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第一章  【夢現の間にて】

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 庭先に植えられた様々な花の香りの中に、病院の清掃バイトで嗅ぎ慣れた消毒液の匂いが混じる。
 そんな、『鬼殺隊』にとっての医療施設である「蝶屋敷」が、この度身を寄せる先となった。
「蝶屋敷」の主であり蟲柱であると言う胡蝶しのぶさんが「蝶屋敷」の一画の空き部屋を都合してくれた為、無事に宿無し状態からは解放されたと言っても良い。本当に有難い。
 ここは鬼との戦いの中で傷付いた隊士たちの療養施設であり、しのぶさんは蟲柱として鬼を殺す任に就きつつ此処で医師として治療にあたり、更には鬼殺隊の為に様々な薬や毒を研究しているのだとか。
 ちょっと話に聞くだけでも過労で倒れてしまわないか心配になる程の忙しさだ……。
 ちなみに炭治郎は実はまだ以前の大きな戦いで負った傷が完治には至っては無いらしく、リハビリがてら「蝶屋敷」の近隣で軽めの任務に就いていたのだとか。自分と出逢ったのもそんな任務の中での出来事であったらしい。炭治郎と仲の良い隊士も治療の為に滞在中らしいので、後で紹介してくれるそうだ。楽しみである。
「蝶屋敷」について簡単な説明を受けた後しのぶさんから、この「蝶屋敷」で働く人たちを紹介されて挨拶する事になった。「蝶屋敷」はその規模と重要性に比してその人手はかなり小規模である様で。
『隠』の人達が訪れて力を貸してくれてはいるが、常駐して働いているのは主であるしのぶさんを除くと四人だけなのだそうだ。しのぶさんの「継子」(直弟子の様なものらしい)の栗花落カナヲと言う女の子も「蝶屋敷」の住人だが、彼女は『鬼殺隊』の隊士としての任務が主であり、医療施設としての「蝶屋敷」の運営にはそれ程大きくは関わっていないらしい。
 そんな訳で、「蝶屋敷」を普段主に回しているのは、神崎アオイ・中原すみ・寺内きよ・高田なほ、の四人なのだそうだ。……四人とも、自分よりも年下である事は明らかで、すみ、きよ、なほの三人に至っては菜々子よりも幾つか年上と言った程度の年齢だろう。此処が平成の世なら間違いなくランドセルを背負っている。
 ……そして、彼女たちは全員、親類を鬼に殺されて「蝶屋敷」に引き取られた子達であるそうだ。
 力仕事が必要になる事も多いだろうに、彼女等はそれに音を上げる事も無くよく働いているのだと言う。
 本来なら、家族に囲まれて幸せに笑っているであろう年頃の子達である。
 また一つ、自分の中に鬼舞辻無惨に対する怒りが降り積もった。

