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第四章 【月蝕の刃】

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 その鬼を一目見た瞬間。
 その鬼が、今まで対峙して来たどの鬼よりも遥かに強い事を確信した。
 上弦の弐の鬼よりも、上弦の陸の鬼よりも、遥かに強い。
 少々古めかしく感じる衣装に、禍々しい感じのする刀。
 単に鬼と言うよりは、侍やら剣士と言った方が近い出で立ちだ。
 確実に強い。刀を持っているからには、それが主な武器だろうか。
 その佇まいには、全く隙が無い。
 それだけでも、目の前の鬼が、未だ嘗て戦った経験の無い「武を極めた」存在なのだと悟る。
 圧倒的に理不尽な力で薙ぎ払ってくるのでも無く、「神」の権能を揮ってくる訳でも無く。
 しかし、武を極めその技を極めたその存在は、間違いなく強敵だ。

 そんな上弦の鬼を前にして、這いつくばる様にその頭を地に擦り付けている隊士が一人居る。
 何処からどう見ても必死に命乞いをしていた。……鬼に対して命乞いが有効なのかどうかは知らないが、死の瀬戸際に在って潔くそれを受け容れたり雄々しく散る事を選べる様な存在は決して多くは無い。どんな気高い志を持っていたとしても、逃れられぬ「死」に向き合った時にどの様な己が現れるのかを選べる訳では無い。
「死にたくない」と思う事もまた、人としては当たり前の反応である。鬼に対して有効かどうかはともかく。
 だが、その隊士を見て善逸が血相を変えた。知り合いだったのかもしれない。
 人としては仕方無くても、鬼殺隊の隊士としては忌むべき行為に出ているその姿にショックを隠し切れてない様子であった。

 目の前の脅威を正しく測り状況を判断するのと同時に、その周囲の状況も把握する。
 鬼からはやや離れた場所に、恐らく目の前の鬼にやられたのであろう数名の隊士たちが、血の海の中に倒れていた。
 手足が切断された様にあちこちに転がり、首が落ちている者はパッと見では居なさそうだが、その身が半ば両断されかかっている者は居た。
 即死したのか、それとも生きているのか……。それは分からない。生きていたとしても既に虫の息であろうし、こんな状態であればそう時間を置かず命を落とすしかないだろう。
 それでも、早くに対処すればまだどうにか出来る可能性は僅かながらにも残されている。ならば、彼等を見捨てる事など出来ないし、可能な限り全員を連れて一刻も早くこの場を離脱しなければならない。
 本来ならばこの場でこの上弦の鬼を倒すべきなのだろうが、しかし自分にとっては助かるかもしれない命をこの世に引き戻す方がより優先すべき事であった。
 この場にその他の一般人や、或いは付近に人の住む集落があるなら、被害の拡大を防ぐ為にもこの場で上弦の鬼を討ち取る事も選択肢に入れるが。しかし此処はとうの昔に廃墟となった廃村である為か生者の気配は血の海に倒れた隊士たちの他には無く、そして山中にある為他の集落までは随分と距離がある。
 ならば、負傷者を回収して撤退する事を最優先にするべきだろう。

「善逸! 玄弥! 頼んだ!」

 可能な限り現場に急行する為にセイリュウを顕現させたが、しかしセイリュウに物理攻撃に対する特別な耐性は無い。その為、鬼が此方に気付き何か攻撃を仕掛けて来る前に物理攻撃を無効化出来るペルソナへと切り替えなくてはならない。となると当然セイリュウは消え、自分達は空中に投げ出されたも同然となる。
 しかし善逸たちは声を掛けた時点で既にセイリュウの身体を蹴る様にして飛び降りていた。
 玄弥は迷わず負傷者たちの方へと走り、善逸は鬼の目の前で這いつくばる様に命乞いをしようとしている隊士へと霹靂一閃で一気に接近し、隊士へと伸ばされていた鬼の腕を斬り裂いて、そして隊士の身体を抱えて再び霹靂一閃で鬼の目の前から離脱しようとする。
 だが、凄まじい反応速度を見せた鬼は速度に優れた善逸の霹靂一閃すら見切り、己の腕を斬り裂こうとしたその刀をたった一撃で折って、更にその手に握っていた異質な刀を横一閃に振り抜いて善逸を斬り捨てようとした。

