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本当の“家族”

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【2011/06/04】


 昨日一昨日と降り続いていた雨は早朝には上がり、今は爽やかな青空が広がっている。
 その時に霧も出ていたみたいだが、誰かの遺体が発見された、とは騒ぎになっていないので、今回も【犯人】の思惑を防ぐ事が出来たのだろう。
 今の所は被害者たちを無事に救出出来ているし、ペルソナの力だって大分慣れてきた上に磨けてきている実感もある。
 だけれど、【犯人】の後手に回ってしまっている事には変わり無い。

 そこまで考え、ダメだなぁ……と溜め息を吐いた。
『自分にやれる事を』と、鳴上に今朝も言われたばかりなのに。
 それでも、気持ちばかりが焦ってしまう。

 事件が起きて、もうそろそろ二ヶ月が経とうとしている。
 二ヶ月は決して短い時間では無い。
 既にあの二人の事件の事が、この町の人々の口の端にのぼる事が減ってきている。
 ……このまま何の進展も無かった場合、皆忘れ去ってしまうのだろうか……。
 被害者たちの事を。
 そういう人達が居たのだという事すら忘れて……? 

 ぼうっと、考え事をしながらも、そろそろ帰ろうと下駄箱まで降りてきた時、バスケ部の活動を終えてきたらしい鳴上と偶然に出会す。

「……まだ残っていたのか……。
 何か、用事でもあったのか?」

 俺に気が付いた鳴上は、少し驚いた様に微かに目を丸くした。
 部活に参加した後の鳴上は、結構な頻度で一条や長瀬と一緒に帰っている様なので、こうやってここで出会すのは中々珍しい。

「ん、あー……途中で先生に掴まっちまってな……。
 資料室の片付けを手伝わされてたんだ。
 んで、それが終わってもう帰ろうとしてた所」

 そう説明すると、鳴上は少しだけ目を細めて、僅かに微笑んでいる様な顔をした。

「成る程、それは大変だったな。
 お疲れ様、花村。
 労いがてら、惣菜大学か何処かで奢ろうか?」

「マジ?」

 マジだ、と鳴上は頷く。
 そのお言葉に甘える事にした。




◇◇◇◇◇




「ビフテキ串DXで良いか?」

「DX? ビフテキ串にそんなのあったっけ?」

 店先で注文しようとしていた鳴上がこちらに振り返りながら訊ねてきた。
 初めて聞いたその商品名に、俺は少し首を傾げる。

「お得意様限定で、売ってくれているらしい。
 この前、店主さんとちょっとしたご縁があってな。
 それからこのDXも売ってくれる様になったんだ」

 はい、と鳴上から渡されたビフテキ串は、“DX”の名に相応しく、通常の倍近い大きさだ。
 鳴上にだけ奢らせるのも悪いと感じ、近くの自販機でオレンジジュースを買ってそれを渡す。

「へー、ご縁って、何があったんだ?」

「ちょっとした頼まれ事だ。
 まあ、割りとそういうのを頼まれ易い質なんだろうな、私は」

 そう言いながら、鳴上は店先に設置されたテーブルに腰掛け、ビフテキ串DXを頬張った。
 ……頼まれ事、か。
 鳴上が色んな人からの頼まれ事を色々と引き受けている様だ、というのは前から知っていた。
 ちょっと無茶な事を頼まれても、嫌な顔一つせずにそれを要望通りにこなしてしまうからだろうか。

 思い返せば、虫籠一杯に虫を捕獲している所に出会した事もあった。
 今になって気になったので鳴上に尋ねてみると、どうやらそれも誰かからの頼まれ事であったらしい。
 鳴上曰く「アキヒコに貢いでいるんだ」そうだ。
 アキヒコとは、何処の虫取り小僧だろうか……? 
 また、恐らくは釣りたてだったのだろうクーラーボックス一杯の魚を持って、夜の商店街を歩いている所にも出会った事がある。
 それもまた、誰かが欲しがっているから持ってきていたらしい。
 迷い犬を探して、稲羽の町を歩き回った事もあったのだとか。
 校内外問わず、色んな人の相談に乗ったりもしている様だし……。
 気付けば、町の色々な人から、鳴上は好意的な目で受け入れられていた。

