』も存在する。
 変えていかなくてはならないものもある。
 だが、どんな形であれ「弱さ」の全てに価値が無い、それを抱える者の存在を許さないなどと言うのであれば。
 この世に在る全ての人に……命に、その存在の意味が無いと言う事になる。
 自分も、そしてそんな言葉を全てに吐き捨てる猗窩座自身も含めて。
 生まれたその時から完全無欠の存在なんて、それこそ神話の中の「神様」くらいだし、その「神様」だって弱さが一つも無いなんて事は無い。善も悪も内包する「人間」と言う存在が想像する存在である以上は、完全無謬の機械仕掛けの絶対存在にはならないからだ。

『弱者』と言う言葉に、己の大切な人たちを想う。
 陽介も、千枝も、雪子も、完二も、りせも、クマも、直斗も。何よりも大切な仲間たちは皆「弱さ」を抱えていた。己の心の『影』を一度は拒絶した。
 それでも、それだけでは決して終わらなかった。逃げ続ける事は決してしなかった。
 どうにもならない現実を前に苦しんだとしても、足掻いて立ち向かってそして己を変えて乗り越えて行った。
 その姿を見ても、目の前の鬼は『弱者』だと彼らを謗るのだろうか。
 仲間たちだけでは無い。八十稲羽で出逢った誰もが、「弱さ」を抱えていた。
 そして、彼らはペルソナの力など持たない普通の人々だ。
 もしこの鬼の様な存在に遭遇すれば命を落とすしか無い様な、鬼にとっては『弱者』であろう人たち。
 それでも、己の弱さや迷いに向き合ってそれを乗り越えて行った彼らは、何よりも強い人たちだと、自分はそう思っている。
 それから、足立さんの事を想う。
 あの人は、本当に色々道を間違えてしまったし、間違えた後で更に間違えて、そして自暴自棄のまま虚無感と共に世界の滅びを望むまでになってしまった。アメノサギリの影響を受けていた事を思うと何処から何処までが足立さん自身の「本心」であったのかは分からないけれども。
 しかし、最後に現実のルールに従って償う事を受け入れたあの人は、手紙と言う形で自分の心が少しだけ変わった事を教えてくれた。
 足立さんは、強い人ではなかった。ペルソナともシャドウともつかぬ存在を操るその力は間違い無く強いけれど、その心は「強い」訳ではなかっただろう。でも、それでも足立さんは最後には変わった。少しでも考え直してくれた。なら、その心が本当にどうしようも無い程に弱い訳でも無かったのだと自分は思う。

 そして、この世界で出逢った様々な人を想う。
 炭治郎の事を、禰豆子の事を、善逸の事を、伊之助の事を、玄弥の事を、しのぶさんの事を、カナヲの事を、煉獄さんの事を、宇髄さんの事を、甘露寺さんの事を、無一郎の事を、悲鳴嶼さんの事を、お館様の事を、珠世さんたちの事を、蝶屋敷の皆の事を、鬼殺隊の人たちの事を。
 弱い部分や心の欠落や傷を抱えても、それでも尚必死に前を向いて抗い戦おうとする人たちのその姿を想う。
 誰も完全無欠では無い。
 鬼殺隊の中で間違い無く一番強い悲鳴嶼さんだって、その心にはとても深い哀しみの傷がある。
 何にも負けない強さを持つ人も居ない。何があっても絶対に間違えない人も居ない。
 それはそうだ、人間は皆そうなのだ。
 人は『神様』では無いのだから。
 何時も何時でも強く在り続ける事は誰にも出来ない。
 弱い時も強い時も、逃げてしまう時も立ち向かう時も、目を逸らす時も向き合う時も。相反するそれらが常に背中合わせに存在して、その時その時に周りに流されたり或いは己の意思で選び取って進むのが人と言う存在だ。
 そして、無謬の存在では無いからこそ、どうしても自分独りでは完結出来ないからこそ、人は独りでは生きられない。
 誰だって、誰かに助けられている、誰かに守られている。それを知っているか知らないかの違いはあったとしても。生まれ落ちたその瞬間から、誰も独りでは生きられない。
 そう、自分だって、本当に沢山の人達に守られて支えられて此処に居る。
 ……それを『弱者』だとこの鬼は謗るのだろうか? 

