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第四章 【月蝕の刃】

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「玄弥はお兄さんに謝った後、どうしたいんだ?」


 悠にそう訊ねられたのは、何度目かの「治療」の後だった。
 今思い返せばその時の俺は、どうしても自分の欲する力を得られない事への苛立ちと焦燥感、そして兄ちゃんへの罪悪感で胸がいっぱいで、本当に荒んでいたし捩れている位に歪んでいた。色々と申し訳なく思う。
 自分の目に映るもの全てが、まるで敵であるかの様な。或いは自分を馬鹿にして哀れんでいるかの様な。
 そんな風にしか、世界を見れなくなっていたのだ。
 ちょっとでも思い通りにいかなければ苛立って、しかもそれを何の罪も無い他人に当たる。
 最終選別こそどうにか潜り抜ける事は出来たけれど。どんなに頑張っても呼吸が使えない事、兄ちゃんに『弟なんて居ない』と言われて拒絶された事。それらも自分を追い詰めていた。
 鬼を喰って力に変えられる事を発見してからは、多少はマシになった気もしたけれど、それは逆に自分を追い詰める結果になっていって。
 俺が鬼喰いをしている事を察して見かねて弟子にしてくれた悲鳴嶼さんや、小言やお説教こそ多いがそれでもちゃんと診てくれる胡蝶さんや、そして鬼喰いの影響を毎度毎度取り除いてくれる悠が居なければ、とっくの昔に一線を越えて鬼になってしまっているか、或いは何処かで無茶をし過ぎて野垂れ死にしていただろう。
 だけど、荒れていた時の俺は、そんな周りの人達の優しさを素直に受け取れなくて。
 今となっては恥ずかしくて堪らない程に、刺々しい態度しか取れなかった。
 鬼の気配を漂わせている俺を折角「治療」してくれた悠に対して、暴言をぶつけるどころか殴り掛かりかけた事すらあった。……まあ、殴り掛かったところで、悠にはあっさり避けられてしまって余計に苛々を募らせるだけの結果になったのだけれども。
 こう言っては何だけれども、正直呆れられて見捨てられたとしても何の不思議も無い程に、最悪な態度だったと思う。
 特に悠は、隊士でも無いし呼吸も使えないのに鬼を狩る事が出来るらしいし、しかもそれだけじゃなくて蝶屋敷では物凄く頼りにされている。柱である胡蝶さんや悲鳴嶼さんに強く当たるなんて出来ないけど、つい悠には他の人達よりも更に刺々しい態度を取ってしまっていた。
 よくもまあ、あんなに荒れていた俺に対して、ずっと辛抱強く優しく話しかけてくれたものだと。まるで他人事の様に思ってしまわないと今となっては直視出来ない程に、酷いものだった。
 何時だって癇癪を爆発させた様に苛立っていて、喧嘩腰でろくに話を聞いていない様な態度だったのに。それでも静かに語り掛け続けてくれた悠の言葉は、どうしてか俺の心の棘や苛立ちを少しずつ溶かしていって。
 気付けば、ポツポツとだが、自分が抱えているものを悠に打ち明ける様になっていた。
 悠はそれをただ静かに聞いてくれて。あれをしろだとか、これをしろだとか、柱になるのは諦めろ、隊士を続けるのは諦めろとは一言も言わなかった。そんな事を態度にすら出さなかった。
 それがどれだけ、俺にとっては有難い事であったか……。悠は知らないのかもしれないし、もし知っていてもそれを恩着せがましく振り翳したりはしないだろう。
 その頃になると、周りに当たり散らす事は随分と減っていて。以前よりは素直に他人の優しさを受け取れる様になっていた。
 悲鳴嶼さんの優しさも、胡蝶さんの優しさも、そして悠の優しさも。ちゃんと分かる様になった。
 まだどうしても素直にはなり切れずに、ちょっとぶっきらぼうになってしまう事はあったけれど。
 勝手に神経を逆撫でされた様な気になって癇癪を爆発させる様な事は無くなっていた。
 そんなある日尋ねられたのだ。
 俺は、兄ちゃんに謝った後で、どうしたいのか、と。