 鳴上は、他人に対して「頑張ってるな」とか「お疲れ様」と言って小まめに相手を労ったり、相手の努力とかを褒めたりしているが、鳴上の方こそがどう考えても頑張り過ぎている事も結構ある様に俺は思う。
 色々な事を幾つも抱え込みながらも全てキッチリやれる位、鳴上は能力が高いのだろうけれど、それを鳴上が誇った事は無い。
 高圧的な所や嫌味な所が無いからこそ、色んな人が安心して鳴上に相談事を持ちかけているのだろう。
 要は、鳴上は良いヤツなのだ。
 普段は無表情だけど、爆笑したりこそしないが結構頻繁に微笑んだりはしているし、哀しい事があったらそっと目を伏せたりする。
 基本的には真面目だけど、案外ノンビリしている所もあって、偶に押しに弱い。
 ふとした拍子に、ボケたりもしている。
 かなりマイペースで、割りと天然な所もある様な気がする。
 そして何よりも、鳴上は人をよく見ている。

 ……鳴上を見ていると、敵わないなぁ、と時折思う。
 その(肉体的・精神的な)強さも、心の広さも、俺では敵わない様な気がして、その事に憧れと少しだけ複雑なモノを感じる。
 相棒だと俺は思ってるし、鳴上もそれには頷いていたけれど、俺は本当に鳴上の相棒としてやっていけているのだろうか……。
 鳴上からの信頼は感じている。
 しかし、俺が望む様な……肩を並べてお互いを補い合う様な相棒であれているのかは、少し自信は無い。
 ……それを直接口に出して鳴上に言う事は、絶対に無いだろうけれども。

 その時、視界の端を、数人の買い物帰りと思わしきジュネスの買い物袋を提げた主婦たちが通り過ぎた。

「……ほら、あそこに居るのって……」
「あのジュネスの……」

『惣菜大学』の横にある、閉店してシャッターが降りたままの『ナカニシドラッグ』の前で立ち止まった主婦たちが俺を見てヒソヒソと……しかしこっちにまでハッキリと聞こえる声で立ち話を始める。
 ……態とそう話しているのだろう。
 ……よく、ある事だ。……商店街の近隣では、特に。

 商店街の客がジュネスに取られてしまったのは否定し様も無い事実だし、それについては俺だって思う所は確かにある。
 特に、八十神高校は商店街に一番近い市内の高校であるだけあって、商店街の関係者が多く通っている。
 必然的に、意識しない訳にはいかなかった。
 勿論、商店街とは無関係な生徒も居るし、例え関係者でも皆が皆ジュネスに対して敵意があるのかと言えば、それは違うが。
 目に見える敵意も、目に見えない敵意も、散々ここに来てから味わってきた。
 抵抗が、反発が、そういった諸々の負の感情がそれらの敵意に対して生じていない訳じゃない。
 ……あったからこそ、俺の『シャドウ』は生まれたのだから。
 俺は確かに『シャドウ』を認めてそれと向き合った。
 だけれど、自分の『シャドウ』を俺自身が認めたからと言って、商店街の関係者の人たちや町の人たちがジュネスや俺に向ける悪意が無くなったりした訳では無い。
 ……田舎と言うのは、かなり排他的な場所で、波風立てる事を善しとはしない。
 ……だから俺に出来るのは、その悪意を黙殺する事だけだった。
 俺が何も言わず、更には反応しない事を良い事に、主婦たちの立ち話の内容はどんどんとヒートアップしていく。
 最初は、閉店した店がその後どうなっているのだとか、潰れた店の子供が八十神高校の生徒なのに、どんな気持ちで通っているのだろうだとか、そう言った話から、次第にジュネスへの恨み節へと移行し、遂にはそこでバイトをしていた……小西先輩を誹謗中傷するかの様な内容へと移っていった。