 ── 月の呼吸 壱ノ型……

「させるかぁああっっ!!!」

 恐らくは何らかの呼吸の剣技を繰り出そうとしていたそれを、一気に善逸たちとの間に割り込む様に飛び込んで、その勢いのまま一気に斬り上げる。
 イザナギの力を受けて刀身に紫電を纏ったその一撃は型を出される前に刀を持つ鬼の腕を斬り落とす筈だったが、しかしそれを見切られ、鬼は強引に型を中断し隙の無い足運びで僅かに後ろに下がる。
 凄まじいまでの反応速度と瞬発力だ。上弦の弐なら確実に首も落とせていた速さだったのだが。
 それに、振り抜きかけていた技を途中で強引に止めたその膂力も並大抵のものではないだろう。
 間違いなくこの鬼が、限り無く鬼の頂点に立つ存在である事を理解する。

 腕を落とす事は出来なかったが、善逸が隊士を抱えてその場を離れるだけの猶予は作る事が出来た。
 玄弥と一緒に他の隊士たちの救援に当たってくれる事を願うしかない。
 負傷した隊士たちや彼等の手足を一所に集め終えたら玄弥たちが合図をしてくれる手筈になっている。
 ならばそれまでは絶対に玄弥たちが狙われぬ様に此処でこの鬼を抑えなくてはならない。
 とにかく、この鬼は危険だ。
 三対の六眼が此方を見透かす様に見詰める。……その目に刻まれた文字は、「上弦」と「壱」。
 目の前の存在が上弦の鬼の中でもその頂点、鬼舞辻無惨その物を除けば最も強い鬼である事を示していた。
 全体的な姿形自体は、その顔の六眼を除けば異形の程度は少ないが。
 手にした刀は、柄の部分にも鍔の部分にも刀身の部分にもギョロギョロ動く目玉が付いたとにかく気持ちの悪い異形の刀である。鬼の美的センスはどうなっているのだと、もう何度目とも分からぬ疑問を懐いた。

「成る程……お前が……あの……『化け物』……。
 こうして……相見えるとは……僥倖と……。
 龍を……この目で……見たのは……初めてだ……。
 お前……名は……何という……」

 妙に間が長い鬼の発言に、名乗る義理など微塵も無いが、時間を僅かにでも稼ぐ為にも会話に応じる。

「鳴上……悠だ。
 上弦の陸や弐の様に、お前も俺を『化け物』だとか言ってくるが。鬼の間で流行っているのか? それは」

「なるかみ……鳴神……。その刀は……あの龍に……関係した……力か……? 
 龍が……出て来るとは……成る程……確かに……面白い……。
 あの方が……お前を……求めているのも……分かる……。
 此処で……大人しく……鬼になると……誓うのならば……。
 あの者たちを……見逃して……やっても良い……。
 鬼になれば……既に『化け物』であるお前も……更なる力を……得る事も……出来よう……」

 紫電が纏わり付いた刀を見て、何かを勘違いされている気がするが、それを訂正する気は無かった。
 そもそも此処で本格的に戦うつもりは無い。
 周囲に破壊してはならない建造物や巻き込めない民間人など居ない山奥であるのだし、善逸たちを巻き込まない様に注意する必要はあるものの必殺の攻撃を叩き込める状況下ではある。勝てるかどうかで言えば、勝てる。
 しかし、今は負傷者の救護が最優先事項であり、必殺の攻撃なんて使えば明らかに致命傷やほぼ致命傷を負った隊士たちを助ける様な力は残せない。鬼を殺す事に命を懸けている隊士たちにとっては、彼等の命よりここでこの鬼を討つ事を優先して欲しいと望むかもしれないが、しかし我儘かもしれなくても自分はそれを望まない。
 特捜隊のリーダーとして、何時だって最優先にするべきは人命だ。それだけは譲れない。
 助かる可能性が僅かにでもあるのなら、その手を取る事こそが自分の望みだ。
 そしてだからこそ、此処で自分の手札を無用に晒すつもりなんて無かった。どうせ鬼舞辻無惨を介して情報が共有されると言うのなら、「切り札」は文字通り鬼の目からは可能な限り伏せておくべきである。
 勘違いしたいならすれば良いのだ。鬼側に勘違いされた所で、それで困る事はあまり無いのだから。