 正直、急にそんな事を言われても戸惑ってしまった。
 だって、兄ちゃんとまともに顔を合わせる為には俺はまだまだ階級は低いし弱いしで、「兄ちゃんにあの日の事を謝る」というそれすらも、果たして何時叶うのか……と思う程に遠い目標だ。
 それなのにその先の事を考える意味なんてあるのだろうか、とそう思ってしまう。
 俺は器用な方では無いから、あれやこれやと目標を立てていてはきっと何処にも行けないままだから。
 だから、とにかく柱を目指したかったのだ。そうすれば、絶対に兄ちゃんに会えるから。
 そう言うと、悠は「そうだな」と頷く。

「目標を一つに絞る事は、良い事だと俺も思う。
 玄弥の言う通り、『柱になる』と言うのは、玄弥の目的を果たす手段の一つではあるしな。
 ただ柱になってお兄さんに謝ったとして、その後でお兄さんがどんな反応をするのかは玄弥が決められる事では無い。
 もし、謝っても許して貰えなかったら? もし、頑なに拒絶されてしまったら? 
 そうなった時、玄弥はどうしたいんだ。
 謝る事だけが目的なら、許されるまで謝り続けるのか? 
 それとも、謝る以外にも何か願いがあるなら、その為にまた頑張るのか?」

「それは……」

 確かに悠の言う通り、謝って終わりと言う訳では無い。
 幾ら俺が謝ったからと言って、あの日の事を絶対に許さないと言われてしまえばそれは受け入れるしかないのだし、どんなに誠心誠意謝られたからって兄ちゃんに俺を許す様な義務なんて無い。
 なら、その時どうするのか。……俺はどうしたいのか。
 悠の言葉に改めて考えてみる。
 鬼殺隊を辞める? いや、恐らくそれは無いだろう。
 兄ちゃんに謝る為に入ったのがそもそもであるとは言え、鬼殺隊には本当に世話になった人達が大勢いる。
 優しい彼等は「恩返し」だなんてものを求めないだろうが、流石にして貰いっぱなしでは居心地が悪い。
 彼等に何かしらを返したいと言う思いは当然にあるし、何を返せるのかと考えればやはり鬼殺しかない。
 それに。それに俺は。俺が望んでいるのは、ただ謝る事だけじゃなくて……。

「……俺は、兄ちゃんには幸せになって欲しいんだ。兄ちゃんは、誰よりも優しい人だから。
 だから、幸せになって欲しいし、死なないで欲しい。
 俺は、兄ちゃんを守りたいんだ。……呼吸も使えないし才能も無い俺が、柱である兄ちゃんを守りたいなんて、変かもしれないけど。
 一緒に守るって、約束したんだ。……もう弟たちは居ないけど、だったら、弟たちに出来なかった分、俺は兄ちゃんを守りたい」

 自分で言っていて、そんな事本当に出来るのかと思ってしまう。
 風柱として誰よりも鬼を狩っている兄ちゃんと、呼吸も使えないし鬼を喰わなければろくに頸を斬る事も難しい俺と、その差は残酷な位に遠くて。「守る」だなんて口が裂けても言えない程に実力の差がある。
 同じ戦場に立った所で、俺はきっと足手纏いになるだけなんだろう。
 でも、もうこの世にたった二人残された兄弟なのだ。守りたい、その力になりたいと思ってしまう。
 自分に力が無い事は誰よりも分かっているのに。
 幸せにしたい、死なせたくない、だなんて。思っていたとしてもその為に俺が出来る事なんて殆ど無いのに。
 それでも思ってしまう、願ってしまう。
 あの日の自分の言葉を謝りたいのは当然だが、もっとしたい事はそれだった。
 だから、もし兄ちゃんがあの日の事を絶対に許してくれないのだとしても、きっと兄ちゃんと同じ場所に立つ事を諦められない。

