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本当の“家族”

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【2011/06/01】


 長瀬と二人で仕組んだサプライズの練習試合の決行日は今日。
 花村と巽くんに大まかな事情を話して協力を仰いだ所、有難い事に二人とも快諾してくれた。
 遅れて体育館にやって来た一条は、バスケ部でもない長瀬と花村に……学校では不良扱いされている巽くんが居る事に目を丸くする。
 更に続いて対戦相手の他校の選手がやって来て、そこで初めて試合をする事を知った一条は唖然として、驚愕のあまり鈍くなった思考で辛うじて絞り出す様に声を出す。

「えっ、はっ? 
 ちょっ、いやいやいや、だって人数足んないじゃん! 
 試合出来ねーよ」

 慌てる一条に、長瀬が花村たちと自分を指す。

「人数? それならここに居るだろう?」

「どもっス」
「お邪魔してまーす」

 長瀬に言われ、巽くんと花村は一条に挨拶をする。
 まだ事態を呑み込み切れていない一条に、長瀬は指を突き付けて言い切った。

「いいか、お前一人で頑張ったって何も出来ねえ。
 けど、俺らがこうやってここに居るし、こうして集まってきてくれた奴らだっている。
 それを忘れんな」




◇◇◇◇◇




 そうこうする内に試合が始まった。
 戸惑っていた一条も、いざ試合が始まると途端に目付きが変わり、その目に闘志が灯る。

 矢張一条の動きは凄い。
 こちらも負けじと、敵のディフェンスを躱したり、フェイントをかけたりして善戦するが、相手チームの動きも鋭い。
 シュートを決めた直後に取られたボールが素早く自陣へと流れる様なパスで回される。
 点を入れては逆に入れ返され、気の抜けない一進一退の状況が続く。
 ルールをあまり分かってない長瀬や花村たちも善戦してくれているが、敵のフェイントに翻弄されて、中々得点源になれない。
 そして、相手側のブザービーターで試合は終了。
 点差は一点だった。

 練習試合を組んでくれた他校の選手に礼を言い、そして、急な話だったというのにも関わらず集まってきてくれた花村たちに礼を言ってから解散する。
 解散して花村たちを見送った後、一条と長瀬に連れられて三人で屋上へと行く。
 仰向けに寝転ぶ一条の顔は何処か清々し気だ。

「あーあ、負ーけちったなー。
 オレと鳴上、何か乗り移ったみたいに絶好調だったのに……」

「…………」

「まー、トラベリングも知らないヤツとか居たからなー……」

「…………」

「“いいか、お前一人で頑張ったって何も出来ねえ。”とか、カッコイイ事言ってたなー」

「……るっせーよ、アホ! 
 大体なぁ、今日の試合は……」

 黙って一条の言葉を聞いていたが、カチンときて言い返そうとした長瀬の言葉を遮って、笑いながら一条は言った。

「分かってるって。
 ……オレの為、だったんだろ? 
 うん、何か……スッキリした。
 何つーかさ……、“一人じゃない”って、そう思えたよ」

 そう言う一条の顔は、試合をする前よりも格段に明るい。
 ……どうにか、励まし作戦は成功した様だ。
 それでも、一条の悩みの根本が解決された訳でもなく、一条は訥々と心境を語る。

「……最近、両親に申し訳なくってさ。
 今の両親がオレを育ててくれたのって、一条の家を継がせる為じゃん。
 でも、幸子が生まれてさ……。
 きっと将来は幸子が家を継ぐだろうし……。
 そしたら、何の役目も無いし血も繋がってないオレなんて……。
 …………居たってしょうがないって言うか……。
 育てる価値、全く無いじゃん……。
 ……オレ、……出てった方が……良いのかな……」

「……それを誰かに言われたのか?」

 フッと暗い顔をする一条に問い掛けると、違う、と首を横に振った。

「いーや。みんな優しいからさ、何も言わない。
 ……オレがそう思ってるだけ」

 そう言って一条は空を見詰める。

「血が繋がってなきゃ、本当の親子じゃないって思うのか?」

 長瀬の言葉に、一条は肩を竦めた。

「……そりゃキレイ事だよ、長瀬」

「キレイ事って、そんな言い方……」

 そう言い返されそうになった一条は起き上がって、長瀬に感情を抑えきれない声で捲し立てる。

「血が繋がってなくても親子って言うなら、何でまだ二歳の幸子に英才教育すんだよ! 
 家庭教師まで付けてさ! 
 オレにバスケして良いって……何で言うんだよ……。
 習い事も、もう止めても良いし、公の場に出なくても良いって……、何で言うんだよ!? 
 オレが要らないって事だろ? 
 もう、役目も無いって事なんだろ!?」

「…………」

 一条の思いに、長瀬も自分も、何も言えなかった。
「それは違うだろう」、「そんな事はないだろう」、なんて、軽々しくは言えない。
 特に自分は、一条の家の人たちに逢った事もないのだから。
 一条はふと我に返った様に顔を微かに伏せた。