 それよりも中々に聞き捨てならない事をこの鬼は宣った。
 鬼に成れ? 冗談じゃない。絶対に拒否する。
 しかし同時に納得した。上弦の陸と戦った時にやたらと捕獲しようとしていたのはこの為だったのか。
 鬼舞辻無惨が何故、自分を鬼にしようとなんてしているのかなどさっぱりその理由は分からないが。 
 上弦の鬼たち全員が、その主命を与えられているのであれば。あの上弦の陸の妹鬼が言っていた様に、自分を捕獲するその為に鬼舞辻無惨はその血を上弦の鬼たちに大量に分け与えている可能性はほぼ確定的になった。
 鬼舞辻無惨の血が濃ければ濃い程強い鬼である以上、今の上弦の鬼たちの強さがどうなっているのか、想像する事すら恐ろしい話である。
 自分の何が鬼舞辻無惨にそこまでさせるのかはさっぱり分からないが、しかしそうまでして捕らえたいのであれば、下手をするとこの場に第二第三の上弦の鬼が程無くして送り込まれかねない。
 目の前の上弦の壱だけなら、それに専念すれば善逸たちに害を与えない様に抑えきる事は可能だが。
 上弦の鬼が更に増えれば流石に抑えきれないかもしれない。そうなれば善逸たちの命が危険に晒される。
 一刻も早くこの場を離脱する必要が出て来たが、まだ隊士たちの救護は完了していないのか、玄弥たちからの合図は無い。

「鬼に成れと? それで俺が首を縦に振ると思っているのか? 
 それに、お前に見逃されなくても、俺が手出しをさせる訳無いだろう」

 互いに相手を牽制している為、互いに刀を構えてはいるがそれを振るには至っていない。
 鬼にとっては、恐らく『化け物』である此方の戦力が一切不明な状態で攻撃を仕掛けたくないのだろう。
 そして自分としては、無暗に攻撃を仕掛けたとして、その反撃が善逸たちにまで被害を与える可能性を考えると、その様な軽挙妄動には移れなかった。
 この鬼はまだ自身の血鬼術を見せてすらいない。ここまで武を極めた鬼が、全く方向性の違う搦め手の血鬼術を繰り出してくるとは思わないが。しかし警戒し過ぎても損は無い。

「随分と……あの者たちに……心を砕いている……。
 お前には……あの者たちを……見捨てる事は……出来ない……。
 しかし……奇妙な事だ……。
 何故……お前の様な……人世の理を……乱す者が……現れたのか……」

 此方の言葉に「ふむ……」と何かを考える様に唸った鬼は、そんな疑問を口にした。
 何故この世界に居るのか。それは自分にも分からない。
 そもそも夢で何か見る事自体に、その必然性や意味なんてそう大事な事では無いだろう。
 ただ……どうしてこの世界に夢の中で迷い込んだのかは分からなくても。
 今こうしてこの場所に立っている事の理由なら、ちゃんとある。

「その理由は俺にも分からない。だが、此処に立つ理由は、分かる。
 お前みたいに人の命や心を平然と踏み躙る鬼から、大事な人や、大事な人の大切なものを守る為だ。
 それに人世の理がどうだとか言うが、人の世に寄生してそれを乱し啜るしか能が無いのはそっちの方だろう。
 人の心に哀しみと怒りと絶望を撒き散らして、お前たちがこの先一生懸けたとしても生み出す事なんて出来やしない数多の命を踏み躙って貪って。不老と強靭な再生能力に驕って、醜悪な生き方を然も特権の様に囀る。
 そんなに長く生きたとして、一体何をする? 何がしたいんだ? 
 無限に生きたとして、生きる意味や生きる甲斐の無い一生なんて、目的も目標も無いまま惰性で過ごす永遠なんて、永劫の果てでも終わらない地獄の刑罰とどう違うんだ。少なくとも俺はそんなのは嫌だ。
 無限に生きたって、俺の大事な人たちが其処に居ないなら意味が無い、ただ虚しいだけだ。
 誰かに貰ったものを別の誰かに託して、そうやって繋げていく事こそが、生きる事の素晴らしさだ。
 お前は、鬼に成って、誰かに何かを繋げる事が出来たのか? 自分と、そして別の誰かの心を変えていく事は出来ているのか? お前は本当に、『生きている』と。そう心から自分のその在り方を肯定出来るのか? 
 俺は、己の心を自ら虚ろの森に閉じ込める事も、自らを禍津に堕とす事も、絶対にしない」

