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第五章 【禍津神の如し】

◆◆◆◆◆






「こんにちは、時透くん」

 伊之助と一緒に里の鍛錬場に行くと、時透くんが打ち込み台に向かって技を繰り出している最中であった。
 声を掛けると、時透くんは昨日の事を覚えていなかったのか、少し首を傾げる。

「誰……? 何処かであった……様な気はするけど」

 でもそっちはどうだったかな、と。時透くんは伊之助を見る。伊之助とは恐らく初対面だろう。

「俺は鳴上悠。こっちは嘴平伊之助だ。伊之助とは多分初対面だと思う」

 すると、時透くんが何かを答える前に、伊之助がワイワイ騒ぎ始めた。

「カミナリ、こいつ誰だ?」

「霞柱の時透無一郎くんだよ。だから、こいつって言うのは良くない」

「柱? って事はあの半々羽織と同じですっげぇ強いって事だよな!」

 早速時透くんに手合わせを挑もうとする伊之助の肩を掴んでそれを止める。
 猪突猛進過ぎるだろう。手合わせはやるにしてもちゃんと相手の了承を得てからだ。
 しかし半々羽織とは一体誰の事だ? と思い、ふと緊急の柱合会議で出逢った人たちの姿を思い返して、片身替りの羽織を羽織った姿を思い返してもしかしてあの人だろうかと当たりを付ける。

「半々羽織……? もしかして冨岡さんの事か? それならちゃんと名前で呼んだ方が良いぞ。
 それに誰彼構わず手合わせを挑んではいけない。しっかり相手に許可を取ってからだ」

 伊之助は猪頭の下でむぅっと言わんばかりの顔をしている様だが、それ以上は抵抗しなかった。

「チっ。カミナリがそう言うなら聞いてやらぁ。俺は親分だからな!」

 そう言って見上げて来る伊之助の頭を、「そうか偉いな。親分は凄いな」と撫でると、暫く嬉しそうに撫でられた後で、「だから俺をホワホワさせるんじゃねー!」と照れ隠しの様にちょっと噛み付いてくる。
 鬼殺隊に入るまでは基本的にずっと山で独りで生きて来た事も有って人と触れ合う時間が相当少なかった為か、こう言った人の温かさを感じる様な触れ合いは嬉しい反面、面映ゆくて少し落ち着かないらしい。
 よく炭治郎にもこうして「ホワホワさせるな」と威嚇している姿を見掛ける。まあ、炭治郎も自分もそんな威嚇には構わずに伊之助の相手をしてしまうのだが。

 そんな風なやり取りをしていると、時透くんは何かを思い出したのか「ああ……」と小さく呟く。

「鳴上……確かお館様が言っていた……。
 上弦の鬼を倒した……んだっけ……?」

「上弦の弐を後少しの所で取り逃がしたってのと、上弦の陸を倒すのを手伝っただけで、俺自身は上弦の鬼の頸はまだ斬れてないな。
 上弦の壱の頸は落としたが、日輪刀では無いから殺せてはいない」

 改めてそう説明すると、時透くんは「ふぅん」と納得したのだかどうでも良いのかを判別し辛い相槌を打つ。

「そう……。あれ……そう言えば、昨日手合わせをした……?」

 どうやらそれも覚えていた様だ。ちょっと気恥ずかしい。

「ああ、まあ昨日ちょっとな。ちょっとお恥ずかしい所を見せてしまったと思うが。
 だが、今日はちゃんと相手をするつもりだ。ちゃんと武器も持って来た」

「……そうだったっけ……?」

 少し不思議そうに首を傾げた時透くんだったが、直ぐにどうでも良くなったのか、武器とやらが気に掛かった様だ。十握剣の方を見て来たので、これは違うと言っておく。
 そして、取り出されたお手製のハリセンを見て、時透くんは目を丸くした。

「これなら怪我させたりはしないだろうからな。安心して攻撃出来ると思う。
 中々良い出来だろう? お手製なんだ」

 そう言うと、益々意味が分からないと言いた気な顔をされる。立派な武器なのに。
 あの『心の海の中』の世界では実際に使った事は無いと思うのだが、何処かでハリセンを手に戦った事がある様な気すらしていた。多分気の所為だけど。
 攻撃力は十握剣と比較しても木刀と比較しても無きに等しいものだろうが、だから良いのだ。
 それに、これで叩かれたら何だか脱力する気がする。気の所為だが。

