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本当の“家族”

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【2011/06/10】


 放課後……、天城さんと一緒に買い出しに出掛けた。

 天城さんは少しずつだが、基礎から料理の練習をこなしているらしく、少しは上手くなっている……と思う、との事だ。
 それでも中々上手くはいかないらしい。
 ……誰かに見て貰うなり直接教わるなりした方が早く料理の腕前は上達するとは思うのだが、天城さんは一人でやり遂げたいそうで。
 元々、一人立ちする時の為の練習なのだから、一人で出来なくては意味がない、と思っているのだろう。
 ……ならばその意思は出来る限りは尊重してあげたい。

「……そうか。
 それなら、反復練習するに限る。
 まあ、何か料理に関して私が教えられる範囲内で、教えて欲しい事ができたのなら、言ってくれれば何時でも力になるよ」

「うん、ありがとうね鳴上さん。
 ……うちの板前さんたちはね、直ぐに手伝おうとしてくれるの。
 最初はアドバイスしてくれるだけなんだけどね、その内包丁を取られちゃって……。
 でも、それで立派な料理が出来上がっても、私がちゃんと作った訳じゃないから意味ないし……。
 放っておいて、って言ったら、今度は遠くからずっと見ているの。
 私が料理するの、そんなに心配なのかな……?」

 心配……か、それはそうなのだろう。
 だがそれも、天城さんを思っての事だ。
 どうでも良い相手になんて、態々そんな事はしない。
 板前さんたちからも、大切に思われているのだろう、天城さんは。

「……天城さんが怪我とかしないか、心配なんだろうね。
 板前さんたちにとって、天城さんは大事な人なんだろうし」

「あの人たちが……私を?
 ……そう、なのかな……」

 驚きながらも、嬉しそうな顔をする。
 そして天城さんは、板前さんたちとの料理を巡る話を聞かせてくれた。

「この間もね、“見てられない!”って包丁取り上げられて、板前さんがその後全部作っちゃって……。
 それを見てた仲居さんが、板前さんに『下手でも雪ちゃんが自分で作りたい筈』って言い出してね……」

 楽しそうに語る天城さんと一緒に買い物をすませ、その日はジュネス前で別れた。




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 ジュネスからの帰り道、商店街の所で足立さんに出会った。
 どうやら今日も早く上がれたのは良いのだが、夕飯に困っているらしい。
 折角なので夕飯に誘ってみると、足立さんは少し驚いた様な顔をしたが、結局は一緒に食べる事にしたらしい。
 独り暮らしの足立さんにとって、温かな手料理というのは中々魅力的なのかもしれない。



◇◇◇◇◇



 今日の夕飯はクリームシチューだ。
 この手の料理は量を増やすのが比較的簡単である。
 菜々子も野菜を切ったりするのを手伝ってくれた。

「あのね、あだちさん。
 今日は、シツーなんだよ!」

「シツー?
 ……あー、シチューの事?」

 “シチュー”と言えずに“シツー”と言ってしまう菜々子を微笑ましく見ていると、“シツー”に少し首を傾げた足立さんが「ああ」と声を出す。
 言い間違えに気が付いた菜々子は、うんと頷いた。

「そう、しつ……しちゅー!」

「おっ、ちゃんと言えたんだね、偉い偉い」

「あだちさんは、しちゅう好き?」

 菜々子に訊ねられた足立さんは少し考えてから頷く。

「シチューかぁ。まあ、割りとかな」

「わりと?」

 好きかどうかで訊ねて、返ってきた“割りと”という答えの意味が解らなかった菜々子は、「どういうこと?」とばかりに不思議そうにしている。

「んー……好きって事。
 実際、シチュー食べるの久々だし。
 て、ゆーか悠希ちゃん、毎日こうやって作ってんの?
 最近の堂島さん、お昼が手の込んだ手作り弁当になってるし。
 堂島さん、君が来て助かってるんだろーねー。
 そういうの、言われたりしてないの?」

