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本当の“家族”

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【2011/05/28】




 ……一条がサボってから次の活動日。
 一条は部活には参加しに来たが……どうにもやる気は出ない様だ。
 活動時間が終わり、他の部員たちが帰ってしまった事にも気が付いていなかった。
 その様子に、熱でもあるのか、と長瀬は心配する。
 熱……という問題でも無いのだろうが。
 先日言っていた件がまだ続いているのだろうか……? 
 どうであるにせよ、早く帰ってゆっくりと心も身体も休めた方が良いだろう。
 そう思っていると、唐突に一条は語り出す。

「オレってさ、……バスケやるにしちゃ、背が低いじゃん」

 それは確かにそうだ。
 バスケは身長が思いっきり有利不利に関わってくるスポーツである。
 背が高ければ高い程、ゴールポストに近付くのだからそれだけでも有利になる。
 身長に恵まれない選手が皆無とまでは言わないが、バスケが強い人と言うのは大抵背が高い人たちであるのもまた事実だ。
 身長が女子平均を飛び越え男子平均からも10センチ以上高い自分だって、(男子)バスケ部員としてみれば、全国的には平均に届くかどうかだろう。
 一条は、バスケ選手としては大分小柄の部類に入る。

「……まぁ、そうだな」

 そんなの態々言うまでの事か? とでも言いた気な顔で長瀬は頷いた。

「だから、背が高いヤツ抜いたりすんのがスゲー楽しいの。
 オレ自身の力って気がして。
 ……家もお婆様も妹も……。
 何も関係ない、オレだけの力」

「…………」

「けど、それが何になるんだろうって、……そう思っちゃってさ。
 ……結局、オレが一人で頑張っても、試合だって組めないんだし。
 意味も価値も……何も無いな、って」

 そんな事は、無い。
 ……そんな事など、無いだろう。
 努力する事には、意味も価値も……ある筈だ。
 ……今の一条は、疲れているのだろう。
 家からの反対が急に無くなってしまって、……ある種それへの反発も秘めてバスケに打ち込んでいたのだから、気持ちの行き場を見失っているのだろう。
 だけれども、今、その意味が分からなくなってしまっているのだとしても。
 今迄積み重ねてきたもの全てを、その意味を、否定して捨ててしまっては、きっと何時か、もう取り戻す事が出来なくなってしまった様な時に、後悔してしまうかもしれない。
 だから、……そんな事は言って欲しくは無い。

「一条……本気で言ってるのか?」

 長瀬は怒りを隠し切れない表情で訊ねる。
 それには答えず、一条は暗い表情のまま背を向けた。

「…………。
 ……今日はもう帰る。じゃあな」

 そしてそのまま振り返る事も無く去ってしまう。
 一条の様子に、長瀬は不可解だとでも言いた気に首を傾げた。

「どうしたんだ、アイツ……」

 ……長瀬は一条の事情を知らない様だ。
 あまり他人に話すべき内容でも無いが、長瀬には以前一条の事情を教えて貰った事がある。
 一条との付き合いも長く、親しい長瀬なら、今の一条の力になってくれるかもしれない。
 だから、出来るだけ主観を混ぜ過ぎない様にして、一条の事情を長瀬に話した。

「バスケ、反対されなくなったってんなら、寧ろ喜ぶんじゃねーの、フツーは」

 話を聞いた長瀬は釈然といかない、とでも言いた気な表情で首を捻る。
 ……そんな単純な問題でも無い。
 考えても分からなかったらしく、長瀬は頭を掻き毟って吠えた。

「ぬあー! 俺、アッタマ悪いから分かんねーよ!! 
 けどアイツ、“意味も価値も無い”っつったろ? 
 “試合も出来ない”からって。
 だったらさ、試合、やらしてやればいいんじゃねーの?」

 ……成る程、それは妙案だ。
 本人不在の所でどうにもならない事をウジウジと悩む位なら、兎に角何でもやってみる方が事態は動く。
 結局、やってみない事には何事も始まりはしないのだ。
 ならばやるのみである。
 長瀬の意見に賛同し、頷いた。
 が、しかし。
 試合をやるにしても、まずその相手を見付ける必要があるし、それにこちらの(幽霊)部員共も集めなければならない。
 残念ながらバスケ部は初心者だしこの辺りの他の高校に詳しい訳でもないから、この件に関してはあまり力になれそうにない。
 公式試合、という訳でもないだろうから、多分女子部員が参加する事にはそこまで目くじらは立てられないだろうけれど。
 ……長瀬にはそのアテがあるのだろうか? 

 だが、長瀬もあまりバスケの事にはそう詳しい訳でもないらしく、試合の相手やらその日取りやらの決め方は分からないらしい。
 が、ふと思い付いた様に、制服に着替えて帰ろうとしているバスケ部員を呼び止めた。
 そして、彼が密やかにバイク通学を行っている事をネタにして脅し、諸々の手続きを全て丸投げする。
 そして、他の部員達も弱味は握っているから多分ある程度の数は揃うだろう、と長瀬は笑う。

