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天泣過ぎれば

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 ━━ああ……ルフレが泣いている……。


 ぼんやりとした意識の中、慟哭する様に泣いている声が遠くから聞こえてきた。
 不思議とその声を聞いた瞬間、泣いているのはルフレだ、とクロムは確信する。
 そして、そう認識した途端に、胸を鋭利な刃物で掻き毟られた様な痛みに似た哀しみを覚えた。


 ━━ルフレ……俺の大切なルフレ……。

 ━━どうか泣かないでくれ。

 ━━お前が哀しいと、俺は何よりも辛いんだ。

 ━━どうすれば良い?

 ━━どうすれば、お前の涙を拭ってやれるんだ?


 しかし、クロムの想いはルフレには届かない。
 それどころか、何れ程声を上げようとしてもそれらは言葉にはならずに獣の唸り声となってしまう。

 どうして? とクロムは自分の口元を押さえた。
 押さえた、筈だった。
 しかし、長く前に突き出た様な形のそれは、とてもではないがヒトのそれとは思えないもので。
 ギョッとして手元に目を落としたが、そこにあったのは見慣れた自分の手ではなく毛むくじゃらな獣の前足で。
 驚きと困惑の剰りに、クロムは呆然と言葉にならぬ唸り声を上げるしかなかった。

 しかしクロムが呆然としている内に、次第にルフレの泣き声が遠ざかって行くかの様にか細くなっていく。


 ──ごめんなさい、クロム……。さようなら。


 涙声でそう溢されたその言葉は、クロムには一瞬意味が理解出来なかった。
 本心を押し潰して無理矢理絞り出した様な、そんな悲哀に満ちたその言葉に、一拍後にクロムが真っ先に想ったのは。
『何故だ?』と言う、ただただ純粋な疑問の念であった。

 何故そんな、傷付き諦め切った様な……悲嘆に満ちた声音で、別れを告げるのだ、と。
 それがルフレの本意では無いと言うのなら、何故自分の元から去ろうとするのだ、と。

 自分はこんなにもルフレを求めているのに。
 何が、ルフレにこんな諦念の様な悲哀を抱かせているのだ、と。
 クロムが傍に居て欲しいと、そう望むだけでは足りないのか?
 “半身”と言う関係性ですら、ルフレを繋ぎ止められないのか?
 もっと別の、誰にも……ルフレにすら、クロムの傍に居る必要性を絶対に否定させない様な、そんな関係性でなくてはならないのか、と。

 なら、伝えよう。
 今すぐに。
 ルフレのその声が、消えてしまう前に。
 ルフレが未練の様に微かに伸ばしたその手を、見失ってしまうその前に。
 追い掛けてその手を取って、幾千の言の葉よりも雄弁にこの想いを伝えなくてはならない。

 だが、獣の身体で駆け出しても、遠ざかって行くルフレに一向に追い付けない。
 追い縋る様に必死に名を呼んでもその吠え声に応える声はなく、立ち止まる様な気配も無い。

 それでも諦める事なんて出来なかった。
 だからこそ、追い掛けて、追い掛けて、追い掛けて──





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