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本当の“家族”

◆◆◆◆◆






 漸く体調が良くなった巽くんは、今日から学校に復帰する。
 元々サボりがちで、出席日数的にも危な気であっただけに、早目の復帰が叶って本当に幸いだ。
 休養中に、何か不審な事が起こったりという事も無かったらしい。
 ……天城さんの時の事を考えると、巽くんはターゲットから外れた、という事なのだろうか? 

 放課後、屋上に巽くんを呼び出すと、気不味そうに何故か不馴れな敬語で話してくる。

「ぷっ、どうしちゃったの、急に敬語になってんじゃん」

 里中さんにツッコまれると、巽くんはしどろもどろになって答える。

「や、だってその……先輩たちだったんスよね」

 成る程、この場の全員が先輩だという認識になったから、急に敬語になったらしい。
 結構律儀だし、所謂体育会系の上下感も持ち合わせている様だ。

「えと……ありがとう、ございました。
 あんま、覚えてねえけど……。
 でも、先輩らが助けてくれたってのは、覚えてるっス」

「私たち、教えて欲しい事があるの。良いかな?」

 天城さんに訊ねられ、それに巽くんが頷いたのを確認して里中さんが質問を始める。

「早速なんだけど、あん時に会ってた男の子って、誰? 
 完二くんの知り合い?」

 白鐘くんの事だろうか。

「ア、アイツの事は……オレも良くは分かんねっス……。
 つか、まだ二回しか会ってねえし……」

「あれ、でも二人で学校から帰ってたじゃん? 
 何してたの?」

「や、えと……最近の事とか……ホントその程度で……。
 でも、自分でもよく分かんねーっスけど、オレ……。
 気付いたら、また会いたい、とか口走ってて……」

「男の子相手に?」

 里中さんの質問に、気不味そうに巽くんは頷いた。

「オ、オレ……。正直、自分でもよく分かんねえっスよ……。
 何つーのか、女って何かと煩くって、その…………スゲー苦手で……。
 男と居た方が気が楽で……。
 そ、そんで、その……もしかして自分は女に興味持てねータチなんじゃねーかって……。
 でも、そんなのゼッテー認めたくねーし、そんでグダグダしてたって言うか……」

 ……それで、あの『シャドウ』に繋がった、と。
 女性に苦手意識があったとはいえ、あの『シャドウ』は幾ら何でも突飛過ぎだろうとは思っていたが、そういう下地があったと言うのなら、多少は納得がいく。

「まー確かに、男同士が気楽っていうのは、分かるけどな」

 花村は同意する様に頷いた。
 確かに、同性の方が気楽な場合もあるのは分かる。

「……それで、気持ちは落ち着いた?」

「あ、もう大丈夫っス。
 要はオレの勝手な思い込みだったって事っスよ。
 オレが勝手に壁作って逃げてたってだけの話だったんス」

 そう言って、巽くんは自らの事を語ってくれた。
 実家が染物屋だったからか小さな頃からそういうモノに興味を持っていた事、しかしそれを奇特に思われ排斥された事もあって何もかもが鬱陶しく思えてきていつの間にか暴れていた事。

「やっぱオレは、男だとか女だとかじゃなくって、人に対してビビってたんスよね。
 でも、何かスッキリ出来たっス」

 そうスッキリとした顔で巽くんは言った。
 それを見て、純情で可愛い、と里中さんたちにからかわれ、巽くんは顔を赤くする。
 うん、純情だ。
 巽くんをからかう里中さん達を横目に、花村は改めて質問を再開させる。

「それはそうと、俺らを追い掛け回してた後の事で、何か覚えてる事は無いか?」

「あー、えっと、あん時は家に帰ってフテ寝してたんスよね……。
 あれっ? でも、誰かが来た様な……」

 やはり巽くんの時も何者かが家に訪れている可能性が高い様だ。
 ……真正面からやって来て、誘拐しているのか……。
 手口はどうにも力業だが、それでも家の者に怪しまれずにこれと言った証拠を残さない内に事を遂行している点を見ると、相当に手際が良い。
 しかも、【犯人】からの接触だと明確に断定出来るのがその一点しか無い為、その尻尾を掴むのにはかなり難航しそうだ……。