「何だかよく分かんねーけど、それなら俺と手合わせしてくれるって事だよな!?」

 興奮した様に言う伊之助にそうだよと頷くと、益々はしゃぎ出した。
 そして早速木刀を二本持ち出して相手しろと催促してくる。
 時透くんは、何をしているんだろうと言いた気な顔をしながらも此方を観察する事にしたらしく、鍛錬場の隅の方に移動した。

「じゃあ、何時でも良いぞ」

 ハリセンを片手に構えながらそう言った途端。伊之助は突っ込んで来た。相変わらず猪突猛進だ。
 柔軟な身体を活かして物凄く低い所から連撃を繰り出してくるそれを、木刀が身に届くよりも前に一気にその懐に潜り込む様にして木刀を握る手に軽く左手で手刀をかましてその動きを止めて。片足に僅かに重心が偏った瞬間を逃さず軽く足払いを掛けて体勢を崩した所を、猪頭を下から思いっきりハリセンで叩いた。
 スパーン!! と小気味良い程の音が響き、その衝撃で猪頭が外れて飛んでいくが、それ以上の被害は無く、伊之助に怪我は無い。

「はい、これで一本」

 あっと言う間に一本取られた事に驚いた伊之助だが、それで戦意を喪失する様な事は無く、寧ろ躍起になって挑みかかって来る。
 それをスパンスパンと音を立ててハリセンで叩きながら応戦し、時に振るってくる木刀ごと蹴り飛ばしたり殴り飛ばしたり、手足を掴んで投げ飛ばしたり、或いは関節技を極めてみたりと、相手する。
 満足したのかそれともちょっと限界になったのか、伊之助が倒れて休憩を言い出した頃には、時透くんがそれを興味が出て来た様な顔で見て来た。

「変な武器で馬鹿にしているのかと思ったけど、結構やれるんだ。
 じゃあ俺の相手もしてくれる? 上弦の鬼を相手に出来る実力ってのも見てみたかったし」

 昨日の反省を活かして、勿論良いぞと頷くと。時透くんは早速木刀を構える。

 ──霞の呼吸 壱ノ型 垂天遠霞

 緩急の差が凄まじい足捌きで猛烈な勢いで繰り出されたその突きを、木刀の刀身を横からハリセンで叩いて受け流し、それでもブレずに再び此方の頸を横から狙ってきたその一撃を左手の指先に集中して受け止める。
 防ごうとする指先の力とそのまま振り抜こうとする力が拮抗する事によって木刀から軋む様な音が響き、腹を蹴ろうとしてきたその右足を上から踏み付ける事で止める。
 そして、腹の辺りを狙ったハリセンの一撃は小気味良い音を立ててクリティカルヒットして時透くんを僅かに脱力させ、僅かに木刀を握る手の力が弱まったのを契機にその瞬間にそれを指先の力で捥ぎ取った。

「成る程、やるね」

「それはどうも。あんまり情けない所を見せるのもどうかと思っていたからな」

 奪った木刀を返すと、時透くんは少し楽しくなってきたのか僅かにその口の端に笑みを浮かべる。
 昨日のちょっと申し訳ない状態からは大分改善出来たと思うので、何よりだ。
 昨日みたいに苛立たせてしまう事もこの調子なら無いだろう。

 時透くんの攻撃は苛烈さを増して、全力の霞の呼吸を惜しみも無く使ってくる。
 霞の名の通り、何処か捉え処の無い様なその型はとても戦い難く、特に漆ノ型だと言う「朧」と言う技は視覚だけに頼っていると時透くんの位置を見失いそうになる程である。
 それを何とか対応して攻撃してハリセンを縦横無尽に振るって叩きまくって、防御したり投げたりしつつ、かなりの時間手合わせを繰り返した。
 そうこうする内に、見学しているだけなのが嫌になったらしい伊之助まで参戦して二対一になったりもしたのだが、最初は物凄く迷惑そうに珍獣を見る目で伊之助を見ていた時透くんも次第に伊之助のクセを掴んだのか、伊之助を囮にするなどしてその連携の力も上がって来たりして。
 時透くんに良い経験になったのかはともかく、伊之助にはとても良い経験になっただろう。

