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彼岸と此岸の境界線

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【2011/06/29】


 部活終わりに商店街に立ち寄った際に、店先で出会った小西くんに、相談したい事がある、と、連れられてやって来たのは愛屋だった。
 店内の客は皆各々の会話に夢中で、こちらに気を払っている人など居ない。
 小西くんは迷い、そして言い淀みながらも相談事を話し始めた。

「……あの、……相談したい事ってのは……。
 ……その、俺……。
 ……学校、辞めようと思ってるんです……。
 ……ウチの酒屋、継ごうと思って……」

 予想外の内容に、少し驚いたがそれを極力表に出さず、小西くんにその続きを促す。

「……家業とか、興味も無かったし……、正直今も無いですけど……。
 ……残った家族で力を合わせろって……そう言われるから、……まぁそうなのかなって……」

 ポツポツと語る小西くんの顔は、苦悩の中に何処か少し投げ遣りな部分も垣間見えた。
 ……小西くんがその考えに至ったのには、やはり周囲からの無責任な声も大いに影響を与えているのだろう……。

「……それは、小西くんが自分で考え抜いて、決めた事?」

 ……小西くんが自分で考え抜いて、そして、自分自身が納得出来るというのなら、それはそれで良いのだろう。
 ……高校中退、というのは将来的にはあまり良い方向には働かない要素ではあるけれども。
 それを背負うリスクとかも考えて決めた事であるのなら、そこから先はもう小西くん自身が結果を背負っていかなければならない事になる。
 ……ただ、小西くんが置かれている状況を考えると。
 本人が自覚しているのか否かは置いておくとして、小西くんが周りの声に流されて、自分自身の将来にとって重要な事を決めようとしている様に感じてしまう。

「…………それは……。
 正直、分かんないっす……。
 ……でも、何かしなきゃって……」

 息をする事すら辛そうに、小西くんは息を吐く。
 ……小西くんは、同情などから次々と“やらなくてはならない事”・“やるべき事”を取り上げられていってしまい、出来る事が無くなっていってしまっている状況に参ってしまっていた。
 何かをしなくてはならないと感じているのに、するべき何かが見付からない。
 それ故に、周りから『こうしなさい』・『こうするべきなのよ』と言われた事に流されてしまいそうになっているのだろう。
 ……だが。
 小西くんにそう無責任に声を投げ掛けた人達は、誰一人として小西くんの将来に責任なんて持てない。
 それは……今ここで小西くんの話を聞いている自分とてそうではあるが。

「……今まで、店を継ごうなんてこれっぽっちも考えた事も無かったんすよ。
 ……先輩には言いにくいですけど、ジュネスがある限り、うちみたいな個人の酒屋に、未来無いですし。
 伝統ある店って訳でも無いんで、オヤジの代で潰すのかなって……。
 けど、……こうなったら仕方無いと、……俺がやるしか無いのかなって……。
 ……そう思うんです」

 机の上で組んだ手をジッと見詰める小西くんの表情は暗く、目は何処か遠くを見ていた。

「……そうか。
 ……小西くんがその選択に後悔が無い、というのならそうすれば良い。
 ……何を選ぶも、どう行動するも、それは小西くんの自由だから。
 ……ただ、何も今ここで結論を出さなくてはならない訳じゃない。
 だから、ゆっくり考えて、一度御家族とも話合ってみれば良いんじゃないかな」

 そうアドバイスにもならない様な提案を投げ掛けると、小西くんは小さく頷く。
 そして……。

「……何で、姉ちゃん……死んだんすかね」

 ポツリとそう呟いた小西くんは、まるでそう口にした事自体を自分自身に驚いた様な顔をした。
 そして、少し気不味そうに続きを話す。

「あっ、……その……。
 ……死因とか、凶器とかってのじゃなくて……。
 ……どうして、姉ちゃんが死ななきゃならなかったのか……。
 ……俺や、家族も巻き込まれて……。
 ……………………。
 ……すんません。
 ……こんな事、先輩に話したって、先輩もどうする事も出来ないのに、何か愚痴っちゃって……」

「……別に、構わないよ。
 ……私に話して、少しでも整理がつくというのなら、幾らでも話してくれて良い」

 他人に対して言葉にして初めて、心の整理がつくという事もあるだろう。
 そう返すと、小西くんは静かに頷いた。
 そして、深く考え込む様に沈黙する。

 その日はそこで小西くんと別れ、家へと帰った。





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 病院の夜間清掃バイトに向かうと、バイトの終わり間際に救急救命室の前のベンチで、また休憩中だったらしい神内さんと出会った。
 お互いに軽く会釈をして、少し話をしようか、と神内さんに誘われたので一緒にベンチに座る。

「そう言えば、鳴上さんはどうしてこのバイトをしてるんだい?
 この辺りの高校生がこんな時間帯のバイトを選ぶのって、中々無いんじゃないかなって思うんだけど」

 まあ確かに。
 八十神高校の生徒たちの大半は、こんな時間帯の……しかも病院清掃というバイトは選ばないだろう。
 そういう点では自分は割りとレアケースなのかもしれない。

「まあ、時給が良いからですね。
 何かとお金は入り用なので。
 貯金はしているんですけれど……」

 やはりあちらの世界で使う武器の代金の為というのが大きい。
 何度も言うが、(自称アートの)武器は高価だ。
 それを人数分用意しなくてはならないのである。
 特捜隊用のお財布の中身は、常に自転車操業状態だ
 そう答えると神内さんは少し楽しそうに笑った。

「はは、確かにね。
 僕も学生の頃は支出ばかりが多くて困ってたなぁ。
 貯金したり、バイトして稼ごうとする鳴上さんは偉いよ、うん」

「……そうなんでしょうか……。
 ……そう言えば、神内さんはどの辺りの高校に通っていたんですか?」

 八十神高校に登山部……或いはワンダーフォーゲル部は無い様だから、神内さんの出身高校は八十神高校では無いのだろうけれど。

「僕かい?
 この辺りの学校じゃないし、そんなに有名って訳じゃないから、名前を言っても分からないと思うよ」

「この辺りの出身じゃ無かったんですね」

 頬を掻きながらそう答えてくれた神内さんの言葉に、特にこれと言った感慨もなくそう返した。

「うん、まあね。
 小・中・高と地元の学校に通って、大学は地元を離れて下宿して……。
 この病院に来るまでは、そもそも“稲羽”って町がある事すら知らなかったんだ」

 まあ、ここが地元でなかったのならそんなモノなのかも知れない。
 自分だって、叔父さんたちが稲羽に住んでいたのでなければ、稲羽に来る事も、そもそもこの町の存在自体を知らなかっただろう。

「この病院にはどれ位お勤めなんですか?」

 何の気なしにしたその質問に、神内さんは僅かに詰まる。
 そして、微かに俯いて息を吐いた。

「……二年、になるのかな」

 ……神内さんの見た目からの年齢を考えると、二年前も他の場所の病院で働いていたのだろう。
 ……そこで何かがあったのかも知れない。
 デリケートな領域に踏み込んでしまったのだろうか……。
 言葉を探して少し黙っていると、神内さんは力なく微笑んで立ち上がる。

「さて、そろそろ時間だからもう行かなくちゃね……。
 ありがとう、今晩も鳴上さんと話せて楽しかったよ。
 じゃあ、また。夜道には気を付けてね」

 そう言って立ち去る神内さんを見送って、その日はバイトを終えた。






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