「……そうか。玄弥は本当にお兄さん想いなんだな。俺は風柱さんの事は殆ど知らないけど、玄弥がここまで想う人なんだから、きっと物凄く良い人なのはよく分かるよ。
 大切な人の力になりたい、大切な人に幸せであって欲しいと思うのは、きっと誰もが同じだ。
 俺は、玄弥のその想いを応援する。だからその為にも、玄弥はもっと自分を大切にしてくれ。
 大事な人を守る為には、先ず自分の身もちゃんと顧みる事。それが大事なんだ。
 自分の命と引き換えにしてでも……って言うのは、とても純粋な思いであるけれど。
 でも、命は喪われたらそれっきりだ。もし生きていればもっと別の場所でもっと大切な時に大事な人の事を守れたかもしれない瞬間がやって来るかもしれない。その時に死んでいたら、それを後悔する事も出来ないからな。
 だから、命を懸けるのは本当に最後の最後まで取っておかなきゃ駄目だ。
 それに……たった二人だけの兄弟なんだったら尚の事、玄弥がお兄さんを置いて逝ってしまっては駄目だ」

 そうやって優しく頷いて、俺の無謀な戦い方をそっと諫めようとする悠の言葉に、強く反論は出来なかった。
 確かにその通りであると言う事もあるし、それ以上に悠が俺を本当に心配してくれているのが分かってしまうからだ。でも、素直に頷くのも少し難しくて。だから、思わず訊ねてしまう。

「兄ちゃんに、お前みたいな弟なんて居ないって言われても?」

「ああ、そうだ。だって、玄弥がかつてお兄さんに心無い言葉を衝動的に言ってしまった様に。
 その言葉を発した時と、その後で同じ気持ちでいるとは限らないだろう? 
 本当はお兄さんもそんな事を言ってしまった事を後悔していて、でも一度口にしてしまった言葉は取り消せなくて傷付いているのかもしれないし。或いはもっと別の事情があったのかもしれない。
 玄弥がお兄さんの言葉で傷付いたのは『事実』であっても、その言葉がお兄さんの『真実』であるとは限らないと俺は思う」

 人の心の「本当」を知る事はとても難しい事だから、と。そう悠は少し寂しそうに微笑む。
 言葉は大切だ。だけれども、言葉だけでは伝わらない想いも沢山あるのだ、と。
 受け取る相手の心理状態や、その言葉を発した時の状況や伝え方によって、受け取られ方は様々で。
 そこにある筈の『真実』は容易には伝わらない。
 悠は何処か達観した様にそう言った。

「じゃあ、どうしたら『真実』ってやつを見付けられるんだ?」

「諦めない事、知る事を恐れない事、自分の都合の良い様に解釈する事を止める事、かな。
 ……でもきっと、玄弥のお兄さんは……。……いや、これは玄弥自身が見付けるべき事だな」

 何かを言おうとして、だが結局それを言わずに口を噤んだ悠は、俺を励ます様に優しく微笑むのであった。






◆◆◆◆◆






 呼吸を使わずに戦う悠の戦い方から何か学べないかと、悠と一緒に任務に行く様になったが。
 学べる部分もあれば、正直真似出来ない部分もあった……と言う結論に達した。
 悠の不思議な力は当然真似する事は難しいし、剣士とは全く違う立ち回りに関しても下手に真似をしても命を落とすだけだろうと言う事が直ぐに分かった。
 とは言え、悠から学んだ事はかなりあったので、意義のある合同任務だと思う。