「蝶屋敷」の人達との挨拶もそこそこに、しのぶさんに案内されて療養施設の方も見せて貰う。
 日夜鬼と戦う隊士たちに負傷は付き物で、中には厄介な血鬼術を喰らって運び込まれてくる者も居るそうだ。
「蝶屋敷」の病床が空になった事は一度も無い、と。そうしのぶさんは言った。
 しのぶさんの言葉通り、通して貰った病室には多くの傷病者がベッドの上で寝ていた。
 どうやら此処は、血鬼術を受けた事によって特別な治療を要する者達の病室らしい。
 陽の光には弱い鬼たちと同様に、血鬼術もまた多くの場合は日光に晒せば消滅していく。
 ただし、身体の奥深くに作用する様なものや極めて強力なものは陽光に当てるだけでは中々直せず時間を要してしまうのだそうだ。そう言った者達に対して、血鬼術に有効な薬を投与するなどして治療を進めているらしい。
 ちなみに、その薬を開発したのはしのぶさんだそうだ。凄過ぎる。
 多くの人達は治療の結果もう「峠」を越えているそうだが、一人今も苦しみに蝕まれている者が居た。
 ベッドの上で苦しんでいる彼の手を、そっと握る。彼は、肉体を腐らせる血鬼術を受けたそうだ。
 一命は取り留め少しずつ快方には向かっているものの、生きながらにして肉体が腐る苦痛は如何程のものか。
 どうにか彼の苦痛を和らげてやる方法は無いのだろうか、と考えて。
 そして、ふと思い付いたので、しのぶさんに一応の許可を取ってから試してみる。
 彼の手を握ったまま精神を集中させて、ペルソナの力を呼び出した。
 その効力こそ弱くなっていたが、『ディアラマ』にしろ『ディアラハン』にしろ、人を癒すと言う力自体は発揮出来ていたのだ。だから、これもきっと大丈夫だ、と。そう信じて。
『アムリタ』……インド神話に於いて世界の全てを一千年間攪拌した末に生まれ不老不死を与えたと言う神の甘露の名を冠したその力を使う。
 死んでさえいなければその身を蝕む如何なる毒や病魔もその一切を消し去る力は、どうやら血鬼術にも有効であった様で。肉体の腐敗が止まったのか苦痛に歪んでいたその表情は一気に安らかなものとなり、苦痛によってろくに眠れていなかったのだろう彼は昏々と深い眠りに落ちる。その呼吸は安らかに規則正しいもので、恐らくもう大丈夫だろう。療養中に落ちた体力などは訓練で取り戻して貰うしか無いが……。
 ペルソナの力を使った事による気怠さはあるが、この程度なら少し休めばすぐ回復する。
 どうやら、ここでちゃんと力になれる様で、安心した。流石に治療の度に昏倒していては戦力にならない。
 ほっとしてしのぶさんを振り返ると、しのぶさんはずっと浮かべていた微笑みを忘れた様に、驚きを隠せないと言った表情をしていた。

「驚きました……まさかあの状態から一瞬で回復させるとは。
 それが、お館様に言っていた「力」なんですか?」

「ええ、そうです。今のは、身体や心などの異常を治す為の力で。
 少し不安だったんですけど、血鬼術にもちゃんと効いて良かったです。
 全部の血鬼術に有効なのかはまだ分かりませんが、ここでお役に立てる事が分かったので。
 ……えっと、不味かったですかね……」

 こう言う力を見せると最悪鬼の一種扱いされるのでは? と一瞬思いはしたが、しのぶさんは「お館様」と話している場に居たのだし、それに苦しんでいる人を目の前にしてそんな臆病な心配をしている心の余裕は無かった。

「いえいえ、良いんですよ。確かに不思議な力ですが、それをこうした形で使って頂けるのは有難い事なので。
 感謝しこそすれ、それを否定するだなんてとんでもない。
 しかし炭治郎くんからは、鳴上くんは鬼を倒した後で気を喪ってしまったと報告されていたのですが、気が遠くなったりとかはしていませんか?」

「気怠さはあるんですけど、ちょっと休めば消える位ですね。気を喪う程のものじゃないので大丈夫です」

 成る程、と。頷いたしのぶさんは、興味深そうに見詰めてくる。

「どう言った仕組みなのか大変気になりますので、後で採血などをして検査しても大丈夫でしょうか? 
 それと、その力で何処まで癒せるのかを知りたいのですが、ご協力お願い出来ますか?」

 当然だと頷いて、しのぶさんに言われるままに様々な状態の人に癒しの力を使っていって。
 そして、最終的に。命に関わる程の重体だった隊士の傷を癒した直後に突然訪れた限界によって、再び意識を喪って昏倒したのであった。






◆◆◆◆◆





 意識が戻ったそこは、病室の様な部屋のベッドの上で。
 傍には、しのぶさんがホッとした様な表情でこちらを見ていた。
 どうやら、また気を喪ってしまったらしい。

「無理をさせてしまった様で、すみません」

「いえ、良いんです。俺自身、今の俺に出来る限界を知りたかったので。
 それに、隊士の皆さんの傷が少しでも早く癒えるのならそれに越した事はありませんから」

 身を起こすと、疲労感は既に消えていた。
 今は最後に意識があった時間から数刻程経った後の様で、辺りはすっかり日が落ちている様だ。
 そう言えば、と。炭治郎との約束をまだ果たしていない事に気付く。
 後で、炭治郎の居る病室に顔を出しに行こう。

