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天泣過ぎれば

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 数日経っても解呪方法は未だ見付からず、とうとう明日には王都に帰り着いてしまう。
 最早この獣の身体にも慣れたもので、今となっては元の姿よりも遥かに素早く動ける位だし、ルフレとの不思議な共同生活にも慣れてきた。
 相変わらず思い詰める様な表情をしている事が多いルフレだが、そんなルフレを励まそうとしてか、馬車での道中で共に過ごす時にはリズが何かとちょっかいをかけていて、それによって多少は張り詰めていたその意識も適度に緩んでいた。
 …………まあ、その時にリズがやたら狼の姿となったクロムで遊ぼうとするのは少々悩みの種ではあるのだが。
 そりゃあ中身は元のクロムのままなのだし、普通の犬や動物にやれば威嚇されそうな事をやられてもそこは我慢するのだけれども。
 揉みくちゃにされたり、ひたすら肉球を触られたり、耳を弄られたりするのはあまり嬉しくは無い。
 ……多分それは、リズまで悲壮な雰囲気で居ると益々ルフレが思い詰めてしまうしクロムも気分が沈み込んでしまうから、敢えて悪戯する様にしているのだろうけれども。

 揉みくちゃにされて毛並みがボサボサになったクロムを見かねてか、ルフレは空いた時間でクロムにブラッシングを施してくれるようになっていた。
 最初の内こそ少々危うい手付きであったが、直ぐにコツを掴んだらしくどんどんとその腕は上達していて。
 今となっては、あまりの心地好さにブラッシング中に眠くなってくる程である。
 正直な所人間として毛繕いされて喜ぶのはどうなのかとは思わなくはないのだが、今の身体は狼なのだからその辺りは仕方がないのだしルフレの厚意は素直に受け取るべきであるとクロムは割り切っていた。

 ルフレと言えば。
 どうやら悪夢に魘されるのはあの日の夜だけではなく、少なくともクロムが夜を共にする様になってからは連日何かしらの悪夢に苛まれていた。
 恐らくは、クロムが知らなかっただけで、ずっとこうだったのだろう……。
 悪夢に苛まれてろくに眠れないから、ルフレはああも寝不足がちだったのだろうか……。

 ずっとルフレの事を見ていたのに気付いてやれなかった悔しさを懐くと同時に。
 きっと他人には隠そうとしてきたそれらを、不測の事態があったからとは言え、こうしてクロムだけにはその苦しみの片鱗を僅かながらも垣間見させてくれている事への、言葉には言い表し難いほの暗い喜びと優越感が綯い交ぜになった複雑な感情を懐いてしまう。

 ……まあ、ルフレへの恋心と執着心によって複雑な様相を呈しているクロムの心中は捨て置いて。

 毎夜の如く悪夢に魘されているルフレだが、どうやらクロムが寄り添っているとその苦しみも多少は軽減されるらしい。
 その為、クロムはルフレが悪夢に魘されていると必ず触れ合う様にして寄り添って眠る事にしている。
 悪夢に魘されてから寄り添うよりも最初から寄り添って寝れば良い話なのだけれども、クロムがそうしようとするとルフレは遠慮してしまってそもそも寝ようともしてくれなくなるので、若干不本意ではあるのだがルフレが魘され始めてから寄り添う様にしているのだった。

 ……尚、そうするとほぼ確実にルフレに朝まで抱き枕にされてしまう。
 ……寝ている中での無意識の行動なのだろうし、他意は無いのだろうけれど。
 それでもやはり、特別に想っている相手から(狼の姿であるとは言え)全力で抱き締められるのは、クロムとしては色々と思ってしまう訳なのだ。
 抱き締められるのなら狼の姿ではなく元の人間の姿の時が良いとか、悪夢に魘されているルフレを抱き締めてやりたいとか。
 ……まあ、元の姿に戻ったなら、恋人や夫婦になりでもしない限りはこうしてルフレと共に夜を過ごすと言う事も出来なくなるのだろうけれど……。

 それを思うと、クロムは憂鬱な気持ちになってしまう。

 何時しか線を引かれてしまったかの様に離れてしまったルフレの心や想いに、こうして僅かばかりでも寄り添う事が出来ているのは、それがこの身が呪われてしまったが故とは言えども、何にも代え難い程にクロムにとっては尊い時間であった。
 無論、このままで良い訳なんて一つも無い。
 人に戻れなければ、ルフレへこの想いを告げる事すらも叶わないのだから。
 しかし、人に戻ってしまえば、またルフレが離れてしまうのではないかと、そんな不安がどうしても付き纏ってしまう。

 一刻も早く呪いを解いて元の人の姿に戻りたいと切実に願う一方、ほんの少しだけだが、今のこの奇妙なルフレとの時間がずっと続けば良いのに……ともクロムは心の片隅で思ってしまっていた。





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