「そいつの顔とか、覚えてる?」

「いや、……誰かが来た様な気がするってだけなんで、もしかしたらそうじゃなかったかも……。
 どっちにしろ、顔とかは分かんねっス。
 あと思い出せんのは、……何か変な真っ暗な入り口みてえなのとか……。
 で、気が付いた時には、あの変なサウナみてえな場所にブッ倒れてたっス」

 里中さんに問われ、巽くんは自信無さげに答えた。
 ……異常な状態に置かれていたのだ。
 記憶が混乱するのは止むを得ない事である。
 天城さんの時も、直前の記憶が大分あやふやであった。

「真っ暗な入り口……。
 ……それって、テレビ画面とかだったりしない?」

 天城さんに問われ、巽くんは首を傾げる。
 突然テレビ等と言われて、意味が分からなかったのだろう。

「あ……? あー、言われりゃ、んな気も……。
 てか、何でテレビなんスか?」

「えっと、ちょっと思っただけ」

「警察には何か訊かれたりしたか?」

 花村が問うと、巽くんは少し恥ずかし気に頬を掻く。

「あー、お袋が捜索願い出してたんで、ちょっとだけ訊かれたっス。
 今と同じ様な事話したら、ワケわかんねーって顔されたんスけど。
 ……あっと、先輩ら、もしかして探偵みたいな事やろうとしてんスか?」

「あー、ま、大体そんなトコ」

 里中さんが頷くと、突然巽くんは頭を下げる

「なら、オレもその頭数に入れてくんないっスか? 
 あんな目に遭ったのが、“誰かの仕業”だってんなら、十倍にして返さねえと気が済まねぇ」

「マジか! スッゲー戦力になんじゃん! 
 で、どうよ、相棒?」

 花村の言う通り、荒事に慣れているらしい巽くんの協力はありがたい。
 が。

「……巽くんがそうしたいって言うなら歓迎するけど、……かなり危険が伴う事になる。
 遊びでやってる訳じゃない。
 それでも、良いのかな?」

 流石に、シャドウとの戦いは、町の不良を相手にするのとは訳が違う。
 精々金属バットとか……ナイフで襲ってくるが関の山の不良とは違い、シャドウの攻撃方法は実に多彩で外見からは完全には予測は出来ない、まだ見た事の無い攻撃手段を用いる相手もいるだろう。
 そんなバケモノみたいな相手と、戦う覚悟はあるのだろうか。
 だからこそそれは、巽くんの申し出を了承する前に、確認しなければならない事だ。

「ヘッ、上等っス。
 オレだって、先輩らが戦ってるトコちょっとは覚えてるんで、ヤベぇヤツら相手にしてんのは分かってるっス。
 オレは先輩らに命救われたんだ……。
 だから、オレは先輩らの為に命張るって、決めてるんで。
 面倒見てやって欲しいっス!」

 そうか。……ならば、良いだろう。
 それが巽くんの意志であると言うのなら、それ以上は不要な問答になる。

「了解。よろしく、巽くん」

「あざっス!」

 後それと、と、手を手刀の形にして、軽くトスンと巽くんの頭に振り下ろす。

「折角助かった命なんだから、命張るとか軽々しく言うのは良くない。
 巽くんに何かあったら、君のお母さんが悲しむし、私たちだってそれこそ寝覚めが悪くなる。
 私たちの方針は、『いのちだいじに』、だから。
 そこの所、ちゃんと理解してね」

「了解っス!」


 巽くんが頷いたのを見て、なら良し、とこちらも頷いた。




◇◇◇◇◇




 巽くんが仲間になったお祝いに、と、“特別捜査本部(要はジュネスのフードコート)”へと移動する。
 事情がまだ分かっていない巽くんは当惑気味だったが、お祝いに、とビーフステーキを奢ると、お腹が空いてきていたのだろうか、夢中で頬張っている。
 モッギュッモッギュッとビーフステーキを口に運ぶ巽くんに事情を説明しているのだが、果たしてちゃんと聞いているのだろうか……。