 そんな風に考えていると、ふとしのぶさんが何かを考える様な表情をしている事に気が付いた。
 一体どうしたのかと問うと、しのぶさんは静かに訊ねてくる。

「……鳴上くんの力は凄いものですね。回復に本来なら何週間もかかる筈の傷も、一瞬で癒してしまえる。
 ……どうしてそれ程の力を持っているのかは気になる所ですが……。……いえ、それは今は良いでしょう。それに関しては、鳴上くん自身が話したくなったらで良いので。
 ……ただ、どうしても知りたい事が。鳴上くんは、どうして鬼殺隊に力を貸そうと思ったんですか?」

「どうして、と言われましても。
「お館様」に言った様に、炭治郎を助けたいのと、鬼舞辻無惨が許せないからです。
 それに、鬼殺隊の人達に力を貸せば、少しでも多くの罪も無い人々の幸せが壊れてしまう事を防げますし。
 無惨に望まず鬼にされてしまった名も知らぬ誰かが、人を殺す罪を重ねる前に止めてあげる事が出来ますから」

「お館様」にそう答えたその場にはしのぶさんも居た筈なのだが。
 それとも、それが本心なのかと確かめようとしているのだろうか? 

「……ですがそれは、鳴上くん自身の命を危険に晒したりしてまでの事ですか? 
 ここで傷付いた隊士たちを治療している分には、命の危険は無いでしょうけれど。ですがあなたは、隊士たちの様に鬼と戦う事も望んでいる。……それがどれ程危険な事なのか、分かっていない筈は無いのに。
 身を寄せる先が無い、と。そう言っていましたが。それが理由なのですか? 
 あなたには、大切な人はいないんですか? あなたを想う家族や友人は居ないのですか?」

 しのぶさんにそう訊ねられて、少し返答に困った。

 大切な人は当然居る。家族も、そして大切な仲間も、大切な絆を結んだ人たちも。
 ただ、彼等は此処には居ない。この『夢』の中には居ないのだ。
 この『夢』に居るのは、『夢』を見ている張本人である自分一人だけである。
 行く宛ては、無い。そしてしなければならない「何か」と言うものも無い。
 ある意味では何にも縛られる事無く、真実「自由」な状態であると言えるのだろう。
 だからこそ、この『夢』の中でほぼ最初に出逢ったと言う縁もあるが、自分を助けてくれた上に間違いなく善人である炭治郎の力になりたいし、この世界で夜の闇に紛れながら無数の人々の幸せや営みを踏み躙っても何の痛痒も懐かない鬼舞辻無惨と言う存在を赦したくないと言う心に正直に従っている。
 現実ではあるが、同時に何時かは醒めてしまう邯鄲の夢であるからこそ、迷う事無く戦いたいのだ。
 ……とは言え、もしここが自分にとっても本当の意味で「現実」であったとして……。大切な家族が居て友が居て守りたい日常がある世界ならば。まあその場合であっても、愛しいそれらを傷付け得る鬼舞辻無惨と言う存在を看過する事など出来ず戦っていたとは思うのだが。

「いえ、行く宛てが無いから戦う訳では無いですよ。……こうして、ここに居場所を頂けたのは有難い事ですが。
 ただただ何処までも単純な話で、俺自身がそうしたいから戦うんです。
 ……確かに、鬼と戦う事が命懸けなのは分かります。
 俺は自殺志願者じゃないので、死にたいから戦っている訳では無いですし、死ぬ気がある訳でも無いです。
 でも、俺は鬼舞辻無惨がやっている事を許せない。
 出来れば、その顔面に鬼舞辻無惨が踏み躙って来たものの数だけ拳を叩き込みたいんです。直接、この手で。
 そしてその為には、戦わなければならない。
 ……それに、ここに俺の家族や友人は居ません。だから、心配しなくても良いんですよ、しのぶさん。
 でも、そのお気持ちは嬉しいです。有難うございます」