 そう啖呵を切る様に、断固拒否の姿勢を示すと。
 口にした言葉の何かが鬼の心の弱い部分に触れたのか、その気配が騒ついた。
 怒り、自己嫌悪……いやもっと深くドロドロとした感情の渦。それがこの鬼の中に渦巻いたのを感じる。

「お前に何が分かる……この世の理を乱す『化け物』に……一体何が分かると言うのだ……。
 お前は……この世に在ってはならぬ『化け物』だ……。
 此処でその首を落として……鬼にしてやろう……」

 そう言って、鬼はその刀を大きく振るった。

 ── 月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・蘿月

 その斬撃は、まるで超巨大な鋸の刃の様だった。
 更に、その斬撃に更に小さな無数の斬撃が纏わり付いていて、一切の逃げ道を塞ぐかの様に迫り来る。
 余りにも広大な範囲を削り取るその攻撃は、下手に避けると最悪二十メートル以上は離れている場所に居る善逸たちにまで届いてしまうかもしれない。
 だから。

 十文字斬りを繰り出して、どうにかその巨大な斬撃を全て叩き斬る。
 細かい斬撃にはどうしても当たってしまったが、物理攻撃は効かないので問題は無い。
 しかし、この細かい斬撃も普通に喰らっていればザックリとやられてしまう事だろう。

「ほう……今のを防ぐか……。しかし……確かに斬り裂いた筈だが……。
 面妖な力によるものか? やはり『化け物』だな……」

 どうやら鬼は、細かい斬撃が当たった筈なのに無傷である事に驚いているらしい。
 この鬼の血鬼術は、斬撃に付随する様に無数に発生する小さな斬撃だろうか。
 今の自分には効かないから問題は無いが、しかし大小様々な軌道で迫って来るそれを初見で見切って回避するのは相当難しいだろう。
 そして。

 ── 月の呼吸 参ノ型 厭忌月
 ── 月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月
 ── 月の呼吸 陸ノ型 常夜孤月・無間

 有り得ない様な速さで矢継ぎ早に鬼は型を繰り出してきた。
 鬼の尋常では無い膂力による強引な動きと、そして疲れ知らずの無尽蔵の体力が成せる業だ。
 その一つ一つの攻撃範囲は、刀一本で生み出しているとは到底思えない程に広く、瞬く間に周囲一帯が斬り裂かれてゆく。
 どうにか、善逸たちの居る場所にまで影響が出そうな攻撃を相殺するが、しかしキリが無い。
 鬼はまさに羅刹の如き動きで次々に技を繰り出している。
 間合いの内側に居る状態だと、ほぼ防戦一方になってしまう。
 ヨシツネに切り替えて『八艘飛び』で強引に切り開く事も一瞬検討するが、連発出来るか怪しい状況では少し躊躇いが在るし、何より此処で無用に手札を晒すべきでは無い。
 間合いの外に出るのは、善逸たちの事を考えると避けるべきだ。
 それに、この鬼にも何か切り札があるかもしれない。
 今後の戦いの事を考えると、此処でその全ての手札を曝け出させるべきなのだろうが。
 しかし、その結果超広範囲に効果が及ぶ様な攻撃を繰り出されてしまえば、自分以外の命が危険に晒される。
 あの妓夫太郎の毒の血の沼の様なものが飛び出てくると、善逸たちを守り切る事は流石に厳しいだろう。
 だから、それを切らせるまででも無いと思わせる事も重要であった。