「あー、えっと、テレビを使って殺人……? って事ぁ、撲殺で決まりスね?」

 首を傾げながら答える巽くんに、花村の全力のツッコミが飛ぶ。

「ちげー! テレビで殴ってんじゃねーよ! 
 話聞けっつーの!!」

「……まあ、一度あちらの世界に行けば理解出来るだろうから、今は放っておこう。
 それよりも、【犯人】の手口はどうやら天城さんの時と同じだ」

「そうだな。
 まずは拐って、それからテレビに落とす」

「うん、……怖いね……」

 天城さんは暗い顔で頷く。
 実際にその被害に遭ったのだから、無理もない。

「……今回の件で、【犯人】について、複数の協力者が居るか、或いは体格の良い男性であるという可能性が高まった」

「何でだ?」

 不思議そうに首を傾げる花村に、分かり易く説明する。

「例えばだけど、花村は、巽くんの不意を万が一突けたとしても、気を失うなり無力化した巽くんを車まで運べる? 
 それも、家の人や近所の人に不審がられる事無く」

 途端に、花村は首を横に振った。
 花村だけでなく、里中さんに天城さんもだ。

「あー……まぁ、無理だろうな。
 気を失ったヤツって、確かかなり重たく感じるんだよな? 
 結構な力が必要になるんだろ。
 それを、他の誰かに怪しまれない様に手早く車までって……俺には無理だろうな」

「あ、だから複数の協力者が居るか、体格の良い男の人なのかってなるんだ」

 花村と里中さんが納得した様に頷いた。

「そう言う事。
 複数の協力者が居るのだとしても、そこそこ以上には体格が良い人たちじゃないと難しいし、もし体格の良い男の人が単独で犯行に及んだりしてるんだとしても、重たいモノを運んだりする力仕事にある程度は手慣れてる人なんじゃないかな、と思う」

「あー、確かに。
 店の手伝いで棚卸しとか品出しとかしてたら分かるけど、ああいう力が要る作業って、慣れてないと体力とかあっても手際よくは出来ねーもんな」

 以前花村に頼まれてジュネスの品出しを手伝った時に、身を以て経験した事だ。

「それと……。
 ……不意を突けるって事は、巽くんにとって自分を訊ねてきても違和感の無い相手でしかも警戒心を抱き難い相手なんじゃないかって、思うんだけど」

 これにはビーフステーキを運ぶ手を休め、巽くんが首を傾げた。

「どういう事っスか?」

「例えば、絶対に普通なら自分を訊ねて来ない人とか、巽くんが潰した暴走族の人とか、警察の人とかが突然訊ねてきたら、巽くんは警戒しない?」

「あー、まー、確かに。
 全然知らないヤツとかが突然家に訊ねてきたら、多分警戒はすると思うっス」

 ウンウンと頷く巽くんに、「だろうね」と呟く。

「正直、警戒している巽くんの不意を突いて気絶させたり無力化させるのって、相当難しいと思う」

「だよなぁ。
 暴走族を一人で潰すヤツが警戒心丸出ししてる状況でそんな事しようとはフツーは思わんわ」

 そもそも、誘拐しようなんて思う人間の方が少ないとは思うが。
 ……【犯人】はあの特番を見て、ターゲットを巽くんに定めたのだろうから、巽くんを暴走族の総長だと認識していた可能性は高いし、そうでなくとも稲羽の町では暴走族を潰した不良として巽くんの名前は知れ渡っているのだから、巽くんが荒事を得意としている事位は分かっていただろう。
 ……そんな相手に対しても、犯行に及ぼうと思える位に【犯人】は自分に自信があったのか……? 