 なら、鬼と言う存在は本当に哀れなのだろう。
 鬼だって本当は人間と大して変わらない筈なのだ。
 決して完全では無く、寧ろ欠け落ちたものの方が多い。
 ただそれを忘れているか見ないフリをしているだけかでしか無い。

 猗窩座は、その言葉には答えなかった。
 ただ、握った拳に更に力が入り、その殴打がより鋭くなったのを見るに、何か気に障ったのだろうとは思う。

 ……猗窩座の攻撃はどれも鋭く速く力強い。
 鬼となったからと言って、ただそれだけでは此処まで強くなる訳では無いだろう。
 長い年月の中で己の拳を鍛え上げていたのだろうと思う。
 ……しかし、どうしてかその拳は空っぽだ。虚しいとでも言った方が良いのかもしれない。
 どうしてそう感じるのかまでは分からないけれど。
 闘いを愉しむ様なその言動とは裏腹に、どうしようも無い「虚無」の様なものを感じる。

「猗窩座。どうしてお前は力を求める、どうしてお前は力を求めたんだ? 
 ……俺の力は、大切な人を守る為の、皆を助ける為の力だ。
 大切な人たちを蝕んだ混迷の霧を晴らし、世界を滅ぼす幾千の呪言を祓って、幾万の真言を信じて世界に示す為の力だ。
 お前は何の為に強さを求め続けているんだ? 
 どうしてお前はそんなに空っぽなんだ?」

 その言葉に、猗窩座は僅かに固まった。
 別に何かの答えを期待した訳でも無いその問い掛けが、猗窩座の何に触れたのかは分からない。
 別にこれと言った理由も無く強さを求める人だって居るだろう。
 ただ強く、と。それ自体が目的の人だって居るだろう。
 しかし、それにしても猗窩座は余りにも空っぽだった。
 童磨の様なそれとはまた別の方向性で、虚無だった。
 だから、気になって思わず問い掛けてしまっただけなのだが。
 だが何であれ、その隙を突かないと言う選択肢は無い。

「伊之助! 無一郎!!」

 黒死牟と猗窩座の激しい連携によってそれを捌く事で精一杯の状態だったが、ほんの僅かに生まれた隙に素早く『マハタルカジャ』と『マハスクカジャ』でその力を底上げして。
 黒死牟が防御の為に振るった技ごと無理矢理吹き飛ばす様に、イザナギがその剣を力一杯振るって。
 そして、猗窩座が黒死牟とイザナギの方に気を取られた一瞬で、全速力で猗窩座に肉薄して十握剣を振るう。
 反撃の為に握ろうとした拳ごと袈裟斬りの要領で叩き斬り、そのまま反撃を潰す様にして『スクカジャ』で強化された超速の十連撃を叩き込む。紫電を纏った斬撃は猗窩座の身を深く切り刻み、そしてトドメとばかりにイザナギが超高圧の電撃を纏った一撃を叩き込みながらその首を飛ばした。
 イザナギが叩き込んだ一撃の衝撃によって、地を強く踏み締めていた猗窩座の胴体ですらも耐え切れず、斬られた首と共に思いっ切り吹き飛ぶ。
 雷神演舞とでも名付けたいイザナギとの連携によって、先ずは猗窩座を一時的に落とした。