 そろそろ日が傾き始めると言う頃合いで、今日は此処までにするかと手合わせを終えた時には、時透くんは僅かに満足そうな顔をしていた。

「これで、少しでも時透くんの力になれたか?」

 そう訊ねると、時透くんは問い掛けられている事の意味が分からないとばかりに首を傾げた。

「力? 何で?」

「いや……昨日は色々言ってたのに、頭を殴られて気を喪うなんて情けない所を見せてしまったからな……。
 こうして手合わせをする事で、少しでも時透くんの力になれたらと思ったんだ。
 それに覚えていないかもしれないけど昨日も言った様に、俺は時透くんの事を知りたい、そして何か力になりたいんだ」

 そう言うと、益々意味が分からないと言った様な顔をされる。
 大した関わりも無いのにどうして、と。その目は言っていた。

「……変なの」

「ああ、変わっているとはよく言われる。でも俺はそういう奴なんだ」

 お節介、世話焼き、心底お人好し、面倒見が良過ぎるから逆に心配などなど、割と色々と八十稲羽の皆からは言われているし、その自覚もちょっとある。
 でも、そっとしておけないのだ、仕方が無い。
 そっとしておくべき事と、そっとしていては良い方向へは何も進まない事との違いは、あの一年で色々学んでいるのだから。
 そして時透くんの抱えているものは後者の方だろうと思う。
 君には何の得にもならないのに変なの、ともう一度呟く時透くんに、そんな事は無いと首を横に振った。

「そんな事は無い。人は誰だって他の誰かに助けられているよ、何時だって。
 人が本当の意味で自分一人で出来る事なんて、本当に少しだけだ。
 戦う事に限らず、生きる事全てが誰かとの関わり合いの中に在るものだから。
 時には物凄く苦しい事もあるし、理不尽な目に遭って心が折れそうになったり、人間じゃ太刀打ち出来ない様な困難に向き合わなければならない事もあるけど。
 でも、何時かの誰かが残したものや、大事な人たちが自分にくれた沢山のものや想いが、巡り巡って奮い立たせる為の力をくれる、歯を食いしばってでも戦う力をくれる。
 そしてそうやって頑張った先で、自分の大事な人たちに何かを返せたり、大事な人たちから貰った大切なものをまた別の誰かに託していく事が出来るんだ。
 人の想いやそれに紡がれた絆には、物凄い力が在る。
『神様』だってその力で倒す事だって出来る位に、無限の力と可能性を秘めているんだ」

 そう少し茶目っ気を交えて言うと。
 ふと、時透くんはその目を大きく見開いた。

「今。今何て言ったの? 今の言葉、何処かで聞いた事がある気がする」

 自分が何を言ったのかを思い返しながらそれを繰り返すと。
 時透くんは、また大きく目を見開き、少し頭が痛むのか片手でこめかみの辺りを押さえた。

「何処かで、誰かから聞いた様な気はする……。
 それは、君じゃない。君じゃない誰かが……。
 でも、まだハッキリとは思い出せない、どうして……」

 その記憶を閉ざす霧に僅かながら光が射し込んだのか。
 時透くんは、何かを思い出そうとする様に唸るが、どうやらまだ何かは足りないらしくその先には至らない様だ。
 思い出せる気はするのに思い出せない事に苦しんでいる時透くんの姿を見て、伊之助はどうしたのかと慌てる。
 そんな時透くんの肩を優しく抱き締める様にして、その頭に手をやった。
 二十センチ近い身長の差は、随分と時透くんを小柄に感じさせる。
 もし怒られたら後で謝ろう、と決意して。菜々子にやるかの様に優しく頭と背中を撫でた。