「……ごめん。
 お前らに怒鳴ったって、仕方ねーのに……。
 ……今度、……施設に行ってみる」

「施設って……お前が居た所か?」

 長瀬が訊ねると、一条は頷く。

「そう、孤児院」

「……何か、そこに用事でもあるのか?」

 そう訊ねると、ポツリと一条は言葉を返す。

「……本当の親の事、聞こうと思って。
 オレ、何も知らないんだ。
 スッゲー小さい時から孤児院に居たし……」

 ……本当の、親、か。
 一条をその孤児院に預けたのはどういった理由だったのだろう。
 事故とかで命を落としてしまったからなのかもしれないし、その他の止むに止まれぬ事情だったのかもしれないし、はたまた下らない理由や、もしかしたら虐待とかなのかもしれない。
 ……一条のその目は微かに不安に揺れていた。

「……一緒に行こうか?」

 一緒に行ったからどう、とはならないかもしれないが、少なくとも独りではないという気持ちにならなれるだろう。
 そう思い申し出たが、一条は戸惑った様に首を横に振った。

「えっ……? 
 あ、……い、いいよ。
 流石にそんな迷惑、かけらんねーし」

 迷惑等では無いのだけれど……。
 まあ、一条がそれで良いと思うのならそれ以上は何も言うまい。

「お前がそうしたいなら、そうすりゃ良い。
 ……帰って来んだろ?」

 長瀬に問われ、一条は確かに頷いた。
 ……帰って来るつもりなのならば、それでいい。
 帰って来た一条を出迎えてやる位なら、一条も構わないだろう。

「その、……あ、ありがと、な。
 今日の試合の事もさ……。
 オレの為って、分かったから……、スゲー嬉しかった」

 一条は照れた様に笑う。
 喜んでくれたのが分かったから、こちらも嬉しくなる。

「試合、負けちゃったけどな」

 一条がそう言うと、長瀬は頭をガシガシと掻きながら反論した。

「るっせ。あー、アレだよ。
 “試合に負けて、勝負に勝つ”ってヤツだ」

「何も勝ってねーし」

 そもそも何と戦っているつもりだ。
 そう内心でツッコミながらも、二人の言い合いに思わず笑みが溢れた。
 すると、一条も長瀬も笑い出す。

 夕暮れ時の屋上で。
 一頻り、三人で笑い合った。





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 食材の買い出しに行くと、偶然にも里中さんと天城さんが立ち話している所に出会した。
 こちらには気が付いていない様で、二人の話には花が咲いている。
 ……どうやら、里中さんは天城さんの和服や黒く長い髪を誉めている様だ。
 ……確かに、高校生が普段から和服を着るというのはあまり無いだろうし、天城さん程艶やかで射干玉の様な黒く長い髪は、地毛が黒髪である事が多い日本人でも珍しい。
 大和撫子、をイメージする容姿である事は確かだ。
 そう言う魅力が男性陣の心を掴むのだろう、と里中さんが言うと、天城さんは、里中さんにも他には無い魅力があるのだと返す。
 それはそうだろう、と内心思ったが、続いて天城さん具体的な魅力のポイントとして、何故かジャンプ力を挙げた所には内心ずっこけた。
 それに心惹かれるのは、天城さんや割りと少数派の男性諸君だけだろう。
 だがしかし、その次に挙げた「何でも美味しそうに食べる」という点には確かに同意する。
 やはり、モノを不味そうに食べる人には魅力は感じにくい。
 所謂、「美味しそうに食べる君が好き」というヤツだ。
 が、里中さんは物凄く微妙な顔をしてその場を走り去り、天城さんもそれを追い掛けてその場を去ってしまった。





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 夕食後、バイトの応募を見事通過出来た為、早速バイト先の市立病院へと向かった。
 仕事内容は院内の清掃だ。
 制服と掃除用具を受け取って、仕事を開始した。

 ……清掃していると、医師達の仮眠室のある区画の近くまで来ていた。
 更に奥の方へと進むと、救急救命室の方にも続いているらしい。
 …………? 
 廊下にあるソファの下の所に、何かが落ちている。
 拾ってみると、どうやらネームプレートだった。
 どうやら、ここに勤務している医師のネームプレートの様である。
 ……何処かに届けなくては……。

 受付か何かを探そうと立ち上がると、奥の救急救命室の方から深緑色のスクラブを着た医療スタッフが、何かを探しているかの様にキョロキョロと下を見回しながらやって来た。
 ……もしかして、このネームプレートの持ち主だろうか。

「あの、すみません。
 お探し物は、これではないでしょうか?」

 そう声を掛けてネームプレートを差し出すと、医師は驚いた様にそれを受け取った。

「ああ、これだよ、これ。
 これを探していたんだ。
 えっと…………新しく入った清掃アルバイトの子かい? 
 拾ってくれてありがとうね。
 所でこれ、何処にあったのかな?」

 医師は穏やかな笑みを浮かべて礼を言った後で尋ねてくる。

「そこのソファの下に落ちていましたよ」

「ああそうかい、それは見付けてくれてありがとう。
 …………寝転んでた時に落としたみたいだな……。
 おっと、もう行かないと。
 じゃあね、バイト頑張って」

 そう言って、受け取ったネームプレートを胸元に留めて、医師は去って行った。






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