 ── 月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満織月

 そして、イザナギによって吹き飛ばされていたものの瞬時に体勢を建て直した黒死牟が反撃の為に放った広大な空間を幾重にも切り刻む様なその斬撃を、弾いて往なすのでは無く思いっ切り身を低くしてイザナギと共に斬撃の隙間に滑り込む様な紫電を纏いながらのスライディングキックを放ってその足を吹き飛ばす。
 足を雷撃に吹き飛ばされれば流石に瞬時に回復するとまではいかないのか、黒死牟はその体勢を崩した。
 そしてそこに、『スクカジャ』で極限まで敏捷性を引き上げて黒死牟の斬撃の隙間を縫う様にして滑り込んで来ていた無一郎と伊之助が追撃を放つ。

 ── 霞の呼吸 肆ノ型 移流斬! 
 ── 獣の呼吸 伍ノ牙 狂い裂き!! 

『タルカジャ』の補助によって『赫刀』へと変化した無一郎のその刃が、黒死牟の頸を狙う。
 しかしそうはさせじと黒死牟は体勢を崩されながらもその異形の刀の柄を強く握り血鬼術とも呼吸の型ともつかぬ、無数の斬撃を発生させた。
 しかし、無一郎の身を切り裂こうとしたそれは伊之助がその双刀を振るって防ぎ、伊之助の身を刻もうとしたものは十握剣を以て弾く。
 イザナギが振るった剣によって黒死牟の両腕が肘の辺りで斬り落とされて、黒死牟は刀を喪う。
 そして、瞬きにも満たぬ間の攻防の末に、無一郎の刃はその頸を捉えた。

 金属の塊を互いに叩き付けた様な、そんな激しい音が響く。
 無一郎の『赫刀』は、確かに黒死牟の頸に僅かに食い込んだ。しかし、そこから先には殆ど進まない様だ。
 ジュウジュウと肉を灼く音がして、本当に少しずつ赫い刃はその首に喰い込んでいっているが、しかしそんな進みでは到底間に合わない。
 無一郎に手を伸ばし、それを助けようとしたその時。

 ゾワリとする程の、恐ろしい気配が黒死牟から一気に爆発しようとするのを感じる。
 シャドウが己の全力を込めた強力な一撃を放とうとしている時の様な、そんな危険な感覚に。
 自分とほぼ同時に反応した伊之助は、思いっ切り後ろに飛び退く様にして《《それ》》を回避しようとする。
 だが、黒死牟の頸を落とさんと全力で集中する余りにそれ以外への注意が欠けていた無一郎は回避する為の行動が間に合わない。
 イザナギがその身体を掴んで庇おうとする。
 そして──


 何の型とも言えない、ただの斬撃としか言えない、そんなただただ強烈で何もかもを寸断し破壊し切り刻むそれが、黒死牟の身体を中心にして爆発する様な勢いで全方位に向けて放たれる。
 無数の斬撃の爆発とも言えるそれに、その場の何もかもが切り刻まれる。
 奥の手なのかどうかは分からないが、どうしても頸を斬る為には接近せざるを得ない剣士を屠るのには間違い無く必殺と呼んでも良い攻撃だった。
 既に周囲は更地になっている為、無数の斬撃は地面を更に深く抉るだけに終わる。
 だが、その範囲内に居れば肉片が残るかどうかも怪しい程の攻撃だ。

 しかし、二人は無事だった。
 念の為に保険として掛けておいた『ボディーバリアー』によって、その身に与えられる筈だった攻撃のダメージの全てを肩代わりしておいたからだ。
 それが無かったら、二人の命は既に無い。
 黒死牟の斬撃は全て物理的な攻撃だったから、自分にもダメージ自体は無い。
 しかし、ダメージを肩代わりすると言うその行為自体への消耗は生半なものでは無かった。
 ギリギリでイザナギの召喚を維持出来てはいるが、それももうこのままだと時間の問題だ。
 そして『ボディーバリアー』の効果時間も運悪く切れてしまう。寧ろあの攻撃の最中も持っただけ良いと言うべきだが。