「大丈夫、きっとそれはただの切欠の一つなんだ。
 だからそれだけでは思い出せないからって、そう苦しまなくて良い。
 見付けた切欠を無くさない様に持っていれば、きっともっと大きな切欠が見付かる筈だ。
 大丈夫、時透くんは必ず記憶を取り戻せる。その記憶に掛かった霧は必ず晴れる」

 心に掛かった霧を祓う事には些か自信が在るのだ。だから必ずそれは叶うのだと確信を持ってそう言うと、次第に落ち着きを取り戻した時透くんは少し気不味そうに離れる。
 流石に気不味かったのだろうか。確か時透くんは十四歳。そう言うのをされるのは嫌がる年頃である。
 だから軽く謝ると、「……良い」とだけ返された。中々難しい。
 そうこうしていると、伊之助が「俺は?」と言わんばかりに寄って来たのでその頭を撫でると、どうやら違った様で「違う!」と返されてしまった。

「ほら約束しただろ! 何かすっげぇの見せてくれるって! 
 俺も紋逸や玄米みたいに龍に乗せてくれるんだろ!」

 フンフンと鼻を鳴らす様な勢いで訴えられて、「あ、そう言えば」と思い出す。
 しかし既に日は落ち始めて夕食の時間が近くなっているのだ。
 ペルソナを召喚してみせるにしても、夕食の後での方がよさそうだ。

「大丈夫分かっているよ。でも夕食の時間が近くなっているから、それを済ませてからまた改めて鍛錬場を借りような」

 そう答えると、「なら仕方ねぇな」と伊之助はあっさりと頷く。
 食い意地が張っている伊之助にとって食事はかなり優先度が高い事柄であるのだ。

 じゃあ、また。と時透くんに別れを告げて宿に帰ろうとすると。
 時透くんは何やら驚いた様な顔をしていた。

「龍に乗せる? どういう事?」

 召喚の事はお館様から聞かされていないのだろうか? 
 と言うか今まで大して気にした事は無かったのだけれど、お館様は自分の事をどんな風に他の柱の人達に通達しているのだろう。

「あー……。何と言うのか、俺は『神降ろし』の真似事も出来るけど、更にその中の一部には実際に形を取らせる事も出来るんだ。
 滅茶苦茶疲れるから乱発は出来ないし、本当は全部そう出来る筈なんだけど今は色々あって実体化させられるのはほんの一部だけなんだけどな。
 で、その中に龍……『セイリュウ』が居るんだ。
 以前上弦の壱と戦った時に、その時一緒に居た仲間をその背に乗せた事があって。
 それを知った伊之助が、俺も乗りたい! って言ってたんだ」

「……?」

 本気で言っている意味が分からないと言いた気なその顔に、気になるなら夕食後位の時間にまたこの鍛錬場に来たら見せてあげられるよ、と答えると。
「成る程……?」とよく分からない顔をしながら時透くんは頷く。

 まあ何にせよ、その場は解散と相成るのであった。






◆◆◆◆◆






 夕食も食べ終え、じゃあ伊之助との約束を果たすかと鍛錬場に移動しようとすると。
 俺も俺もと皆も見たがったので、相変わらずの大所帯になった。
 夜なので禰豆子も箱から出て炭治郎に手を引かれながら歩いている。
 月明かりに照らされた夜道を皆で歩いて鍛錬場に辿り着くと、そこには既に時透くんが待っていた。
 やはり気になったのだろうか。

「えっとじゃあ、最初は『セイリュウ』で良いのか?」

 念の為に皆には少し離れてもらってからそう声を掛けた。
 おう! と伊之助からは元気な返事を貰い、早速意識を集中させて『セイリュウ』を召喚する。

 蒼いカードを握り潰すのと同時に、『セイリュウ』がその場に顕現した。
 蒼い鱗の龍は分かり易く格好良いからなのか、セイリュウが現れた瞬間に伊之助ははしゃいだ様な声を上げるし、初めてセイリュウを見た炭治郎たちは驚いた様な声を上げ、善逸と伊之助も感嘆する様な溜め息を零す。
 月の光に青く輝く鱗を照らされたセイリュウに、伊之助は喜び勇んで駆け寄った。

