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本当の“家族”

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【2011/06/09】


 翌朝。
 通学路で出会った花村は寝不足なのか、やたら欠伸をしている……。

「花村、何かあったのか……?」

「あー、いや……。
 今日の放課後、早速原付き免許取りに行こうと思ってな……。
 教本読んでたらドンドン細かいトコが気になってきて……。
 ベッド入っても、細かいとこ気になって起きて、本見直して、の三拍子がエンドレスでさ……。
 お陰であんま寝れてねー……」

 早速免許を取るつもりなのか。
 筆記試験のみとはいえ、凄い熱意である。
 余程バイクが欲しかった様だ。

「まっ、やるからには一発合格を目指すさ」

「そうか、応援する。頑張ってこい」

「おう!」

 欠伸をしながらも、ニッと親指を立てて花村は笑った。




◆◆◆◆◆




 放課後、筆記試験を受ける為に早速教室を飛び出していった花村を見送ってから、巽くんに刺繍を教えて貰う為に、巽屋へと向かった。
 巽夫人に挨拶をして、奥へと上がらせて貰う。
 そして早速、作成したエプロンを取り出して巽くんに見せた。

「スッゲー丁寧に作られてるっスね。
 こりゃー相当裁縫出来る感じだな。
 で、先輩。
 どういう図を入れたいんスか?」

「菜の花とかかな……。
 ……後は兎とか小鳥とか、菜々子位の年齢の子供も好きそうな図柄も入れてあげたい」

 あげるからには、心から喜んで貰えるモノを贈りたいものだ。

「んー、じゃあこういう風な感じにって事スか?」

 さらさらっ、と巽くんはスケッチブックに図案を描いてくれる。
 それに少しずつ要望を描き足していって貰うと、とても納得のいく図案が完成した。
 しかし、問題はその図案通りに刺繍出来るか、である。
 早速刺繍に取り掛かると、躓きそうになる度に巽くんは丁寧にそれを修正したりアドバイスをくれたりした。

「あっ、そこはこんな感じにバックステッチで仕上げるんスよ」

「……こうか?」

「そうっス。先輩、筋が良いっスね。
 おっと、そこはクロスステッチでお願いします」

 巽くんの指導を受けながら刺繍と格闘する事数時間……。
 日が傾き夕暮れ時になり始めた頃に、漸く刺繍を入れたエプロンは完成した。

「よしっ、完成だ! 巽くん、ありがとう!!」

「いや、先輩が器用だったってのが大きいっスよ。
 正直、初心者ってのが信じられない位っス」

「そんな事は無い、巽くんが適宜アドバイスしてくれたお陰だ。
 巽くん、こういうのを教えるの、向いてるんじゃないかな?」

「オレが? いやー、オレ頭良くないからなー……。
 多分教えたりするのは向いてるとは思えないっス」

 そんな事は無いと思うのだが……。
 それにそもそも、こういう事を教えるのに学力はあまり関係無いだろうに……。

「巽くん、もし良かったらなんだが、これからも時々刺繍とか裁縫とか、私に教えて貰えないだろうか」

「先輩、もう充分裁縫出来るじゃないっスか」

 別に態々教わらなくても、と首を傾げる巽くんに、いいや、と首を振った。

「まあ、不得意とは思わないが……。
 それでも、巽くんの様な作品を作る腕前は無い。
 何と言うのか……。
 うん、意地みたいなモノだと思ってくれていい」

「意地?」

「……何と言うのかな、巽くんが作った編みぐるみを見て、菜々子が可愛いって褒めてて火が着いたと言うか……。
 まあ要は、“やりたい”と思ったんだ。
 こんな風なモノを、作ってみたいってね。
 “やりたい”と思ったからには、全力を尽くしたい。
 ただ、それだけだ。
 ……そんな理由では、ダメだろうか?」