「そう言えば、どうして悠は日輪刀を使わねぇんだ?」

 数回共に任務をこなしてどうしても気になった事であったので、任務を達成した後の僅かな休憩の合間に軽い気持ちでふと聞いてみた。

 聞く所によると、悠は先日の潜入捜査でその潜入先に潜んでいた上弦の弐の鬼を、何と撃退したらしい。
 同じ任務を受けていたカナヲからの報告の第一報では『上弦の弐の撃破』となっていた為、鬼殺隊中がそれはもう大騒ぎになった。何せ、百年以上誰も勝てなかった上弦の鬼の、それも上弦の弐と言う途轍もなく強い鬼を撃破したともなれば、お祭り騒ぎに近いものになっても致し方無い事だ。
 しかも、その一月程前に上弦の参の鬼が出没した際には、炎柱が相手をしても夜明けまでの僅かな間を何とか粘る事が精一杯であったと言うのだから、その鬼よりも位階が上の上弦の弐を撃破すると言う事がどれ程の偉業であるのか分ろうと言うものである。
 しかも、その場に居た三人とも命に全く別状が無く隊士としての生命に関わる様な傷を負ってすらいないと言う、異常と言っても良い戦果であった。
 鎹鴉からのその一報に、その場に居た悲鳴嶼さんは何時も以上の涙を流しながらその健闘を讃え、後に聞いた所によると鬼殺隊を率いる「お館様」に至っては喜びの余り興奮して血を吐いたらしい。
 まあ、そんな大金星を挙げたのが、隊士では無いし蝶屋敷を利用しなければ知らない人も多い悠だったのだから、鬼殺隊の間では色々と噂が広がった。
 曰く、「鳴上悠なる人物は人では無くて、鬼なのでは」だとか、「上弦の弐を倒した鳴上悠は人間では無くて、無惨の横暴に耐えかねた神仏の御使いなのでは」だとか、まあ何とも眉唾物の噂も多かった。
 蝶屋敷で悠の事を知っていても鬼殺にも協力している事を知らなかった者も多かった為、彼等が言う悠の優しい為人が尾鰭を付けて出回った所為で、一部の隊士の間では悠は菩薩の化身の如き扱いになっていたりもする。
 カナヲの報告書が出されてから遅れて二日して悠と胡蝶さんが目覚めた事で、正確には撃破ではなくて撃退であり、僅かにではあったが上弦の弐の鬼の一部を逃してしまった為に恐らくまだ生きているだろう事が悠本人から報告されたのだが。しかしそうだとしても大金星である事には些かの変わりも無い。
 しかも、ただ撃退しただけでなく、悠は上弦の弐にその手の内を全て切らせ、更には鬼舞辻無惨の手の者が有する空間を超越する能力を実際に目にし、極め付けは鬼舞辻無惨が根城にしているのだろう異空間を認識した。
 鬼舞辻無惨に迫り得る情報の価値と言う意味でも、悠の戦果は凄まじいものである。
 もし悠が隊士であったなら、問答無用で柱相当の権限や地位が与えられていただろう。柱の席は全て埋まっているが、何なら特例中の特例で十人目になっていたかもしれない。まあ、結局悠は隊士では無いからその話は流れたが。
 正式な隊士ではないにしろ、何か報酬が要るのでは? と言った話も当然上がり、実際望めば屋敷の一つや二つ与えられても然るべきものであったが、そこは本人が固辞した様だ。
 蝶屋敷でやりたい事が沢山あるから、と。まあ悠らしいと言えばそうなのだろう。
 悠が蝶屋敷の人々を心から大切にしているのは、少しでも蝶屋敷に居る時の悠に接していれば直ぐに分かる程なのだから。