「それでね、家業が危ないって言うのに早紀ちゃんがジュネスなんかでバイトするから……」

「そうよねぇ、小西さんの所、ジュネスが来てからの売り上げが……」

「そう言えば早紀ちゃんと言えば、去年の夏に……」

「そうそう、そんな事があったのよねぇ。
 本当に、親不孝と言うか……」

 小西先輩を好き放題に無責任に誹謗中傷する主婦達の会話に耐えきられず、俺は俯いて意図しない内に唇を噛む。

 その時、何かが破裂した様な……そして金属がひしゃげる様な音が耳に飛び込んできた。

 驚きのあまり反射的に顔を上げると、鳴上が、見事にひしゃげたジュース缶の残骸を片手に、今だかつて見た事が無い程その瞳に怒りに似た感情を灯しながら、主婦たちを憤りを含んだ視線で射抜いている。
 鳴上の腕の辺りまで飛び散ったオレンジジュースがポタポタと垂れ落ちていた。
 しかし、垂れ落ちる滴は一顧だにせず、鳴上は静かに……いっそ気品を感じさせる所作で席を立つ。

「……あなた達に……」

 何時もの様に静かな……、しかしその胸の内に湧き上がった怒りを殺し切れていない声で、鳴上は主婦たちに向けて声を上げた。

「花村の何が分かる……。
 花村の何を知っている……! 
 ロクに知りもしない花村の事を悪し様に言う権利など、あなた達にあるのか……?
 花村の事も、小西先輩の事も……! 
 あなた達が中傷して良い理由なんて、何も無い……!!」

 決して鳴上は主婦達に怒鳴った訳でも声を荒げた訳でもない。
 しかし、そこには有無を言わせぬ程の、そういう力が有った。
 鳴上の迫力に気圧されたかの様に、主婦達は顔を強張らせながらそそくさとその場を退散して行く。
 主婦達が完全に立ち去って行った事を確認してから鳴上は再び座り直し、そこで漸く「あっ……」と小さく呟いて、握り潰したスチール缶を認識した様だ。
 途端に戸惑った様な……困った様な顔をしてチラリとこちらを窺ってくる。
 何か言うべきだとは思うのだが、初めて見た鳴上の姿に、頭が何処か上手く働いていない。
 鳴上は腕にかかったジュースをハンカチで拭い、僅かに溜め息を吐いてから頭を振った。
 そして、意を決した様な顔をして一瞬俺を見てから、ポツポツと話し始める。

「…………すまない、花村。
 ……何て言うのか、その……。
 あの人たちが、花村の事とか……小西先輩の事とかで勝手な事を言っているのが、どうにも気に障ったと言うか……、許せなかったと言うか……」

 何事もハッキリと言葉にする鳴上らしくなく、何時になく戸惑いながら鳴上は言う。

「……オバサンたちの井戸端会議の噂話なんだし、……一々気にしなくたって良かったんじゃないのか?」

「……それは、……そうなのかも知れないが……。
 しかしだな、あの人たちは、ここに花村が居るのを分かってた上で、あんな勝手な事を言ってて……。
 ……いや。花村が、波風を立てない様に色々と黙って耐えていたのは知っていたんだけどな……」

 歯切れ悪くそう語る鳴上は、心底困った様に息を吐いた。

「……正直、私自身、困惑しているんだ。
 何と言うのか……さっきみたいに、感情任せに行動した事って、殆ど無くてだな……。
 ……でも、花村が辛そうだったから。
 …………つい、カッとなって……?」

 恐らくは怒りの余り握り潰してしまったスチール缶を、溜め息を吐きながら鳴上はゴミ箱に捨てる。
 鳴上自身、整理が付いていない事らしい。

「……ま、でも、何かありがとな、鳴上」

 ……鳴上がある意味俺の為に怒ってくれたのは事実だろう。
 そしてそれは、俺にとってとても嬉しい事だったのだ。
 だからそう礼を言うと、鳴上はキョトンとした様に首を傾げた。

「何故花村が礼を言うのかは分からないが……。
 まあ、……どういたしまして……?」


 その後、鳴上と事件の話をしてから、その日は鳴上と別れた。
 その日は、少しだけ何時もよりも楽に眠れた気がした……。






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