 巽くんは少し悩む様に頭を掻く。
 そして、意を決した様にこちらを向いた。

「……良いっスよ、先輩なら。
 先輩の理由、ダメなんかじゃ無いっス」

「そうか、ありがとう。
 その代わりと言ってはなんだが、私に出来る事があれば、何でも言ってくれ。
 学校の勉強とかなら、私も教えてあげられるから」

「そんならテスト前とか、オレの勉強見て貰っても良いっスか?
 先輩、確かスゲー頭良かったっスよね?
 オレ、前の中間がボロボロで、今度悪かったらお袋パンチが飛んで来るんス。
 あっ、でもそしたら、オレの方が先輩の世話になりっぱなしになっちまうか……」

 成る程、巽くんは学力に不安を抱えている様だ。
 確かに、教える時間自体は釣り合わないかもしれないけれど、それに何の問題があろうか。

「いや、それで全然構わないよ。
 各々、足りない所を教え合えるのなら、それで何も問題無いさ。
 ……これからよろしく、巽くん」




◆◆◆◆◆




 巽屋を後にして、家に帰ろうと商店街を歩いていると、丁度試験会場から帰って来た花村に出会った。
 どうやら、無事に原付き免許を修得出来たらしい。

「割りと余裕だったぜ!
 寧ろちょい気合いを入れ過ぎたっつーか……」

 そう言いながら、花村は嬉しそうに免許を見せてくる。
 それに、良かったな、と頷いた。

「家帰ったら、早速カタログ読み込まねーと!
 くーっ、楽しみだ!
 そういや、鳴上の方はバイク買う許可降りたのか?」

「母さんと父さんからの分は。
 でも、叔父さんからの許可はまだだ。
 一応朝方に、両親から許可が降りた事は伝えておいたんだけど……。
 まあ朝は色々と忙しいし、返事を聞く前に家を出てしまったんだ」

 花村とはそこで別れ、そのまま歩いているとガソリンスタンドに叔父さんが立っているのに気が付いた。
 給油かと思ったが、近くに車はない。
 ……仕事だろうか?

「叔父さん、お仕事ですか?」

 声を掛けると、叔父さんはこちらに気が付いた様に顔を上げる。

「ん? ああ、悠希か……。
 まっ、ちょっとした野暮用だ。
 ガソリンを入れようと思ってたんだが……。
 丁度良い所に来たな」

 丁度良い? 一体何が?
 首を傾げていると、叔父さんは足立さんを呼んだ。

「はいはーい、堂島さーん。
 満タン、丁度今終わりましたー。
 ってあれ? 悠希ちゃんだ、うわっ、偶然だねー」

 そう言いながらガソリンスタンドの奥から現れた足立さんが押してきたのは、一台の白い原付きだった。
 そう言えば、家の車庫にずっと置かれていたモノだ。
 型こそ古めだったが、錆が浮いたり埃を被っている様子は無かったので、大切に手入れされているのだろうと思いながら見ていた。
 叔父さんはその原付きを微笑みながら見て言う。

「……俺の愛車だ。
 バイク屋で治させてな。
 年季は入ってるが、中々良いモノだぞ。
 ガソリンを今入れてた所なんだが……その場で早速渡す事になるとはな」

「えっと……それって……」

 叔父さんの言葉を普通に解釈すれば、『このバイクを譲る』と言っているのだろうけれど。
 良いのだろうか?
 大切なモノなのではないのだろうか?
 乗っている気配こそ無かったが、それでも大切に扱われているのは見てて分かっていたし、もう乗らないのだとしてもそれこそ所謂“思い出の品”というヤツだったのではないのだろうか?

「お前に譲る」

 叔父さんはしっかりと頷いた。

「もうこれには乗らないんですか?」

「仕事じゃ車の方ばっかになっちまってるからな……。
 何時か乗るかもしれない、と一応手入れは欠かして無かったが、そうそうそんな機会は無いだろう。
 ……コイツも、置物みたいに扱われているよりは、誰かに乗って貰った方が良いだろうさ」

