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天泣過ぎれば

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 来ないで、と。
 そんな拒絶の意思を露にしたその背中を、クロムは追い掛ける事が出来なかった。

 独りになんてしたくなくて、言葉を交わせないのだとしても寄り添ってやりたくて。
 それでも、そんな気持ちすらもルフレを傷付けてしまうのなら……と。
 そう迷ってしまったが故にその足取りは鈍り、ルフレを見失ってしまった。
 鋭敏になっている嗅覚を以てすればルフレの匂いを辿る事も出来たのかもしれないが、逃げる様に走り去ったルフレのその背中の幻影がクロムを阻む。

 クロムが『呪い』を受けたのは、決してルフレの責ではないのに。
 ルフレが如何に誰かから“恨み”を買っているのだとしても、それがルフレの責であるとも限らないのに。
 ルフレを呪おうとした者と、それを実行しようとした術者に責があるのに。
 それでも、ルフレは自身を責めてしまうのだろう。

 日常に於いては明るく快活で、戦場では戦女神の様にその眼差しに凛とした輝きを灯して皆を導いてくれるルフレは。
 その実、一切の過去を喪っているが故に、その心は幼さにも似た繊細さを秘めていた。
 その上で、誰よりも責任感があり、その胸に多くの痛みを抱え込みながらも前を向き続ける強さを持っていて。
 まるで幾つもの色を持つ虹の様に、クルリクルリとその心は多様な色彩を魅せるのだ。

 ルフレの心は強い。
 強いが、それと同時に酷く脆い部分もある事をクロムは見抜いていた。
 ルフレの責任感の強さが、行き過ぎてしまえば自身の心を苛んでしまう様に。
 特に、今回の件ではルフレは自分の責任だと酷く思い詰めていた。
 だからこそ、……ギリギリの所で耐えていた『何か』が、崩れてしまったのかもしれない。

 やはりルフレを独りにするべきでは無かったのでは、と不安ばかりが募り、焦りから後を追おうと一歩進もうとするも、その度にルフレの背中が脳裏をちらつく。
 ルフレが、一人になりたいとそう思っているのならば……行くべきではないのだろう。
 しかし。と答えの出ない堂々巡りの考えがクロムの思考を支配して、結局踏み出す事は出来なかった。

 それでもルフレの身を案じてその場を離れられず、ルフレを見失った付近をうろうろと彷徨っていると、森の奥から泣き腫らした様に目を赤くしたルフレが戻って来た。
 憔悴しきった様にフラフラとした足取りのルフレは、自分を案じる様に見上げてきたクロムを見て僅かに目を見開いたが。
 何かを言おうと微かに動いたその唇は結局何も語る事は無く。
 ただ、痛々しさすら感じるぎこちない微笑みを浮かべ、クロムの頭を撫でるだけであった。

 そのまま天幕に戻ってもルフレは一言も喋らず。
 その夜ルフレを苛んだ悪夢は、クロムが寄り添っても祓ってやる事が出来なかった。





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