 そんなこんなで凄まじい事をやってのけた筈の悠なのだが、今も上弦の弐と戦う前と全く変わらずに任務に行くし蝶屋敷で隊士たちを治療している。
 強いて言えば、悠に与えられる任務の難易度が上がった事位だが、元々悠に与えられていた鬼殺の任務は大体が血鬼術に目覚めた鬼を討伐するものだったので、悠本人の感覚としてはあまり変わらないらしい。
 現に今回の任務の鬼も、あっさりと倒してしまった。
 ただ、悠は自分で止めを刺すのではなく、可能な限り俺に譲る様にして鬼の頸を斬らせようとしてくる。
 鬼を喰ってない時の俺の身体能力は、呼吸を使う剣士たちと比べると高いとは言えない。呼吸を抜きにすれば高い方ではあるけれど、幾ら力があっても「人間」の範囲内の力では鬼の頸は斬れない事の方が多い。特に、血鬼術に目覚めた鬼の頸の硬さは鋼にも等しいのだから。
 だが、どうやら悠には他人の力を底上げする力もあるらしく、それで俺の力を底上げして鬼の頸を斬れる。
 どうして態々そんな手間を掛けるのかと訊ねると、いざと言う時にこの力で誰をどの位強化出来るのか知りたいから、と悠は答える。何か事情があるのかもしれない。自分の手で鬼の頸を斬ればそれは俺の確実な戦果になるし、柱を目指している身としては正直有難い話ではあるのだけれども。

 しかし、悠は呼吸を使わなくても、鬼の頸を斬る事が出来る。
 使っている刀が日輪刀ではない為それで鬼を殺す事が出来ないだけで、そんじょそこらの呼吸を使う剣士でも斬る事が難しいだろう硬さの鬼の頸でもあっさり落とせるのだ。
 日輪刀を持って戦わない理由が、皆目分からない。
 確かに日輪刀は隊士である事の証であるものだけれど、正式な隊士でなくとも悠程の戦果を挙げているなら日輪刀を特別に持つ事を認められても何も不思議では無いのだ。
 剣術として見れば悠の戦い方はかなり荒々しいと言えるが、それで鬼の頸を斬れているのだから問題は無いだろうに。

 俺の質問に、悠は特に気を負う様な様子も無く静かに答える。

「前に一度、試しに日輪刀を使ってみた事はあるんだ。
 えっと、ほら、最終選別に持っていく、あの試し用の日輪刀を。
 蝶屋敷にも何本かあったから、それを一本貸して貰って」

 最終選別のと言われて、「あぁ、あれか……」と思い出す。
 正式な日輪刀を得るまでの、仮のものと言って良いそれ。猩々鉄を使い鬼を殺す力があるのは確かだが、その玉鋼の質はあまり高く無いが故に適性のある剣士が初めて握ったとしても色が変わる様な事は無く、斬れる鬼の頸の硬さにも限界がある刀。
 育手の下を発つ際に、誰もが一度は握るものだ。
 そんな試し用の日輪刀を、悠は一度使ってみた事があるらしい。

「もしかして、それで鬼の頸が斬れなかったのか? 
 でもあれはそんなに質が良いものじゃないから、あれで斬れない首があっても仕方無いんじゃねぇか?」

「いや、鬼の頸は斬れたんだ、問題無く。ただ……ちゃんとした日輪刀と違って色が変わる事は無いって言われていたのに、それを握っていると不思議な事に薄らとだけど赤色っぽくなったんだよな……。
 で、問題は鬼の頸を斬った後で。俺が使った日輪刀は、一瞬でボロボロになってしまったんだ。
 刃は刃毀れなんてものじゃない位ガタガタになったし、もう折れてない方がおかしい位になって、もう二度と使えない屑鉄みたいにしてしまった。
 俺はちゃんとした剣術を学んだ訳じゃ無いから、使い方が悪かったのかもしれないけど。
 まあそんな感じで、ほんの数回振るだけで駄目にしてしまうなら、寧ろ最初から持たない方が良いかなぁ……と思って、それ以降日輪刀は持ってないんだ。
 一応、お館様には日輪刀を打っても良いと打診されたんだけど、今の所は保留している」

 流石に、自分の為に打って貰った刀をそんなに直ぐに駄目にするのは気が引けるから、と。悠はそう言って肩を竦める。
 日輪刀がそんな風にボロボロになると言うのは初めて聞いたが……。では何故、悠が普段使っている刀は全く刃毀れも何もしないのだろう。特別頑丈な刀なのだろうか。
 何となく不思議に思ったが、悠が日輪刀を使わないと言う理由は分かった。

