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本当の“家族”

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【2011/06/12】


 友達の家に遊びに行く菜々子を見送ると、ほぼ菜々子と入れ違いに、天城さんと里中さんがやって来た。
 ……天城さんと里中さんは、妙に大きな買い物袋を下げている。
 何れだけ買い込んで来たのだろう……。

「私、負けないよ!」

「あたしも、絶対勝つから!
 肉パワー全開で、準備も万端!
 何時でも始めれるよ!」

 何やら既に燃え上がっている二人に、少し気圧されながらも頷く。

「ああ、うん……。じゃあ、早速食材を切り始めといて。
 包丁とか、使うだろう道具は予め出してあるけど、何か足りなかったら言ってくれたら出すから」

 一応、自分が作る分に関して言えば、調理は皆が来る前にある程度は済ませてある。
 包丁とかは、二人がメインに使って貰っても大丈夫だ。
 巽くんと花村が来るのはまだ先だから……、二人が来る迄には出せるモノを用意しておきたい。

「鳴上さんは道具使わなくて大丈夫?」

「ああ、カレーももうそこに作ってあるし。
 今は一応弱火に掛けているけど、もう消して貰っても大丈夫だ。
 カレー以外のヤツももう下準備は終わっているから、二人が存分に台所を使ってくれ」

 それを聞いた二人が早速食材を切り始める。
 出来れば、何をどの様に作るのか(と言うよりも何を“材料”にしているのか)を確かめたかったのだが、敵情視察は禁止、という事で台所(と居間)を追い出されてしまった。

 くれぐれも火事は起こさない様に念押ししてから、その場を離れた。
 まあ、別に天ぷらとかの揚げ物をする訳でも無いし、そもそもカレーは大量の油を使ったり大火力を要求する様な料理じゃないから、多分火事の心配は無いのだろうけれども……。




◇◇◇◇◇




 そろそろ花村たちが来る時間だろうと、台所まで降りてくると、二人は蓋をした鍋を前に難しい顔をしている。

「えっと、……他の料理も作りたいから、台所使っても良いかな?」

「あっ、な、鳴上さん……! う、うん、大丈夫だよ」

 何故か天城さんはオーバー気味に頷く。

「そ、そうか……。えっと、カレーは完成した?」

「ま、まあね。うん、多分、きっと、恐らく」

 里中さんが連ねる言葉に最早不安しか沸いてこない……。
 ………………。
 ……死なば諸共だ、覚悟を決めよう。

 恐ろしくて蓋を開ける事すら憚られるその鍋を少し脇に退けて、唐揚げの準備に取り掛かる。
(里中さんと天城さんの作ったシロモノが食べられるものだとしても)二人前少々のカレー(×2)だけでは、食べ盛りの高校生五人の昼食には足りない。
 その為、もう一品二品作り、デザートも既に用意してある。
 肉を愛する里中さんが居る事だし、肉を使う料理にしようとは思い、ある程度は各人で量を調節出来る唐揚げにする事にした。
 これとサラダがあれば、それで足りるだろう。
 カレーを再び過熱して、唐揚げが丁度出来上がった頃合いに、巽くんと花村がほぼ同時にやって来た。

「ちーっス。おっ、良い感じっスね」

「お邪魔しまーす。
 既に良い匂いが漂ってんじゃねーか!
 こりゃ期待出来るな!」

 期待に胸を膨らませる二人の前にもカレーをよそった皿(×2)とサラダの皿を置き、テーブルの真ん中に唐揚げを山盛りにした大皿を置く。
 ……里中さんと天城さんの合作のカレー(?)も、一応カレーらしき色はしている。
 ……臭いは、何だかおかしいが……。
 それをよそったのは、里中さんと天城さんなのだが、二人とも蓋を開けた瞬間に青い顔をしていたのが、どうしようも無い位に不安を掻き立てる……。
 並べられた皿に、花村と巽くんは目を輝かせた。
 ……知らないって事は恐ろしい事である……。
 取り敢えず、勝負という名目になっている為、先ず審査員となる花村と巽くんが、カレーを食べてそれを評価する、という段取りになっている。

「おっ、マジ旨そーじゃん!
 老舗旅館の跡取り娘のカレーに、堂島さん家の食事を一手に担う鳴上のカレー……。
 んで、この瑞々しいサラダに、若者の心を掴む唐揚げの山……!
 完璧だぜ!
 ああ、どっちも旨そうだよなー、どっちからにしようかなー……」