「時々、ありがとうとは言われてます」

 ニヤッと笑って訊ねてきた足立さんにそう返すと、足立さんは驚いた様な……そして何故か一瞬だけ……感情が剥がれ落ちたかの様な……いや、微かに落胆した様な顔をした。
 しかしその表情の変化は、瞬きする程の時間すらもない極めて僅かな間の事で、自分の目の錯覚の所為かも知れない……。

「えっ、ホントに?
 へー……。
 あの人、そういうの思ってても素直に言わなさそうな人なのにね」

 取り繕った様子など寸毫程も見せずに、足立さんは自然体でそう言って肩を竦める。
 そして、あっと思い付いたかの様な軽い調子で続けた。

「あーでも、たしか悠希ちゃん、春には向こうに帰るんだっけ?
 堂島さん、泣いちゃったりしてねー」

 あははと足立さんは笑ったが、ふと菜々子が悲しそうに俯いているのに気が付いて、足立さんは途端に慌てて菜々子を慰め様とする。

「あ、ごめんごめん!
 帰るっていっても、まだ先の話だしね!
 お姉ちゃんとまだまだいーっぱい遊べるよ、うん!」

「うん……」

 そう励ましても中々菜々子の気が持ち直さないからか、足立さんは少し困った様な顔をしながら、ポケットに手を突っ込んだ。

「えーっと……、そうだ、菜々子ちゃん。
 こんなの知ってる?」

 そう言って足立さんはポケットから手を出して、その掌を広げて500円玉を見せてきた。

「よーく見ててねー」

 そう言って、足立さんがその500円玉を握り締めると……

「ほら」

 そう言って再び指を広げた時には、掌の上に確かにあった500円玉は忽然と消えていた。
 手品だ。
 でも、どういうトリックなのだろう。

「なんで!? なんでー!?
 もっかい! もっかいやって!!」

「えっと、じゃあ今度はもっと凄いやつねー」

 そして足立さんは再び500円玉を取り出し、先程と同じ様にそれを握り締める。
 しかし今度は掌の中を見せずに、こちらを指差してくる。

「お姉ちゃんのポケット」

 足立さんに言われ、ポケットの中を探すと……。

「……!!」

 確かに、500円玉が出てきた。
 いつの間に仕込んでいたのだろう。
 全く気が付かなかった。

「すごーい!
 あだちさん、すごーい!!」

「ビックリしました……!
 全然気が付かなかったです……!」

「手先は器用な方でさ。
 これ位なら出来ちゃうんだよね」

 菜々子が元気に笑っているのを見た足立さんは、ホッとした様な顔をする。
 そして、スゴいスゴいと褒め称える菜々子に気を良くしたのか、ヘラっと笑った。

「僕、マジシャンになれば良かったかなー。
 そしたらさ、こんな……。っとと。
 まあでも、公務員に勝る職業は無いか。
 手先がちょっと器用な位じゃ、何にもならないし」

 そう言って足立さんは肩を竦める。
 ……まあ、足立さんにも色々と思う所はあるのだろう。
 でも。

「……何にもならなくなんて、ないですよ。
 だって、足立さんがやって見せてくれた手品、とても楽しかったですから」

「うーん、そうかい?
 でも、手品出来ても、それで生活していくには難しいのさ。
 おっとそんな事を言ってる間に、良い匂いしてきたね。
 そろそろなんじゃない、“シツー”」

 そう言って少しだけ苦笑いした足立さんは、軽くからかう様な目で菜々子を見て、そして態と間違えた。
 それに反応した菜々子は、足立さんに言い聞かせる様にその間違いを指摘する。

「し・ちゅ・う!」

「シツー?」

「し・つ・う!」

「はい、ブッブー」

 再び言い間違えた菜々子に、楽しそうに足立さんはそれを指摘した。
 すると、プウッと菜々子は頬を膨らませて抗議する。

「菜々子ちゃんと言えたもん!
 足立さんのイジワル!」

 足立さんも交えた三人で、楽しい夕食の時間を過ごした……。





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