「ただ……この先の事を考えると、何処かで日輪刀を打って貰う必要はあるのかもしれないとは思っているんだ。
 俺はハッキリ言うと、弱点がかなり多いし、しかもそれが明白だからな……。
 それを補う為の力は、やっぱり必要なのかもしれない」

 少し難しそうな表情で、悠はそう呟く。
 弱点と言われても、正直全く予想が付かない。
 悠が戦いに於いて出来ない事の方が少ない気がするのだけれども

「悠の弱点? だって、上弦の弐の鬼だって倒せたんだろ? 
 何だかよく分からないけど、一瞬で消し飛ばしたらしいとは聞いたけど」

「確かに、上弦の弐の鬼だろうと何だろうと消し飛ばす事は可能だ。
 多分、鬼舞辻無惨であっても確実に消し飛ばす方法は存在する。
 ただ……どうしてもそれを使える状況と言うのは本当に限られていて。
 周りに誰かが居たり、市街地だったりすると、俺は絶対にそれを使えない。
 ほんの少し加減を間違えるだけで、街一つ、山一つ、鬼を含めて何もかも吹っ飛ばしてしまうかもしれないからな。
 更に、そう言った力を使う時はかなり隙が出来てしまうし、その隙があっても問題無い位に広範囲を吹っ飛ばすとなると被害が尋常じゃ無くなる。
 付け加えると、そう言う力は負担がとても大きくて、使った後はまともに追撃する事も暫くは難しい。
 万能、とは程遠い力なんだ。自分が狙った所だけを正確に消し飛ばせるなら良いんだけどな……。
 そう言った部分を鬼に分析されて、誰かを人質に取る様にして戦われると、途端に苦しくなる。
 負ける事は無くても勝つ事も出来ない、そんな泥沼になるのは明白だ。
 正直、上弦の弐をああ言った形で撃退出来たのは本当に運が良かったんだ。
 もしあれが街中での戦闘だったら、削り切る事も難しかったかもしれない」

 そう言って悠は溜息を吐く。
 何でも出来る様に見えて、その力が強過ぎるが故に出来ない事も多いのだろう。
 まあ、そんな被害の余波など無視して戦えばどうとでも出来る、と言ってしまっても良いのかもしれないけれど。悠は何があってもそんな被害を周囲に出す事を選ばないだろう。人質を取られる事に物凄く弱いと言うのもよく分かる。
 例えその「人質」が、鬼を殺す為なら命を捧げる覚悟が出来ている隊士であったとしても。その命を奪う事を分かっている力を悠は使わない。……正確には使えないのだろう。
 覚悟が足りない甘い考えと言ってしまう人も居るのかもしれないが。
 悠のそんな優しさを何よりも好ましく思うからこそ、そんな事を選択しないでも良い様にしてあげたかった。

「でも、そんな状況で戦わないといけなくなったとしても。その時に悠が日輪刀を持ってなかったとしても。
 そうしたらきっと他の誰かが頸を斬ってくれるんじゃないか? だって、悠は独りで戦う訳じゃねぇんだから」

 実際、悠が単独で任務に行くという事は無い事を考えると、その場には必ず、悠を助けて鬼の頸を斬って殺してくれる誰かが居るだろう。
 そんな、周り全てを巻き込まなくてはならない様な力を揮わずとも、鬼を殺す事はきっと出来る。
 悠は、俺にそうしてくれている様に、誰かを助けて力を合わせる事も得意なのだから。

 そう言うと、悠は驚いた様に少し目を丸くして。
 そして、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「そうだな。俺は、独りじゃない。皆がいるんだ」


 鎹鴉から近くの隊士からの救援要請が入っている事を告げられ、俺達は直ぐ様そこへ向かう。
 凄まじい速さで走って現場へ向かう悠のその表情は、何処か晴れやかなものであった。






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