 そう言って、叔父さんは原付きのヘッドライトの辺りを撫でる。
 本当に、この原付きを大切にしていたのだろう。
 それを譲ると言ってくれたのが、純粋に嬉しい。

「ありがとうございます……、叔父さん!
 私も、精一杯大切にします。
 これは良いモノですから」

 そう言うと、叔父さんは途端に嬉しそうな顔をする。

「おっ、コレの良さが分かるか!
 この辺りの店じゃグリップギアの扱いがなくってなぁ、こっそり職場の整備係に手伝わしたんだ。
 おっと、これは内緒だぞ?」

 それは内緒にしなくてはならないな、と思い少し笑って頷いた。

「署じゃ難しい顔ばっかりなのに、すっかり優しいお父さんっすねー」

 ニヤニヤ笑う足立さんに、叔父さんは少し顔を赤くして怒鳴る。

「うるせえぞ足立!」

「もー……すーぐ怒鳴っちゃうんだから……。
 けど僕らも、もっと小回りが効く足が欲しいですよね。
 例の不審者だって、何時出没するか分かんないし。
 プロ並みの機材背負って、天城屋からこの辺りまで、他人の家を撮って回ってるんでしょ?
 細い道も知ってるみたいだし、四輪だけじゃ……」

「余計な事を喋ってるんじゃねぇ!! 車戻ってろ!」

 そう言われ、足立さんは慌てて車を停めてある方へと走り去ってしまった。
 叔父さんは頭を掻きながら先程の続き、とでも話し始める。

「……まあ、何だ。
 俺も免許取ってバイク乗り回してたのは、お前位の歳の頃だったんだ。
 親に黙って勝手に取っちまってな……。
 で、バイクもこっそり購入して乗り回していた所を親に見付かって、親父にしこたまぶん殴られたよ……。
 懐かしいなぁ……はは……。
 おっと、菜々子には内緒だからな」

 ……叔父さんにも、そう言うヤンチャしている時代があったのだと思うと、少し不思議な様な、まあ案外そうでもない様な、そういう言葉にはし辛いものを感じた。

「バイクを譲った以上とやかくは言わないが、くれぐれも安全運転を心掛けろよ?」

「はい、勿論です!」

 仕事へと戻る叔父さんを見送って、譲り受けた原付きを押しながら家へと帰った。





◆◆◆◆◆





 家に帰り、既に用意していた特注の子供用の包丁やその他子供も使える調理道具と、そして今日完成したばかりのエプロンを持って、コッソリと下に降りた。

「菜々子、ちょっとおいで」

 畳んだ洗濯物を仕舞い終えた菜々子を手招きして呼ぶと、菜々子は直ぐ様寄ってくる。

「どうしたの、お姉ちゃん?」

 首を傾げる菜々子に微笑みながら、後ろ手に隠していた袋を菜々子に手渡す。

「はい、お姉ちゃんから菜々子にあげるね」

「菜々子に? なんだろ……。
 ここであけてもいい?」

「良いよ」と頷くと、菜々子は早速袋を開けて中身を取り出して、歓声を上げた。

「すごーい、ほうちょうだ!
 ほかにもいっぱいある!
 これ、エプロンだ!
 すごいすごい!
 お花とかことりさんとか、たくさんついてる!」

 喜んで貰えた様で何よりだ。
 特にエプロンは、菜々子のイメージに合わせた薄桃色の綿布を使い、成長期に合わせてある程度は大きさを調節出来る様にし、ポケット等も完備、そして可愛らしさも追求して巽くんから教わりながら入れた刺繍(洗濯機での洗浄にも強い糸を使ったモノ)が良いアクセントになっている、自分でも非常に高い満足感を得られた作品である。
 それを特に喜んで貰えている様で、充足感も一入だ。

「この包丁や他の道具は、私と一緒に料理して、そして私が『良いよ』って言った時にしか使わない事。
 約束出来るかな?」

「うん! 菜々子、ちゃんとやくそくまもるよ!
 お姉ちゃん、ありがとう!!」

 ギューッと菜々子に抱き付かれ、それにキュッと抱き返す。

「どういたしまして!
 よし、なら早速料理しようか!
 今日は、鮭のホイル蒸しだ!
 菜々子も一緒に作りたい?」

「うん、菜々子もやる!」

 菜々子に包丁等の調理器具の使い方をレクチャーしながら、一緒に楽しく料理をした。






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