「てか、不思議な事と言えばさ」

 里中さんが急に声を上げる。
 この場の全員の注目が、里中さんに集まった。

「雪子にしろ、完二くんにしろ、多分【犯人】の顔をガッツリ見ている可能性ってあるんじゃないの? 
 突然あっちに放り込まれた混乱とかで覚えてないだけで」

「うーん……そう言うのは何も覚えてないけど……。
 でも、誰かに呼ばれた様な事があった気がするのは、覚えてるよ。
 その時に、顔を見た可能性はあるとは思う」

「そっスね。
 オレも誰かが来た様な気がしてるっス。
 もしかしたら、そん時に顔を見てたんかも知んないっス」

 天城さんと巽くんが頷いたのを見て、里中さんが「でしょ?」と頷く。

「いや、顔とか見る間もなく不意打ちで気絶とかさせたんかも知れないけどさ、それでも顔を見られる可能性だってあるじゃん? 
 顔を見られても構わないって、スッゴい自信があるって言うか何て言うか……」

「生かして返すつもりが無かったのなら顔を見られ様が構わないのは分かるが……、【犯人】はターゲットが無事に生還しても何のアクションも起こして無いし……」

 ……確かに、何かが妙だ。
【犯人】は、姿を見られていない絶対の自信でもあったのか、或いはあちらの世界に放り込んだ段階で記憶があやふやになって覚えてはいられないと確信があったのか。
 それか、……顔を見られる事に、不利益を感じていなかったのか。

「何て言うかさ、そういうトコが引っ掛かんだよねー」

 その時、隣のテーブルで談笑する男子生徒達の話し声が耳に届いた。

「つーかさ、例のテレビ、最近結構面白くね?」

「"次に出んの誰? "とか、気になるな」

「オレ前から、次はぜってーアイツって思ってたんだよ。
 名前何だっけ、1年の暴走族上がりの……」

 ……なんと、彼等は巽くんのあの『シャドウ』が映った《マヨナカテレビ》を見てしまっていたらしい。
 その本人が丁度彼等の真後ろの席に座っているのだが……。
 ……気が付かないとは、げに恐ろしき事である。

「次は誰だと思ったって?」

 巽くんが席を立ち、低い声で訊ねると、談笑していた男子生徒達が凍り付く。

「そいつぁ多分、"巽完二"って名前だな……。
 因みに、ゾク上がりじゃなくて、ゾク潰した方だけどな。
 誰だテメェら……!」

 一瞬巽くんがドスを効かせて凄むと、男子生徒達は蜘蛛の子を散らす様にその場から逃げ出した。
 舌打ちして座り直す巽くんに、里中さんは溜め息を吐く。

「何か、やり切れないよね……。
 殺人事件との絡みとか、よく知らないからああ言う事言ってんのかもだけど、同じ学校の子なのに……」

「関係ねーとか、自分は大丈夫だとか、要は観客気分だって事なんだろ……」

「そういう事だろうな。
 自分にとって近しい相手でも無い限りは、ただの娯楽程度の感覚なんだろうなぁ……。
 傍観者のつもりで何処までも無責任な事とか酷い事言える人って、結構居るし」

 自分に関わる周り全てに対しても無責任な人間というのも居る位なのだ。
 自分に関係無いと思っている限りは、何処までも無責任になれる人間は決して少なくなどはない。

「何か、そういうの悲しいね……」

「てか、やっぱり鳴上の読みが当たってるっぽいよな」

 天城さんが少し悲しそうに呟き、花村はこちらを見ながらそう言う。
 それに大きく頷いた。

「その可能性は多いに高まったな。
 テレビでの報道が、ターゲットの基準か……」

 ターゲットの基準からの犯人像の絞り込みは難しそうだ……。

「愉快犯だか何だか知んないけど、ホントふざけてる!!」

 義憤に駆られたかの様に、里中さんは気炎を上げる。
 ふざけている、というのには全面的に同意したい。

「……多分【犯人】にとっては、被害者の生死はどっちでも良い可能性が高い。
 天城さんの時も、そして今回の巽くんの時も。
 二人とも生きて戻ってきたのに、【犯人】からは何のアクションも無い」