 花村はウキウキとスプーンを手に取って、どちらのカレーから食べようか迷ってる様だ……。
 尚、天城さんと里中さんは冷や汗をかいている。

「じゃ早速、鳴上先輩の方を食べさせて貰います」

 巽くんはまずはこちらが作った分を食べる事にした様だ。
 豪快にカレーとライスを混ぜて、一気に掬って食べる。

「おっ、豪快にいったな。
 で、どうなんよ、鳴上のカレーは?」

「…………ヤベー位に旨いっス」

 花村に訊ねられても、巽くんは喋る時間すら惜しいとでも言いた気にそれだけしか答えず、まるで取り憑かれた様に只管カレーをかっ込んだ。

「鳴上のは相当旨いのか……。
 ん、じゃ俺は天城たちの方から食べようかな」

 そう言って、花村はスプーンをクルクルっと回して、カレーを掬う。
 それを見て、冷や汗をかきながら里中さんが一言添えた。

「あー、愛情は入れたよ、うん」

 寧ろそれはそこしかアピールポイントが存在しないとも言えるのでは無いだろうか……。

「おっ、マジ? 愛情入っちゃってる?
 それベタな台詞だけど、男心にはグッと来るな!
 んじゃ、頂きまーすっ!!」

 そう言って、花村は躊躇なくカレーを口に含んだ。
 そして、次の瞬間には噎せて倒れる。

「は、花村!? だ、大丈夫か!?」

 やはり、あのカレー(?)は人体に有害なモノだったのか!?
 倒れた花村に、慌てて水を飲ませる。
 水を弱々しく飲んだ花村は、震える様にそのまま撃沈した。
 ……一撃だった……。

「ふー……。
 鳴上先輩のカレー、マジ旨かったっス。
 今度作り方教えて下さい。
 ん? どしたんスか、花村先輩……。
 ぶっ倒れてんじゃないっスか……」

 カレーを食べるのに夢中になり過ぎて、先の騒動に気が付かなかった巽くんが、食べ終わってから漸く花村の身に起きた惨劇に気が付く。

「辛い闘いだったんだよ、多分」

 主に味覚的な意味合いで。

「んじゃ、次は里中先輩たちの分っスね」

 そして、止める暇も無く巽くんもカレー(?)に挑み、そして散った。




◇◇◇◇◇




「あんじゃコリャーァァッ!!
 おっめーら、どんな作りかっ……ウッ、ゲホゲホッ!!」

 少しして復活した花村は、跳ね起きるなりそう絶叫したが、まだ口にカレー(?)の味が残っていたのか、苦しそうに噎せる。
 辛そうな花村にお茶を渡すと、それを一気に飲み干した。

「あれはヤベー、マジでヤベー……」

 同じく、復活した巽くんは、虚ろな目でブツブツと呟いている……。
 ……復活、しているんだよな……?


「カレーはフツー、辛いとか甘いとかだろ!
 コレくせーんだよ!! 有り得ねー位にっ!!
 それとジャリジャリしてんだよ!
 ジャリジャリしてる上にドロドロしてて、ブヨブヨん所もあって……!!
 ウッぷ……。
 とにかくっ、要するにっ、色んな気持ちワリーのだらけで飲み込めねーんだよ!」

 そう吼える花村に、天城さんと里中さんは冷や汗をかきながらも一応の言い訳をする。

「な、何か食材が上手く混ざんなくて……」

「ば、バラエティ豊かな食感って事で……」

「なんねーよ!
 ただの気持ちの悪い物体Xでしかねーよっ!!」

『物体X』……それこそがこのカレー(?)の適切な名称だろう……。
 花村や巽くんの反応を見る限り、この物体はカレー(?)と呼ぶ事すら憚られる程の品だった様だ……

「そっ、それはアンタの感想じゃん!
 他の人が食べたら違うかもしんないし!!」

「完二のこの有り様を見てもそう言い張るのか!?」

「ヤベー……」しか繰り返さない巽くんを指差して、花村は里中さんの反論を封殺する。

「……頂きます」

 花村と里中さんが言い合っているのを尻目に、手を合わせてから、敢えて『物体X』をスプーンで掬った。

「ちょっ、鳴上……!?
 この惨劇を見ても、それを食おうとするとか……。
 お前、気は確かか……!?
 止めろよ!?
 遊びや罰ゲームで勧めんのも躊躇うシロモノだぞ、コレ!?」