 黒死牟の姿は、すっかり様変わりしていた。
 その身体中から無数の刀身が生え更にはそれらは己が握っていた刀の様に枝分かれもしている。
 黒死牟にとっては、《《刀を振る》》と言う動作自体本来は必要が無かったものなのか。
 その身体中から生えた刀の一本一本、その枝の一つ一つから無数の斬撃を放てるらしい。
 もう滅茶苦茶だ。

 斬り落とされた腕を再生させつつ、追撃とばかりに更なる斬撃を放とうとしたそれを、イザナギでどうにか抑え込む。
 イザナギの身体が盾になって斬撃が二人に届く事は無いが、イザナギに抑え込まれていると言う状況を打開しようとしてかその肉体は変形しようとしつつあった。
 何かもうよく分からない『化け物』へと変化しようとしつつあるそれを見て、このままだと不味いと言う直感が働く。

「伊之助、無一郎!! 一旦下がれ!!」

 しかし、一時的に吹き飛ばしただけの猗窩座が戻って来てしまった。

 ── 破壊殺・砕式 万葉閃柳!! 

 岩盤が捲れ上がり吹き飛ぶ程の尋常では無いその拳の一撃を、無一郎は咄嗟に伊之助を抱えて庇う様にして避ける。

「ほう……やるな。
 その闘気、既に至高の領域に半ば踏み入れている程に練り上げられている。
 まだ肉体の最盛期には程遠いと言うのにそこまで至っているとは。
 素晴らしい! 俺は感動している。
 悠だけでなく、お前の様な強者とも闘えるとは。
 なあ、お前も鬼に──」

「ならない。それと悠の名前を馴れ馴れしく呼ぶな」

 猗窩座の言葉を一蹴した無一郎に、しかしそれに構わず猗窩座はその技を放ちながら話し掛け続ける。
 猗窩座の攻撃を無一郎と伊之助と共に捌くが、このままだと不味い事になる予感がして仕方が無い。
 恐らく黒死牟をどうにかしなくては不味い状態なのだが、しかし猗窩座の相手は恐らく無一郎と伊之助では無理だ。
 黒死牟をイザナギに任せている状況ではあるのだが、何やら加速度的に不味い事になっている気がする。
 イザナギに押さえ付けられて至近距離で爆発する様な強烈なマハジオダインで焼かれ続けていても、焼け焦げる匂いを漂わせつつも黒死牟のその抵抗は止まない。
 何の予備動作も不要な斬撃が、己を打ち据え続ける雷に抵抗するかの様に周囲を蹂躙していた。
 炭の様になりつつも人間の形を放棄してでも目の前の存在を殺そうとするその肉体は、手の付けようの無い「何か」へと変わりつつある気もする。

 鋼鐵塚さんたちの小屋からはある程度以上に引き離せたのだから、ここはもう『メギドラオン』や『明けの明星』でトドメを狙うべきなのか? 
 しかし、『ボディーバリアー』の負担が抜けきらず、そしてイザナギを召喚し続けている事への負担がかなりキツくなっている今、果たしてこの二体を仕留める事の出来るだけの一撃を放てるのかどうか。
 何よりも、どうにかしてその動きを拘束しなければならないのだが、全身凶器と化した黒死牟を満足に拘束するには氷結させるだけでは無理だろう。
 なら、どうやって……。

 喉を雷に焼かれ言葉を失った様に獣の如く吼える黒死牟と、空っぽのまま修羅の如き拳の驟雨を降らせ続ける猗窩座とを相手にしながら。
 イザナギを維持する事も限界に近付きつつある中で、自分はどうするべきなのかを判断し切れなくなっていた。
 後少しでもここに誰か居てくれれば、と。そう考えてしまう。
 少しでも猗窩座を抑えられる人が後一人居るだけでも、と。


 その時、見覚えのある鎹鴉が夜闇を切り裂く様に飛来して、誰かを導く様に上空で旋回し始めたのが見えた。






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