 覚悟や執念と言った激しい衝動は自分には無い。そこまでの強い妄念を鬼舞辻無惨に懐いている訳でも無い。
 自分は、鬼に……鬼舞辻無惨が引き起こした災厄に何かを奪われた訳では無い。炭治郎とは違うし、「お館様」とも違うし、負傷しても尚今後も剣士として戦う事を諦めていなかった「蝶屋敷」の療養者たちとも違う。そして当然……恐らくは「鬼」と言う存在そのものに対して激しい怒りを懐いているのだろうしのぶさんとも違う。
 それが無いなら戦ってはいけないと言うのなら、自分には鬼舞辻無惨と戦う資格など無いのだろうけれど。
 しかし、その喉元に刃を届ける為の力になる事が自分に出来るのなら、その力が自分にあるのなら。
 それを、少しでも力になりたいと思った相手の為に使う事を、望んではいけないのだろうか? 

「……そうですか。無粋な事を訊いてしまいましたね。
 ……では、最後に一つだけ。
 鳴上くんは、鬼と仲良くする事は出来ると思いますか?」

 唐突なその問いに、少し驚いてしのぶさんの顔をまじまじと見てしまう。
 その優しい笑顔の裏にある感情を、まだ自分は読む事が出来ない。もっとしのぶさんと言う人を知る事が出来れば、そこにある想いが分かるのだろうか。……だが、何時か叶うとしても、それはまだ先の事になるだろう。
 ……しのぶさんの問い掛けに少し考えて、嘘偽りなく自分の思いを答える。

「望んで鬼になり嬉々として人々に害を与えている鬼とは、何があっても仲良くする事は出来ないと思います。
 ……望まずに、或いは騙されて鬼に変えられて……それで罪を犯してしまった鬼とは、……正直まだ分からないです。罪を重ね続ける事を自分を騙して目を塞いででも続けている鬼は、倒す事で止めてあげたいですが、もし。その行いを心から悔いて人を殺す事を己に禁じ、少しでも罪を贖おうとしている鬼が居るのなら、……俺はその鬼を殺す事は出来ません。……多分、人に戻してあげられる方法を一緒に探します。
 そして、炭治郎の妹の禰豆子ちゃんの様に、人を一人として殺す事無く耐えている鬼が居るのなら。俺はその鬼を助ける覚悟があります。
 ……それを、鬼と仲良く出来ると言って良いのかは分かりませんが。これが俺の答えです」

 そう答えると。しのぶさんはそっと目を閉じる。

「……鳴上くんは、鬼を哀れむ事が出来る優しい人なんですね」

 そっと誰かを想う様に呟かれたその言葉に、そっと首を横に振った。

「……どう、なんでしょうね。所詮は、鬼に大切な何かを奪われた訳では無い人間の戯言でしかないのかもしれません。それに、鬼を哀れむ事が出来ない人が優しくない訳では無いと思います。
 奪われたものに、喪われたものに、よりその心を寄り添わせているだけで。知らない誰かの為、踏み躙られた誰かの幸せの為に、心に怒りの火を灯す事が出来る人もまた、優しい人なんだと俺は思いますよ。
 そこには、正解も間違いも、きっとありません」

 その過程がどうであれ、優しさを向ける形がどうであれ。
 何にせよ結果として其処に在るのは、「人を守る為に、それを害する鬼を斬る」と言う意志だ。
 そもそも、『鬼殺隊』なんて組織に籍を置き鬼を狩り続けている人はほぼ全員優しい人だろう。
 奪われて、苦しんで、それの復讐の為に刃を手に取ったのだとしても。己の命を懸け続けてでも、人を襲う鬼を狩っている。自分の命自体を、他の誰かの命とを計る天秤にかけて、誰かの命を取る様な人ばかりだ。
 悲劇を前に蹲るのではなく、戦う事を選んだ人たちだ。
 例えその志を半ばにして倒れていくのだとしても、そこに在った意志の輝きには意味がある。
 そしてそれはきっと、自分では無い誰かの心に何かを遺している。そして、それは何時か何処かで沢山の誰かを救うのかもしれない。……そう信じたいと、心から思う。