 必死の形相で花村が腕を掴んできて、『物体X』を食べるのを阻止しようとしてくれる。
 その気持ちはとても有り難い。
 だが、「否」と首を横に振る。

「花村……この惨劇を止められなかった私にも、責はある。
 ……それにだな、お前と巽くんの二人を死地に追いやっておいて、私一人おめおめと逃げる訳には行かない……。
『死なば諸共』と言うじゃないか……。
 ならば、花村と巽くんが受けた苦行……、私も受けるさ……」

「鳴上……! お前ってヤツは……!!」

 花村が感動した様に、身を震わせ腕を離してくれた。
 そんな花村を安心させる様に、全力で微笑む。

「よし、逝くか」

 グッと一口『物体X』を口に含んだ瞬間、意識がぶっ飛んだ。





◇◇◇◇◇





「……二人とも、“何を”・“どういう風に”入れたんだ……?」

 まだ口の中に残る“えぐみ”を、サラダ用に用意してあったドレッシング(醤油ベースの濃厚タイプ)をそのまま口に含む事で打ち消し、鼻の奥に残っている様な気がする悪臭を手近な所にあった臭いの強いもの(トイレ用の芳香剤“レモングラスの香り”)で上書きする様に紛らわせながら、里中さんと天城さんを正座させて問い詰める。
『正直に、全部詳らかに話すんだ』と二人に視線で圧力を掛ける事も忘れない。

「ええっとー……。
 ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、ピーマン、まいたけ、それと……ふきのとう……?
 後……お肉として、豚バラとか牛肉とか……あっ、後ベーコンも入れた」

 里中さんが上げる食材の段階で、既にツッコミ所が満載だ。
 しかし、それだけでは無いだろう。
 それだけなら、あんな……“味”と表現するのも憚られる、料理とか味覚とか……心とか。人に大切な諸々を侵食する冒涜的な何かと言うか、《ムドオン》よりも悍しい闇属性の何かにはならない。

「それに、魚介としてタコとイカとあさりとナマコとフカヒレと……海老も入れたよ、大きいの。
 ……良い出汁出るかと思って……」

 妙にジャリジャリしていたのは、浅蜊の砂抜きを怠ったからだろう。
 口に含んだ時に、異様な程の生臭さを感じたのは、魚介をテキトーにぶちこんだからか……?
 チラリと確認した所、車海老やブラックタイガー等が殻を取ったり何らかの処理を施した形跡も無いままに丸ごと放り込まれていた……。

「……他には?」

 しかし、それだけでは謎の食感の説明が付かない。
 あの食感が、得も言われぬあの味の衝撃と言うか威力を倍増しにさせていたのだ。
 ジッ……っと目に力を入れて二人に続きを促す。

「えっと、とろみを付けようと思って、片栗粉と……小麦粉も入れた。
 強力粉……だっけ、そっちの方。
 男の子いるし、強い方が良いと思って」

 ……意味が分からない。
 片栗粉に小麦粉……?
 しかも強力粉とはグルテンの含有量の多い、パンや麺等に使われる粘性の強い小麦粉だ……。
 チラリとごみ箱を確認した所、片栗粉の袋と、強力粉の袋が空になって捨てられていた……。
 片栗粉は、そんなに大量に使わなくってもトロミが付く。
 片栗粉の袋は比較的小さいモノだが、どう考えなくても入れ過ぎだ。
 ……しかも、そのままぶちこんだのだろう。
 だから、妙にダマになったりしていて、それが場所によって違う最悪な食感を生み出しているのだろう。

「それとね、辛くしないとと思って唐辛子にキムチ、白胡椒と黒胡椒……。
 隠し味に、チョコレートとヨーグルト、コーヒー……は苦手だからコーヒー牛乳も……あ、後莓ジャムにオリーブオイルも入れた……」

 ……何と言うカオス……。
 カレーに辛みを出す為に、唐辛子やキムチも入れない。
 隠し味も、何でもかんでも入れれば良いというモノでも無い。
 それに、コーヒー牛乳は入れない。
 ヨーグルトも、加糖タイプの物(アロエ入り)を、一パック丸々入れたりもしない。
 莓ジャムとか、最早論外だ。

