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『ペルソナ4短編集』

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 コーヒー豆を挽く音が響くそれに耳を傾けながら、台所で熱心に手元に目をやっているその小柄な姿に目を惹かれていた。
 割と本格的にコーヒーを淹れるそれは、直斗なりの拘りなのだろうか。
 そう言えば直斗の理想はハードボイルドな格好いい探偵なのだから、そう言った探偵が好んでそうなそれに形から入っているのかもしれない。
 そう思うと、手慣れた手付きでコーヒーを淹れているその姿に、今目の前に居る直斗よりも幼い姿の彼女が一生懸命にコーヒーを淹れている姿を幻視してしまう。
 そんな事を考えていると知られたら、きっとむくれられてしまうのだが。

「はい、どうぞ」、と。恐らくは来客用のものであるのだろうマグカップに入れられた湯気の立ち上るコーヒーを手渡され、まずその匂いを十分に楽しんでから一口頂く。
 程よい苦みと酸味のバランスが実にこ好みの味だ。
 豆にもきっと直斗の拘りが詰まっているのだろう。

「うん、美味しいよ」

 そう答えると、直斗はホッとした様に微笑んだ。

「良かったです。自分以外の人にコーヒーを淹れるのって、お爺ちゃんを除けば先輩が初めてなので……。お口に合うか少し心配でした」

 身内以外では自分が初めてなのだ、と。そんな直斗の言葉に、どうしようもなく喜びと高揚感を感じてしまうのは。直斗に友情だけでなくもっと別の執着も懐いてしまっているからなのだろうか。しかしそれはまだ表に出すべきでは無い。
 だからこそ、それを隠す様に何時もの表情を装った。

「本当に美味しいよ、まるで喫茶店で飲むコーヒーみたいだ。
 直斗の好みの味なのかな? 俺も凄く好きな味だよ。
 豆にも拘ってるし、淹れ方にも拘ってる感じかな?」

 そう答えると、直斗はますます喜んだ様にその目を輝かせる。

「流石は先輩です。そういうのも分かるんですね」

 そう言って直斗は豆の品種や淹れ方のコツだとかを嬉しそうに話す。
「独りは寂しい」と、そんな心を抱えてはいても、様々な事情などもあって直斗の傍には家族以外は居なかった。同じ様な話題で語り合う様な相手も。
 だからこそ、今そうして話が出来るのが楽しいのだろう。
 自分の宝物を見せてくれている子供の様に、その表情も声音も何時もの冷静なそれと比べても弾んでいる。
 直斗から向けられているキラキラと輝く様な親愛の情が、目に見えるかの様であった。
 その全てが、何にも代え難く愛しいと思う。
 一通りコーヒーについて語って満足したらしい直斗に、そっと微笑む。

「堂島家ではコーヒーを淹れるのは叔父さんの仕事だから、八十稲羽に来てからは全然コーヒーを淹れる機会が無いんだけど。
 でも、今度は俺が直斗にコーヒーを淹れてあげたいな」

 この心に秘めた思いにはきっとまだ気付いていない直斗は、嬉しそうに頷くのであった。




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