 少なくとも、天城さんと巽くんの件に関しては、『殺害』が目的の犯行ではないという事になる。
 しかし、その目的は一体何なのか……。
 当初は、『殺害』を目的として……そして確たる証拠が残らず立件が出来ない様に、あちらの世界を凶器として用いているのだと考えていた。
 次に、世間を賑わす為に、……世間で注目されている人を殺害し、尚且つあの異様な死体発見状況を作って世間からの注目度を上げる為に、あちらの世界を凶器として用いているのか、と考えた。
 ……しかし、現に二人が生還し、【犯人】の思惑は阻止され、連続怪死事件は小西先輩の件だけで止まっている、と世間からは認識されている。
 あちらに放り込んでも死ななかったら、新しく別の人間をターゲットに据える、と決めているだけなのかも知れないが……。
 しかし、どうにも矢張妙だ。
 ターゲットをあちらに放り込む為の最初のステップである誘拐(この場合は強行手段を使っているだろうから正確には略取)の段階で、既にリスクが高い行為だ。
 刑法の224条には、『未成年者略取及び誘拐』には3月以上7年以下の懲役を課すると定められている。
 二件立て続けに起こしているし、万が一逮捕されて起訴されても情状酌量される余地はほぼ無いだろう。
 殺人の立件をされない様にあちらの世界を凶器としているという、ある種の狡猾な面を見せながら、そういうリスクは平気で犯すあたり、どうにもチグハグな印象を受ける。
 ……誘拐のリスクを犯してでもあちらに放り込む理由は、果たして何なのか。

「……って、事はだ。
【犯人】の目的はターゲットの殺害、じゃなくって他にあるって事だよな?」

 花村が纏めた考えを、頷く事で肯定した。

「……そういう事だ」

「【犯人】の目的……?」

 里中さんは、花村が何を言いたいのか分からなかった様で、首を傾げる。
 里中さんに理解して貰える様に、分かりやすく説明した。

「取り敢えず、【犯人】の行動を整理すると、ターゲットを誘拐して、テレビに落とす。
 これだけだ。
 なら、その中に犯人の目的が含まれている筈」

「誘拐が目的……な訳無いし……。
 後は……」

 天城さんが首を捻りながら呟くと、里中さんが「あっ」と声を上げ、全員の視線が里中さんに向く。

「《マヨナカテレビ》って線はどう?」

「《マヨナカテレビ》が?」

「ほら、被害者の人があっちに入ったら、《マヨナカテレビ》が変化してたじゃん。
 雪子の時も、完二くんの時も」

 山野アナの時と小西先輩の時は未確認だが、天城さんの時と巽くんの時は、確かにあちらの世界に人が放り込まれていると、その人の『シャドウ』が映っていた。
 ……先程の男子生徒たちの様に、件の《マヨナカテレビ》を見ていた人は彼等以外にもそれなりには居るのだろう。

「あの《マヨナカテレビ》を映すっつーか、見るのが目的って事か? 
 ……それ、有り得るな。
 見るヤツが見れば、面白いって感じるんだろうし」

 先程の男子生徒達の事を思ってか、花村が頷く。
『シャドウ』とは何なのかという事情を知っている身からすれば、面白いとか感じる前に、居た堪らなさとかを感じる代物ではあるが……。
 見る人によっては、はっちゃけたバラエティー番組程度の面白味は感じるのかも知れない。
 ……だがしかし……。

「……それはそうかも知れないけれど。
 ……それだと、腑に落ちない事がある」

「何の事だ?」

 こちらを見てくる皆の目には、疑問符が浮かんでいる様である。
 自分が感じた疑問点を、率直に言葉にした。

「天城さんと巽くん、それと小西先輩の時はそれが目的なのかもしれないけれど、それだと一番初めの犯行だろう山野アナの時が少し不自然だ。
 ……一件目の犯行の時に、【犯人】は、『あちらの世界に人を落とすと《マヨナカテレビ》にその人の『シャドウ』が映る』って事を知っていたのだろうか……」