「……一応訊ねるけど、カレールー使った? 市販のヤツ」

 ごみ箱に市販のカレールーの箱が見当たらない事に疑問を感じ、訊ねてみると、二人は揃って首を横に振る。

「えっ、使ってないよ」

「要るの、それ?」

「……初めてカレーを作るんだったら、使った方が良かっただろうね」

 そして、ふぅ、と一つ溜め息を吐く。

「言いたい事は沢山あるけれど、まず最初に聞きたいのは、二人ともカレーの作り方をちゃんと調べた?
 作り方を知らないのに、想像とかだけで勝手に材料を選んで放り込んで煮込んだのだとしたら、それは料理とは到底呼べないシロモノだ……。
 食材に対する冒涜とも言って良い。
 もし、作り方は知っていたのだとしても、それはより一層悪いかもね。
 アレンジを加えるのは、その料理をちゃんと一般的なレシピ通りに作れる様になってからだ。
 世に出回っているレシピって言うのは、今日に至るまでの多くの先人たちが試行錯誤で磨き上げた、『初めて作る人でも美味しく作る為のマニュアル』なんだから。
 それを蔑ろにしたら、美味しいモノは作れない」

 世に聞く“飯マズ”さんのパターンとしては『料理をレシピ通りに作らない』・『料理にアレンジと称して妙なモノを入れる』という物が多いと聞く。
 それがまさに今の二人に当てはまる。

「でもホラ……料理人さんとかって、何も見ずにパッパッパッて作っていくじゃん」

 里中さんが恐る恐る反論するが、それは一睨みで霧散した。

「それは、そこに至るまでの膨大な経験と、センスがあるからだ。
 初めてで右も左も分からないヒヨッコが形だけ真似しても意味が無い。
 それに、だ。
 そもそもの材料の使い方自体が大いに間違ってる。
 野菜の切り方もバラバラで、細かく切り過ぎているのもあれば、サイコロ状に分厚いモノもある……。
 これじゃあ、熱の通り方がバラバラだから、ある部分では固かったり、反対にドロドロになってたりする部分が出来てしまう。
 それも、この危険な食感を形成しているのに一役買ってしまってる。
 軽く炒めもせずに入れたから、野菜から旨味が殆ど逃げてしまっているのもあって、余計に不味く感じるのだろう……。
 それと、だ。
 魚介類も処理がテキトー過ぎる。
 浅蜊はちゃんと砂抜きをした?」

「砂抜きって?」

 キョトンと天城さんは首を傾げる。

「浅蜊は買ってきた状態のままだと、砂を含んだままなんだ。
 だから、塩水に漬けておいて、中の砂を吐かせる。
 そうしないと、砂でジャリジャリするんだ。
 多分、妙にジャリジャリしてたのは、これも原因だと思う。
 更に言えば、海老を何の処理もせず殻も取らずにいきなり入れるのは大間違いだ」

「えっ、でも……前にテレビで見たカレーには、魚とかの頭がそのまま入ってたよ?
 だから、海老も殻ごと入れるんだと思ったんだけど……」

 天城さんの言葉に、深く溜め息を吐いた。

「天城さんが言っているのは、『フィッシュヘッドカレー』というカレーだな……。
 確かにあれは、鯛の1種の魚の頭を香辛料と一緒に煮込んだモノではあるけれど、魚をそのまま入れている訳では無い。
 それに、だ、
 魚介類を全く下茹でせずに放り込んであるから、この『物体X』が異常な位に生臭くなっている。
 あと、小麦粉の強力粉と言うのは、グルテンを多く含む……麺やパンを作る用の小麦粉なんだ。
 間違ってもカレーには突っ込まないし、そもそものその量もおかしい。
 小袋を丸々一袋も入れて、どうするつもりだったんだ……。
 更に言えば、カレーにとろみを付けるのに片栗粉は使わないし、片栗粉自体はほんの少しでとろみを付けられるし、まずそのまま放り込むものでもない。
 そういう風に入れたから、色んな所でダマになったりして妙にブヨブヨしている部分とかが出来てしまったんだ」

「うぅ……」

「ご、ごめんなさい……」

 里中さんと天城さんは、反省した様に頭を下げて謝る。

「……結論を言うと、この『物体X』の原因は。
『作り方を知らなかった事』・『作り方も知らないのに、勝手にアレンジを加えた事』・『材料の選択を間違っていた事』・『材料の処理の仕方やその使い方が間違っていた事』、その他諸々だ。
 ……次に料理をする時は、今回の反省を生かして、『レシピを調べてその通りに作る』・『材料の処理の仕方を正しく理解して実践する』事を厳守出来る?」

「はい、守ります……」

「私も、ちゃんと調べます……」

 二人が確かに頷いた事を確認して、二人に正座を解かせた。

「なら、良し。
 じゃあ、この『物体X』は……使われた材料の事を思うと心苦しいけど、明日の生ゴミに出すとして、他の分を食べようか。
 里中さんも天城さんも、……何もまだ食べていないから、お腹空いているよね?」