「すっげぇ!! なあなあカミナリ、これ絶対強いだろ!? 
 勝負しようぜ勝負!!」

「いや、疲れるしそれはちょっと嫌だ。
 それに、背中に乗るのが目的なんだろう?」

 そうだったな! と素直に返した伊之助をセイリュウの背中に乗せる。

「炭治郎たちも折角だったら乗るか?」

 まあ減るものでもないのだし、とそう声を掛けると。
『セイリュウ』に驚いていた炭治郎は頷いて、禰豆子の手を引きながら近寄ってくる。
 時透くんも興味があるらしい。
 獪岳はかなりビビってはいる様だが気にはしている様で、一度乗った事のある善逸と玄弥も乗りたいらしい。
 とは言え、『コウリュウ』くらい大きいなら余裕で全員乗せられるけれど、セイリュウだと四人位が丁度良さそうだ。
 なので、二回に分けて背に乗せる事にする。
 初めは伊之助と炭治郎と禰豆子と時透くんで、二回目が善逸と獪岳と玄弥だ。

 ちょっと驚き戸惑いつつもしっかりと炭治郎たちがセイリュウに乗った事を改めて確認して。
 しっかりと掴まる様にと指示を出す。
 すると、自分の真後ろに乗っている炭治郎が、緊張したのかギュッと羽織を握り締めたのを感じた。

 そして、セイリュウが一気に宙に舞い上がると。
 炭治郎は驚いたのか息を呑み、禰豆子はムッ! と驚きつつも喜び、伊之助は初めての感覚に大喜びで声を上げ、時透くんは驚いた様に静かにその目を見開いている様だった。
 星が輝く夜空を月明かりに照らされながら里の上を軽く飛ぶ。
 あまり高い所まで行ってしまうと寒いので、そこまで高くは飛ばない。

「どうだ炭治郎、伊之助、時透くん。
 中々良い眺めだと思うが」

 生憎と夜なので眼下の景色はあまりよく分からないけれど。
 綺麗な月夜の中を空を舞うのは悪くない眺めだと思う。

「すっげぇ! すっげぇ!!」

「凄い……俺たち今空を飛んでいるんだ……。
 鳥ってこんな景色を見ているんだな……」

「ムッ! ムンッ!」

「凄い……」

 四人とも楽しんでくれている様で何よりだ。
 何時か、数十年程の後には飛行機が当たり前になって空を飛ぶ事自体は不可能ではなくなるけれど。
 こうやって飛ぶのは、きっとこの先の未来でも中々経験し得ない事なのでは無いだろうか。
 戦う事以外でもこうやって誰かを楽しませる事が出来るのは、とても嬉しい事だった。
 あまり目立たない様に里の上空を何度か旋回して、それから再び鍛錬場へと戻る。
 セイリュウの背から降りた四人は、各々に興奮したり感動している様だった。

 そして交代する様に今度は善逸と獪岳と玄弥を乗せる。
 善逸と玄弥は二回目なのでそこまで戸惑いは無い様だが、獪岳はかなりおっかなびっくりと言った様子だった。
 そしてしっかり掴まる様に声を掛けてから、セイリュウを再び上空へと向かわせる。

「──っ!!」

 空を飛ぶと言う初めての感覚に、獪岳は声にならない悲鳴を上げている様であった。
 善逸と玄弥は、二回目だからなのか周りを見る余裕がある様だ。
 あの時とは違って急ぎでもないので比較的ゆったりと飛んでいる事も、余裕に感じる一因なのかもしれない。

「大丈夫だ、獪岳。絶対に落としたりなんてしないから。
 ほら、折角だから目を開けてみないか? 
 月や星が綺麗だぞ」

 何の遮蔽物もない夜空を見てみると良い、と声を掛けると。
 獪岳はおっかなびっくりながらも顔を上げてその目を開く。
 すると、その景色が目に飛び込んできたのか、獪岳は感嘆するかの様な溜め息を零した。