「それは……」

「……山野アナの時以外に、【犯人】に『シャドウ』が映るあの《マヨナカテレビ》の仕組みとかを知る機会はあったんだろうか?」

 そんな事を言い出せば、【犯人】はどうかしたら山野アナの事件の時には、『シャドウ』などのあの世界の仕組みとかを知らなかったんじゃないか、という話にもなってしまうが……。
 ……正直な話をしてしまうと、山野アナの件に関してだけは、ある種の事故である可能性もある、と考えている。
 どんな事をしていて、『テレビに落とす』等という状況になるのかは全く想像が付かないが、はっきり言うと、あちらの世界が“自力での脱出は不可能な、高い確率で死の危険が待ち受けている世界”であると=で結び付けられる事を、実際にあちらに訪れて『シャドウ』の驚異を体験していない人間がそれを出来るとはそうは思えない。
 自分だって、テレビの画面に体が入ってしまう事に気が付いた時に感じたのは『霧がかかった変な場所に繋がっている』という程度の認識であった。
 クマの言葉によれば、【犯人】があちらの世界に直接訪れた事は無さそうだ。
 そうであるにも関わらず、最初からあの世界がどういう場所なのか理解した上で犯行を引き起こす、という事は現実的に有り得る事なのだろうか……。

「あー、もう、分っかんねーよ!! 
 チクショウ、何で俺、もっと頭がよくねーんだ!! 
 全然、解決出来てねーじゃん!」

 ガンッ、と机に頭を打ち付ける様な勢いで、花村は落ち込んだ様に頭を抱える。
 ……花村が落ち込む必要性は無い。
 全知全能の存在で無い以上、分からない事があるからと言って己を責める必要性など無いだろう。
 それに……。

「何で落ち込む事あんスか? 
 オレ、先輩らの事スゲーって思ってるんスけど。
 だって先輩ら、オレの事に気付いて、体張ってでも助けに来てくれたじゃねえっスか。
 それで十分っスよ」

「私だって、助けて貰った。
 解決はまだでも、もう二人も助け出してる」

 巽くんと天城さんにそう言われ、花村は顔を微かに顔を上げる。

「それは……、そうだけどさ……」

「それに、完二くんがターゲットになってるってのは、当たってた。
 大丈夫だよ。
 このまま行けば、【犯人】にも辿り着けるよ、きっと」

 里中さんの言葉に頷いてから、花村を励ました。

「私たちはそう言う事のプロじゃない。
 知る事が出来る情報も、そもそものやれる事だって、限られてくる。
 それでも、手に出来た情報から新たに考える事は出来るし、やれる事だって何も無い訳じゃない。
 私たちは私たちで出来る事を、出来る範囲で精一杯果たせば良いんだ」

 自分たちは、物語に出てくる様な名探偵たちではないのだ、残念な事に。
 何もかもを直ぐ様解決出来る様にはできていない。
 小さな一歩ずつでも、地道に進んで行くしか無いのだ。
 だから元気を出せ、と花村の頭を軽く叩いた。
 花村は気持ちが落ち着いたのか、顔を上げる。

「そーだな。
 自分にやれる事、やってかなきゃな。
 取り敢えずは、今まで通り雨の日に《マヨナカテレビ》を確認するって事だよな」

 その言葉に、そうだな、と頷く。
 ある程度ターゲットになる人の目星は付けられるだろうが、《マヨナカテレビ》が大きな手懸かりになる事は間違いないだろう。




▲▽▲▽▲▽
……………………
………………
…………
……




 巽くんにクマを引き合わせると、クマは巽くんの《可愛いものセンサー》に触れたらしく、やたらクマを触りたがったが、当のクマには却下されてしまった。
 その様子に爆笑した天城さんに毒気を抜かれた巽くんは、気になっていたのか、天城さんも【犯人】のターゲットだったのか、と訊ねる。
 そうだよ、と天城さんが肯定すると、余程気になっていた事だったのか、巽くんは重ねて訊ねた。

「てこたぁ、先輩も何かこう、晒け出したんスか?」

 プライバシーに踏み込み過ぎの質問だ。
 言い淀む天城さんに、更にしつこく巽くんが訊ねた。
 それにイラッと来たのか、天城さんは凄まじい切れの平手打ちを巽くんに喰らわせる。
 スナップを効かせ過ぎたのか、かなりいい音がした。