 もう作ってしまったものは仕方無い。
 間違っていた部分・改善するべき部分を把握して、充分に二人とも反省したのだから、これ以上のお説教は不要である。
 二人とも頷いて、カレーを前に手を合わせる。
 口の中をお茶で洗浄していた花村と巽くんも、それに続いた。

「ヤッベー……これ旨過ぎんだろ……。
 あの『物体X』との格差が半端ねーな……」

「これ食った後に、さっきのアレだったんで、衝撃がデカ過ぎたっス……。
 危うく、カレーがトラウマになる所だった……」

 そんな感想を述べる花村と巽くんは、染々とカレーを食べている。
 巽くんはもう食べ切ってしまっていたので、鍋の底に残っていた分を掻き出しておかわりとして出した。

「分かる、分かるぜ、完二……!
 俺、鳴上のカレーを一口食ってみるまで、カレーを掬った手の震えが止まらなかった……。
 これ食わずにあの『物体X』食べただけで帰ってたら、もうカレー食えなくなってたかも……」

「花村、それは言い過ぎだっつーの。
 そんな事は、流石に……無いんじゃないかな、って思うんだけど」

「アレはトラウマになるレベルだよ!
 結局一口も食ってねー里中に、抗議する資格はねー!」

 里中さんと天城さんは、結局食べる事無く『物体X』を鍋に戻している。
 それを咎めるつもりは無いが、花村的には思う所があったのだろう。

「でも、これ本当に美味しいよね。
 今まで食べたカレーの中でも、一二を争うと思う」

「それはあたしも思った。
 何て言うのか……味わい深いよね。
 このお肉とか、解ける様な舌触りで。
 今までこんなに美味しいビーフカレー食べた事無いかも……」

 天城さんと里中さんに褒められ、少し気恥ずかしくなり頭を掻く。
 まあ、あの『物体X』よりは遥かに美味しいものだという自負はあるが。

「それは流石に言い過ぎな気もするけど……」

「いやホント、どうやって作ってるんスか?
 これ、多分市販のカレールー使ってないんじゃ……」

 首を傾げつつも訊ねてきた巽くんに、そうだよ、と頷いた。

「あっ、分かった?
 これは一から自分なりにブレンドしたスパイスで作ってるんだ。
 どういうカレーにするか迷ったけど、皆も食べ慣れているだろう、英国式の方が良いかなって思って」

 一般的に日本でカレーライスと称されているモノと同じ作り方である。
 具は出来るだけシンプルにした分、食材自体の旨味を引き出せる様に工夫はした。
 なお、どれもジュネスで普通に売っているモノである。

「えっ、鳴上ってこういうんじゃないカレーも作れんの?」

「まあ、色々作れるよ。
 インドとかネパール辺りのカレーとか、タイカレーとか……他にも色々。
 材料が手に入るヤツなら、だけど」

 流石に、見た事も無い様な食材を使っていきなり料理をしろと言われても難しい。

「てか、この唐揚げ……、ホント美味しい。
 こんなに美味しいの、初めてかも」

「一応、唐揚げ用にソースも作ってある。
 そう、その皿とこの皿とあっちの皿のヤツ。
 そのままでもイケるとは思うけど、味に変化を付けてみたかったら試してみて」

「サラダも旨いな。
 特にこのドレッシングがヤベー。
 このドレッシング、何処の?
 ジュネスに売ってたっけ?」

「それは私が作ったヤツだ。
 普通に売っている材料で作れるし、自分好みに作れるから結構オススメ」

「マジっスか。作り方教えて下さいよ」

『物体X』の衝撃を吹き飛ばす勢いで皆で美味しくご飯を食べ、そしてデザートに用意したフルーツ大福(中身は莓と白桃の二種類で、餡は白餡)を平らげた頃には、すっかり『物体X』の後味は消えた。
 これで、あの『物体X』の記憶を緩和……出来たら良いのだが……。

「しっかし、こりゃ林間学校では鳴上に夕飯は全部お任せだな」

「一応あたしらも……野菜切る位なら、何とか……」

「いや……里中先輩らの野菜の切り方……滅茶苦茶だったんスけど……」

「えっと、洗い物とかなら……」

「まあ、二人にもちゃんと手伝って貰うから、安心して」

 しかし、林間学校で何を作ろうか……。
 今から考えておこう。






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