 しのぶさんは、暫し何かを想う様に目を細める。
 そして、さっきまでの笑顔とは少し違う表情で微笑んだ。

「……有難う、鳴上くん。そして、ようこそ、蝶屋敷へ。
 これからもよろしくお願いしますね」






◆◆◆◆◆






 任務があるからと、しのぶさんは夜の闇の中へと出かけて行った。その継子であるカナヲも一緒に。
 どうやら二人は同じ任務で動く事が多いそうだ。継子とはそう言うものなのだろうか? 
 眠っている間にどうやら夕飯の時刻になっていた様で、用意して貰っていたそれを食べる。
 まだ湯気の立ち上るそれはとても美味しい。心が温かくなる味だった。
 驚いた事に、それを全て作ったのはアオイだった。「蝶屋敷」では彼女が調理担当であるらしく、療養食から普通の食事まで、全て彼女が作っているらしい。凄い仕事量だ。料理に関してはそこそこの腕前はあると自負しているので、何か手伝える事があるなら今度から手伝いたい。

 腹も満たされた事だしと、炭治郎とその友達の隊士が居ると言う病室へと顔を出す。

「炭治郎、今大丈──」

 大丈夫か? と。そう続けようとした言葉は驚きから途絶える。
 目の前に突然、猪の頭が現れたからだ。猪そのものではなく、その首から下は人間の身体である。
 これは一体何だ!? これも鬼なのか!? 
 驚愕しつつも咄嗟に数歩身を引いて身構える。ここに十握剣は無いのでペルソナと素手で応戦するしか無いが、此処に居る筈の炭治郎を巻き込むわけにはいかない。そうだ、炭治郎。炭治郎は何処だ!? 
 焦って炭治郎の姿を探そうとしたその時だった。

「こら、伊之助! そうやって急に近寄ったら吃驚させるだろう!」

「ああ“!? こいつが気配消して急に来るから悪いんだろうが!!」

 炭治郎の声がして、そして目の前の猪人間(?)がそれに答える。
 もしかして、目の前のこの猪は、人間……なのか? よくよく見れば、猪の目の部分は作り物だし、猪の皮を被っているだけなのかもしれない。……でも、何で?? 
 ちょっと困惑してどうするべきか迷っていると、「伊之助」と呼ばれた猪をそっと脇に押し退ける様にして炭治郎がやって来た。正直物凄くホッとした。

「来て下さったんですね、鳴上さん!」

「しのぶさんと色々していたらまた倒れてしまって。来るのが遅くなってすまない」

「良いんですよそんな事。それより、また倒れたって……大丈夫なんですか?」

 心配そうに見上げて来る炭治郎に心配は要らないと微笑んだ。

「ちょっと加減が分からなくて、また昏倒してしまったらしい。でも、今は元気だから大丈夫だ。
 それで、えっと……。もしかして彼が」

「はい! 俺の仲間の伊之助です。で、あっちに居るのが善逸で、善逸と一緒に居るのが妹の禰豆子です!」

 炭治郎に言われ、病室内を見渡す。病室内のベッドの上に、この時代の日本にしては多分かなり珍しい金髪の少年が居て、彼の近くには小さな女の子が居た。
 女の子は炭治郎に名を呼ばれたからなのか、トコトコと此方に近寄って来る。そして、じっとこちらを見上げてきた。その口元には、恐らく人を襲う事の無い様にとの保険からか竹筒を咥えていて、見上げて来るその目は人の目と言うよりはあの鬼の目に似ている。だがそこに敵意は無くて、それどころか感情自体が何処かぼんやりとしている様に見える目であった。

「そうか、君が禰豆子ちゃんか。こうして逢うのは初めまして。俺は鳴上悠です」

 よろしく、と微笑み掛けると。禰豆子ちゃんは分かっているのか分かっていないのか、ぼんやりとした眼差しで首を傾げる。菜々子と同じ位の見目に見えるが、その反応は菜々子のもの以上にとても幼い。……これが、無理矢理に鬼にされてしまった影響なのだろうか……。
 そんな事を考えていると、賑やかな声が突然鼓膜を突き破る程の勢いで響き渡る。