「成る程。
 こっちも、花村とか、来て戦力になってくれそうな人に声を掛けてみる」

 花村と巽くんなら、都合が合えば来てくれそうな気がする。

「おう、集められる数は、多ければ多い程良いだろうしな」

「所で、長瀬はどうする?」

「あー、そうだな。
 人数がキツそうだったら、俺も出るよ。
 バスケ、あんま知らねーけど、大丈夫だよな?」

 ……多分、大丈夫だろう。
 そんな事よりも、試合が出来るだけの人数を掻き集める方が余程大切だ。

「取り敢えず、人数を揃える方が先決だから問題無しだ」

 分かった、と答える長瀬と二人で頷き、一条を励ます為の計画がスタートした。




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 お風呂から上がると、叔父さんは何かの資料を熱心に見ていた。
 どうやら、車の資料の様だ。
 暫くは手を離せそうにないだろう。
 ……コーヒーか何か、用意した方が良いだろうか。
 ……いや、コーヒーを淹れるのは叔父さんにとっては叔母さんとの約束だから、そこは断られる、か。

「お茶でも淹れましょうか?」

 そう訊ねると、叔父さんは資料から顔を上げる。

「いや、いいさ。
 要らん気は遣わんでいい」

 苦笑した叔父さんは、ふと優しい目で此方を見上げた。

「そういや、さっき菜々子と話してて思ったんだが……。
 ……菜々子のやつ、最近、少し変わった様な気がするな。
 ……何て言うか……、強くなった。
 ……俺ばっかりが取り残されている様な気がするな……。
 ……悠希が来てから、ここが、……その、“家らしく”なってきた」


 “家らしく”……。

「家ってのはただの入れ物じゃない。
 家族が共に暮らし、共に生きる場所だ。
 一緒に笑い、泣き、時にはケンカもして……、人生の長い時間を共に過ごす……。
 そういう、暖かい場所だ」

 ……叔母さんを亡くしてから、この家にはそう言った暖かさが足りなかったのだろう。
 叔父さんは叔母さんの事件を追う事で頭が一杯だったし、菜々子はそんな叔父さんを慮って自分の思いを黙殺するばかりであったから。

「……千里を喪ってから、そんな事も忘れちまってたよ……。
 何よりも取り戻したかった筈なのに……、……何よりも避けていた気がするな。
 ……どうしてだか、分かるか?」

「……そう、ですね。
 ……きっと、叔父さんが怖がっていたからじゃ、ないですか?」

 叔父さんの気持ちが分からない訳ではない。
 喪ったものが大き過ぎて、それを再び喪うかもしれない、という事が恐かったのだ。
 もし、再びそれを喪ってしまっては、きっと自分は耐えられない、と、怯えてしまっていたから。
 だから、菜々子と向き合う事を避けてしまっていたのだろう。

「ははっ! 遠慮なく言いやがったな。
 ……ああ、そうさ……その通りだ」

 そう言って頷いた叔父さんは、少し俯く。

「後は……俺自身の問題なんだろう。
 どこでケジメをつけるかっていう……」

 叔父さんは目を閉じ一つ息を吐くと、首を横に振ってから、勢いよく見ていた資料を閉じた。

「あー、止めだ止めだ! 
 ったく、俺は今日は飲むぞ! 
 悠希、お前も付き合え。
 当然、お前はアルコールは抜きだがな。
 俺より先に寝たら逮捕だ!! 
 いいな! よし!」

 そんな横暴を言って冷蔵庫からビール缶を取り出していきなり栓を開ける叔父さんに苦笑しながら、自分もコップにお茶を入れる。
 乾杯、と缶とコップを触れ合わせた。
 その後は、叔父さんにおつまみを急遽用意したり、酔い潰れてしまった叔父さんを寝室まで運んだりしてから、眠りに就いた。





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【2011/05/29】


 本を買いに“四目内堂書店”に行くと、偶然一条と長瀬に行き遭った。
 長瀬が誘って、一条を連れ出したらしい。
 まあ、元気が無い時は、こうやって他の事で気を紛らわせる事も大切だ。

 どうやら長瀬は漫画を買ったらしいのだが……。
 何の手違いなのかは分からないが、少年漫画を購入したつもりが、少女向けの『魔女探偵ラブリーン』を買ってしまったらしい。
 日曜日の朝の時間帯にアニメもやってるあの作品の漫画版だ。
 菜々子も毎回楽しみに見ている。
 ……内容的には、魔法少女ものと探偵ものを混ぜた子ども向けの作品なのだが、相棒のキメ台詞が「蜂の巣にされたいか!!」というやたら物騒なものだったり、そもそもの謳い文句が「愛に疑問を感じたら、素行調査は弊社にお任せ!」だったりと、本当に子ども向けなのかは偶に首を傾げてしまいたくなるが……。
 まあ兎も角、長瀬が好んで見る様な内容では無いのは確かである。
 本の処遇に困った長瀬は、返品及び交換するのではなく、何故かこちらに「やる」と言って渡してきた。
 ……くれるというのなら、有難く貰っておくが……。

「えっ、鳴上って、そういうの読んじゃうの? 
 ハイエンドだなー……」

 一条が驚いた様に言うが、それには「違う」と首を横に振った。

「……いや、私が読む訳では無いのだけれど……。
 菜々子がこれのアニメが好きだから、折角だし、あげようと思って」

「あ、そっか。
 鳴上ん家もちっちゃい子いるもんな」

 一条が納得した様に頷く。
 そして、何となくの流れでオススメの漫画について三人で語り合った。
 好みの漫画を語り合う事で、二人との仲がより一層深まった気がする。

 そこに里中さんが通り掛かった。
 珍しい組み合わせの様に思われたらしいが、直ぐに同じ部活だったか、と思い至った様で納得した様に頷く。
 どうやら今から修行に向かう所の様だ。
 修行と聞いた一条は驚いていたが、長瀬は逆に流石だと頷いた。
 少し四人で話してから、その日は別れる。

 尚、お土産の『魔女探偵ラブリーン』は菜々子に大層喜ばれた。






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