 斬り込んでも斬り込んでも一向に攻撃が通らない事に、鬼は業を煮やした様に更に連撃の速度を上げて斬り掛かって来る。それに対応する様に斬り結ぶが、そもそもの剣の技術と言う意味ではハッキリ言って自分では全く話にならない程に、この鬼との自分との間にはどうしようも無く差がある。
 言ってしまえば、自分のそれは喧嘩殺法と言うのか……かなりの力技であり、洗練されたそれとは雲泥の差なのだ。ペルソナの力で上がった身体能力でゴリ押ししていると言った方が良い。
 そして、そんなゴリ押し剣術は、剣術を極めた者にそう簡単には通用しない。恐らく、その動きを全て見切られているのだろう。
 物理耐性があるという程度なら鋼鉄製の巨人だろうと戦車だろうと何だろうと叩き斬ってしまえる威力があったとしても、それが当たらないのなら意味は無い。ペルソナの力を借りればまた話は違うかもしれないが。

「随分と拙い剣技だ……。ただ刀を握って振り回しているのと……大差無い……。
『化け物』ではあるが……。それだけだ……」

「俺は剣士でも何でも無いからな。剣術を教わった事なんて一度も無い。
 お前みたいに剣術を極めた相手からすれば、我流と言うのも烏滸がましい位だろう。
 だが、それがどうした。剣術を極めていようがいなかろうが、戦う事自体には関係無いだろう」

 滅茶苦茶な広範囲攻撃を捌きつつ、そう答えると。
 鬼は何故か僅かに動揺する。

 そしてその時。

「悠ぅぅーー!!!! これを使えぇーーっっ!!!」

 背後から玄弥の叫び声と共に、僅かにそこに目をやると何か細長い物が勢いよく飛んで来た。
 それを咄嗟に掴んで受け取ると、それは玄弥の日輪刀だった。
 脇差の様な大きさのそれを、その柄を強く握り締めて反射的に引き抜く。
 その途端、色の変わらない日輪刀が、まるで炉の中で熱されている最中であるかの様な見事な赫に染まった。
 そして、その赫に染まった日輪刀を見た瞬間。
 鬼は今までに無い程に動揺し、その目は自分を通して『誰か』を見るかの様に慄いた。

「何故だ……! 何故、何故お前がそれを……! 
 よりによって、剣技などろくに知らぬお前が、何故……!」

 良くは分からないが、この色に染まる事には何か意味がある様だ。
 玄弥の日輪刀を使わせて貰っているが、あの試し用の日輪刀の有様を思い出すに、恐らくまともに使えるのは一二回だけだろう。だが、それだけあれば十分だ。

 ただ一撃でこの鬼の頸を、ここで斬ってやれば良い。

 身体全体に紫電を纏わせ、その力で一気に自分自身を撃ち出す様にして、その首を目掛けて全力の突きを狙う。
 直撃すれば、電撃の威力も合わさって確実に首を吹き飛ばせただろうその紫電の一閃は。
 刹那とも言えるその瞬間に、反射的に鬼が身を僅かに引こうとした為、その左肩を吹き飛ばすに留まった。
 鬼の身を貫いた瞬間に、玄弥の日輪刀はそれに耐えられなかったかの様に刃が融ける様に折れてしまう。
 だが、日輪刀によるその一撃は極めて有効であった様で、突きによって吹き飛んだ左肩の大半は中々再生しない様だ。苦悶の表情を浮かべた鬼は、そこが中々再生しない事に驚愕した様な表情を浮かべる。
 そして、次の瞬間には。今までの比では無い程の強烈な斬撃を繰り出してきた。
 左肩が使い物にならない為右手一本で振っているにも関わらず、その攻撃の冴えは衰えない。
 そして恐ろしい事に、その攻撃範囲が倍近くにまで伸びた。
 どうして突然、と驚くと。その手の中の刀の形が異常な変化を遂げている事に気付く。
 大太刀か何かの様に異常に長く、そして七支刀の様に途中で三つの枝分かれをしていた。
 どうやら鬼は刀の形状も変化させられるらしい。
 磨き抜かれた剣技を活用する為に、刀の形状自体からは大きく逸脱させる事は無いだろうが。
 その刀身の伸縮が自在であるなら、その間合いを完璧に見切る事は極めて困難である。