「良い眺めだろう? 
 きっと今はこの世で俺たちしか見れない光景だと思うぞ。
 折角なんだから楽しむと良い」

「……あんたは」

 ちょっと言い淀む様にそう声を掛けてきた獪岳に、どうした? と首を傾げる。

「あんたは、こんな凄い事が色々出来る位に、特別なんだな……。
 なあ、特別って、どんな気分なんだ?」

 獪岳にそう問われて。ほんの少しばかり考える。
 どんな気分なのか、か……。

「特別……か。まあ、確かにそうなのかもしれないな。それは、もう否定出来ない。
 どんな気分かと言われても少し難しいが。
 ……そうだな、ほんの時々ではあるけれど。
 獪岳が言ったその『特別』の形に関しては、『寂しい』と、そう思う事はある」

「特別なのに?」

「『特別』だからだよ」

 特異的であると言う事を望む人がいてそれを誇りにする人も居るのは分かるけれど。
 しかし、そういう意味での『特別』は、自分にとってはそれは少しばかり寂しいものでもあった。
 お前は仲間外れなのだと、そう言われているかの様に感じる時もある。

「俺は、力があるだとかそういう意味での『特別』は好きじゃないんだ。
 でも、誰かから特別に想われているのは嬉しいよ。
 俺を、いっとう大切な相手だと、そう想って貰えるのは嬉しい」

 自分にとって、「特別」というそれは、別に家族だとか恋人だとか親友だとか、そう言った関係性だけでなくて。
 あの人に会えて良かったな、と。そう想って貰えるだけで、そう特別に想って貰える程の何かを相手に与える事が出来だのだと言うそれだけで、胸の奥が温かくなるのだ。

 そう答えると、獪岳は何やら変な顔をして。
「そうか」と小さく呟く。
 その呟きの奥にある感情はまだ推し量る事は出来ないけれど。
 善逸が少しだけ安心した様な顔をしているので、それはきっと悪い事では無いのだろう。


 そんな感じで全員がセイリュウに乗った訳なのだが、伊之助はもっともっとと強請ってくる。
 流石に今顕現出来るペルソナの全部を召喚すると、特にその力を発現させた訳でなくても力尽きてしまうかもしれない。
 それに、あんまりギョッとする様な見た目のペルソナを呼ぶのも憚られる。
『ヨモツシコメ』だとか『レギオン』だとかは多分駄目だろう。
 まあそんな訳で、見た目もそこまで怖くは無いし何よりこの時代の日本でも知られているものを呼んでみようと考える。
『ゲンブ』と『スザク』に『ビャッコ』を順番に呼ぶと、伊之助がそれはもう大喜びした。
 特にビャッコに関してはまた「乗りたい!」と大はしゃぎしたのでまたその背に乗せてあげる事になった程だ。
 炭治郎たちも最初はかなり驚いていたが、次第に慣れたのかビャッコをモフモフと撫でる程になった。

「まあ、こんな感じか。満足したか?」

 そろそろ宿に帰るかと声を掛けると。
 意外な事に炭治郎が「あの」と声を上げた。

「上弦の陸との戦いの時に助けてくれた……」

「ああ、『イザナギ』だな。何かあるのか?」

 再びカードを握り潰してイザナギを呼ぶと。
 何時も通りの姿のイザナギが姿を現す。
 それを見た時透くんが少し首を傾げる。

「あれ、確か昨日……」

 だがそれ以上は何も言わずに時透くんは黙ってしまう。
 昨日何かあったのだろうか? よく分からない。
 そして、炭治郎は意を決した様にイザナギへと向き直る。

「あの! あの時は助けて頂いて有難うございました! 
 俺、あの時は手一杯で、お礼を言えてなかったから……」

 気にする必要は無いのだけれど、真面目な炭治郎は気にしていたらしい。
 イザナギは「構わない」とばかりにその大きな手を伸ばして炭治郎の頭を優しく撫でた。
 すると、禰豆子が「私も!」とイザナギにしがみついてきたので空いていた左手でその小さな頭を優しく撫でる。
 すると何故か善逸や伊之助どころか玄弥まで、獪岳と時透くん以外は、俺も俺もとばかりにイザナギへ駆ける様に寄っていく。


 皆を静かに見守るイザナギの仮面の奥から覗くその金色の目は、何時もとは違って和らいでいる様に見えるのであった。






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