「ちょっと!!!??? あんた何禰豆子ちゃんに親し気に話しかけてんの!???」

 その後も金髪の少年はギャンギャン騒いでいたのだが、何せ五月蠅過ぎてちょっと耳が痛くなってしまったのであまりよくは聞こえなかった。初対面なのに物凄く喚き立てられて困惑していたが、炭治郎がそれを収めてくれた。その際の、本当に恥ずかしいものを見る時の様な顔に、炭治郎もそんな顔をする事もあるんだなぁ……と思う。
 少し落ち着いた後で改めて自己紹介してくれた所、彼は我妻善逸と言うらしい。
 そして、猪の彼は嘴平伊之助と名乗った後に、己を「山の王」だと主張する。一体何処の山の王なのだろう? 
 大変賑やかな彼等が、炭治郎の仲間であるらしい。
 三人とも、「最終選別」と言う『鬼殺隊』の正式な隊士になる為の試験を同時に受けて合格した、謂わば「同期」であるそうだ。年齢も近く、偶然ある任務で一緒になった縁で仲良くなったらしい。成る程。

「そんな凄い戦いをしていたのか……。三人とも、本当に強いんだな」

 炭治郎が予め多少紹介しておいてくれたのか、二人は直ぐに得体の知れない相手であろうに受け入れてくれて。
 そして、彼等の出逢いやこれまで潜り抜けてきた戦いの話を聞かせてくれた。
 特に、彼等にとって直近の大きな戦いであった那田蜘蛛山での戦闘は、とても手に汗握るもので。
 ここに炭治郎たちが生きているのだからその結末は分かっているのだが、当時の炭治郎たちでは中々敵わない程の恐ろしく強い鬼との戦いには、言葉で聞いてるだけで緊張してしまう。
 自分よりも年下である彼等だが、既に幾つもの死闘を生きて潜り抜けてきた猛者であった。

「そうだろ! 俺は最強だからな! 何だったらお前も子分にしてやっても良いぞ!!」

「いやいや何言ってんのさ伊之助!」

 山育ちだと言う伊之助は元気よくそう言って胸を張る。ガキ大将気質なのかも知れない。
 そんな伊之助に突っ込んでいるのは善逸だ。
 とても賑やかで、彼等を見ていると特捜隊の皆を思い出してほっこりする。

「俺達だけじゃなくて禰豆子も一緒に戦ってくれたから、ここまで来れたんです。
 禰豆子が居なかったら、少なくとも俺はあの山で死んでました」

 そう言いながら炭治郎は禰豆子ちゃんの頭を優しく撫でる。兄としての優しさに溢れたその手に、感情表現の薄い禰豆子ちゃんも嬉しそうに撫でられていて。その光景は、鬼にされその自我を半ば奪われてもそれでも尚残るものは確かにあるのだと、そう大した事情を知らぬ自分にも教えてくれているかの様であった。

「そうか、禰豆子ちゃんは凄いんだな。お兄ちゃんを守るなんて、偉いぞ。よく頑張ったな」

 炭治郎ではない自分がそっとその頭に触れても、禰豆子ちゃんが嫌がる事は無くて。だから一度だけ優しく撫でて静かに手を離す。炭治郎が絶対に守りたい宝物の事を、これでちゃんと認識出来た。
 二人の為に自分に何が出来るかは分からない。
 恐らく、こうして既に鬼になった状態に対してペルソナの癒しの力を使っても、そこに意味は無さそうだと言う事は、頭に触れた時に何と無く分かった。
 鬼にされかけている状態ならまだどうにか出来るかもしれないが、こうして完全にその身体が変わってしまった後だと、少なくとも今の自分が使える力の中にはどうにか出来そうなものは無い。
 つくづく、ペルソナの力は決して万能では無い事を思い知らされる。


「……俺に何が出来るのかは分からないけど、それでも俺は君たちの力になるよ」

 だから、炭治郎の為にも、そして外ならぬ禰豆子ちゃん自身の為にも。
 どうか、人に戻る為の方法が何処かに必ずある様に、と。そう願わずにはいられない。
 そして、その方法を見付ける為に、実現する為に、自分に出来る事があるのなら何だってしよう、と。
 そう約束する様に、炭治郎にも聞こえない程の声で、禰豆子ちゃんにそっと呟く。

 その後は、アオイに怒られてしまうまで、炭治郎たちと楽しく話して夜の時間を過ごすのであった。






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