「滅茶苦茶だな……!」

 思わずそう吐き捨てた瞬間。

「悠さん! 完了したよ!!」

 善逸の声が、待ちに待った瞬間が訪れた事を教えてくれた。
 もう此処に長居する理由は一つも無い。
 一刻も早くこの場を離脱して、負傷者の手当てを行わなければ。
 しかしその為には、どうにかしてこの鬼の行動を一時的にでも止めなくてはならない。
 このままでは善逸たちの下に行く前に、一気に薙ぎ払われてしまう。
 だから、《《少々強引に》》やる事にする。

 十握剣を強く握り、『タルカジャ』と『チャージ』で己の力を限界以上に引き出した。
 そして、鬼が放ってくる型をどうせダメージは一切通らないのだからと全て自分の身体で受け止めながら、十握剣を大きく横に振り被る。
 その刀身に強烈なまでの雷が宿り、本来の刀身以上に雷の刃は伸びた。

「──雷神斬!!」

 鬼が完全に型を使い回避出来ない瞬間を狙って、異形の刀の刀身ごと叩き斬る様に、振るわれた神雷の刃は鬼の頸に吸い込まれ、そしてそれを焼き潰す様に斬り飛ばした。
 頸周りは一瞬で炭化して、その断面は炸裂した雷撃によって黒焦げになっている。
 そして、胴体から弾け飛ぶ様に落ちたその首を。

「せやぁぁああっ!!」

 全身全霊の力で彼方へと蹴り飛ばす。
 日輪刀で斬った訳では無いので死にはしないが、しかし鬼にとっては落とされた首が重要なものである事には変わらないので、少しでもその再生を妨害する為の行動だ。
『タルカジャ』によって強化された力によって全力で蹴り飛ばされた首は、かなり遠方にまで飛んで行った。
 突然のそれに、残った身体の方の動きが明らかに鈍る。
 反撃の様に放たれた攻撃にはやや冴えが無く、頭が無いからか此方の攻撃を見切る力も無くて、軽く放った『ジオダイン』で吹き飛ばす事が出来た。
 血を採れなかった代わりに、切断した異形の刀の刀身を拾って手早く布に包んで回収する。
 そして、全力で善逸たちの下へと向かう。

「善逸! 玄弥! 全員の身体を確り掴んでくれ!! 
 この場を離脱する!!」

 鬼に命乞いをしていた隊士を含めて、元々この場に居た隊士は四名。
 善逸たちは斬り飛ばされた彼等の手足も回収してくれていた様で、少なくともこの場にあるその数に不足は無い。なら、大丈夫だ。
 善逸と玄弥が其々隊士たちの身体を確り掴んだのを見て、その二人の背に触れながら、『トラエスト』を使う。
 その瞬間、独特の感覚と共に、一気に周囲の景色が変わった。


『トラエスト』によって辿り着いたのは、蝶屋敷の中庭だ。
 あの山中と蝶屋敷まではかなりの距離があったからか、正直かなり辛い。
『トラエスト』を使うとどうやらこの中庭に帰って来る事が出来る様なのだが、移動した距離によって消耗の程度が変わる。あの上弦の壱との戦いで極力スキルを温存していなければ、既に倒れていたかもしれない。
 だが、まだ『メシアライザー』を使えるだけの余力はある。

 救出した隊士たちの様子を手早く確かめる。
 一人は……既に完全に事切れていて、その身体はすっかり冷たくなってしまっていた。もうサマリカームでも助けられない。
 半身が辛うじて薄皮数枚で繋がっているだけの状態であった事もあり、そもそも自分達があの場に辿り着いた時点で落命していた可能性が高いだろう。
 他の二人は、辛うじてまだ息があった。もう意識は完全に無くなっているが、それでもまだ助けられる。
 彼等の切断された四肢を、善逸と玄弥……そしてほぼ無傷で命乞いをしていた隊士に頼んで、彼等の身体に繋がる様に押さえておいて貰う。
 切断されてからそれなりに時間が経っているかもしれないので繋がるかどうかは正直賭けだし、更に正常な機能を戻してやれるのかの保証は出来ないが。
 それでも、彼等が喪う物がほんの僅かでも少なくなる様に。


「メシアライザー!!」


 二人の隊士の胸に其々手を置いて、一気に限界まで振り絞る様に、その力を使う。
 彼等の手足が無事に繋がった事を霞みゆく視界の端で確かめて。
 そして、完全に意識を手離した。






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