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天泣過ぎれば

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 馬車に揺られて漸く辿り着いた王都は相変わらず復興途中の独特の喧騒に包まれていたが、道行く人々の顔に希望の光が宿っているのはきっとクロムの気の所為ではないのだろう。
 先の戦で直接ペレジアの侵攻を受けた王都に残された傷痕は深く、終戦直後は誰も彼もの顔には将来への希望はなくただただ戦が終わった事に対する安堵しか浮かんでいなかった。
 急ピッチで復興は進められていたものの、それでもやはり先が見えない不安が民の心の深い場所に巣食っていたのだ。
 被害の大きかった王都のみならず国内の至る所で治安が悪化し、それによって物流も滞り、その結果復興の足並みも鈍ると言う悪循環に陥っていた。
 だがそれも、今回の大規模な国内の賊の掃討作戦が成功した事もあって各地の治安が回復した事によって解消されつつあるのだ。
 停滞し淀み荒む心は、流れが生まれれば次第にそれに伴って移ろいゆくものである。
 新たなる風に吹かれて人々は漸く前を向き始めた。……そう言う事なのだろう。
 この流れを良きものとして維持させる事が出来るのか、或いは再び澱ませてしまうのか。
 それは国を背負うクロムの手にかかっていると言っても過言ではない。
 …………尤も、このままクロムが獣の姿のままではそれすら覚束なくなってしまうのだが。

 一刻も早く元に戻る方法を見付け出さねばならないと焦るその一方で、クロムの思考の大部分を支配しているのはルフレの事であった。
 昨晩から明らかに様子がおかしいルフレの事が、どうしても気になってしまっている。
 何があったのかと訊ねたくても、言葉を話せない為それは叶わない。
 だからこそなのか、どうにも気持ちばかりが急いてしまうのだ。
 やはり、昨日サーリャから告げられた事が……自分が誰かから妬まれ疎まれ悪意そのものの呪詛を向けられていた事が、そしてそれが結果としてクロムの身へと降りかかってしまった事が。
 ルフレの心を酷く追い詰め傷付けてしまったのだろうか。
 ルフレの所為ではないのだと、だからそんなに思い詰めないで欲しいのだと、そう伝えたいのに。
 言葉を話せぬこの身では、何れ程伝えようと努力しても、その意味は正しくは伝わらない。
 このままでは取り返しの付かない事になってしまいそうで……。
 それなのに、自分の言葉で、そして想いで、ルフレを繋ぎ止める事が出来ない現状がもどかしく、そして何よりも。
 苦しむルフレの為に何もしてやれない事が……クロムを酷く苛む。
 言葉を交わせるなら、そしてルフレを抱き締めてやれるのなら、その苦しみを幾許かでも癒してやれるだろうに。
 そして、胸に秘めているこの想いを伝える事が、出来るだろうに。
 だが、その全てが今のこの獣の身では叶わない。
 だからこそクロムは、一刻も早く『呪い』を解いて元の人間の姿に戻れる事を、祈るしかなかった。




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