「あ、ごめん、スナップ効いちゃった……。
 次からは、もっと優しくするから……」

 何故か、もっと優しく、と言われた巽くんは、頬を押さえながらも喜んでいる……。
 ……そっとしておこう。

 巽くんが仲間になった記念に、とクマが眼鏡を渡すのだが……。
 ……何故か鼻眼鏡を渡している。
 途端に天城さんは目を輝かせて、早く掛ける様に巽くんを促した。
 訝しみながらも巽くんがそれを掛けると、途端に天城さんはお腹を抱えて大爆笑する。
 ……天城さん的には、鼻眼鏡はかなりツボを突くモノなのだろう。
 どうやら、天城さんの強い薦めで作成されたモノらしい。
 案外似合っているそれに、天城さんだけでなく、当人の巽くん以外は笑いだす。
 ワナワナと震えた巽くんはクマに詰め寄り、クマがもう一つ持っていた眼鏡を強奪するが、しかしそれも鼻眼鏡(スペア)であった。
 キレた巽くんは、それを毟り取り、霧の彼方へと放り投げる。
 そして、三度目の正直として、やっと普通のデザインの眼鏡がクマから手渡された。
 グラサン仕様で、巽くんによく似合っている眼鏡だ。

「要らねぇモン作るくらいなら、最初っからこっちを渡しやがれっ!」

 気焔を上げる完二くんを宥めながら、改めてこの世界やシャドウについて説明する。
 巽くんも大体は理解してくれたらしい。
 今日はもう遅いからこの辺りで引き上げるか、と花村が提案した時、どうしてもクマに訊ねてみたい気掛かりな事があった為少しだけ解散を待って貰う。

「そう言えば、クマ。
 一つ気になってる事があるから、訊いても良いかな?」

「ん? どしたのセンセイ?」

「いや、……天城さんのお城も、巽くんの大浴場も、それから小西先輩の商店街も、各々場所が大分離れてるけど……。 
 それって、何でか分かる?」

「んー、多分だけど、そっちの世界で入れられたテレビの場所がバラバラだからだと思うクマ。
 同じ場所のテレビから入ったなら、こっちでも同じ場所に出れるし、バラバラな所から入ったなら、全然別の所に出ちゃうクマ。
 それがどーしたクマ?」

 ……成る程、やはり、そうか。
 あちらとこちらに場所と場所の対応があるのなら、被害者たちがこちらに囚われていた場所がバラバラの場所であると言う事は、【犯人】が被害者たちをテレビに放り込んだ場所がバラバラであるという事だ。
 クマに肯定されたその事から、ある一つの可能性が浮かび上がる。

 人一人を入れられる程の大きさテレビと言うのは、そこそこ以上に値が張る物だし、そう何台も用意出来る物ではない。
 それに、人を放り込む為のテレビを置いてある場所を複数持つというのは非効率的だ。
 ならば、何故被害者たちが放り込まれた場所がバラバラなのか。
 それは、【犯人】が犯行に用いているテレビ自体が移動しているからだ、とは考えられないだろうか。

 拐った人を一々何処かまで運んでからテレビに放り込むよりは、無力化させて拐った直後に車に用意しておいたテレビに放り込んでしまう方が、余計なリスクは負わない。
 万が一車を調べられた所で、出てくるのはテレビだけ。
 誘拐の証拠も殆どと言って良い程残らない。
 ……そうやって捕まるリスクを極力抑えているのだとすれば、【犯人】は嫌な方向に頭が回る人間なのだろう。

「……いや、【犯人】の手懸かりになるんじゃないかと思ってね」

 もし、テレビを持ち運んで犯行に及んでいるのなら、【犯人】が使っているのは大型のテレビを運搬しても不自然では無い位の大きさはある車だろう。
 それもまた、一つの手懸かりにはなる。

 待たせてしまっていたみんなに、一言礼を言ってから、テレビの中の世界を後にした。






……
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